第35話:シャーロットと決意
「……馬鹿だ、お前は。お前らは」
その言葉に、俺は確かな手ごたえを感じた。
ケアが必要だと思ったけれど、想像以上に追い詰められていたらしい。
そんなにお姉さんが恐ろしいかね。本当に、どんな化け物なんだか。
「ま、馬鹿でいいですよ。それで? どうすればいいんですか?」
それでも、俺はこいつの力になろう。
苦しんでいるときほど、誰かが寄り添ってあげるべきなんだ。
俺の時は誰も寄り添ってくれなかったからこそ、どれだけ寄り添ってほしかったのかを知っているから。
特に、まあ、こいつと一緒にいるとそれなりに楽しいしな!
「……俺の姉。ロザリンドについては、どれだけ知っている?」
「え? まったく知りませんよ。怖いお姉さんで、リヴェンさんに執着してるブラコンだとかぐらいですかね」
「ブラ……?」
「あっ。まあ、姉弟愛が強いってことです」
ブラコンって言葉は無いんだったか。危ない危ない。結構やりがちだから気を付けないとな。まあ、今は雰囲気的に深堀はされないだろうからいいけど。
しかし、ニールだっけ? あの人が言っていたのはそんな感じだったと思う。
血縁者が残ってるのは羨ましいけど、複雑な家庭環境ってのも考え物だな。俺は前世も今世も恵まれてたのかもしれない。
俺の言葉を聞いて、リヴェンは一つ頷いた。
「一言であいつを表すならば、“支配力の怪物”だ」
「支配力の……怪物?」
物々しい言葉に、俺は思わずそのまま聞き返す。
支配力の怪物とは、とんでもない評価だと思う。どんな事すればそんな感想を受けるような人間が生まれるんだよ。
「他にもイカれた怪物じみた能力の持ち主だが、あいつの真髄は情報処理能力の高さにあると俺は思っている」
俺は黙って頷く。
「本人が一騎当千の傑物でありながら、策にハマってくれる甘さがない。むしろ、全てを自身の策の内で進めるぐらいの能力者だ。つまり、勝つなら完全に向こうの想定を超えた上で叩く必要がある」
「……つまり?」
「認めるしかない。俺ではあいつに勝てん」
そう言い切る表情は、どこまでの苦し気で。
わかってはいたけれど、改めて驚いた。
こいつがそんな風に認めるとは思わなかったから。勝つしかない、勝ってみせるというと、心のどこかでまだ思っていた。
その心すら、既に折られている。
「俺の事はあいつも良く知っている。今回も、事前に撃った手は読まれてたと思った方がいいだろう。ああ、認める、認めるさ。この期に及んで負け惜しみは言わん」
「ちょ、ちょっと自暴自棄になってませんか? 大丈夫ですか?」
「話していて冷静になっただけだ。もっと熱くなっていれば、勝つと言い切ったかもしれんがな」
冷静になっただけか。冷静に分析した結果、勝てないって認めたのか。そっか。
ならいいのか? 大事な事ではあるか。足りないことを知るのは、格上を下すためには欠かせない。
うーん。それで負けたら、リヴェンは連れ戻されるんだっけ?
命がかかってないのは、ある意味幸いか。なら、そこまで悲観する必要もないんじゃないか?
命あっての物種だ。何事も、死ななければ次がある。
俺がそう言うと、リヴェンは苦々しい表情を浮かべる。
「話すつもりはなかったが、それを理解させるためには俺の身の上を話さなければならないな」
「貴族のご子息で、家族が連れ戻しにきたんじゃないんですか?」
「遠くは無いが、正しくもない」
違うんだ。
少しだけ躊躇った様子を見せて、続きを話してくれた。
「……俺は、ラウディナル王国の王子だ」
「ええっ!?」
王子様!? それはちょっと想定外だよ!
通りで装備がいいと思った。いやー、そういうことか。
お金持ちなのもそういうことなのか。あれ、でもそしたらなんでこの町に?
ラウディナル王国ってのは、聞き覚えがある。連盟には所属してない国だったかな。
この都市からは北方に位置していたはず。そのぐらいの知識はある。
あーっ! 確かに黒髪の一族が統治してるみたいな話聞いたことあるかも! 多分!
他にもなんか色々聞いたことある気がするけど全部忘れた!
「ラウディナル王国では、現在王位継承戦が繰り広げられている」
「それが、関係してるんですね?」
リヴェンは静かに頷く。
「王位継承戦の内容について、『最も価値のある宝物を持ってこい』と王は言った」
「王って言うと、リヴェンさんのお父さんですよね? それが王位継承戦の内容なんですか?」
「そうだ。だから、俺は迷宮の秘宝を求めてこの町にやってきた。俺が王位継承戦を勝ち残るためには、考えうる限り最上の物を用意するべきだと考えたからだ。俺の王位継承権は下から数えた方が早い程度に低いからな」
なるほど。ようはリヴェンは王を目指してるってことなんだな。
出会った当初に焦ってる様子だったのは、そういう理由があったからなのか。期限とか決まってるのなら、焦るのも当然。謎が一つ解けたな。
「今回負けて連れ戻されるということは、俺の王位継承戦が終わることを意味する。あの女の事だ、俺の分までやってあげるとでものたまうに違いない」
「あー、そういう系ですか。それは……」
「それに、俺はあいつからすれば出来損ない、だからな」
「……え?」
リヴェンが、出来損ない?
これだけの剣の実力の持ち主を、出来損ない扱い?
心の底から驚いた。それはもう、本当に人なのか? 異常性が欠片だけ理解できた気がする。
ここでふと、思ってしまった。
口に出さない方がいいと思うけど、確認しなければならない。
これは決して無視して語ることができない前提だから。
「凄い聞きづらいこと、聞いてもいいですか」
「構わん。今更だ、なんでも言え」
「駄目なんですか? 諦めたら」
そう、第一としてこれだ。
例えば、王になれなければ殺されるとかならわかる。でも、お姉さんが仮に王になればそういう心配もないだろう。彼女はリヴェンの事を大事に思っているようだから。形はどうあれ。
ここから先の話は、リヴェンの根源が物を言う話になる。
どうして王になりたいのか。王にならなければならないのか。その理由が。
「諦めても、死にはしないですよね。それでも、成し遂げたいものがあるんですか?」
「……ある」
これまで弱気だったリヴェンの眼に、炎が宿った。
思わず少しだけ身を引いてしまう。それだけの迫力があった。
「他の王族は、誰彼を顧みぬ傲慢な連中ばかりだ。あいつらが王になれば国は荒れる」
「お姉さんもですか?」
「あいつこそその最たるものだ。己の血縁以外は体のいい駒程度にしか思っていない。いや、己の有能さにかまけて、全て庇護対象の子供程度に思っているかもな」
「それは……中々に思想がお強い」
確かに、独裁者待ったなしの人に王様は任せたくないかも。
リヴェンはこう見えて案外からかわれても理不尽に怒らないし、話通じるからな。そう考えると、悪くない王様かも?
え、てかそういう人ばっかりなの? 碌な兄弟関係じゃないな!
「あいつは有能な頭にはなるだろう。しかし、その国には一切の自由がない」
「リヴェンさんには理想があるんですね。そうさせないという」
「ああ。成し遂げたい国の形がある。友と共に語った、理想の形が」
拳が強く握られる。あれだけあった弱気な様子はどこにもない。
迷いは見えない。勝てないと認め、卑屈になり、それでもこれだけは譲れないと言い切れる。
少しだけ口元が緩む。この分なら、大丈夫だろう。
「その友ってのが、あの刀の人なんですよね」
「そうだ。テンユウと言う。俺が王を志すきっかけを作った奴だ」
「なら、絶対に勝たないとですね。競売にも、勝負にも」
俺がそう言ったのが意外だったのか、リヴェンがこちらを見てくる。
勝算があるような口ぶりだと、どうしてそこまで楽観的なのだと言いたげだ。
それがとてもおかしくて、全力で笑い飛ばしてやる。
「競売はお金が物を言いますが、お姉さんの方は予想外をぶつければ何とかなるんでしょう? なら、この町は想定外の宝庫ですよ。なにせ――」
どれだけの怪物かは知らないけれど、こっちは日ごろから怪物と戦ってるんだ。
そう、この町にはあれがある。
「――この町には、ダンジョンがあるんですから。その産物、その恩恵、他国にはないでしょう?」
他のところでは出てこない魔道具。モンスターの素材で作った武具防具。
その気になれば幾らでも飛び出てくるびっくり箱が冒険者たちの持ち物だ。
「予想外? 予想できるものですか。毎日のように、私たちは他には存在しない異常を相手してるんですよ」
大きく手を横に広げて、どれだけの事か身振りでも表現してみせる。
今度はリヴェンが笑う番だった。俺も釣られて笑う。
そう、悲観することは何もない。可能性だけは無限にある。それがこの町の長所なのだ。
「……それだけのことを言うのならば、何か具体的な策はあるのだろうな?」
「え?」
「おい」
「えーと。そうだ、レイナード! きっと事情を話せば協力してくれるはずです!」
ちょっと、そんな目で見ないでよ!
呆れられるけれど、仕方ないじゃん!
具体的な策なんてあるわけないだろ! こっちはお前の姉さんがどれだけ異常か知らないんだよ!
できる限りのことはするけれど、そのできる限りはレイナードに頼ることだ。
【緋色の鐘】ならば、魔道具もダンジョン産のあれこれも大量に抱え込んでるに違いない。あいつ個人の裁量で動かせる範疇で貸し出してもらおう。
借りを作ることに関しては、後日何とかして返済する! この際、ダンジョン引き回しされても無償で働くぐらいはしてみせるさ。どんな依頼でも文句ひとつ言わずついていってやる。
そうすれば、ほら、多分許してくれるさ。昔のよしみもあるしな!
「トリシェルもなんかよくわからない奴だし、色々と隠し玉持ってそうなので出させましょう」
「結局は他人頼りか」
「しょうがないでしょう、私が持ってる魔道具がしょうもないのばっかなんですから。一応使えそうなものは用意しますが、期待しないでくださいね!」
「そうか、わかった、頼んだ頼んだ」
愉快気に笑うその表情には、もう最初にあったかげりはどこにもない。
「――そこまで言われたら、俺も真っ当に抗う他あるまい」
「その意気ですよ! 打倒お姉さん! 必勝競売!」
「ああ。元よりそのつもりではあったが……不思議なものだな」
前向きになってくれたからか、纏う雰囲気が最近のリヴェンに戻った気がする。
良かった。骨を折った甲斐はあったみたいだ。
不安がないと言えば嘘になる。こいつにこれほど言わせる人物が、本当に俺たちでどうにかできる程度の人間なのか。
レイナード達の力を借りられたといえ、太刀打ちできるのか。まったく未知の領域の話。
だけど、やるしかない。
ああ、久しぶりだなこの感覚。一歩ミスったら終わり。放浪時代の初期、何の寄る辺もなかったころによく味わった感覚だ。
懐かしさすら感じる緊迫感に、俺は僅かに身震いした。




