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TS異世界転生姫プレイ  作者: farm太郎
第二章 ロザリンドの魔手

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第34話:リヴェンと恐怖

「クソっ!」


 苛立ちのままに装備を地面に投げ捨てる。

 物に当たるだなんて柄ではない。しかし、やらずにはいられなかった。

 ただ煽られただけだ。しかも、飄々としている軽い奴に。それなのに、どうしてこれまでに苛立つのか。

 ああ、そんなのわかりきっている。わかっているさ。図星だったからだ。

 そんなこと、誰よりも俺が一番よく知っている。


「ニール!」

「……あいさ。ちょっくら外回り行ってきます」


 ニールを部屋から追い出す。今の状況を、他の奴に見られたくなかった。


「……クソっ」


 椅子に勢いよく腰かける。木の大きくきしむ音が聞こえたが、気にしない。そんなものはどうでもいい。

 魔法使いの正体はおおよそ予測できている。だからこそ、焦らずにはいられない。


 どうするべきか。さっさと魔法使いの居場所を掴んで、実行される前に潰さないといけない。

 今の手札で流石に直接やり合うことはできない。元々、戦う予定はかなり最後の方に回す予定だった相手だ。入念な準備がいる。


「ロザリンド。本気か?」


 冷静に相手の正気を疑う。

 無駄なことだった。あいつはやる。間違いなく。

 採算も損害も度外視だ。あいつがやると決めればやり、手下はなんとしてでも叶えようとする。

 現実逃避をしている余裕があれば、相手の目算を読むことに集中した方がいい。


 ……勝てるのか? もし、読み負けたら直接戦うことになる。俺は、あいつに勝てるのか?

 いや、勝たなければ終わりだ。たとえ、過去に一度も白星がなくとも、初の物を掴まなければならない。

 何のためにここまで来た。成すべきことを成せ。


「成すべきことを成せ」


 これも現実逃避に過ぎない。具体的に勝つプランが見えないから、話を逸らそうとしているだけだ。


 息を大きく吐く。あいつの顔が頭をちらつくたびに、首を絞められている気持ちになる。


「そんなに根を詰めても、出るものは出ませんよ」

「だとしても、俺は――」


 誰もいるはずのないのに声がした。

 答えようとして、すぐさま声の方を向く。部屋に入ってくる気配を感じ取れないほど精彩を欠いていたのか、俺は。

 そこにいたのはシャーロット。先ほど道端に置いてきた、あの女だ。


「どもども。あはは、来ちゃいました」


 こいつは俺へと少し気まずそうに笑ってみせる。

 なぜここにいる。ニールは――いや、外回りに出たんだったな。

 他の奴はどうした。まさか、素通ししたのか。


 そんな俺の混乱は知らんと言わんばかりに、こいつは俺の側まで寄ってくる。

 そして、俺の手をそっと取る。


「そんなに根を詰めて。冷静になりましょうって言いましたよね、私」

「ぐっ」

「今ならわかりますよ。会場であの男を追い張らってくれたのも、本当は憂さ晴らしがしたかっただけなんでしょう。冷静になれた礼だなんて、嘘ついて」


 諭すような口調に、思わず何も言えなくなる。

 怒鳴りつけて黙らせるのは簡単だ。しかし、こいつが言っていることが正しいのも事実。

 俺は、ただ感情を整理しきれずに暴れまわっているだけだ。

 現実逃避と、行き場のない感情の爆発を繰り返しているだけ。見たくもない現実から気を逸らすためだけに。


「ずっと冷静じゃないですよね。こういうのは一度人に話した方がすっきりしますよ」


 見透かしたようなセリフ。


「必要ない。さっさと帰れ」

「もう、そうやって意地張ってもいいことないですよ。変なところで意地っ張りなんですから」

「意地なんざ――」

『お前は変なところで意地っ張りだな。王子様なんだから、もっと周りを使えばいいだろう』


 幻聴が聞こえた。懐かしい響き。今は聞こえるはずがないもの。


 俺が目を丸くしたのに、こいつも驚いたようだ。人が驚いたことに驚くとは、失礼な奴だ。

 聞くと言ったのはお前だろう。

 なら……ああ、そうか。結局、俺は――。


 シャーロットから視線を逸らして、下を見る。代り映えのない床があるだけだ。

 あとは、力なく垂れている俺の腕と、足。体が見える。後は、この女の体も少し。


「……悪夢を見る」

「悪夢、ですか?」

「ああ」


 しばらくの沈黙の後、驚くべきことに口が勝手に動いていた。

 言うつもりはなかった。言ったところで何にもならない。


「どうしようもない相手に立ち向かう。失敗すれば全て失う。そんな幻覚だ」

「……そんなことどうしたって、笑いそうなものですけれど」

「そうかもな。いや、そうしていたのは事実だ。友の言葉に従ってな」


 一度口にしてしまえば、止めどなく流れ出てくる。


「その友って言うのは、あの刀の……?」

「ああ、テンユウという。ある意味、俺がここにいる理由を作った男だ」


 それだけを言って、思いをはせる。今の俺をあいつが見たらどんなことを言うんだろうな。

 怯えていても仕方がないと尻を蹴とばしてくれそうなものだが、さてはて。

 あいつはいざという時は逃げろと散々言っていたからな。想像ができん。


「……お姉さんがそんなに怖いんですか?」


 聞いてもいいのかと不安そうな声だ。

 そうだろうな。先ほどあれだけ激昂してみせた内容だ。それでも聞いてくるあたり、図太い奴だと思う。


「怖いと言えば、いや、怖いな。俺は一度も、あいつに勝てたことがない。それに、今回負ければ全てが台無しだ」

「……それが、怖いんですか?」


 鼻で笑う。台無しになることが怖いか、か。怖いと言えば怖い。だが、その程度なら笑って蹴とばしてやろう。

 俺が恐れているのは、その先だ。


「その程度ならいいだろうな」

「では、何が?」

「台無しになった先。俺が成そうとした全てが無意味だったと突きつけられる。そんな幻覚だ」


 下を見るのをやめ、今度は天井を見上げる。質素な天井だ


「笑えるだろう。俺がやらなければと思い立ったにも関わらず、俺でなくてもできるのではないかと怖気づいたわけだ」

「…………」

「あいつと四週もの間知恵比べをさせられたが、一度も勝てた気がしない。才能というものを見せつけられた気分だ」


 最初は勇んで見ても、実際及び腰になったのはそういうことだ。相手は常にこちらの予測の一歩先を上回ってくる。

 事実、魔法使いは今のこの町に潜伏し、行先を掴めていない。

 以前から追跡していた追跡網からも上手く目をくらまされていた。


 ハイデン本体を囮に使ったことからも、相手の狙いは確実だ。

 正直、全くの予想外ではあった。前哨戦のつもりが、ぶっつけ本番になるとは予想していなかった。

 ……あの女は、この町に直接乗り込むつもりだ。

 理屈も損得も全てを無視して。使った手ごまを全て使い捨てても構わないと。己の欲求を叶えるためだけに。俺には到底できない真似をするつもりだ。


 だからお前は私に勝てないのだと言われている気分だ。


「どうだ。聞いてもくだらないと思うだろう」

「……そうですね」


 話を振ると、少しだけ悩んだ様子を見せる。

 そして、実に不思議そうな顔をして、


「私にはさっぱり、悩んでいる理由がわかりません」


 きっぱりと、そう言い切った。


「お姉さんが怖いのはわかりました。あんまり想像できませんが、リヴェンさんより上ってのもわかりました」


 首を横に振りながら、まるで幼子を諭すように言葉が続けられた。

 不意に、視線が真っすぐこちらへ向けられる。

 その眼は、間違いなく見たことがあるものだった。


「でも、聞いている限り、負けた時の言い訳をしているようにしか聞こえません」

『お前はいっつも、負けた時の事ばかり考える』

「勝たなければならないんでしょう。なら、負けるその瞬間まで、負けた時のことは考えるべきではありません」

『想像ばかり達者だと、できるものもできやしない』

「それとも、最初から負けるつもりでやってましたか?」

『最初から負けるつもりで勝てるものか』


 続けられる言葉に重なって、いつか聞いた言葉が並べられる。


「もう負けたんですか? まだでしょう? なら、諦めるのは早いとは思いませんか」

『ほら、まだ戦いは続いているぞ。それとも、お前の膝はもう折れたのか』

「どうしても勝てないと頭を悩ませるのなら、それは考え方自体が間違っている証拠です」

『思考が硬い! 同じ土俵で勝てないのなら、戦い方自体を変えてみろ!』

「どうですか? 少しは話してみる気になりませんか?」

『ほら、話してみろ。どうせくだらないことだろう?』


 得意げに笑ってみせる女が目の前に一人。テンユウの姿はどこにもない。

 にもかかわらず、どうして俺はこいつにその面影を見るのだろうか。


「……なぜ、お前はわざわざそんなことを言いに来た」

「え? なんでか、ですか?」

「ああ。俺とお前はただの契約関係だ。俺がいなくなっても、元の生活に戻るだけだろう」


 それはそうなんですけれどと、頬を掻いて少しだけ困った様子を見せる。


「私、結構気に入ってるみたいなんですよ、この関係」

「……おかしな奴だ」

「私でもそう思います。――それに、一つだけ共感できることがありますから」


 俺の手を放し、そっと立ち上がって見せる。

 そして、そのまま向かいの壁へと歩いて行き、俺と向かい合うように背中を壁につけて立つ。


「私、天涯孤独ってやつなんですよ。昔、住んでた村が襲われて……その時に、家族は皆死んじゃいました」

「なんだと?」

「知らないですよね。当然です、誰にも言ってませんからね」


 放浪していた時期があるのは知っていたが、そんな情報は知らない。

 そんな過去がこいつに? この、能天気な女に?

 顔を見ると、苦笑いしている。どんなふうに思われているのか自覚しているのかもしれない。

 それとも、俺が驚いているのに苦笑しているのだろうか。驚かせてしまったことに、何か思うところがあったのだろうか。

 わからない。今の俺には、こいつの内心がわからない。


「だから、私は生きてるだけで得るものばかりなんですよ」


 全てを失ったからこそ、ここからは得るものしかないという言葉。

 どこまでも前向きに見えて、極めて後ろ向きな言葉だ。


「得たものを失いたくない。それだけじゃ、駄目ですかね?」


 だから、俺の力になると。

 今回、こいつの力を借りる気はなかった。俺の戦いだからと、一緒にしてはいけないと思っていた。

 だから、オークションでも正直別行動をしたかったぐらいだ。

 招待されたのはこいつで、俺はおまけだからこそ、会場で一緒になるのは我慢できる。


 でも、戦いに巻き込むのは違うだろうと、なるべく別行動をするつもりでいた。

 こいつの仕事は俺がダンジョンに潜るための補佐であって、俺個人の戦いの手助けをさせる契約はしていない。

 なのに、こうやって巻き込まれようとしてくる奴がいる。

 わざわざ、何の益もないというのに。


「どうですか? 話してみる気に、なりませんか?」


 少し離れたところから俺へ手を差し出すこいつは、満面の笑みを浮かべていた。

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