第33話:シャーロットと見つからない侵入者
「いやー、楽しかったですね!」
初日のオークションは何事もなく終わった。
競り上がっていく金額を聞くのは普通に楽しかったし、俺が到底使えないような金額が飛び交うのは非日常すぎて面白い。
やばいなこれ。見てるだけでも楽しい。癖になりそうだ。
因みに、俺らに接触してくるようなやつはいなかった。レイナードが遠くから何度かこっちを気にしてくれてたけど、あいつは人気者過ぎて来る余裕はなかったらしい。
ちょっと遠目から見てたけど、あそこまでにはなりたくないなと思った。偉い人たちに囲まれるのめっちゃ気苦労しそう。
有名人は大変だなぁ。
「……お前はあれで楽しめたのか?」
「え? ええ、楽しかったですよ?」
「……。そうか」
すごいなんか言おうとして止めた感じがする!
え、何を言おうとしたの?
こいつはどうにも楽しめなかった様子。
まあな、始まる前からどうやって戦おうかとか考えてるみたいだしな。
ああいうのはもっと頭空っぽにして雰囲気を楽しむものなんだよ。
「戦闘の事ばかり考えてるから楽しめないんですよ。もっと純粋な気持ちで――」
「オークションの最中、そこらかしこからこちらに視線が注がれていただろう。お前はステージへ夢中になって気がつかなかったようだが」
「――はい」
どうやら思っていたのとは違うらしい。
そんな見られてたの? ちょっと熱中しすぎたか。
「それって、冒険者からですか?」
「それにしては隠す気が無さ過ぎる。おそらくは上層の住人だろう」
ほうほう。まあそうか。
冒険者連中なら殆どが俺と顔見知りだもんな。わざわざこんな場所でじろじろと見てくるはずないか。
「やっぱり通路での一件のせいでしょうか?」
「その影響はあるだろうな。まあ、かかってくるならなぎ倒すだけだ」
「ちょっとちょっと」
「なんだ?」
なんだ、じゃないだろなんだじゃ。
上層で揉め事なんてもってのほかだよ。権力者に逆らっていいことなんて何一つないんだから。
長い物には巻かれろ。平和に過ごせるのが一番大事なんだから。
まあ? あの軽薄そうな男に関しては? ちょっと思うところはあるけれど?
ああ、思い返すとちょっと鳥肌立ちそう。あの時は混乱が勝ったけど、今となっては嫌悪感が強い。二度と顔を見たくない。
何が妾にならないか? だよ。頭おかしいんじゃないの。初対面の相手を誘う言葉じゃないだろう。
ああ、気持ち悪い。マジで気持ち悪い。
「ありゃ。ちょうどオークション終わったとこ?」
身震いしていると、正面から別の気持ち悪い奴がやってきた。トリシェルだ。
「……お前か」
「どうもー。シャーロットちゃんとそのおまけ」
あっ。リヴェンが静かに苛立った感じする。
本当に仲悪いよなこいつら。トリシェルが一方的に敵視してるだけだけど。
「というか、どうしてここに? ここ、上層ですよ?」
「やだなぁシャーロットちゃん。忘れたの? 私も一応【緋色の鐘】なんだけれど。懇意にしてる上層の住人ぐらい何人かいるんだって」
あー、つまりオークションとの関係なしでも立ち入りができるってことか。
どうして俺たちがここにいるのかは……まあオークションの話はしたから予想はできるか。
ただの帰り道だもんなこれ。野良猫亭の場所を知っていれば、簡単に想定できる。
「それで、何の用ですか?」
「用がないと話しかけちゃ駄目? 寂しいなぁ。私とシャーロットちゃんの仲だっていうのに」
「ぶっ飛ばしますよこの出禁女」
護衛を依頼している身ではあるけれど。あるけれど! それでも苛立つ権利ぐらいは保証されてるよね?
もうマジでわけわかんないこいつ。誰かこいつの頭の中を教えてくれ。
やっぱりいいや、理解できる気がしない。
「まあまあ。おふざけはここら辺にするね。それで本題なんだけれど。シャーロットちゃんが言ってた危ない連中、とりあえず数日は動けない程度に痛めつけてきたよ」
「……は?」
「えへへ。褒めてくれてもいいんだよ?」
「は?」
今なんて言ったこいつ。
昨日の今日で、敵を倒してきた? え? 凄腕の暗殺者集団って聞いてたんだけれど。
暗殺者と魔法使いって、凄い相性悪そうに思えるけれど? 倒したの、本当に?
今の発言を受けて、一歩リヴェンが前に出た。
俺の姿が隠れたことで、少しだけトリシェルが不機嫌になった。その気配を感じる。
「嘘を吐くな。ハイデンは片手間でどうにかできるような連中ではない」
「んー? とはいっても嘘は言ってないんだよね。あの程度で凄腕って言うのなら? まあ何とも程度の低い話だけれど。どこかの誰かさんのお国は、ね」
「……ほう?」
ん? また喧嘩始まりそう? 割って入った方がいいかこれ。
割って入って大丈夫? いや、怖いんだけれど。
沈黙が場を支配する。ピリピリと肌を刺す威圧感。自然と周りを行く人々も俺たちを避けるようにして逃げ去っていく。
お互いに一歩も引く気配がない。
このままでは間違いなく警邏に目を付けられる。それは嫌だから間に割って入ろうと決意した瞬間――空気は弛緩する。
「ま、ここら辺にしようか。具体的な部分は企業秘密」
ケロっとした態度で言い放つトリシェル。先ほどまでの険悪な雰囲気は感じさせず、いつも通りのふざけた態度だ。
「少なくとも、そいつらを痛めつけたってのは本当だよ。大事な大事なお仕事で嘘はつかないって」
「……本当かなぁ」
「本当本当! 信用無いなぁ」
知ってる? 信用って日々の積み重ねなんだよ?
「仮にその話が本当だったとしよう」
「うん?」
「それで、魔法使いはどうした」
「魔法使い?」
あれ、刺客は暗殺者集団だって話だったけれど、魔法使いもいたの?
それは知らなかった。
トリシェルも首を傾げている。
「彼らの事は町に入ってきたときから把握していたけれど、魔法使いはいなかったよ?」
「そんなはずはない! ……そんな調子ならば、どうせお前が倒したのも一部で、どこかに取り逃しがいるんだろうな」
珍しくリヴェンが声を荒げた。
真っ向から仕事ぶりを否定されたからか、トリシェルも少し苛立ったらしい。いつもの飄々とした雰囲気が変わる。
「なにさ。うちらの調査が杜撰だって言いたいの?」
「当てにならない、と言ったんだ。一端を排除しただけでいい気になっているようではな」
「ちょ、ちょっと?」
珍しくリヴェンから食って掛かるじゃん。
どうしたの。本当に最近のお前様子おかしいよ。
前ならここまで言うにしても、もっと余裕を持った態度を保ってたじゃん。そんな、八つ当たりするみたいな風に……。
「ふーん。町に入るまで何もする気がなかった弱気な連中が随分な口を叩くものだね」
「町の中でしか満足に戦えない連中の戯言と比べるか?」
「二人とも、ちょっと待ってくださいよ」
慌てて間に入る。それでも、二人の熱は収まらない。
「隠れてた連中含めて私たちは居場所を掴んでた。それが一塊になった瞬間に叩いたんだから、取り逃したはずはないよ」
「だが、あいつらは魔法使いを連れていた。それを見逃している時点で、抜けがあったということだろう」
「そっちの勘違いじゃなくて? 手柄を取られてお冠なのはわかるけれど、難癖付けるのかっこ悪いよ?」
「難癖? はっ、自分の無能を恥じることもできないとは、無知はなんて罪深いんだろうな。そのくせ自信ばかり過剰だと来た。救いようがないな」
駄目だ。止まらない。二人とも俺の姿なんて見えていない。
「そんなに被害妄想激しくて大丈夫? 怯え切ってっちゃって」
「なんだと?」
「そんなに怖いの? お姉さんが」
リヴェンがトリシェルの胸倉を掴んだ。彼女の体が僅かに浮く。つま先立ちで、何とか地面についている様子だ。
「……お前に何がわかる」
「わかるよ。怯え切って、不安で不安で仕方がない。でしょ?」
「お前に、何が――」
「そこまでっ!」
無理やり力尽くでリヴェンの手をトリシェルから引きはがす。
両手と体重を乗せてようやくだ。なんて力なんだよこいつ。
おかげで、勢い余ってしりもちついてしまった。
お尻についた砂埃を払いながら立ち上がる。
無理やり手を剥がされたリヴェンは数歩下がり、トリシェルは少し呼吸が苦しかったのか軽くせき込んでいる。
お互いに一旦落ち着いたのを見て、俺は続きを口にする。
「様子がおかしいですよ。普段、そんな風な感じじゃないですよね」
「……そうだな」
「ちょっと! どこへ行くんですか!」
「宿へ帰る。ついてくるな」
それだけ言い残すと、リヴェンは俺たちが向かうべき方向とは別方向へと歩き去っていってしまう。
何なんだよ。ずっと様子おかしかったけれど、オークション中は大人しかったじゃないか。
戦闘関係の事はずっと考えてたけど、でも、口にはしなかったし。
なんだよ。何なんだよ。
「わけわかんないじゃん、そんなの」
口から言葉が漏れた。
お姉さんが怖い? 確かに過保護なお姉さんとは聞いてたけど、そんなになのか?
でも、なんかそういう怖いとは別な感じがする。まるで、捕食者に怯える獲物のようで……。
まさかな。だって、あいつはあんなに強いんだし。そんなあいつが怯えるなんて、どんな化け物みたいな人間だよって話。
……。
「はぁ。しょうがないなぁ」
面倒だけれど。これはケアが必要かな。
しゃーなし。
これもペア組んだ分だと思って、働きますか。




