第30話:シャーロットとオークション初日
オークションは四日間に分けて開催される。本日はその初日だ。
トリシェルに護衛を依頼してから、特に怪しい動きはなかった。もちろん、トリシェル自身の話だ。暗殺部隊が到着するのは今日って話だったし。
だから、何かあるとすれば今日から。あー、やだやだ。俺は安全に平和で節度ある生活を送りたいの!
「で、なぜ俺まで来なければならない」
「そりゃあ、オークション見に行くからですよ」
俺の隣には不機嫌そうなリヴェンがいる。
寝起きが悪いんじゃない、俺がオークションに行くからといって呼び出したからだ。
「あいつの刀は出るのか」
口調からもうイライラしてる。でも付き合ってくれてるのは、目的があるからなんだろうな。
「ええと、あれは三日目の出展ですね」
持ってきたカタログを開いて確認する。結構重いけど、オークションを楽しむためには必要不可欠だ。
やっぱり、次何が出るかとかは知っておきたいし、目玉とかでは盛り上がっておきたい。
「……帰らせてもらう」
「待って、待ってくださいって!」
目的の品が今日は出ないことを知るとさっそく帰ろうとするが、急いで引き留める。
そうなりそうだなとは思っていたけれど!
「まあまあ、オークションを楽しみましょうよ。ほら、見てください。一日目も結構な品が――」
「お前、今の状況を理解しているのか?」
右手首を掴まれ、睨みつけられる。
……いや、怖いって。
こいつが言いたいことはわかる。こんな呑気にしている場合じゃないってんだろう。
暗殺集団がやってきて、俺たちを狙ってくるかもしれない。それなら、オークションを楽しんでいる余裕なんてないんだと。
それは、間違いだ。
「……理解してますよ」
「なら」
「でも、だからこそです」
俺は手に持っていたカタログをリヴェンの顔に押し付ける。
怖い物知らずに思える行為かもしれないけれど、これまでの経験からこの程度ではこいつは怒らない。
話を聞いてなかったりするとマジギレされるけど。
「自覚してますか? 今、あなた凄い余裕ないですよ」
「……なんだと?」
「何をそこまで恐れているのかは私にはわかりません。でも、そんな切羽詰まっては上手くいくものもいきませんよ」
余裕はもっておくものだ。ぎりぎりでしか成り立たない計画は、破綻しているも同然。
人の意識も同じだ。常にぎりぎりで成り立っている状況は、破綻しているのと同じ。
どこかで必ず緩めないといけない。
放浪時代に経験から学んだことだ。
放浪し始めの頃は、誰も信頼できずにずっと気を立てていた。
一切気を許さず、誰も信用せず、一人で生きているつもりだった。周りの奴全員が、村を襲った人物に見えてたのもある。
結果、視野が狭くなってどんどん追い込まれていく結果になった。
学んだことは、人は休まないと戦う事すらできないということだ。
「オークション会場は連盟によって万全の守りが敷かれてます。万が一、品物が盗まれたりしたら大変ですからね」
「……そう、だな」
「つまり、私たちはこれからこの町で最も安全な場所に行くわけです。どうして、そんなに鬼気迫る表情をしている必要がありますか?」
理詰めだ。困ったときは、理詰めで語るに限る。
感情論ならば、口では否定できるだろう。でも、理詰めはそうじゃない。
それでも、と言える強さがあればいいけど……俺の見立てでは、こいつはそうじゃない。
焦りがあるってことは、何かを恐れているということ。恐れているってことは、失うとまずいことがあるということ。すなわち、失敗は許されないということ。
理には抗えない。
「しかし――」
「何が、しかしなんですか?」
「ぐっ……」
まじまじと目を合わせる。
わかるよ。不安になって、何かしなければって気持ちになって、動かずにはいられない。
そういうときほど、致命的なミスをやらかすんだ。
頭ではわかってるんだ。でも、止まれない。止まれば、不安に押しつぶされてしまうから。
「本当は私に言われなくてもわかってるんでしょう?」
「…………」
「ほら、行きましょう。大丈夫、少しの間ぐらい、何も起きませんよ。私が保証します」
リヴェンは俺から視線を逸らし、斜め下を向いてしまった。
でも、俺は差し出した手を下げない。こいつはきっと、この手を取ってくれる。
今回は、こいつの力になるって決めたんだ。なら、俺は俺が正しいと思うことをする。
「……わかった。すまない、俺が焦りすぎていた」
視線を戻し、俺が差し出した手を握ってくれる。
心の中でほっと一息入れる。ここで無理を押し切られるようだったら、お手上げだった。
俺にできることは、こうやって寄り添ってあげることだけ。
できることをやろう。そうすればきっと、悪いようにはならないさ。
そう願おう。俺は笑顔でこいつの手を引いた。
「うわーっ! 凄い会場ですね。連盟にも負けず劣らずの大きさですよ!」
オークション会場は町の上層、言うならば冒険者たちが普段踏み入れない場所にある。
中層は市民たちが暮らす場所、上層は管理者階級の人間たちが住まう場所だ。
では、なぜオークションはそんなところで開かれるのか?
オークションの客の大半が、その管理者階級の人物たちだからだ。
俺たちはそんな場所まで入れるのかって? 今回は、カタログが身分証明になってくれる。
このカタログはオークションへの参加券でもあり、身分証明証でもある。
簡単にカタログを奪われるような人物は、そもそも招待されるようなこともないということだ。実力があり、連盟に信頼されている証拠。
それもあり、上層でオークションは開催されるのだ。有能な冒険者を一塊にする目的も……。
「あっ、周りの人と喧嘩とかしないように気を付けてくださいね。」
「わかっている。見ればわかる、立場が上の連中が多いんだろう」
「ですです。ちょっとした揉め事でも大事になりかねないので、そこは注意してください」
見境なしにやるとは思わないが、この男は気に食わなければ喧嘩を仕掛けるだろう。事前に釘を刺しておく。
ま、それでもやるときはやりそうだけど。言わないでやられるのと、言っておいてやるのではまた違うからな。その時には、まあ、うん、諦めもできる。
会場の入り口までくると、門兵に道を塞がれた。
「シャーロットです。こちらは護衛のリヴェン」
カタログを見せながら、リヴェンを紹介する。
すると、彼らは俺らの姿容姿を確認して、警戒を解いてくれる。
「シャーロット嬢ですね。話は伺っております。どうぞ、お連れの方もお通りください」
すんなり通してもらえ、俺たちは会場の中に足を踏み入れる。
豪華な廊下、きらびやかな装飾。俺にはわからないが、壁に飾ってある絵画も高価なんだろう。
「ほう、中々だな」
中々らしい。やっぱりこいつ育ちいいんだな。物の質がわかるってことは。
俺にはすげーとしかわからん。
「先ほど聞こえてきた名前は……」
「いや、聞いた話ですと……」
「では彼女が……」
……なんか視線集めてね?
初参加の冒険者ってのもあるから、注目されるのはわかる。
それに、美少女と美男子のペアだから、見た目でも目立つのはわかる。
でも、幾らなんでも多くねぇ?
いつの間にかに遠回りに囲まれている。
俺たちを囲んでいる人々の顔に、俺は覚えはない。つまり、全員上層の住人だ。
なんで?
「……随分と注目を集めているな。冒険者という無作法者がそんなに珍しいのか」
「いえ、そんなことはないはずです。有名な冒険者は直接彼らから依頼を受けることもありますから」
そう、冒険者は便利屋でもある。有能な冒険者と繋がりを持っていれば、いつ手に入るかわからないようなダンジョン素材を依頼で手に入れることができるからだ。
途中に連盟が入るとはいえ、繋がりがないよりかは早く確実。
このオークションの場は、連盟が保証する有能な冒険者と上流階級を繋げる意味合いもあるのだ。
オークションの品は物だけではない。俺たち、冒険者も彼らに目踏みされる場でもある。
話には聞いていたけれど、ここまで露骨だとは思わなかった。
意識はしつつも、進んでいると、不意に一人の男性が俺の前に立ちふさがる。
身なりを見る、冒険者ではないな。なら、上層の住人だ。
「やあ、美しいお嬢さん」
顔に自信を持っているのか、如何にもという気障なスマイルで挨拶される。
……俺が女の子でも引くぞ。男だから更に引くけど。
「初めまして。冒険者のシャーロットと申します」
それでも上層の住人であることには変わりない。礼を尽くさなければ、立場が悪くなるのはこちらだ。
俺は言葉を丁寧に整えて、以前覚えた礼を行う。
【緋色の剣】時代、窓口は俺もやっていた。対応に関しては、心得がないわけじゃない。
「ほう! 粗野な冒険者にしては綺麗な礼だ。やはり、僕の見る目に間違いはなかった!」
興奮した様子で、唐突に手を両手で掴まれる。ちょっと!?
「どうだい、シャーロット。僕の妾にならないか?」
「……へ?」
……なんだって? 今、俺何を言われた?
んー、ちょっと僕理解できなかったなー、なんて。
「不自由な暮らしはさせない。君のような美しい女性が、冒険者なんて危ない職業に就く必要はない」
「ちょ、ちょっと」
「贅沢も可能な限り許可しよう。君の美しさが損なわれる方が問題だ。何、お金なら心配は――」
早口で捲し立てられて、俺は思わず目を回す。
何、想像してたのと違うのきたんだけど! 冒険者として飼われないかみたいな誘いは想像してたんだよ。だから断る台詞も考えてきたんだよ。
これは予想外だよ!
俺が何も言わないのをいいことに、俺の手を握る手にどんどん力がこもってくる。
そして、俺を側に寄せようと引っ張ってきて――。
「そこまでだ」
引っ張られてバランスを崩した俺を支えるように、リヴェンの左手が俺の肩に添えられる。
右手は……俺を掴んでいる男の手首を掴んでいた。
「……なんだ、君は」
「俺か? お前はまるで聞く気がなさそうに見えるが、答える必要があるか?」
「ちょ、ちょっと」
上層の住人に噛みつくのはまずい。今後の活動にも影響がでるし、何よりもまだオークション初日だ……。次の日からのオークション参加に影響がでてしまうかもしれない。
そう思い、止めようとすると、口がそっと手で塞がれる。
そして、小声でお前は黙っていろと囁かれる。
「冒険者を捕まえて、いきなり妾になれというのは随分と節操がないんだな」
「彼女のような美しい人が、危機にさらされる。紳士として、許すわけにはいかないだろう?」
「紳士? ほう、情欲丸出しの盛った男が紳士か。どうやら、この町の文化はかなり変わっているようだな」
「なんだと? お前、僕が誰だと思っている」
鼻を鳴らす。リヴェンは嘲るように笑い、目の前の男を見下す。
「別に知らないが、仮に知っていようとも俺の対応は変わらん。失せろ、お前はお呼びではない」
「……ぐっ」
リヴェンが少し凄むだけで、息苦しそうに男は後ろへ数歩下がる。俺の手は解放され、リヴェンもあいつの腕を手放していた。
側にいる俺にも僅かに伝わってくる圧。きっと、首を絞められているような感覚を覚えているのだろう。耐性がない一般人に耐えられる威圧ではない。
「きょ、今日のところはここまでにしてやろう。オークションもそろそろ始まるからな。だが、お前の顔、覚えたぞ……」
吐き捨てるような言葉を残し、男はさっさと通路の奥へと走り去っていく。
姿が見えなくなって、ようやく俺はリヴェンの腕の中から解放された。
「……ちょっと!」
「うるさい。絡むのは得策ではないと言いたいんだろう。そのぐらいわかっている」
なら、どうしてあんなことをしたのか。
おかげで周囲の視線も集めてしまっているし……ああ、もう!
俺はともかく、お前は顔を覚えられたぞ間違いなく! どうする気なんだ!
どうして、俺を庇うような真似をしたんだこいつは!
一瞬混乱はしたけど、あんなの過去に何度も見てきた輩だ。場所を動かしてから少し話をして、誘導してやればどうとでもなる。
わざわざこの場でもめるような状況じゃなかった! そりゃ、俺は後で目を付けられる可能性はあるけどさ。
そういう事を口にしようとして、次のリヴェンの一言で全て霧散した。
「礼だ」
「……は?」
「俺は確かに冷静でなかった。それを覚ましてくれた礼だ。なら、多少の不利益は受け入れよう。それが、今俺に果たせる義理だ」
それだけ言い残して、先に向かって行ってしまう。
……ああ、もう、なんだよ!
「ま、待ってくださいって!」
置いていかれるのも困るので、俺は急いでリヴェンの後を追った。




