第29話:シャーロットと護衛依頼
あと一週間。暗殺者集団がやってくるまでの期日だ。
リヴェンたちは何かと準備をしているらしく、ここ数日ピリピリとしている。
というか、一週間前にカタログであの刀を見つけた時から空気間が変わった。出会った最初、あのカタコンベダンジョンの時の空気に戻ってしまっていた。
何かを焦ってる? まさか、オークション会場襲撃計画とか立ててないよな?
「いまいち、話もしてくれないし……」
そう、一番の問題はリヴェンが俺を置いて活動していることだ。
おかげで、ここ数日は全く活動できていない。
それはいいんだけど、いやよくはないんだけど、
何がってさ、寂しいじゃん!
せっかく周りの目を気にせず仲良くできる仲間ができたのに。これまでは人間関係とか、色恋だとかで気を使わないといけない相手ばっかだったんだよ~。
少し打ち解けてきて仲良くなれたと思ったのは俺だけだったのかなぁ。
「せっかく仲良くなったのにぃ~」
こんな急に距離離されるとは思わないじゃんかよ。
まったく、本当にふざけた奴だよ。
理由がわからないわけでもないから、口にはしないけど。
まあ、これは愚痴でしかない。
俺は俺で、やれることをやろうと思う。
一週間後に暗殺部隊が来る。そして、リヴェンの手伝いはさせられるが、自分の身は自分が守らないといけなさそうな雰囲気だ。
と、なれば守ってくれる人を探さなければならない。
しかし、問題として俺の知り合いで暇している人間は殆どいない!
緋色の鐘として活動しているレイナードはもちろんオークションに参加するだろうから、俺の守りを頼む余裕もない(というか頼んだら色んな奴に殺されそう)。
他のクランに参加している冒険者や知己も、トップ層がオークションに夢中な今こそ書き入れ時だろう。相手してもらえるとは思えない。
じゃあ、誰に頼むのか。
この時期にオークションもダンジョン探索にも精を出さず、暇している人物。かつ、俺の知り合いで護衛を頼んだら受けてくれそうな人物。
そんな奴、一人しか思い浮かばなかった。
そいつに会いに、俺は一人で緋色の鐘のクランハウスまでやってきたのだ。
「……すみません、いいですか」
「おん? ……なんだ、みすぼらしい奴だな」
クランハウスの戸を開けると、こちらへ一斉に視線が向く。
今の俺の恰好はぼろの外套を身にまとい、フードを被って顔を隠している。周りから見れば、路地裏の孤児が来たように見えるだろう。
「どうした、ここが緋色の鐘のクランハウスだが――」
やってきたのは一人の大柄な男性。見上げるほどの体躯が放つ威圧感とは裏腹に、攻撃的には見えない。
きっと、子供の冷やかしだと思われているのだと思う。
度胸試しでそういう事をする子供たちがいると聞く。乱暴しないのは、レイナードがそういう指示を出しているのだと思う。あいつは子供に甘いやつだから。
「すみません、人に会いに来ました」
そっとフードを外して、顔を見せる。
ここのクランハウスに来たのは二回目だけれど、きっとここの人たちなら俺の顔を知ってくれていると思う。
ちょっと、自意識過剰だろうか?
「シャーロット嬢!? どうしたんだその恰好は」
よかった、自意識過剰ではなかったようだ。
「ちょっと一人で出歩くので、念のためですね」
「そうか、確かに一人で歩いてたら襲われかねないもんな。それで、リーダーに会いに来たのか?」
俺は首を振って否定する。レイナードに会いたくないわけではないけど、今日の本命は彼じゃない。
「トリシェル、いますか?」
俺の指定先を聞いて、彼はとても不思議そうな顔をしていた。
トリシェルの部屋はクランハウスの二階、奥の方にあるとのこと。
部屋の前までは大柄の彼に案内してもらった。
そこまで親切にしてもらう気はなかったのだけれど、これを借りに思うならクランマスター――レイナードによろしくしてくれとのことだった。
俺は曖昧に笑って、部屋の前でお別れした。
……さて。
「やっぱ帰ろうかなー、なんて……」
「どうして帰っちゃうの?」
ぎょっとさせられた。
部屋の扉がうっすら空き、空色の瞳がこちらを覗いている。
あっ、笑った。
「まあまあ、私に用事があったんでしょ? 中に入る? 外で話す?」
そう言いながら扉を開けて、俺を招き入れようとするトリシェル。
見える部屋の中は思ったよりも綺麗だけど……。
「な、中に入りたくない……」
「なら外で? 別に私はそれでもいいよ?」
「それもなんかやだ……」
外でこれからする話を聞かれるのも嫌だ。
あまりにも都合が良すぎて、普通の感性に人に聞かれればドン引きされる恐れがあるからだ。
今後の俺の冒険者活動に差しさわりが出てくる可能性がある。
んん、ここは嫌だけど。こいつと密室に二人っきりってのは非常に嫌だけれど。
それどころかどの面下げてって話ではあるんだけれどもさ。だって、だってこいつ以外に思い浮かばないんだから仕方がないだろ!
トリシェルは実力の割に、さぼり癖があることで有名だ。生活費は自前で賄っているから誰も文句を言えない。出所がどこかは知らんけれど、警邏に睨まれてないところをみるとそこまで後ろ暗いことはしていないのだろう。
つまり、実力は確かで、俺と面識があって、大体暇している人物。オークションにも興味はないだろう。
護衛を頼むには、まさしくといった人物ではあるのだ。あるのだ、けれども……。
「ああ、もう。そんな引かなくても気にしてないから。ほら、入って入って」
「変なところ触らないでくださいよ」
「しないから! もう、せっかく私に会いに来てくれたのに、そんなことしないってば……」
怪しい。怪しいとは思うけれど、背中を押されればそれに従って部屋の中に入って行く。
話をしないといけないのはその通りだし、多分この調子のトリシェルは本当に触ってこない。勘だけど。
部屋の中はかなり簡素だ。何もない、というよりも必要なもの以外何もない。
最低限生活ができるものしか置かれていないという印象だ。
なんか、不思議。想像と違う。もっとごちゃっと色んなものが部屋に転がってそうなイメージしてた。
「そんなにじろじろ見られると恥ずかしいなー。きゃ」
きゃ、じゃないだろ。口だけでまったくそんな素振りしてないし。
淡々と机と椅子を用意してるんじゃないよ。ちゃんと客人は想定しているのな。
「それじゃあ、どうぞ。お茶は何飲む? あっ、盛られる危険性を疑ってるなら毒見はするけれど……」
「いいですよそこまでしなくて! いつまでも本題に入れないじゃないですか!」
なんだなんだ、こいつ。初めて彼女を部屋に連れてきた男子か?
一周回って挙動不審になられると落ち着かないからやめてくれ。
改めて、お互い小さな円形の机の対面に座る。
出されたお茶を大人しく飲む。あっ、美味しい。
俺が口をつけたのを見届けて、トリシェルも飲んでみせた。
「それで、私に話って?」
「ええと、何から説明するべきか……」
暗殺者が町に向かってきていて、俺が狙われるかもだから守ってください?
異常者の台詞だろこれは。いくら何でも突飛が過ぎる。
じゃあなんて説明すればいいのか……。
「まあ、実は何となく知ってるんだけどね?」
「え?」
「要は、シャーロットちゃんに仇なす者皆殺しにすればいいんだよね?」
トリシェルの瞳がギラリと輝いた気がした。
あっ。まずい奴だこれ。
「手始めにあの憎き剣士から――」
「わーっ! わーっ! ちょっと待ってください、ちゃんと説明しますから!」
やっぱりこいつ手綱握らないと危ない奴だ!
俺が慌て始めたのをみて、いたずらが成功した子供みたいにトリシェルは笑う。
「まあ、ジョークだよ」
「はぁ。まあいいです。それで、私のお願いというのはですね――」
俺は順番通りにきちんと説明することにした。
リヴェン関係で町に危険人物たちがやってくること。あいつに関係したことで、俺にも被害がかかる可能性があること。
彼らがやってくるのは一週間後で、オークションの期間と被っていること。
そして、俺たちはオークションに絶対参加したい理由があることまで。
俺が話している間、トリシェルは一切茶々を入れずに黙って話を聞いてくれていた。
こちらを見る視線が、どこか楽しそうで、辛いものを見るようなのが印象的だった。
「……なるほどね。それで、私にお声がかかったと」
話が終わって、大きく息を吐かれる。
呆れられた? まあ、かなり厚顔無恥な自覚はある。
前の依頼であんなことがあって、それでもなお頼りに来てるんだもん。本来なら顔を見た瞬間に追い出されても文句は言えない。
「気が乗らないなら、別に断ってくれて――」
「いいよ。やろっか」
「――え?」
ケロっと言われる。
今、なんて?
「やるよ。守ってあげる」
「えと、その」
「ああ、報酬とか気にしてる? それなら、大したことは要求しないから安心してよ」
一度伸びをしてみせて、改めてこちらを見てくる。
どこかすっきりとした様子の視線だった。
「私はシャーロットちゃんに嫌われたいけれど、シャーロットちゃんが嫌がることをしたいわけじゃないんだから」
そう言って、お茶に口をつける。
こいつは何を言ってるんだ?
本当に前の一件からこいつの事がよくわからない。俺に嫌われたいけど嫌なことをしたくない? なんだそれ。それじゃあ、セクハラまがいのことをしてきた理由は何?
色々と聞くのは簡単だ。でも、その回答が返ってくる気は不思議としなかった。
こんなにも、なんでも聞いてくださいという態度を取ってくれているというのに。
「それで、一つだけ確認なんだけれど」
「はい」
確認。一体何だろうか。
俺は思わず身を固くする。何か大抵のことを言われれば受け入れるつもりだったけど、その様子を見てトリシェルは本当に楽しそうに笑ってみせた。
「シャーロットちゃんは、嫌いな人は死んでもいいって思う?」
笑顔でそんなことを聞いてくるだなんて。
ニールという男を目の前にしたときとは別の悪寒を感じる。
あっちは蛇が舌なめずりをするような気持ち悪さ。こちらは、まるで――。
「私はさ、死んだ方がいいと思うんだ」
銃弾が詰まったままの拳銃を、引き出しの中から見つけてしまったような――。




