第28話:リヴェンと郷愁
王宮の自室にて。俺は一人机に向かう。
描くのは世界の地図。その勢力図。想像するのは先の未来。
ここが俺の戦場だった。
あいつが部屋の扉をこじ開けるまでは。
『おい――、今日こそはお前が勝つ日だぞ!』
『そんなわけがないだろう。俺がお前に勝てるわけが……俺がなんて呼ばれているか、お前が知らんわけないだろう』
『知ったことか! 俺の見立てでは、お前は誰よりも強い剣士になれる。それこそ、俺よりもだ! だから――約束しろ、俺たちはいつか……』
無理やり腕を掴まれて、俺は外に連れ出される。
まぶしい日の陽ざしが視界に入り――。
「――ヴェンさん、リヴェンさん!」
「……ニールか」
閉じていた目を開ける。
うたた寝をしていたようだ。夢か。懐かしい夢だった。
らしくもない。昔のことを、終わってしまったことを考えるなど。俺は誰よりも先を見なければならないというのに。
過去を振り返っている余裕など、どこにもない。
「珍しいですね。お昼寝ですか」
「少し、夢を見ていただけだ」
「お疲れですか?」
「いや、大丈夫だ。話を聞かせろ」
俺が促すと、ニールは少し首を傾げてみせるだけで追及してこない。
いつも通りだが、今はそれが助かった。
「ハイデンの連中は予定通り二週間後にやってきそうです」
「避けられないか」
「避けられませんね」
両手を軽く放り出して、お手上げとやってみせる。
おちゃらけた態度だが、今は叱責している余裕もない。
「こちらの被害は」
「軽微と言えば軽微ですね。動けない奴は一人もいません」
「なら、引き続き監視だけはさせろ」
「戦闘は?」
「しなくていい。町に引き込み、叩いて殺す」
ハイデン相手となれば、正面からぶつかれば被害は免れない。
時間稼ぎもできていないが、威力偵察だと思えばそこまで悪い結果でもない。
「気になる点としては、魔法使いが何名か同行していたらしいです。幸か不幸かそれで撃退されつつも被害を抑えられた原因ですね」
「……追跡の足を躊躇ったか」
「はい」
魔法使いは一般的に戦士よりも身体能力が劣る。熟練の戦士で固めた俺の兵相手に、魔法使いを連れての追撃戦は不利だと悟ってくれたようだ。
これが暗殺者だけならば、そうはいかなかっただろう。被害は免れなかったはずだ、お互いにな。
そうなれば、寡兵であるこちらが一方的に消耗するだけ。精鋭といえど、向こうとはそもそもの絶対量が違う。
「まあ、いい。話がシンプルになっただけだ。しかし、魔法使いとはな……」
「何が目的でしょうね。遠征には不向きでしょうに」
「わからん。何をさせるつもりなんだ?」
まさか、この町に対して宣戦布告をするわけでもないだろうに。
俺と同じく、王位継承戦のためにダンジョンを調べるならハイデン以外を差し向けるはず。ならば、やはり目的は俺になるのだろう。
……わからない。だが、あの女が目的もなしにそんなことをするはずがない。
「魔法使いの種別は」
「そこまでは。ですが、攻撃系ではなさそうだとのこと」
攻撃系ではない。つまり、大別して補助か妨害。
ますますわからない。何のためにそんなことを?
いや、敵の手を考えすぎていても仕方がない。できる対応を取るしかないんだ。
「現在地の把握だけは必ずしろ。不意を突かれて町に侵入されなければいい」
「一番怖いのは暗殺、ですからね」
「ないとは限らん。警戒はしておくべきだ」
先手を打ちたいが、魔法使いもいるとなれば白兵戦は不利。卓越した裏の集団相手に奇襲を仕掛けるのも愚策。俺たちはそれ用の部隊ではない、不慣れな戦場で戦う必要はない。
となれば、必然的に町を使っての封じ込めになる。
町中で他人を巻き込む危険性はあるが、表沙汰になって困るのは向こうも同じだ。
一息入れる。
ニールも表情を崩した。
方針は、決まった。
何も知らない一般人を戦いの舞台に巻き込むのは気が引けるが、贅沢を言っていられるような状況ではない。
俺はなんとしてもこの町でダンジョンの秘宝を持ち帰り、王位継承戦に勝たなければならないのだ。その邪魔をさせるわけにはいかない。
「部隊は連中の後を追わせ、町に入ったら町を取り囲むように布陣させろ」
「逃がさないためですよね? 白の宝石の話を外に持ち出させないために」
頷く。
あれの話が外に漏れるのが一番まずい。
特に、ロザリンド本人が知ればどうなるか。きっと、白の一族がいる場所になんていさせられないと強制送還しようとしてくるだろう。
ふざけた話だ。たまったものではない。
「いやー、しかし、初戦がロザリンド様ですか。辛いですねぇ」
「いつかは当たる敵だ。むしろ、余力が残っているうちに相まみえることができて運がいいと思うべきだろう」
「ですかね。疲弊してて戦えるような相手ではありませんし。何より、彼女の持つ“権能”はご兄弟姉妹の中でもひと際強力ですからねぇ」
ある意味、あいつの庇護下にいたから逃げ延びることができたともいえる。
だが、いつかは越えなければならない壁であることに変わりはない。
「ニール」
「はい」
「俺は王になる」
「存じております」
空気を理解して、口調が変わったな。
思わずこちらの口が緩む。
「ならなければならない」
「一同周知の事実です」
「そのために、俺は犠牲を許容する」
「……従いますよ。俺たちは」
「まだ始まったばかりだが、後ろは任せた」
ニールは普段のニヤケ笑いとは一風変わった、困ったような笑いを浮かべ、部屋から出て行った。
俺は一人になった部屋で一息入れる。
立ち上がり、仕入れておいた町の地図を机の上に広げた。
万が一のことを考えて手に入れておいたが、さっそく役に立ってくれるようだ。
どのように戦うべきか。向こうが手を加えるとすればどこか。どのように動くか。
事前の予測が勝敗を分ける。人数の利は無い分、こちらには地の利がある。
劣等である以上、使えるものは全て使って勝利に結びつける。
「見ていろ。もう俺は、守られるだけの男ではないのだと理解させてやる……っ」
歯を食いしばる。
脳裏に浮かぶのは、いつまでも人を庇護対象だと見下してくる姉の姿。
俺とは違い、黒の一族として持つべきものを全て持って産まれた女。
天性の才にて、王位に近づいた女。
嫉妬はしない。持たざる者は、嫉妬している余裕すらない。
もう、誰にも侮らせなどしないと誓った。
実の姉であろうと、一度敗北を喫した相手であろうと……。
「テンユウ。お前との約束、果たしてみせるからな」
思い浮かべるのは、かつての友の姿。
俺の不甲斐なさで失ってしまった、友と呼ぶことすら憚れるあいつ。
だろうが、きっと俺が友と呼べば喜んで跳ねるのだろう。そういう奴だった。
今の俺の状況を聞けばどんな反応をするだろうか。
そこまでしろとは言っていないと怒るだろうか。それとも、やってやれと背中を叩いてくるのだろうか。
後者だろうな。とにもかくにも、好戦的な奴だった。
「まずは、お前の武器を取り戻す」
なぜ、どういう経緯であの刀がこの町に流れてきたのかはわからない。
あいつが殺されたあと、忽然と行方が知れなくなった武器。こうして巡り合えたのは、またとない機会だ。
必ずや取り戻さないといけない。あいつの骨すら入れられなかった墓に、供えてやるためにも。
「前哨戦と行こうか姉上。どっちの思惑が勝るか、確かめてみるとしよう」
俺は笑う。かつて、友がそうしろと言ったように。
戦の前にこそ、我はここにありと猛るのだ、と。そう言っていたあいつの言葉を忘れぬように。
窓の外を見れば、今日は雲一つのない晴れの日だった。




