第25話:シャーロットと髪の色
「やったっー! やったやったやったー!」
自室で俺ははしゃぎまわる。
何度も確かめた。何度も数え直した。そのうえで、間違いじゃないと結論が出てくれた。
「長かった……。いや、本当に長かった。ずっとお金貯めてたけど、髪染めとかでお金はどんどん逃げてくし。ほんっとうに苦労させられた……」
そう、今回の依頼で貯金額が目標金額に到達したのである。
俺の目標のために、一つの目安として設定していた金額。そこまで貯めることに成功した。
やはり、調査依頼での報酬が大きかった。口止め料も含めて、かなりの金額を得られた。
リヴェンの分も大半が俺の懐に入ったから、本当にあれ一つで一気に目標達成に近づいた。
スケルトンジェネラルの旗も高く買い取りされたのも助けになった。
あの旗は希少品として今度オークションにかけられるらしい。その際には是非見に来て欲しいと、招待状も貰った。
連盟主催のオークションは、冒険者所有だったが借金の糧として売られた一品も売られたりすることがあるから、一回見に行ってみたかったんだよな。ちょっとだけ嬉しい。
でも、オークションに使えるお金はない。このお金は、全て一つの計画のために使うのだ。
「ふふ。ふふふふ……」
笑いが込み上げてきて止まらない。
この宿に住んでから、いや、この町にたどり着いてから密かに考えていた野望。その実現が現実的になったのだ。
「これで、市民権が買える……っ!」
そう、ずっと流れだった俺が、ついに公的な身分を手に入れられる……っ!
市民権を手に入れられれば、この町で土地を活用できるようになる。それに、市民に登録されていれば守衛にも守ってもらいやすくなる。そいつが裏金貰ってるような奴でなければ。
この町で市民権のあるなしは大きい。比較的野良猫亭付近も治安がいいが、市民権がある人々しか立ち入れない区域などは本当に治安がいい、らしい。
俺一人で歩いても襲われない程度に、とのことだ。素晴らしい。
今は市民権止まりだけど、いつかは土地の使用権を手に入れて、その土地を使ってお金を手に入れる。すれば、金食い虫な今の生活をしてても忙しくしなくても暮らせるだけの収入を手に入れられるはず。
冒険者なんていう、危険な仕事をしなくてもよくなる。
不労所得を得ながら、俺自身は安全な市民区画で生活をする。いつか叶えたい、俺の野望だ。
そう、これは誰にも脅かされない安全な生活への一歩なのだ……っ!
「ふんふふーん。今日は気分がいいぞぉ。」
思わず鼻歌を歌ってしまう。本当に気分がいい。
さあ、今日は何をしようか。さっそくお金を持って……いや、それは早計だ。もう少し蓄えてからでも遅くはない。
どうせ市民権を買ってもすぐには活用できないんだから、もう少し余裕を持って活用するべきだ。
それなら、お金を増やすために行動する? それとも、たまには奮発してみる?
少しぐらいなら使っても問題ない額はある。もちろん、また貯め直す必要はあるけれど、使わないで貯めておくだけなのももったいない。
「よし、決めた!」
今日という日の使い道を決めた。
そして、ベッドへ横になる。そこまで柔らかくないベッドだけど、今ばかりは高級ホテルの気分だ。
「今日は何もしないっ!」
最近忙しい日々が続いていたから、自分へのご褒美として今日は何もしないことにした。
生きているだけでお金が消費されていく日々。何もしないというのは非常にもったいないし、贅沢極まる行為だ。
貴族とかいう連中は毎日こんな暮らしをしているらしいと噂で聞いたことがある。羨ましい!
「今日は看板娘もお休み!」
手足をベッドの上でばたつかせる。こんな子供っぽいこと久しぶりにした。
普段なら汚れるし埃が舞うから絶対にしないんだけど、今日ばかりは気分がいいから気にしないことにする。
冷静に考えるなんてナンセンス! やりたいことをやろう!
そんな調子でゴロゴロ怠けていると、扉が叩かれる。
誰だろう、とは思わない。マスターや慣れた店員だと、もう俺の部屋は容赦なく開けてくる。合鍵を持ってるからね。
わざわざ扉の外から声をかけるでもなくノックをするのは、この店では一人だけだ。
「はいはーい。どうかした? アリスちゃん」
言いながら、扉を開ける。
そこには店員の服に身を包んだ可愛らしい少女、アリスちゃんがいた。
「あ、お姉さん。今日はお店どうするかって、マスターが」
「あー。そっか。伝えないとダメだよね。今日はお休みするって伝えておいて」
俺がそう言うと、アリスちゃんの眼にジワリと涙が浮かんだ。
慌てて言葉を繋ぐ。
「明日! 明日は一緒にお仕事しようね! 今日はちょっと、ほら、疲れちゃってて……」
「本当?」
「本当本当! ね、ほら、約束だから」
言いながら、右手の小指を差し出す。
アリスちゃんはぎりぎり泣きとどまって、俺の差し出した小指をじっと見つめている。
ああ、そういえば指切りげんまんってこの世界にないんだっけ。まあいいや。
「ほら、こうやって指を出して。こう握り合わせて……」
「こう……?」
「そうそう! で、ゆーびきりげんまん嘘吐いたら――」
いつものわらべ歌を謳いながら、結んだ指を手ごと上下に揺らす。
懐かしいなぁ。少しだけ遠い目になる。
「――ゆーび切った! はい、これで約束。きちんと約束したからね」
「……針飲まされるの?」
「方言方言! そのぐらい嘘じゃなくて、本気で約束を守りますよっていう意味!」
聞きなれないフレーズだったのもあって、真に受けてしまったらしい。
針千本飲ますだの、怖いよねこの歌。なんで広まったんだろう。
子供相手ってことで、ついやってしまったけれど。
アリスちゃんは不思議そうに右手の小指を見つめている。
うーん、疑問に思われたかな? 時々やっちゃうんだよねぇ、こういうの。
お母さんにも不思議がられたっけ。
……懐かしいなぁ。
「お姉さん? 大丈夫」
「ああ、うん。大丈夫。それで、今日は一人で大丈夫そう?」
「ううん……」
ちょっと不安そうにしている。そうだとは思う。実際ミスは多いし、微笑ましいと笑ってくれる空気だからやっていけている感じはする。
でも、最初なんて誰でもそうだ。ミスはする。俺だって、皿を落としたことなんて何回もあった。
みんな、一つ一つミスをして成長していくんだ。
痛い思いをしなければ覚えませんとは言わないけれど、実際にミスをしたときの方が得られる経験値は多い。
だから、アリスちゃんもミスを恐れないで頑張ってほしい。
そういう趣旨の事を肩を掴みながら言うと、まだ恐々とだけど理解はしてくれたらしい。
「わかった?」
「うん。わかった……」
「それはよかった」
決してさぼりたいがために言ってるわけじゃないよ。早いところアリスちゃんに一人立ちしてほしくて言ってるんだよ。ほんとだよ。
実際問題、手に職ついているかどうかは大事だ。
万が一ダンジョンで俺が死んだとして、その時にアリスちゃんが途方に暮れてしまうのでは助けた意味がない。
その時には多分マスターが引き取ってくれそうだけど、人の善意に期待しすぎるものじゃない。
できることは自分で出来るようにならないとね。
「それじゃあ、明日ね。約束だからね」
「うん、約束」
アリスちゃんは名残惜しそうにこちらをチラチラ見てくる。
この数日で彼女もしっかり店に受け入れられ、一人でもぎりぎり常連さんのおかげで働けるようになってきていた。
だから、心配するようなことはない。本当だよ?
「あっ、そうだ」
去っていくアリスちゃんが、不意に立ち止まってこちらへ振り向いた。
扉を半開きにしたまま、顔を出している俺と目が合う。
「お姉さん、今日の髪色凄く似合ってる」
「へ? ありがとう」
「うん! じゃあね!」
そう言って、下の階に下りて行ってしまった。
そっと静かに部屋の扉を閉める。
髪の色について言及されるのは初めてだ。何だろう。
「……あっ。やっば」
髪の毛を一房手に取って目の前に持ってきてみれば、髪を染め忘れていたことに気が付いた。
お母さんの言いつけ通り、毎日部屋から出る前に髪の毛を染めていたけど、今日ばかりは外に出るつもりがなかったから気が抜けてしまっていたらしい。
こういうミス一切してこなかったんだけどなー。したとしても、普段から色をコロコロ変えてるからどれが地の色かなんて他人にわかりやしないし。
それに、お母さんがずっと言い続けるからって続けてただけの習慣だしな。別に髪の色程度でどうこうなるようなことないだろう。
「ま、アリスちゃんだからいっか。後で他の人に話さないように言っておこうっと」
そう言いながら、俺は純白の髪の毛を宙へ放った。




