第24話:リヴェンと追ってくる影
不意なボス戦が終わり、皆が疲れて解散した日の事だ。
探索が終わり、俺は宿屋に帰ってきた。
「お疲れ様ですリヴェンさん」
「ああ」
ニールが苛立つにやけ面で出迎えてくるが、今はそれに付き合う余裕もない。
「おや、本当に疲れてらっしゃる?」
「まあな」
俺は装備を外し、床に放り投げる。
今回の探索は中々に骨太だった。ボスも手数が多く、道中のモンスターラッシュも中々手間取らせてくれた。
その分、成果があればよかったんだが……。
「しかし、探索ってのは数日間かかるのが当たり前なんですかね? 冒険者の事情はまだまだ知らないことだらけですねぇ」
「遠征へ行くことを思えば、数日で済むなら早い方だろう。一月二月ぐらいは見るべきだ」
冒険者の事情には未だ明るくない。ダンジョンとやらが理解不能なのは理解できたが。
今回の調査依頼も、受けたはいいがどれぐらい時間を使わされることか。
急いでも仕方がないとは思いつつ、どうしても急いでしまう。
明日にでもあいつに聞いてみるか。
そういう契約だ、聞けば答えるだろう。
「それで、そっちの進捗はどうだ」
「んー、昨日の今日ですからそんな変わりはないですよ。と、言いたいんですが、幾つか伝令が届きましたね」
伝令。その言葉が意味することを理解し、動きを一瞬だけ止める。
「“ハイデン”が動き出した、だそうです。十中八九、追っかけてくるでしょうね」
「……あのいかれ女か。随分と執着してくれる」
「大変ですねぇ。実の家族に執着されるというのも」
「止めろ。あいつと同じ血が流れていると思いたくもない」
ハイデン。それは、俺の姉が持つ部隊の名だ。
暗部での活動がもっぱらで、現王ですら借りることがあるほどの練度だと言われている。
特に異常なのは、主人への忠誠度の高さ。命を捨てろと言われればその場で自ら首を切り、指令とあれば溶岩にでも迷わず飛び込む忠実さ。
何をどうすれば、あそこまで人を狂わせられるのか、俺にはわからない。
「酷い言いようですねぇ。彼女が聞いたら、きっとまた泣かれますよ?」
「黙れ。あんな奴はいくらでも泣かせておけばいい」
あいつは俺の事を愛玩動物か何かと勘違いしている、正真正銘のいかれ女だ。
一体どこをどう見れば俺が転んだだけで死ぬような貧弱に見えるというんだ。あいつの眼はどうかしている。
昔からそうだ。何もかもを自分の庇護下に置かないと気が済まない、真正の異常者。
まずはあいつの影響下から脱しなければ何もできやしないと思ったがゆえに、この町に逃げてきたというのに。
苛立たしさのあまり、装備を外す手に力が加わる。革の装備に皺ができた。
「伝令ということは、いつ頃来るかまで聞いているんだろうな」
「それはもちろん。もう一月ほどでたどり着く見込みだそうですよ」
「クソっ。早いな」
思った以上に余裕がない。
装備を外し終わり、体が軽くなる。元々軽装ではあるが、装備で動きが阻害されるのは如何ともしがたい不快感がある。
いっそのこと、普段着でダンジョンに潜ってもいいが、何が出てくるかわからない場所で防具を付けないのは流石に命知らずがすることだ。
魔法の装備の一つでも用意できればよかったのだが……俺であろうと入手が困難なものはある。特に、異常者に妨害されることが目に見えている物品ならな。
「お前は手勢を動かして、可能な限り遅延させろ。少なくとも、今の仕事が終わるまではたどり着かせるな」
「はいはい。わかってますよ。それでもそんなに時間は稼げませんからね」
「死者だけは出すなよ。ただでさえ俺の手勢は少ないんだ、あんな奴ら相手に消費していられるか」
これから打倒しなければならない相手が多い中、目の前の敵一人に手間取っているようでは王になど到底なれやしない。
あの狂人は本命の相手ですらないのだ。漁夫の利をされることこそが最もくだらない。
「へいへい。雑用は俺らの領分なんで、リヴェンさんはダンジョン探索に精を出してください。そして、俺らのためにもいち早くダンジョンの秘宝を見つけてくださいね」
「わかっている。そのために――」
そこで、ふと今日の出来事を思い出す。
「――ニール、悪いが雑用を一つ増やすぞ」
「へい? 何かあったんですか?」
「“白の一族”についての情報を集めろ。ダンジョンの秘宝と並行してな」
俺の口から出た言葉に、ニールのにやけ面が崩れた。
信じられなかったのかもしれん。俺だって、可能性を感じただけだ。
十数年前、一つの集落に潜んでいたという情報を手に入れて以来、全く音沙汰のなかった連中だ。今更、情報を集めろと言われても何を突然と思うだろう。
ダンジョンの中で俺があいつらに話したのは、おとぎ話なんかじゃない。実際にあった話だ。
人の命の形を歪める悪魔のような種族。俺らが白の一族と呼んでいる、怪物。
あいつらは人を、生物を、誰も見たことのない怪物に変えることができる災厄だ。一人たりとも、生かしておくわけにはいかない。
「冗談、じゃないっすよね。何か、手掛かりが?」
「ダンジョンの中で、白い石を見つけた。話に聞いたような、純白の石だ」
白の一族が現れた場所には、必ず白い石が残される。
だから、俺らはそれを見つけ次第捜索に出る。
俺らの一族の末端にまで周知されている悲願。冒涜的な彼の怪物を殲滅するために。
白の一族との戦いの歴史は隠されている。あまりにも悲惨で、現実味のない話だからだ。
俺だって一部しか知らない。歴史上で何があったのかは、俺らの国の王とその側近しか知らされない。
ここで更に一つの結論に思い至る。
あの崩れた肉のような奴は、モンスターではなく白の一族の被害者だったのか?
まさか。だとすれば、言葉が通じていそうだったのにも理解ができる。
では、なぜ萎んだ? どこへ消えた? 俺が知らない事実に関係があるのか?
「リヴェンさーん? 思いにふけるのはいいですけど、もうちょっと情報くれませんか?」
「ん、ああ。もしかすると、ダンジョン内で白の一族の被害者に会ったかもしれなくてな」
「……それ、本当っすか?」
「ああ、本当だ」
ニールの眉間に皺が寄る。
白の一族の被害者が出たとなれば、この町に実際に白の一族が暗躍していることになる。
これはチャンスでもあり、ピンチだ。
「困りましたね。ハイデンの耳に入ったら、大事ですよ」
「ああ。そうなれば、間違いなく本国から人員が派遣されるだろうな。そうなれば、王位継承戦のために動いている場合ではなくなる」
それどころか、手柄を求めて他の連中の手勢までやってくるだろう。
ダンジョンの秘宝を求めるだなんてやっている場合ではなくなる。戦場、いや戦争になるだろう。
そうなれば、この町に住んでいる連中も巻き込んで殺されることになるだろう。
「他に何かありそうな顔してますが?」
「……そんなわけ、ないだろう。俺は、俺が王になることしか考えていない」
レイナードの事が頭をよぎっただけだ。あいつなら実力で生き残れるかもしれないが、捕まれば抵抗した分酷い目に遭わされるだろう。
あの女、シャーロットもまあ被害を受けるだろう。生き残れは、しないだろうな。
人を信じることしか知らなそうな、呑気な奴。ボスを討伐した直後も、見てみればトリシェルに気を許していた。
戦になれば、真っ先に死ぬだろうな。あの女は。
「隠ぺいするぞ。本国に知られるわけにはいかん」
「それで、白い石は?」
「何?」
「白い石ですよ。リヴェンさんと同じく、白い石で勘づく人が出るかもしれません。内々で処理してしまうのがいいでしょう」
確かにそうだと理解して、気づく。
シャーロットに放り投げて、そのままだ。
考えろ、あの女ならその後どうする? ……連盟に証拠品として提出するだろうな。
となれば、情報の隠ぺいは困難か。
「……もう遅いか」
「あー。まあ、仕方がないと思いましょう。どのみち、複数人に見られてますから、誰かの口からいずれは漏れる情報です」
なら、他の手段を取るしかないな。
「やってきたハイデンは全員処理する。そうすれば、情報を持ち帰る奴はいない」
「そうなりますかぁ。ま、方針が決まったのなら従いますよ」
ニールはまたにやけ面に戻る。
同時に、部屋から出て行った。仕事をしに行くのだろう。
任せた仕事は多く、重要だ。あいつの働き次第で、俺たちの進退は左右される。
頼んだぞ。口にはしてやらないが。
楽になった俺は、体に付いた汚れをふき取ってからベッドの上に横たわる。
天井を見上げ、空へ手を伸ばす。
「白の一族の首は、他の奴にはやらん。俺が取り、玉座への手綱としてやる」
伸ばした手を、思い切り握りしめた。




