第23話:シャーロットと異変の終わり
「あっ! そうだ! 肉スライムは!?」
レイナードを巻き込んで喜んでいた時に、ふと思い出した。
一緒に落ちてきたはずだけど、どこに行ったんだ?
「そういえば。気にしている余裕もなかったからね」
「ちょっと探してきます!」
レイナードの手を放して、ちょっと探し回る。
あの肉スライムに関してはまだ調べたいことがある。
見せられた光景が何なのか。なんであんなに俺に固執したのか。わからないことだらけだ。
俺が感じ取っていた何かも、わからないまま。そんなの、気になって仕方がない。
一緒に落ちてきたはずだから、そのままならボスが倒れている付近にいるはず……ボスの下敷きとかにはなってないよな?
ボスの死体の周辺を探す。けれども、どこにもあの姿はない。
「見つかったか?」
「……いいえ。どこにもいません」
「モンスターだったのかもしれないね。ボス階層にモンスターを入れようとすると、不思議な力で弾かれるって話だし」
レイナードの言う通り、モンスターだった可能性はある。
でも、俺の直感は違うと言っている。あれはモンスターなんかじゃない。
だったら、何だったのか。わからない。それを知りたくて、こうして探してるんだ。
「ボスの下敷きになっているのかも……」
「んー、それは無いと思うよ? だって、戦闘中にずっと気を付けてたけれど、ボス付近に他の生物の気配なんてなかったもん」
トリシェルが俺の希望的観測を否定する。
そう言うのなら、間違いないはずだ。こいつが間違えるとは思えない。
なら、どこへ行ってしまったのだろうか。
本当に、モンスターだったのだろうか……?
「ダンジョンの奥に向かったという可能性もあるだろう」
「あっ。そういえば」
「それに、これはあいつのじゃないのか?」
リヴェンが見つけたのは、彼から落ちた白い宝石だった。地面に落ちていたらしい。
「……ふむ、こうしてみると、ただの白い石だな」
「何か見えたりはしませんか? どうですか?」
「いや、特には無いな。ほれ」
「ちょっ!」
無造作に放られたそれを、何とか落とさない様にキャッチする。
慌ててキャッチしたけど、また何かが見えるということはなかった。
何だったんだろうな。上の階でのあれは。
「白い石か……」
「リヴェン、どうかしたかい? 何か気になることでも?」
「いや、おとぎ話を思い出していただけだ」
おとぎ話? らしくない話だな。
この男にもそういう時期があったってことか。
視線が合った。咄嗟に視線を逸らす。
咳払いされた。
「俺の国では、昔に白い悪魔がいたとされていてな」
「白い悪魔」
「命の形を歪める、悪辣な悪魔だ。そいつらの痕跡として、こういう白い宝石が出てくることがあったとされている」
物騒なおとぎ話だなぁ。もっとこう、ファンシーな感じじゃないんだ。
いや、そういう物騒な国で育ったからこんな物騒な男に育ったのかも?
「私の育ったところでは白い天使だったけどね。みんなの怪我を癒してくれる、心優しい天使がいたって話」
トリシェルが対抗してなんか語りだした。
ふーん、まあ地域差があるって感じか。そういうのもあるよな。おとぎ話って。
意地悪な姉たちの目玉を抉って終わる話が、その部分だけなくなってたり。お話ってのは、色んな場所で改変されるものだ。
「力を使い果たした天使が、白い涙を落として消え去るって話だったかな」
「へー。じゃあ、白いってのと、何かを残すってのは共通してるんですね」
「僕は初めて聞く話だね。トリシェル、君が生まれ育ちに関係した話をするなんて珍しい」
「まあ、ちょっとね」
そう言うと、リヴェンの方をちらりと見るトリシェル。
なんだなんだ、喧嘩はやめて欲しいかな。ダンジョン入る前にも怪しい雰囲気出してたし。
そういう雰囲気になるなら、さっさと話の話題を変えてしまおう。
「でも、まあ、おとぎ話ですよね。現実に話を戻しますけれど、これからどうしましょう」
「どうする、と言われると難しいけれど。撤退以外の選択肢があるのかい?」
「そうなりますよねぇ」
あの肉スライムがどこに行ったのかは気がかりだけれど、実際問題ボス戦を終えた俺たちができる選択肢は少ない。
戻るか、進むか。そのうち、進むのは予定外の行動。リソースを考えるとオーバーだ。
そうなると、大人しく戻るしかない。帰り道を不安にしてまで、あの肉スライムに固執する必要はないだろう。
気になるといえば気になる。でも、気になるだけだ。命の危険を冒す必要があるわけじゃない。
「せっかく倒したんだ。異常に関係する何かがないか見てみるか」
「こいつは目玉の中に魔石があるんだったかな。後は本体の肉が――」
あれだけ動いてもまだ元気なのか、前衛組はエリアボスの解体に向かって行った。
俺はもうくたくただよ。疲れた。帰ってゆっくり休みたい。
あと、体洗いたい。色々と落として拭いたい。
風呂に入りたい。今世ではまだ入れたことないんだよなぁ。
側にトリシェルが寄ってきたのが気になったが、この際無視する。
本当に疲れた。好きにしてくれ。不意のボス戦は心臓に悪いって。
普段ならここでセクハラの一つでもかましてくるんだが、ダンジョン内だからか自重してくれた。
よかった。
「で、どうでした? 何かわかりましたか?」
解体を終えて戻ってきた前衛組に何か発見があったか聞いてみる。
俺の予想では、何もない。
「何もなかった」
「なかったね」
「ですよね」
予想通り。そんな気はしてた。
「何が、ですよねだ。無駄足だと知っていたなら最初から言え」
「ああ! そういう意味じゃなくてですね。いやそういう意味なんですけれど」
「どういう意味だ。具体的に話せ」
苛立たしそうに腕を組むリヴェン。
怒らないで、怖いから。
「ボスが異常の原因なら、もっとこういった問題が頻発しててもおかしくないと思ってたんですよ」
「……なるほどねー」
わかったように頷いてくれたのはなんとトリシェルだけだった。
レイナードとリヴェンはピンと来ていない様子だ。
「なぜだ?」
「簡単な話だよ。常駐しているボスが異常の原因なら、ボスが現れるたびに異常が起こる可能性があるってことでしょ? なら、もっとボスが倒されてるダンジョンに異常が現れるのが自然じゃない?」
「確率の問題かな? それなら、僕にも何となくわかるよ」
そこまで深くまで考えてなかったけど、そういうわけですと頷いておくことにする。
だから胡散臭そうな目で見ないで。
「……まあ、いい。理由は分かった。なら、異常の原因は一体どこにある」
「それを探すのが今回の依頼の内容でしょ? お馬鹿な戦闘狂は数日も覚えてられないのかなー?」
ちょ、煽るな煽るな!
お前も剣に手を当てるな!
「待った待った! これから地上に帰るのに、喧嘩で無駄に消耗しないでくださいよ!」
「なら、帰った後ならばいいのか」
「地上では法に触れるのでダメです」
「お前な……」
呆れられる。でも、これで熱は収まってくれたようだ。
喧嘩に発展しないのなら幾らでも呆れてもらって構わない。
生きて帰って、その後に犯罪行為をする気があるならその時には好きにしてくれ。
俺に被害が及ばない範囲ならどうでもいい。
そんな感じで、火花を散らす二人を適度に落ち着かせつつ、俺たちは一度ダンジョンから脱出することにした。
これまた帰り道では何かが起こるわけでもなく、行きもこれぐらい楽ならいいんだけどなと思わずにはいられない。
そして、結論から言うとこの日からダンジョンの異常は収まった。
別の日に集まった俺たちは再びダンジョンに潜った。瞬間、空気が違うことを実感した。
念のため数日間それぞれの階層を探索したが、三階層のあの麻痺毒の靄もなくなっており、再発の気配もない。
原因こそよくわからないものの、異常は収まった。そう結論を出さざるを得なかった。
連盟には白い宝石を証拠品として提出して、俺たちの間ではあの肉スライム君が異常の原因だったんじゃないかって話になった。
結局、あれはなんだったんだ?
トリシェルだけが、何かを知っていそうな顔をしていたが、のらりくらりと躱されるばかりで具体的な話を聞きだすことはできなかった。
リヴェンも暗い顔をしていたのが気になる。
あの二人、何か知っているのか?
ともあれ、俺はボス討伐で手に入れた部位や依頼達成報酬でこれまた大金を手に入れることに成功した。
これで、貯金もそこそこ。そろそろ、考えてたことを実行してもいいかもしれない……。




