第20話:リヴェンとダンジョンの悪意
「シャーロットちゃん、シャーロットちゃん!?」
「クソっ」
トリシェルは取り乱して壁を叩いているが、肉壁はどうにも動く気配がない。
まるで――そう、あいつが触れる瞬間だけ、壁が口を開けて飲み込むかのように開いた。獲物が口に入るのを待っていた捕食者のように、だ。
面倒な事になった。
「まずは落ち着こう。このフロアにモンスターは少なかった、すぐに彼女が襲われる可能性は低い。つまり、僕たちが回り込んでいく時間は十分残されているはずだ」
レイナードは落ち着いて分析をしているようだ。このあたりは経験という事か。
「壁を破るという選択肢があるが」
「硬質な壁ならともかく、このぶよぶよした壁に剣が通るとは思えない。それに、よく見て」
促されて先ほどの壁の方を見ると、どんどんとコブが浮き出始めている。
なるほどな。攻撃すれば体液を巻き散らかすぞと言っているわけか。ふざけた話だ。
もはや意志を持って動かされているだろうこれは。ダンジョンには管理者でもいるのか?
「迂回するしかないわけか。しかし、どう回っていく。壁が動く以上、マップは当てにならんのだろう」
「……それでも、大体のところは以前と一致していた。参考程度にはなると思う」
「動かないよりかはマシでしょ。さっさと行こうよ!」
あいつ、シャーロットはこの階層に入ってからずっと何かに怯えているようだった。
その何かに近づいているのかは知らんが、明らかに道中様子がおかしくなり続けていた。それとなんかしらの関係があるのか?
トリシェルの慌てようからして、今回のこれはこいつが仕組んだわけではないのだろう。もしそうなら、素晴らしい役者だ。
駄目だな。わからん。疑えばキリがない。
「とにかく動くか。あいつに死なれると今後に差し障る」
「そうだね、じっとしている場合ではないのはその通りだ。とにかく動こう」
判断は早い方がいい。俺たちは即座に反転し、向かおうとして――いつの間にかに現れていたモンスターの群れに思わず硬直する。
「なんだ、この数は」
その数、ざっと見た限りでは数え切れん。視界が悪いのもあるが、気配は通路の先まで続いている。
ここは行き止まりだ。大きく回避の動きもできない。飽和攻撃されれば、麻痺毒を回避するのは難しい。
「まずは私が大きく穴をあけるから、一気に駆け抜けるっていうのは?」
「それで抜けられる程度の数しかいないと思うか? 俺はこの階層にいた連中が全て集まってきたと予想するがな」
「僕も何となくそんな気がするかな。やれやれ、ダンジョンに意志があるって噂は本当かもしれないね」
静かに俺たちは剣を構える。
トリシェルは何かを呟いた後、その手に光の弓が生まれた。
これが本気の魔法か。こいつ、これまでは手を抜いていたってことだな。本当にふざけた奴だ。
「なら、大人しく殲滅の方向で」
「同感だ」
「好戦的だね。まあ、それしかないかな」
先陣を切るのは俺の役目だ。気配がわかり、一番敵の正前で動きが取りやすい。
だから一足早く敵へと駆ける。背後、側面はレイナードに補ってもらう。
そして――。
「いっくよ~。穿てっ!」
俺の顔の横を燃え盛る炎の矢が突き抜けていく。
あと少しでもずれていれば、俺も燃えていたかもしれない距離だ。
こいつ、狙ってやっているのか?
炎の矢はモンスターを貫き、業火に包み込む。一体だけではなく、何体も同時にだ。
範囲を狭めた分、貫通力と威力を上げた魔法か。射程距離もそれなりにありそうだ。これは敵に回すと厄介だな。
「次、行くよ~」
「俺には当てるなよ」
「当然!」
俺は迫りくる触手を最低限の動きで避ける。
切り捨てると、微量とはいえど体液が飛び散る。この密集地帯でそれは悪手だと判断した。
俺のやるべきことは、先陣を切り、最小限の動きで敵を仕留めて道を切り開くことだ。
その邪魔になる敵はトリシェルが魔法で吹き飛ばしている。わざと見逃した敵は、レイナードがきちんと始末してくれている。
保険役がいないとはいえ、この程度の敵ならばどうとでもなる。
「さっさと終わらせてあの阿呆を追いかけるぞ」
あの間抜け面に、さっさと謝罪をさせてやる。
その調子で殲滅を続け、俺たちは前線を押し上げる。
斬れども斬れどもモンスターどもが尽きる気配はなく、どこからこんな数が湧いたと文句を言いたくなる。
直前までどこにもそんな気配はなかったのに、だ。
まさか、文字通り壁や床から湧いて出てきたわけでもあるまい。
「うわっち! 背後にも敵! レイナード助けて!」
「わかった、すぐに対応する!」
どこから出てきているのかわからないと言えば、俺たちが通ってきた道から敵が出てくることもある。
おそらく擬態していた奴が隙をみて出てきただけだと思うが、これがまた厄介だ。
俺は前線の維持で手一杯だから、レイナードに動いてもらうことになる。
その間、バックアップがなくなるから、進行速度を落とさざるを得ない。
「レイナード! 次の道はどちらだ!」
「次は左へ! その先は正面に行けば、おそらく反対側に出られると思う」
いい加減触手を避けるのにも疲れてきた。剣の腹で叩き落とすのにも限度がある。
そろそろ終わりが見えてきてくれると助かるんだが――。
「そう優しくはないようだな。いい度胸だ、後悔させてやる」
一向に減る気配のないモンスターどもに腹が立ってきた。いいだろう、こうなれば残さずに全員叩き切ってやろう。
二度と俺の前にモンスターを出そうなどという気が起きないほどに殲滅しきってやろう。
剣を振るう。狙うのは本体らしき部位だ。
モンスターの見た目は相も変わらずグロテスクだが、おおよそ特徴が理解できてきた。
種類としては大別して二種類。壁となるモンスターと、触手で攻撃してくるモンスターだ。
どちらも弱点となる本体が存在しており、そこを潰せば死ぬ。
見た目は個体によって微妙に違うが、本体のある場所は大きくは変わらん。故に、対処も大きく変わらん。
そこにさえ気が付いてしまえば、流れ作業だ。
剣を振るう。より効率よく、体液をなるべく飛び散らかさぬよう、洗練させていく。
剣を振るう。一振りで二体を、三体を、四体を、まとめて殺せるようになっていく。
剣を振るう。飛び散る体液など気に留めず、乱暴に剣を振るう。
「リヴェン!」
「問題ない!」
背後から襲い掛かってきた触手をやむなく切り捨てる。体液が体にかかるが、この程度は問題にならん。
――僅かに体に痺れを感じる。
関係ない。そのために昨日一日体を慣らしたんだ。
「もう少し先でモンスターが途絶えてる! そこまで耐えて!」
ついに終わりが見えたか。
少し楽しくなってきた頃合いだったが、仕方がない。
「レイナード!」
「わかってる! トリシェル、最大火力で前方へ!」
「あいさ!」
再び炎の矢が俺の隣を突き抜けると同時に、俺も前に出る。
爆炎に撒かれ、穴が開いた場所に体を捻じ込み、剣を振り払い更に穴を広げる。
飛び込んだ俺にすかさず触手が伸びてくるが、それらはレイナードが振り払う。
――見えた。モンスターがいなくなっている。
そこだけ忽然とモンスターが途切れている。まるで見えない境界線でも引かれているかのように。
「大盤振る舞いするよ! 燃えっろー!」
「走れ!」
トリシェルが正面に残った連中を燃やし、のたうち回っているのを横目で見ながら俺たちは走り抜ける。
ここが安全地帯なのかは知らんが、一方にのみ集中できるのは助かる。
一旦モンスターの群れを抜け、俺たちは振り返る。
既に粗方殺しつくしたからか、この地点までたどり着いたからか、連中は諦めたように散り散りに動いて行く。
どうやら、一旦戦闘は終わったらしい。
「……ふう、ひとまず休憩できそうだな」
「リヴェン、体液を結構浴びていたけど大丈夫かい?」
「問題ない、と言いたいがそれなりに痺れはあるな」
「レイナードは?」
「僕は問題ないよ」
お互いに無事を確認し合う。
俺は麻痺を消すために解毒ポーションを飲む。耐毒ポーションも飲まないといけないんだったか。面倒だな。
だが、飲み直さないという選択肢はない。麻痺で動けなくなって怪我を負うなど馬鹿らしい。
「それで、この先に?」
「うん。記憶が正しければ、これで向こう側に着いたはずだよ」
「なら、さっさとあの阿呆を探すか」
下手に動いてないといいがな。動かれていると面倒だ。
臆病なのか警戒心がないのかよくわからない奴だからな、どういう行動をしているか読めん。
隊列は変わらず、俺が先頭で進んでいく。
道は逐一レイナードに確認しながら進んでいる。よくもまあ、あの戦闘の中でも移動経路を把握していたものだ。そういうのも冒険者には必要な技能なのかもしれんが。
やはり、学ぶべきところは多いな。
「ん、多分いる、と思うけど……」
トリシェルの感覚はどうやらあいつを捕らえたらしい。
だが、歯切れが悪いな。一体なんだ。
「変な気配が一緒にいる? 争ってる感じじゃないけれど……」
「なんだそれは」
「わかんない。私も感じたことない気配だから、ちょっと……」
変な気配? 本当に確証がない答えだな。
ダンジョン内でモンスター以外のものがいるというのか?
「とにかく、行ってみよう。彼女が無事ならそれに越したことないけれど、変な気配も気になるしね」
レイナードの方針に俺たちは顔を合わせて頷いた。
やがて、俺も気配を察知する。確かにいるが、何かもいるな。なんだ?
「シャーロットちゃん!?」
「ちょっと、トリシェル!」
トリシェルが唐突に走り出した。
なんだなんだ。そんな危ない状況なのか?
俺の感覚では、危機が迫るような感じはしない。穏やかなものだ。
後を追うと、すぐにその理由がわかった。
「何をやっている……」
「ちょっとシャーロットちゃん、大丈夫!?」
「これは……モンスター、なのかな?」
溶けた肉塊にのしかかられているシャーロットの姿が、そこにはあった。




