第18話:シャーロットと共鳴
ダンジョン探索三日目。
まだ三日目と言えるかもしれないが、俺的にはもう三日目という感じだ。
昨日に引き続き三階層の探索の続きを行うべく、俺たちはこの間と同じようにダンジョン前に集まっていた。
……その中で俺は、少しばかり居心地の悪さを感じている。
「ねぇ、喧嘩でもしたんですか?」
「気にするな。何でもない」
そう、リヴェンとトリシェルがどこかぎこちない。いや、最初からといえばそうなんだけど。それにも増して関係が悪くなっているように見える。
正確にはリヴェンのトリシェルを見る目つきが怖い。元から目つきは悪い? それはそう。でもそうじゃない。
何かあった? トリシェルと何かあったのは俺なんだけれど。
お前の方がなんで険悪な感じになってるの。トリシェル、こいつにも何かしたの。突っかかってたのを悪化させたの。
声かけづらいんだけど。どっちにも。
「……レイナード、何があったのか知ってます?」
「いや、それが僕にもわからないんだ。昨日の終わりにはこんな感じではなかったよね?」
「私もそうだったと思います」
こっそりとレイナードの隣に移動して相談するも、こいつも何も知らないらしい。
何があったんだろうか?
「ねぇねぇ、ちょっといいかな?」
「……なんだ」
先に動いたのはトリシェルだった。
ちょっと待ってねと懐を探り、取り出したのは一つの小袋だった。
じゃらりという音を聞いた感じ、金物が入っているのだろうか。多分財布かな?
「はい、これ落とし物」
「どうしてお前がそれを持っている」
「やだなぁ、それ聞いちゃう? 言った通りだって。しいて言えば……口止め料?」
口止め料? 物騒な単語が出てきたな。
真面目にこの二人の間で何があったんだろう。
「……受け取ろう」
「うん、じゃあお互い沈黙を保つってことで! よろしくね!」
……解決、したのか?
財布を拾って届けただけ? でもそれが口止め料になるってどういう事だ?
本当にどういう状況?
何もわからないまま、それでリヴェンとトリシェルのやり取りは終わった。
「よし、それじゃあ今日も三階層の続きから探索を始めていくよ!」
「おー!」
何もわからないまま、何事もなかったかのように探索開始の宣言がされた。
ノリノリのトリシェルは、一見すると何事もなかったかのように見えるけど、どこかこちらを見る視線が怪しく感じた。
……いつもの事か!
理解を諦めて、ダンジョン探索に集中することにした。ダンジョン探索は他の事を考えていてどうにかできるほど優しいものじゃない。
特に、このダンジョンは相も変わらず異常に満ちている。
一階層、二階層は昨日一昨日と何も変わらない。三階層も同じくだ。
スムーズに下りてきたが、これといって変化したところは見受けられない。異常が定着してしまっている。
「三階層の様子は昨日とは変わってないね。よし、昨日の続きから探索しよう」
「今日は俺も戦おう」
そう言って前に出たのはリヴェンだ。
戦おうって、動くと麻痺毒が体に回るから戦えないって話だったんじゃないっけ?
「昨日ここの麻痺毒を持ち帰ってな。少し体に慣らした。多少なら問題なく戦える」
「ちょ、それ違法!」
「そうなのか?」
わかってなさそうなので説明してやることにする。
「調査依頼が出ているダンジョン内のものは一回連盟を通さないと持ち帰っちゃいけないんですよ」
「そうなのか? なぜだ」
「なぜって、調査対象を持ち帰られると困るからです。で、何が調査対象なのか冒険者側に判断させるわけにもいかないから、一回は連盟を通すことになっているんです」
なるほどと頷くリヴェン。わかってもらえただろうか。
ダンジョン内の物には一般流通させるわけにはいかないものもある。だから一回は連盟を通すのが冒険者のルールになっているのだ。その後何事もなければ返してもらえるし。
横流しルートも存在しているけど、当然取り締まりの対象だ。捕まったら大変な目に遭う。
「昔からあるルールだけどね。リヴェンは最近来たばかりだから知らなかったんだ」
「ああ。そうか、この毒は中々に便利だと思ったんだがな」
「何に使うつもりだったんですか!」
麻痺毒を使うだなんて、絶対ろくでもない用事じゃないか。
てか持ち帰ったところにばっかり集中してしまったけれど、普通に体に慣らしたとか言ってなかった? 慣らすってどういうこと、まさか自分で毒を摂取して免疫つけたってこと?
どんな考えならそういう事しようと思うんだよ。あと、どんな体してるんだよ。
「そっか。なら、今日は僕も一緒に戦うよ。トリシェルの魔法と切り替えつつ、探索を進めていこう」
一人で戦うのでなければと、レイナードもやる気のようだ。もしかして、昨日トリシェルメインにしてたのは、リヴェンが戦えないのを気に負わせないためだったのかも?
レイナードなら普通にこの中でも戦えそうだもんな。こいつ馬鹿強いもん。
この分だと、今日の探索で三階層はきちんと終わりそうかな。
「それじゃあ、行こうか」
三階層の探索の続きが始まった。
黄色い靄の影響で視界が悪い。しかし、トリシェルの感知能力はすさまじい。敵がいる方向、来るタイミングをしっかりと把握して事前に察知してくれる。
おかげで、戦うタイミングと避けるタイミングをしっかりと判断しながら進めることができた。
一階層二階層に比べたら物資の消費量は多いが、それでも昨日よりかは遥かにスムーズに探索を進められている。
この調子なら、今日は四階層の様子見をすることもできるだろう。
そういえば、このダンジョンのエリアボスの階層って何階層なんだろう?
来た事ないからわかんないや。
「このダンジョンのエリアボスは五階層ごとだよ。シャーロットちゃん」
「えっ」
「だから四階層を超えたらボス戦だよ。怖くなっちゃった?」
横にいたトリシェルから当然のように答えが返ってきた。
今俺口に出してたかな。出してたかも。心を読まれたかと思ってびっくりした。
「四階層でも何もなければ、本格的に深層に潜る準備をしないとね。エリアボスの対策もしないと」
「エリアボスが正常だという確証はあるのか?」
「ないね。だから、それも考慮しないといけない」
俺としてはさっさと異常の原因を見つけて終わりになってほしい。
イレギュラーなエリアボス戦なんて、そう何回も経験したくはない。
四階層で異常が見つかることを祈るばかりだ。
そのまま何事もなく探索は進み、三階層の探索は終わった。
やはり時間的に余裕は残された。四階層の様子見をするかどうかで少し相談することとなった。
「三階層には何もなかったね」
「四階層でもこの麻痺の靄がどうなるかだな。続いているようなら面倒だ」
「じゃあ様子見だけでもしておく?」
一斉に視線がこちらに向く。四階層見るかどうかの判断をしろっていうわけだ。
ため息を一つ吐いて、考えることにする。
現状のリソース量は問題ない。様子見ぐらいなら問題なくできるだろう。
仮に階段下に大量に待ち構えられていても、すぐに逃げればいい。トリシェルの魔法も残っているから、戦う選択肢すらある。
「……そうですね、少しだけ様子を見ましょう。明日以降の対策が必要になるかもしれませんし、情報が欲しいですから」
俺がそう言うと一同は頷き、四階層への階段を下っていく。
少し遅れて、その背中を追いかける。何か、後ろ髪引かれる思いをしながら。
結論から言うと、様子見したことは正解だった。
四階層に入った瞬間、予感がしたんだ。
この階層に何かがある、と。
四階層の様子は、三階層を更に酷くした感じだった。
麻痺毒の靄は濃くなり、視界が黄色く染まっている。数メートル先も見えない状況だ
壁も意志を持っているかのようにうねり、微妙に通路の形を変えている。
「……これは、酷いね。大分時間が必要そうだ」
「動いているが、構造まで変化してるんじゃないのかこれは」
「ちょーっと手間かかりそうだね、これは。この濃さだと、耐毒ポーションもどこまで持つか。シャーロットちゃんは麻痺しない様に気を付けてね」
各々が好き勝手の感想を言う。
俺も何か言うべきだったかもしれないけど、それどころじゃなかった。
「シャーロットちゃん?」
目の前がちかちかする。寒気がする。体の震えが止まらない。
怖い。なんだこれ。ただ漠然と怖いという感情が溢れて止まらない。
三階層に下りる前に感じていた恐怖が更に強くなってきている。
「大丈夫? シャーロットちゃん」
耳鳴りがする。誰かが俺を呼んでいる。
――駄目だ、これ以上いると、頭がおかしくなりそうだ。
「……帰りましょう。続きは、明日以降で」
俺の様子がおかしいことに全員気が付いてくれたのか、意見は反対されなかった。
幸いなこと、帰り道ではさっきみたいな異常な感覚に襲われることはなく、俺たちは無事に地上までたどりつくことができた。