第17話:シャーロットと元奴隷少女
リヴェンに助けられ、俺はお礼を言ってから少女を引き取った。
さてはて、助けたはいいけどどうしよう。先の事なんて本当に考えてなかったなぁ。
ひとまず頬の青あざは俺の回復魔法で痕を消したけれども。
……宿から出る前に、リヴェンが何か言いたげにしてるのも気になった。
お礼は言ったし、謝罪はしたし、何だろう。そもそも不用意になるなとかだったのかもしれない。
まあ野良猫亭まではついてきてもらったんだけどね! 不用意になるなというのなら、護衛してもらわないと!
大分嫌そうな顔されたから、明日はちょっと念入りにお礼言おう。そのぐらいしかできないし。
今は、私の借りている部屋の中でこの子と二人きりだ。
あとで下にいるマスターにこの子を働かせてもらえないか頼んでみようっと。
「あ、あの」
「ん? どうかした?」
「本当に、大丈夫ですか。私なんかが、あの……」
未だに不安そうにしている少女を安心させるように微笑んで、そっと幼い子供をあやすように頭を撫でてあげる。
「大丈夫、大丈夫。見捨てたりはしないから」
拾った以上は責任を取らないとだからな。
貯金に余裕はあるけれど、この分だとしばらくは切り崩さないといけなさそうかな。
この子の服とか買わないとだし。高いんだよなー、この世界の服。
古着屋でそれっぽいのつくろわないと。流石にリヴェン連れてくと怒られそうだから、常連さんかマスターに頼もうかな。
ひとまずは俺の貫頭衣だっけ、ワンピースみたいなのの裾をまとめれば仮の服としてはいいかな。
改めてじっくりと少女の姿を見る。所々破れているぼろ布を服代わりにまとっており、貧相なシルエットをしている。がりがりで普段からまともに栄養を取れていなかったのがよくわかる。
髪色は金だろうか。汚れてしまっているから輝きは鈍いが、洗えば綺麗になるだろうか。それとも元々こういう色なのだろうか。瞳の色は綺麗なパープル。いいね。
年齢は十歳いってるかどうかぐらいかな? こういう子は発育悪いからなぁ。でも結構顔立ちは悪くないから、きちんと磨けば美人さんになりそう。
「そうだ、なんて呼べばいい?」
「えっ、と。わたし、ですか?」
「うん。あっ、もしよければ私が考えてもいいかな?」
呼び名に碌な思い出がないパターンもあるから、配慮はする。
新しい呼び名で、過去を清算する。そういう事もあるだろう。
今の名前に思い入れがあるのなら、名乗ってくれるはずだ。
「……はい。お姉さんの好きなように呼んでください」
「んんっ」
「お姉さん?」
「いや、大丈夫。ちょっと、ちょっとね?」
やばい。思った以上に背徳感があった。
何このシチュエーション。可愛い女の子が上目遣いで従順な意志示してくるの、凄い“くる”ものがある。
今度俺もやろう。意識してないだけでやってたかもしれないけど。
「じゃあ、アリスで。よろしくね、アリスちゃん」
「……はいっ!」
元気のよい返事が返ってくる。初めてこの子の笑顔を見た。太陽のようとは言えないが、野に咲く花のように可憐な笑顔だ。
これは……看板娘の座をかけたライバルになるかもしれないな。俺も自分磨きに精を出さないとだ。
いやー、我ながら安直な名付けだったかな。金髪の少女だからアリス。碧眼じゃないけど青紫で近い色だったし。犬の名付けじゃないんだから、もうちょいひねった方がよかったかも。
まあ本人は気にいってくれている様子だから、いっか!
「まずは綺麗にしよっか。どこか痛むところはある? シャーロットちゃんが治しちゃうよ~」
「だ、だいじょうぶですっ!」
「ほら見せて~、ほら見せて~」
人に肌を見せるのに抵抗があるのか、服を脱がせるのに抵抗される。
でも、いつまでもぼろ布のままではいさせられない。それに汚れたままだと、店の方に連れて行くのが憚られる。
「それじゃあ体を拭くね」
「は、はい」
ぼろ布を一旦よそに除け、アリスちゃんを裸にさせる。
改めてみると、あまりにも痛々しい。顔だけでなく、体にも何度も暴行された痕が残されていた。
俺は濡れた布でこの子の体を拭きながら、回復魔法で痕が残らない様に治し、二つの意味で体を綺麗にしていく。
どんな目にあったんだろうか。俺が想像するのも大変なほどひどい目にあったに違いない。
そんな子が俺の心配をしてくれただなんて……。その誠意には精一杯報いなきゃな。
一通り体を拭き終わって、汚れも綺麗になった。髪の毛も丁寧に水洗いして、金色の輝きが戻ってきている。
もっと綺麗にしてあげたいが、それは後でいいだろう。今は先にしておきたいことがある。
体から水気をふき取って、俺の衣服を被せる。余った裾は捲り上げてピンでとめる。簡単な処置だが、ひとまずはこれで我慢してもらおう。ぼろ布よりはましなはずだ。
「それじゃあ、一回ついてきてくれる? 大丈夫、私が守ってあげるから」
「……はい」
「ん、ありがとう。足元気を付けてね。服の裾を踏んで転ばない様に」
手を差し出すと、恐る恐る手を乗せてくれる。
その姿が小動物のように可愛くて、どうしても守ってあげたくなる。
この子には俺が使っていた男心を掴むテクニックを一杯教えてあげよう。今決めた。
ぶりっ子路線は似合わないから、子供らしく純粋に行く方針で。
アリスちゃんの手を引いて、階段を下りて酒場へと向かう。
途中酒場の様子が手すり越しに見える。
まばらに客はいるが、それだけだ。もう少しすればまた店が埋まるだろう。
マスターは店の奥のカウンターでジョッキを拭いている。
「マスター、ちょっとお時間いいですか?」
「ん」
短く唸るだけのような返事。周りの客に怯えていたアリスちゃんは、余計に体を固くする。
マスターは見るからに武闘派という感じの筋肉質な男性で、正面に立つと圧迫感が凄い。俺的には渋くてかっこいいと思っているが、アリスちゃん的にはまだまだ怖いようだ。
いいや、大人っていうだけで怖いんだろうな。周りのお客さんにも怯えているし。
リヴェンには、どうだったっけ。少し怯えてたような気がしなくもない。
「この子をお店で働かせてほしいんですけれど、どうですか?」
そう言って、マスターへアリスちゃんを見せる。
アリスちゃんは完全にがたがた震えまくっているけど、仕方がない。これは乗り越えなければならない壁だ。
ある程度の間は養ってあげてもいいんだけれど、俺自身が金食い虫だから限度はある。
できうる限り早く、就職先は見つけてあげたい。
「……働けるのか」
「人に慣れるのに時間は必要だと思います。けど、慣れたら働かせてあげられませんか? 今後私もダンジョン探索が増えそうですし、もう一人看板娘がいてもいいと思うんですよ」
「……そうだな」
それだけ言うと、マスターは再びジョッキを拭くのに手を戻した。
不安そうにこちらを見上げてくるアリスちゃん。可愛い!
ではなく、不安を解消するように手の甲を撫でてあげる。
「大丈夫。しばらくは私が一緒の時にだけ働こうね」
「で、でも」
「ああ、お許し? わかりづらいけれど、今のでマスターは認めてくれたってことだから。ですよね?」
俺の問いかけに、マスターは手を止めず頷いた。
アリスちゃんが不思議そうに眼を丸くしている。
とにかくマスターは口数が少ないのだ。俺がここに流れ着いた時もそうだった。当時は何か裏があるんじゃないかと、言質を引き出そうと散々会話を繰り返したが、今思えばなんと無駄な努力をしていたのだろうか。
ふたを開けてみれば、ただの口下手。特に、泣いている女の子に弱い。
この町では珍しい、人情家だ。
アリスちゃんも少しだけそれが伝わったのか、恐る恐るだがマスターを見ている。
マスターの視線が彼女へ向けられた。
びくりと大きく体が揺れる。
「……まずは、休みなさい」
それだけ言うと、マスターは店の奥へと拭いていたジョッキを下げに行ってしまった。
ぽかんと口を開けたまま、少し呆けているアリスちゃん。
予想していなかったのだろうけれど、少しその様が面白い。見た目からは到底優しい人とは思えないもんな。
「おーい、シャーロットちゃん。その子はなんだい!」
席に座っていた常連さんの一人がこちらへ声をかけてくる。
夜が近いこともあって、酒が入っていそう。少し警戒が必要かもしれない。
「アリスちゃんです。今後お世話になるかもしれませんね」
「お、新顔か。よろしくな嬢ちゃん」
「ひぃぅ」
常連さんは冒険者なので、当然いかつい男の人が多い。
マスターの方が強面だとはいっても、怖いものは怖いのだろう。
「おいおい、大丈夫かこの子」
「少し大人の人に嫌な事されてたみたいで。どうか、優しくしてあげてくださいね」
「おうよ! 任せとけ!」
愛嬌を振りまいてお願いすると、元気よく快諾してもらえる。
大きな声で驚いてしまったのか、アリスちゃんは小さくなってしまった。
大丈夫大丈夫と宥めてあげる。よしよし。
「しかし、そうなると辺鄙な食事処だったここも随分と様変わりするなぁ」
「あはは」
「シャーロットちゃんが来てから活発になった感じはするな。やっぱ花よ花」
「もう、その花よりお酒なくせに」
「ちげぇねぇ、ガハハハハ!」
何気ないやり取りを常連さんと繰り広げると、ふと視線をを感じる。
見てみると、アリスちゃんが尊敬のまなざしでこちらを見てきていた。
ウインクして答えてあげる。君もそのうちこういう事をするんだよという意味を込めて。
「今日は見学っていう事で、私の働きぶりを店の隅で見ててね」
アリスちゃんは恐々と頷いてくれる。
よかった。少しでも前向きになってくれて。
その後、店は夜の繁盛する時間となり、俺は給仕の仕事に精を出す。
新しい看板娘となる子は、酒場の隅でじっとこちらを見つめてきていた。