第12話:シャーロットとダンジョン探索
さあ、ダンジョン探索の日がやってきた。
事前準備として、予備日だった昨日のうちにリヴェンを連れまわして装備を整えさせた。
こいつ、あの説明を聞いた上でカタコンベダンジョンと同じ装備で乗り込むつもりだったらしい。そんな装備でダンジョンに挑むのかと、流石に常識のなさを解いてしまった。
真っ当な意見だからか、渋い顔をされつつも、否定は一度もされなかった。
買わせたのは将来的に必要になるマジックバッグと、今回のダンジョンで役に立つポーションホルダー付きのベルト。麻痺毒をくらっても、すぐに解毒のポーションを飲めるようにだ。
動きの邪魔になるものは嫌だというので、マジックバッグは腰巻式。
かなり渋られたが、最終的には呆れさせることで容認させた。どんな反応されようが、最終的に意見を飲ませた方の勝ちよ。ふふふ……。
財力を見せつけられて、少し嫌な気分になったけど。俺の生存確率を高めるためなら容認できる範囲。少人数パーティだと、一人当たりの強さが重要になる。今回俺は非戦闘員なので、三人しか戦えないとなれば余計にだ。
「さて、各人準備はいいかな?」
「ああ」
「大丈夫でーす」
「私も、問題ありません」
レイナードの呼びかけに、各々が返事をする。
今日のダンジョンアタックは、一階層と二階層の探索をする予定だ。三階層からは明日以降に探索する。
日帰りの予定なので、泊まりの道具は用意していない。その代わり、その階層を隅から隅まで探索するので、戦闘用の装備を多く持っている。
俺なんかは戦闘に関わらないので、普段よりも少し大きめのマジックバッグを持ってきている。
戦闘後の処置をするための装備や、調査内容をまとめるためのメモなどが入っている。
「情報は前に話した通り。入る前に疑問点は?」
「出てきたモンスターは斬って問題ないんだな?」
「うん、体液にだけ気を付けて」
「麻痺毒だったか。わかった、気をつけよう」
前衛組は凄いやる気に満ち溢れているなぁ。
こっちの後衛組はというと……。
「やめてください、近寄らないで!」
「良いではないか、良いではないか~。えへへ、一緒にダンジョンに潜る仲だよぉ」
「ふざけてないで前を向いて! ほら、二人とも入って行ってますよ!」
「じゃあその前に……ああ、待ってぇ」
このざまである。
変態から逃げるようにして、俺も二人の後を追いダンジョンに入っていくことにした。
ダンジョンの入り口は、まるで地面に開いた口のような見た目をしていた。
肉肉しい階段が踏みしめる度に不快感を伝えてくる。足が肉に沈み、踏み込みが上手くいかない。少し濡れているのか、やたらと滑る感じがする。
階段を下りきると、むわりと生暖かい空気が充満している空間に出る。
壁も床も天井も、全てがなにかの内臓の中のような気持ち悪い肉で形作られている。
思わず吐き気を催したが、何とか踏みとどまった。
「トリシェル、まずはどこから行く?」
「んー、まあしらみつぶしでいいんじゃない? 端から消していく感じで」
「そうだね。シャーロット、今の案はどう思う?」
「ええっ!?」
なんで俺に聞くんだ!
このダンジョンでは初心者も初心者だぞ、勝手なんて知ったことか!
答えないという選択肢は選ばせてもらえそうにないぐらい、二人に見つめられる。
リヴェンは不思議そうに俺を見てくる二人を見ていた。
「……いいんじゃないでしょうか」
圧力に負けた。無難な回答を返して誤魔化した。
二人は満足気に頷き合って、また前へ向き直る。
「うん、じゃあそれでいこう」
「れっつごー!」
何だったんだ今の質問。意気揚々と進んでいく二人の背中を見つつ、俺は冷汗を拭く。
「今のはなんだ」
「私が聞きたいですよ」
本当になんだったんだろう。ダンジョンで判断を求められることはままあるが、初めてのダンジョンでも聞かれるなんて思わなかった。
これまで聞かれる内容は、せいぜい道を進むか戻るかどうかの相談ぐらいだった。
残っているリソース量や、その時の状況によって冷静な判断を下せばいいだけの状況に比べて、今要求された判断は難しすぎる。
持たされてる情報少なすぎるだろ。何を言えって言うんだ。
よくわからない責任を負わされたところで、俺たちはダンジョンを進む。
今のところ最悪な気分だ。本当に足元が気持ち悪い。ぐにゅぐにゅする。よく顔色変えずに進み続けられるなこいつら。
トリシェルなんかは文句を言いそうなものなのに、慣れてるのか何も反応を示さない。こっちに手を振る余裕すらあるときた。少し腹立つ。
そうやって探索を進めて、最初に異変を感じ取ったのもトリシェルだった。
「……敵かな。次のT字路の右側」
立ち止まったと同時に口を開いていた。
何事もなく進んでこれたが、どうやら接敵したらしい。
こういうときはやはり本職がいてくれると本当に助かる。接敵前に敵の存在を確認できるのは強い。
「オーケー。戦闘準備。数は?」
「多分そんな多くない、多くて三いるかどうかぐらいかな」
「なら、トリシェルは温存。僕とリヴェンさんで倒すよ」
「わかった」
流れるように手筈が整えられ、俺たちは曲がり角に集まる。
反対側に敵影はないことを確認して、一斉に角を曲がる。
トリシェルの言った通り、そこにはモンスターが三体。
肉の触手を鞭のようにしならせている、イソギンチャクの亜種みたいなのが二体。
足の短い蛸が肉のたるに収まったかのような、寸胴の怪物が一体。
見た目が本当に気持ち悪い。グロテスクの一言に尽きる。
これの肉が美味って本当? 最初に食べようと思ったのどこのどいつだよ。真面目に信じられない。
「やるぞ」
「待った、気を付けるんだ!」
のたうつ肉の鞭を最小限の動きで避け、リヴェンがイソギンチャク型のモンスターに肉薄する。
けれど、イソギンチャクを庇うようにして、蛸壺型の魔物が割って入ってきた。
リヴェンは躊躇うことなく、そのまま蛸壺を斬りつける。
斬り裂かれた肉塊部分から、溢れ出んばかりの体液が噴き出た。
「クソっ」
「下がって! 僕が入る!」
体液を浴びない様に後ろに跳んだリヴェンのカバーをレイナードが行っている。
彼の隙を突いて襲い掛かる触手を切り払い、後続を断ち切った。
リヴェンは下がるので手いっぱいな様子だ。不意打ちで体液をぶちまけられた影響か、怯んでしまっているように見える。
「こいつはわざと切られて体液をぶちまけるのが厄介な敵なんだ」
「理解した。どこを狙えばいい」
「足元に頭があるから、そこを潰せば倒せるよ。他は触手も含めて切っても大丈夫」
「わかった」
短いやり取りで、状況は改善される。
迷いがあったリヴェンの動きが一変した。
最小限の動きで触手を切り払い、モンスターへ迫るレイナードの援護をしている。
レイナードがイソギンチャクへ攻撃をしようとすると、先ほどと同じように蛸壺が割って入ってきた。
「そこだ」
その瞬間を読み切っていたリヴェンの剣が、蛸壺の頭部に突き刺さる。
蛸壺はその瞬間に力を失い、地面に倒れる。飛び散る体液は最小限だ。
盾を失ったイソギンチャクは、その残り少なくなった触手で抵抗しようとする。しかし、レイナードの剣は滑らかにそれらを捌き、正確にイソギンチャクの本体を貫いた。
「……ふぅ」
「おつかれさまー。体液は浴びた?」
トリシェルが戦闘を終えたばかりの二人へのんびりと歩み寄る。
「僕は大丈夫。リヴェンさんは?」
「こちらも大丈夫だ。……あと、さん付けはしなくてもいい」
「そうかい? じゃあ、今後はリヴェンって呼ばせてもらうね」
「それでいい。不覚を取った、すまない」
「いいさ。僕も注意が遅かった、ごめんよ」
この一戦で、レイナードとリヴェンは大分打ち解けた様子だ。
やはり、戦場を一緒にすると仲良くなるのが早い。
「後続はなさそうです」
「うん。周りの警戒できて偉い偉い」
戦いの騒ぎを聞きつけて、モンスターがやってくることがあるので、その警戒をしていた。
その報告をすると、トリシェルは笑ってこちらの頭を撫でようとしてきたので、伸ばされた手をはたいて落とす。
「ダンジョン内でふざけないでください!」
レイナードに笑われる。リヴェンもほのかに笑った気がする。
まったく、揃って人の事を玩具にしやがって。
文句を言える立場ではないが、不満はある。
「それじゃあ、先に行きましょう。あんまり長居するのも嫌ですし」
「そうだね。同じ場所に留まるのも趣旨に反する。手早く移動するとしよう」
レイナード主導で、再び隊列を組みなおす。
――その間のことだ。足首に何か感触を感じたと思ったら、世界がひっくり返った。
「なになになに!」
「シャーロット!」
「うそ、気が付かなかったっ!」
逆さまになった原因を求めて視界を巡らせると、俺の足の方から触手が伸びているのが見えた。触手は天井に繋がっており、どうやら天井に擬態していたモンスターがいたらしい。
俺は片足を触手に捕まれて宙吊りにされているという状況だ。
「ちょ、ちょっと!」
「待ってて、すぐ助けてあげるっ!」
トリシェルがこちらを助けようと振りかぶるが、その動きを見てモンスターの動きが活発化する。
俺の体が大きく揺さぶられ、モンスターは逃げるように天井を張って移動し始める。
「ゆれ、ゆれるぅぅぅぅぅぅ」
「ああ! シャーロットちゃん! くそ、動きが読めないから狙い撃ちができない」
振り回される俺の体が邪魔になって、天井の魔物を狙えない様子だ。
振り回されすぎて気持ち悪い。逆さまになってるから頭に血が上る。
「本体を叩くより、触手を切った方が早いかもね」
「俺がやろう」
逆さまで振り回され続けて、目を回し始めた次の瞬間、視界に飛び込んできたのはリヴェンの顔だった。
「まったく、何をしている」
「あ、ありがとうございます」
縦横無尽に振り回されていた触手は叩き切られ、俺は空中でリヴェンに抱えられた。そのまま地面に下ろされる。
また助けられた。良かった。
触手を切られたモンスターはこちらを襲ってくるわけでもなく、そのままどこかへ走り去って行ってしまう。
「あぁー。シャーロットちゃんを攫おうとした罪で消し炭にしてやろうと思ったのに」
「シャーロット、無事かい?」
「は、はい。無事です。ちょっと目は回りましたが」
何なんだ一体。俺を攫おうとした? なんでまた。
前のスケルトンジェネラルでもそうだったが、なんか俺モンスターを引き寄せるフェロモンでも出してる? いやいや、これまではそんなことなかったし、イレギュラーのせいだろう。
「人を攫おうとするなんて、イレギュラーは確かに起きてるみたいだね」
「そうなのか? この間もこいつは攫われかけてたぞ」
リヴェンからすると、二回中二回攫われかけてるわけだから、そういうものだと思っていたらしい。違いますー。
こんな目に遭うなら初心者パーティに混じるなんてできなくなる。守ってくれる保証がどこにもないのだから。
「んー、シャーロットちゃんはダンジョン歴それなりでしょ? これまでに攫われた事あった?」
「ありませんよそんなこと。こんなことがしょっちゅうあったらもう生きてませんよ」
「だよねぇ」
心当たりなんてない。ここもイレギュラーが起きているダンジョンということだし、そのイレギュラーが起きていることで引き起こされているとしか思えない。
どういう条件が揃えばダンジョンが人を攫おうとするのか? そんなものはわからない。ダンジョンについてはわからないことだらけだから、今更の問いだ。
「とにかく、先に進もう。せめて今日中に一階層の様子ぐらいは網羅しておきたいからね」
わからないことは一旦放置して、できることからやっていこう。
俺たちは顔を見合わせて、レイナードの指示に頷いた。