第11話:シャーロットと【緋色の鐘】
はてさて、トリシェルの魔の手に抵抗しつつ、彼らのクランハウスまでやってきた。
リヴェンは全く守ってくれなかった。こいつ……。
「部屋に案内するよ、ついてきて」
「見事な建物だな」
「ありがとう。身を粉にして手に入れた、自慢の拠点だよ」
なんか仲いいなこの二人。
強い者同士、通じ合うところでもあるのだろうか。
道中で俺がトリシェルから逃げ回ってる間も、ずっと話をしていたようだし。
クランハウスの中に入ると、こちらに気が付いてきた人々が押し寄せてくる。
瞬く間に、俺たちは取り囲まれてしまった。
「戻ったかリーダー!」
「あのトリシェルがやる気を出したってどういうことなの!? まともに部屋から出てくることすら稀なのに!?」
「なあなあ、相談しようと思ってたことがあるんだけど……」
「やあ、こんにちはみんな」
周りの勢いに反して、レイナードは穏やかだ。トリシェルもあくびしている。
これすらも日常なのかもしれない。俺なんて、勢いのあまりリヴェンの後ろに隠れてしまった。
舌打ちにも段々と慣れてきた。手を出されないなら可愛いものだ。
「聞いてくれよ――」
「――うんうん、そうだね。」
「教えて欲しいことがあって――」
「ああ、それは――」
……慕われてるなぁ。こうやってこいつのやり取りを見ていると、昔を思い出す。
【緋色の剣】のときも、こういう雰囲気だった。
レイナードを中心にみんながいて。色恋の類はあったけれど、全体的には和やかで。楽しい時間を過ごすことができていた。
……いいなぁ。
「おい、下の人間の相談に乗ってやるのもいいが、仕事の話をさせろ。俺たちを放置するな」
「ああ、ごめんよ。そういうことだからみんな、通してくれるかな?」
彼が一言断りを入れると、それだけで道ができる。
圧倒的なカリスマ性。これが人を束ねるリーダーの素質。
大きな背中になったことを喜ぶべきか、どうするべきか。
仲良くしていた人が遠くへ行ってしまったようで、少し寂しいような。
上の方からほう、と小さく感心した声が聞こえた。
「それじゃあ、行こうか」
レイナードに連れられて、俺たちはクランハウスの一室に案内される。
普段からこういったやり取りをすることがあるのだろうか。連盟の応接室に負けず劣らずの豪華な部屋だ。
角に置いてある壺とかいくらするんだろう。高そうだけれど。
「あれ、大体金貨十枚ぐらいだって」
耳元で囁かれた。高いらしい。
「どうぞそちらに腰かけて。……トリシェル、君はこっち側だよ」
「えー。シャーロットちゃんの隣がいいー」
「君は彼女を怖がらせるだろう? それに、君もクラン員なんだからさ。ね?」
笑顔の裏に凄い圧を感じる。
レイナード、本当に強くなったんだな。
前は結構パーティメンバーに舐められてるところあったのに、締めるところは締められるようになったんだな。
……トリシェルがこちらに手を出してる以上、まだ舐められてるのかもしれないけれど。
「……わかった。わかったからそれやめてよ、怖いから」
トリシェルもしぶしぶと従った。
非常に助かる。話の最中に体を触られるとか、絶対に嫌だからな。
……名残惜しそうにこっちを見るな!
俺とリヴェンがレイナード達と向かい側の長いすに腰かけ、話は始まる。
「それで、色々と聞かせてもらおうか」
だからなんでお前は高圧的なんだよ。情報を教えてもらう側だろ。
「まずは今回潜る予定のダンジョンの話からしようか。トリシェル、君もよく聞くんだよ」
「はぁい」
やる気のなさそうな返事だな。露骨にこっちを見てきているし……視線が合ったからといって、手を振ってくるな! 話に集中しなさい!
「今回僕たちが潜るのは、不気味な肉塊が蠢くダンジョン。通称“肉袋”」
「えーっ! あそこなの? あそこ装備が汚れるから嫌いなんだけれど」
「文句を言っても仕方がないだろう? ピートさんには確認したから、間違いないよ」
肉袋。俺は潜ったことはないが、話は聞いたことがある。
出てくるモンスターがこぞってにくにくしいグロテスクな見た目をしていることから、報酬の美味しさに反してダンジョンの人気は低いとのこと。
モンスターの肉が見た目に反して美味いらしく、結構な金にはなるんだとか。
うちでは取り扱っていないから実際の味は知らないが、冒険者が利用しないような上級の店だと使っているらしい。冒険者はまず食べない。食べるときに、どうしても見た目を思い出してしまい食欲がなくなってしまう、らしい。全部聞いた話でしかない。
高級食材、ではあるか。ダンジョンの難度自体、決して低くはない。
「多くのモンスターの体液に麻痺毒があるから、飛び散る体液に注意するのが一番重要だね」
「敵の強さはどうだ」
「君ぐらいの実力ならどうということはないと思う。搦手が多いダンジョンだから、周囲を注意深く観察するのが重要になるかな」
そう、麻痺毒。これが厄介な要素だ。
解毒のポーションさえ持っていれば、問題ない話に思えるかもしれない。だが、体が痺れる都合上自分で飲むのが困難になる。
動きも鈍くなるから、一度麻痺毒を貰うと次が避けづらくなる。結果、更に麻痺して動けなくなるという、負のループに陥る可能性がある。
以前、一人では立ち入ってはならないと、連盟からお触れが出ていた覚えがある。
「搦手というのは具体的には何だ。どこに気をつければいい」
「まず、ダンジョンの通路自体が何かの体内みたいな見た目をしているんだけれど、壁や床にモンスターが擬態していることがあるんだ」
「……不意打ちか。確かに面倒だな」
「しかもくらえば動きが鈍る麻痺毒持ち。厄介さは理解してもらえたかな?」
リヴェンはこくり頷いてみせた。
いくら強くても、何もさせてもらえなければ一般人と変わらない。
危険性を承知してもらえてよかった。
「シャーロットはマジックバッグを持ってたよね? 解毒のポーションはどれだけ持てそう?」
「んー、調査の形態によりますかね。数日かけて探索するのなら、モンスター除けのポーションとかも必要でしょうし。それは非戦闘員の私が持つのが良いでしょうし……」
言い訳のように聞こえるが、隊列としては前衛がレイナードとリヴェン、後衛がトリシェルと俺になるだろう。
このうち直接戦闘ができないのは俺だけ。つまり、手が空く機会が多いのも俺だ。
雑事とかこなすのは俺の方がいいだろう。そうなると、俺の手元に色々と詰め込みたい。
マジックバッグという色んな道具を詰め込める便利な道具が存在するのだ。存分に活用するとしよう。
「これは僕の予想だけれど、そんな深層に原因があるわけではないと思っているんだ」
「根拠は何だ」
「イレギュラーの原因と、イレギュラーが起こった場所はそんな離れてないと思う、っていう単純な予測なんだけれどね」
それだけではないと、レイナードは一旦体の姿勢を整え直す。
「まず前提として、イレギュラーが観測されてるのは、全体的に浅い階層なんだ」
「深層に行く人間が少ないから、結果的に浅い階層で確認されているという可能性は?」
「なくはない、程度かな。その場合は、イレギュラーが起こったのではなくて、ダンジョン自体が変容しているってことになると思う」
「その場合の俺たちの仕事はどうなる」
「イレギュラーではなく、ダンジョン自体の環境が変化している事を確認するしかないだろうね。その場合、結構な深層にまで潜ることになる」
つまり、深層に潜る可能性は捨てきれない。
でも、レイナード自身は浅い階層に原因があると思っている。
ダンジョンに潜るとき、明確に目的を定めた方がいいのは当然だ。
深層に潜ることを目的としたときと、浅い階層をくまなく探索するのに要求される装備はまるで違う。
今回の依頼では、どちらもあり得てしまう。
「……数日に分けて探索するという事でしょうか」
可能性が高いと思っている浅い階層の探索をまずはメインに行う。
それで原因が見つからなかったら、深い階層の探索を行いに行く。
一日で行うのではなく、目的ごとに数日に分けて行うことで、装備の差をなく調査を進められる。
「そういう事になると思う。だから、しばらくの間よろしく頼むよ」
レイナードがこちらへ握手を求めて手を差し出してきた。
私の方にトリシェルが手を出してきたが、横から叩かれて引っ込めていた。いいぞ、その調子で抑えていてくれ。
まずは俺に手を差し伸べられたので、握手を交わす。
久しぶりに握った手は、ごつごつと硬く大きかった。
しっかりと握り交わした後、レイナードの手はリヴェンの方へ差し出される。
「……色々と勉強させてもらうとしよう」
差し出された手は、無事に握り交わされた。
その後は、誰がどれだけの荷物を持つのかなど、細かいことも含めて、しばし話し合った。
解散となるころには既に空は暗くなっていて、俺はリヴェンとレイナードに送られて野良猫亭まで戻ることになるのだった。