第10話:シャーロットとパーティメンバー
俺の依頼拒否申請は通らなかった。
他の面子が全員やる気なのもそうだし、俺の一存で動かすには事が大きすぎる。
「いやあ、久しぶりに顔が見れて良かったよ」
「そっちも、元気そうで何よりです」
「野良猫亭で働いてるんだって? 僕らの活動範囲から離れてるからあまり行かなかったけれど、今度行ってもいいかな?」
「……ハイ、ドウゾ」
両隣にはイケメン二人。ハンナさんに見られればまた何か言われそうだけれど、今の俺はそれどころじゃない。
「じゃあ付き添いで私が行ってもっ!?」
「貴女は駄目です。出禁です」
「そんなっ!? でも怯えてる顔すら可愛いから許しちゃう!」
テンションたけぇ。本当に誰だよこいつ連れてきたの。怖いよ、素直にこの場で一番怖いよ。
調査しに行くダンジョンよりこいつの方が怖いよ。身近な危機だよ。
ピートさん何でこの人選出したの。
「でも、二人も知り合いだったんだね。うちのクランから二人出すように言われてきたけれど……トリシェルが一緒に行きたがったから、何事かと思ったよ。普段はやる気を見せないのに」
お前の選出かよ! 勘弁してくれ!
弱みがある分強く言いづらいじゃないか!
「……それで、この四人でダンジョンに潜る。それでいいんだな?」
「ええ、実力さえ認められれば我々も貴方の事を認知いたしましょう。えーと?」
「リヴェンだ」
「リヴェンさん。あなたの目的にも近づけると思います」
こっちはこっちで勝手に話を進めているし。
この場に俺の居場所はどこにもない。体を小さくして、時間が全てを流してくれるのを待つしかない。
「シャーロットちゃんこっち見てー?」
うるさいっ!
◇ ◇ ◇
「どうかな、この後の打ち合わせはうちのクランでやらないかな?」
ピートさんとの基本的な話し合いが終わり、解放された。
俺はトリシェルのとの間に常にリヴェンを立たせるように立ち回り、上手く魔の手から逃れている。
今のところ、手を出されていない
「ふむ。打ち合わせが必要というのは理解ができる。お前たちはこれから潜るダンジョンに詳しいんだろう?」
「ああ、僕たちのクランは何度も深くまで潜ったことがある。日にちを跨いだ経験もあるぐらいには慣れ親しんだダンジョンだね」
「だろうな。でなければ、お前らを呼んだあいつが無能だったという事になる」
ちょっと、まだ連盟の建物内ですよ。誰が聞いてるかわからないんだから、あんまり変なこと言わないで欲しい。
直接言わないけど。怖いし、それよりトリシェルの方に注意しないとだし。
「……一つ聞きたいんだが、いいか」
「ん? なんだい? これから一緒にダンジョンに潜る仲だからね、なんでも聞いて欲しい」
「こいつとはどういう関係だ?」
俺がやたらと二人を気にしているのを、リヴェンも気にしていたらしい。
レイナードは少し考えた素振りを見せて、すぐに回答を出す。
「僕と彼女は昔同じパーティを組んでいたんだよ」
「ほう、そうなのか」
「うん。色々と揉め事があって解散しちゃったんだけどね。彼女とは結構親しくさせてもらってたんだ」
リヴェンが視線で確認を取ってくる。
俺は頷いて肯定した。レイナードと親しくしていたのは本当のことだ。それがきっかけでパーティが崩壊したわけでもあるんだが……別に今となってはどうでもいい。いつかは起こることだった、そう結論を出している。
「トリシェル、君は?」
「私? 私は、その……」
「その?」
何か嫌な予感がする。変なこと言い出すんじゃないだろうな。
「一目惚れって、やつなのかな……」
「私のストーカーです。過去に被害に遭いました」
「ちょっと?」
「なるほど、危険人物扱いしていたのはそういうわけか」
「ちょっと?」
「トリシェル、そういう行為は許可を貰ってやらないとダメだよ」
「ちょっと?」
最後の奴だけなんかおかしくなかったか? 許可云々の問題じゃないだろ。
思わず最後のだけ俺が反応しちゃったよ。
悲しいよ、お前は俺を守ってくれないんだな……。
「まあ、いいか」
よくないけど。
リヴェンさん? 守ってくれるって契約じゃありませんでしたか?
「そうだね。これからダンジョンに入るんだから、今だけでも仲良くしよう。もちろん、トリシェルも相手が嫌がるようなことをしちゃ駄目だよ」
「はぁい。リーダーが言うなら自重しまーす」
「シャーロットも、トリシェルがこう言ってるから大目に見てくれないかな?」
レイナードが純粋無垢なまなざしをこちらへ向けてくる。
うっ。顔がいい。
「……レイナードがそう言うなら」
ため息を一つ吐くぐらいは許してほしい。
でも、決まってしまった以上いつまでも文句は言ってられないのが現実なのだ。
レイナードに言われなくても、いつかは受け入れざるを得なかった。
無理やり自分を納得させる。人選には不満しかないが、不満があるだけ。
この中で圧倒的に実力不足なのは俺だ。レイナードとリヴェンはもちろん、トリシェルだって最大クランのトップ層、実力は申し分ない。
どうしてでかい顔して意見を発することができようか。
もう一回、ため息が出た。
「それで、お前たちのクラン拠点はどこにあるんだ」
「ここからはそう離れてはいないよ。野良猫亭とは反対の方向にあるけれど」
「今日ダンジョンに潜るわけでもないんだろう? なら、多少の距離は問題あるまい」
「そうだね、早くても明後日かな。まだ時間があるとはいえ、調査にどれぐらいの時間がかかるかわからないからね。準備は入念にしたい」
もっともな理由だ。流石は最大手クランのリーダー、ダンジョンの事をよく理解している。
準備しすぎていて問題ということはない。特に、ダンジョンにおいては。
何か一つ掛け違えれば、歴戦の勇士だって格下のモンスターに殺されてもおかしくないのだ。
致命的なミスに備えて、常に入念な準備を行う。素晴らしい。
初心者連中にこのことを教えても、何度反発されたことか。大事な事なんだけどなぁ。
「道理だな。わかった、お前の言うことを聞こう」
「助かるよ。仮のリーダーを任せてもらったと思っても?」
「構わない。俺は新参者だからな。勝手知ったる人物が舵を取った方がいいだろう」
おお、レイナードはリヴェンのお眼鏡に適ったらしい。
指揮権を渡すなんて、かなり譲歩したんじゃないか?
指示されるのなんて嫌だという人物だと思っていたのに。
「なんだ、その眼は。俺が人の言う事を聞くのが不思議か?」
「い、いえ。そんなことは……」
やばい、バレてた。
こいつ、かなり気配に敏感というかなんというか。
人の心でも読めるのか? 今後は迂闊な事考えられないな。
「……まともなことを言う人間に対して、文句を言うほど狭量ではない」
「えと、はい」
「だから、お前も何かあれば言え。検討するに値すれば、聞いてやる」
……え? 今、俺何を言われた?
何かあれば言えって? この男が? 俺に?
本当に何を言われたのか理解するのに時間がかかった。
まさか、本当に思考を読めるのか? 不服に思われてた?
「なんだ、文句があるのか」
「いえ、いえ! そういうわけでは」
「ないのならば、いい」
フリーズしたことに対して不興を買ったようで、男の額には皺が寄せられていた。
このやり取りを聞いて誰かが笑い声をあげている。レイナードだ。
「君たちは随分と仲がいいんだね」
「良くはない。昨日知り合っただけの仲だ」
「そう? その割には、お互いの事をよく見ようとしていると思うけど」
それはない。口にはしないが、そう思った。
俺がこの男の事を気にするのは殺されないためだし、この男が俺の事を気にするのは利用するためだろう。そんな間柄でしかない。レイナードが言うような綺麗な関係では、ない。
リヴェンと目が合った。同じようなことを考えていたらしい。今度は向こうの方から目を逸らされる。
「いいから案内しろ。俺は準備とやらにかける時間も必要なんだ」
「わ、せっかちぃ。ポッと出の余裕がない男って最低だね」
ここで、トリシェルがリヴェンを煽る。口に手を当てて、嘲笑するかのようにジェスチャー。
ちょっと?
「何?」
「これだから新参者は。自分が足りないのを棚に上げて、配慮しろって圧力? こっちは何一つとして悪くないのに?」
ちょ、ちょ、ちょ。なんでそんな喧嘩腰なの?
わざわざここで波風立てる必要ある? 何が気に食わなかったの?
さっきレイナードが仲良くとか言ってたよね? 俺の聞き間違いだったっけ?
「ほう。言うじゃないか」
「言うよ。世間知らずが何もわかっていないようだから」
睨み合う二人。君そんなキャラじゃなかったよね? どうしたの本当に。
そこに割って入ったのはレイナードだ。
「そこら辺にしようか。問題解決に向けて、あまり時間もかけたくないし、向かおう」
「……わかった。従おう」
「ふーんだ。シャーロットちゃんは渡さないんだからね!」
「いや、あなたのでもありませんよ?」
一色触発の雰囲気の中、レイナードを先頭に、【緋色の鐘】のクランハウスへと俺たちは歩みを進めるのだった。
……今、お尻触られた! トリシェルの馬鹿野郎、さっそく隠れてやりやがったぞおい!
そんな雰囲気なかったのに! やることはしっかりやる野郎だなお前! 女だけど!