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もし、明智光秀が秀吉の援軍に向かったら? 80 天正十一年冬 4
北条側の策。
言い訳を並べ討伐には不参加を決め込んだうえで千葉氏を討つという信長軍は自由に領内を通過させることを申し出る。
信長軍を領内奥まで誘い込んだところで退路を断ち、背後を襲う。
これはかつて浅井長政が反旗を翻し、信長が窮地に陥ったのと同じであり非常に有効である。
そうなれば挟撃体制が完成し、佐竹軍も参加して袋叩きにすれば大打撃を与えられ、しばらくは関東に手は出せなくなるどころか、逆進して上野や下野も奪うことができる。
さらに長年敵同士であった佐竹氏ともこの機会に協調体制がとれ、安心して信濃方面の領土拡張を進めることができる。
だが、それは有効であるとともに、誰もが考えそうなことでもある。
当然信長はその対策を用意する。
兵糧米の供出。
異心がないことを示すため領内のすべての城の門をあけたままにする。
当主または跡継ぎを人質として安土に送る。
これらを北条氏と佐竹氏などへ通知する。
完全な臣従。
またはその逆。
そのどちらかを選べ。
そういうことである。




