表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
本能寺の変~もし、明智光秀が京都ではなく秀吉の後詰めに向かっていたら(パイロット版)  作者: 田丸 彬禰


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

79/118

もし、明智光秀が秀吉の援軍に向かったら? 79 天正十一年冬 3

信長は臣従を拒んだ下総の千葉氏討伐を決定する。

ただし、これは名目上のものであり、関東一円を平定することを意味するのはあきらか。

そして、狙いは主たる北条と佐竹、さらに両者に近い者たち。


天正十一年三月下旬侵攻開始。


信長のその決定に従い各将は準備に入る。


信長が示した侵攻ルートは大まかに分かれて四つ。


伊豆ルート。

箱根ルート。

甲斐ルート。

上野ルート。


このうちふたつは家康が指揮する。

甲斐から武蔵へ侵攻するルートは甲斐を支配する川尻秀隆が大将で甲斐と南信濃の諸将が属する。

上野ルートは滝川一益が大将となり、北信濃と新しく臣従した下野の領主もこの部隊に属する。


その後ろに織田信忠率いる織田軍主力が進み、さらにその後方に信長の本隊が行くという武田討伐と同じ図式が展開されることになる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ