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本能寺の変~もし、明智光秀が京都ではなく秀吉の後詰めに向かっていたら(パイロット版)  作者: 田丸 彬禰


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72/118

もし、明智光秀が秀吉の援軍に向かったら? 72 天正十年秋 3

内容が地味なためか、秀吉の紀州討伐に関する資料もそれほど多くはないのだが、信長の高野山攻めの状況はさらに資料がない。

ただし、信長が高野山に攻撃を仕掛けていたことは確実であり、本能寺の変の後、織田軍が撤収したあと、高野山川は恩賞を出している。


一応わかっていることを整理すると、現在の橋本市に拠点をつくって高野山に攻撃をしかけていた。

それも三月までそれ以降の記録は本能寺の変が起こり、織田軍が撤退するまで記録がない。

おそらく小競り合い程度のものはあったものの、基本的にはにらみ合いの状態だったと思われる。


ここでは、現在の和歌山市周辺と、紀の川の北側を織田軍が支配しているところから始めることにする。


当然有名な「太田城の水攻め」は起きない。

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