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もし、明智光秀が秀吉の援軍に向かったら? 48 北国編
だが、二日後、春日山城に届いた報告は兼続たちの想定とは全く逆の事実をもたらす。
浜松城を出た徳川軍一万は東進を開始した。
ということは、徳川は独自行動として、北条と一戦交えるのか?
となれば、狙うは伊豆か?
少ない情報でそう判断した上杉の家臣たちであったが、むろんこれは行軍開始後の第一報であり、その後行軍を密かに監視する間者たちから次々にやってくると、徳川の狙いが見えてくる。
同行する穴山信君領を通り甲斐を北上。
さらに、甲斐で信長より甲斐を賜った河尻秀隆も合流、諏訪では毛利長秀ら南信濃の軍勢とも合流、二万を超える大軍になってなおも北上。
つまり、目的は越後。
そうなれば、森長可ら北信濃の将たちも息を吹き返す。
信濃から再び姿を現すときには、三万の大軍勢となっているのは確実である。
西から四万、南から三万。
上杉のもとにさらに悪い知らせが届く。
北の国境を接する蘆名盛隆と伊達輝宗が後ろ盾に新発田重家を直接的に支援に乗り出す。
さらに、上野との国境で奮戦していた上杉軍も数の力に屈し、後退を始めるという情報が春日山城に届く。
そう。
景勝の籠る春日山城を目指して四方向から軍が侵攻し始めたのである。




