もし、明智光秀が秀吉の援軍に向かったら? 44 北国編
上杉景勝の本拠地春日山城の南で睨み合う上杉景勝と森長可。
この時点での両者の兵力は六千対八千。
本拠地での戦いにもかかわらず、上杉軍の兵数が少ない理由を説明しておこう。
魚津城救援に向かった上杉軍は春日山城周辺をほぼ空にしたにもかかわらず五千人ほど。
使える兵がこれだけということである。
魚津城陥落に伴い、周辺の城から越後に引き上げたわけだが、当然これからやってくる柴田勝家率いる大軍を抑え込むため、中間地点にある城にそれらの兵を入れなければならない。
さらに北越後の軍は新発田重家を抑えるために動けず、また上野から進軍の気配のみせる滝川一益の備えのため中部越後勢を動けない。
もちろん北越後を捨て春日山城に兵を集めるということは可能ではあるが、それは自軍の兵とともに敵を集めることにもなる。
数で負けている上杉軍は兵の集中が必ずしも有利には動かない。
それが敢えて春日山城周辺の兵だけで戦う理由となる。
兵の強さには自信がある。
さらに守るこちらが圧倒的に有利な城攻め。
これくらいの兵数の差なら十分に勝てる。
それが上杉側の算段。
あとは織田軍を城攻めに誘引できるかどうか。
その一点となる。
誘いには乗らず、出てきた敵を叩くのみ。
だが、上杉軍は長可が考えていたものとは違う手を用意していた。
信濃に手を回し、その手引きによってついた足元に火をつけたのである。
占領直後でその影響が行きわたっていない弱点を突かれたわけである。
このままでは補給が滞るどころか、挟み撃ち危険すらある。
長可たちは歯ぎしりしながら信濃へ後退することになる。
むろん上杉軍としては追撃をかけたいところであったのだが、まもなくやってくる柴田軍との戦いのために兵を失うわけにはいかない。
逃げる者を相手にして兵を失うのは愚行。
その数の少なさが枷となり、長可たちを信濃に追い返したことに満足してその背中を見送るしかなかった。




