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もし、明智光秀が秀吉の援軍に向かったら? 36 四国編
白地城での軍議。
むろん元親は交戦継続を主張する。
だが、三方から包囲された状況で全軍を率いて白地城から土佐に撤退するのは不可能。
主力の大部分の兵を失って戻っても勝利するのは不可能。
ここで和議を結ぶ以外に道はない。
まさに史実にある秀吉の四国平定戦で元親が置かれた立場と同じとなる。
そして、重臣たちの説得に応じ、光秀と利三を介して示された信長の降伏勧告を受け入れるのも史実と同じ。
まず、土佐で待つ利三の使者となっていた石谷頼辰に降伏することを伝えたのに続き、八月六日に信長の四国遠征軍の総司令官である信長の三男信孝に正式に降伏を申し入れる。
これによって四国も平定されることになった。




