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本能寺の変~もし、明智光秀が京都ではなく秀吉の後詰めに向かっていたら(パイロット版)  作者: 田丸 彬禰


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もし、明智光秀が秀吉の援軍に向かったら? 34 四国編

この一領具足の問題であるが、実は百パーセント妄想の産物というわけではない。

史実にある秀吉の四国平定戦に参加した小早川隆景は伊予に展開していた長曾我部側の一員である金子氏の領地内で民衆がおこなったゲリラ戦術に苦労したという話が残っている。

伊予でも一領具足かそれに似た制度があったようで、一領具足の本場である土佐で実際に戦いがおこなわれた場合、信長の一向一揆に対するもの以上の虐殺行為をおこなわずに土佐を平定するのは難しかったと思われる。


秀吉もあれだけ敵対行為をとっていた元親を許したのも案外そのことが影響しているのかもしれない。


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