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111/118

もし、明智光秀が秀吉の援軍に向かったら? 111 天正十一年春 25

北条氏に対しては比較的穏便な措置を取った信長であったが、この関東遠征のきっかけになった千葉氏に対しては全く容赦がなかった。

包囲戦の最中千葉氏から何度かあった降伏の申し入れを川尻秀隆は拒否し、北条氏との戦い後、増援としてやってきた光秀軍が加わるとさらに厳しい包囲が始まる。

そして、始まった城攻めによって城内に残っていた者は老若男女問わずすべて殺され、千葉氏はここで滅亡する。


一方、史実でも小田原城開城まで持ちこたえた忍城は、信長の命を受けた北条氏直による説得によりようやく開城。

成田氏長は引き続き忍城と周辺五万石を与えられる。

これは氏長だけではなく、少なくない数の北条家の家臣が採り潰しを免れ、織田家臣に組み込まれることになる。


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