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獄卒さんシリーズ

地獄の獄卒は愛を知らない

作者: ちぇりこ

「地球が次元上昇してるって知ってる?」


話しかけてきたのは全身黒づくめの服に黒髪の

不健康そうな青白い肌をした若い男だ。

一見、整った容姿の日本人に見えるがその瞳は銀色で

酷薄な光を宿している。

その冷たい瞳とは裏腹に

膝を抱える私の目線に合わせるようにしゃがみ込む姿は人懐こい犬のようだ。


男は続ける。

「それで地獄が解体されることになってね。

僕ら獄卒は地上で働くことになったんだ。」

「地上で…働く?」

「うん。君みたいな成仏してない霊を直接次の世界に送ったりね。」

男の手に大きな鎌が浮かび上がる。

死神の鎌みたいだ。


「私を刈り取るの?」

「問答無用で送ってもいいんだけど

君が心を分けてくれるなら君の代わりに復讐をしてあげるよ。」

言いながら男が地を浚う様に鎌を振るうと私の体がふっと軽くなった。

ずっとこの場所に縛り付けられたように動けなかった。

私を縛っていた何かをあの鎌は斬ったのだ。


「復讐…」

「そ。君が心置きなくゼロから始められるようにね。」

頭がぼんやりとして会話もままならない私を男は気の毒そうに見る。

「残念だけど君の魂は次元の上がった地球には生まれ変われない。

自殺が大罪だって知ってるかい?」

「自殺…」

そうだった。

私は裏切りにあって毎日毎日海の底に沈んでいくようで辛くて辛くて。


「死んで楽になった?」

「ううん…。」

もうずっとあの辛い気持ちのままここに縛り付けられてどこにも行けなくて、何も考えられなくて。


「じゃ、私はどこに行くの?」

「それは終わってからのお楽しみかな。」

男の差し出した手を取るとふわりと宙に浮かんで、そのまますべるように空中を進んでいく。


「ああ居た。あいつだろ?

何されたんだっけ?」

男が指さす先に居たのはかつての友人だった。

親友と騙って近づいてきて周りに嘘を吹聴して私を孤立させ

恋人を奪っていった。


「そうやって言葉にしたら自殺するほどのことでは無かったと思わない?」

「そう…だね。」

そこにいる彼女はくたびれた中年女に見える。

私が死ぬほど羨んだ人とは思えない。


「もう10年たってるからね。」

と男が言う。

10年の間に何があったのかわからないけれど目の前の女性はとても幸せそうには見えなかった。

誰と対面している訳でもないのに不満気に歪められた口と顰められた眉。

細めた目付きも醜悪なほどだ。


男は彼女の10年を語った。

「君が亡くなってから君の元恋人は後悔したみたいだね。

その彼に去られてからも彼女は同じように人の恋人を奪うことを繰り返していたみたいだ。

人のものが良く見えるのか奪われた人の絶望した顔が見たいのか。」


結局は誰とも関係を築けず、未だ同じことを繰り返しているらしい。


「さあ、どう復讐したい?」

男は私に向き直り両手を広げた。

復讐…。

私は改めて彼女をまじまじと見た。

羨むほどの可愛らしさも輝く笑顔も今の彼女には無い。


「復讐なんてする必要ないみたい。」

そう答えると、男は肩をすくめた。

「でも心はちょっと分けてくれるとうれしいな。」

「分けたら私の心無くなっちゃうの?」

「いや、ほんのちょっと減るだけさ。じきに戻るよ。」

「どうして心なんて欲しいの?」


男は自分たちは半欠けの魂なのだと言った。

半欠けだからこそ地獄の獄卒など務められていたのだと。

地獄が解体されることになって、男たちにはいくつかの選択肢が与えられたという。

別の世界に行って、多少勝手が違うが獄卒を続ける道

一旦大元に帰って、まっさらな魂として生まれ変わる道

その場合は欠けていない魂になれるが今までの経験は全て無に帰すと言う。

そして彼が選んだのは地上で働きながら心を分けて貰って半欠けの魂を埋めていく道なのだそうだ。


「じゃ、分ける代わりにひとつお願い聞いてくれるかな?」

「なに?」

「家族に会いたい。」

「お母さんとお兄さんだっけ。いいよ。ちょうどいい。

今日は君の命日だからお墓に来てるよ。」


男が私の手を取るとすごい速さで景色が流れていく。

すぐに私の墓のある霊園についた。


久しぶりに見る母も兄も年を重ねて幾分やつれて疲れているように見える。

しゃがみ込んだ母が涙を零した。

「10年たっても泣いてくれるんだね。」

と男が言う。


思わず母に抱き着こうとするがその手は母をすり抜けた。

「私のことは見えてないの?」

「姿を見せることは出来るけど。驚いちゃわない?」

言いながら男がパチンと指を鳴らすと景色と一緒に自分も色付いたように感じる。


驚く家族に戸惑う私に男は囁いて姿を消した。

「七日上げる。家族とゆっくり過ごすといい。」


         ■□□□□□□



「はじめまして。おねーさん。」

と正面の席に座るのはアプリで知り合った男。

こんな顔だっけ?と女は思った。

アイドルにもなれそうな整った顔立ちに銀色のカラコン。

顔色は青白く不健康そうだけど。


男は 歳の近い彼女もいるんだけどね、と悪びれることもなく言う。

「最近上手くいってなくて年上のお姉さんに慰めてもらいたくてさ。」

「私に本気になっても知らないわよ。」

どっちにしろその彼女との仲は壊すけどね、と女は思った。


彼女の情報を引き出そうと部屋に誘ったはずだったのに

気が付くと真っ暗な空間に手足の自由を奪われて放置されていた。

「どういうこと?こんなことしてただで済むと思ってるの?!」

叫んでも誰も答えない。


椅子に座らせられているような体感なのに体をゆすったつもりでも何の感覚もない。

暗闇の中で自分の体の存在さえ確証が持てず、

感じようとすればするほど四肢の感覚が曖昧になっていく。

暗闇に意識も飲み込まれそうだ。


「あー、気が付いたぁ?」

突然あの男の声が聞こえて、その方向に叫ぶように捲し立てた。

「どういうことよ!早く目隠しを外しなさい!」

「目隠しなんてしてないよぉ。」

男の声が近付いてくる。


男はいきなり突拍子も無い事を話し始める。

「地球が次元上昇してるって知ってる?」

「はぁ?」

「それで悪い波動をまき散らして次元上昇を邪魔する君みたいな人は

早めに刈り取ることになったんだ。」

「何言ってるの?

あ!宗教ね!私を洗脳でもするつもり?」


テレビの特集で見たことが有る、新興宗教の洗脳の手口。

最初に恐怖を伴う衝撃を与えてコントロールするのよね。

私は騙されないわ、と考える。


「私は神様なんて信じてないから入信なんてしない!

あなたのやってることは犯罪よ!訴えるから!」

「犯罪なんて犯してないよぉ。」

男は飄々とした態度を崩さない。

「こうやって私を監禁してるじゃない!犯罪よ!」


ふふっと男が笑った。

「ここに連れてきたのは君の魂と心だけだから犯罪じゃないよ。」

「何…言ってるの。」

言われて気付く。

手も足も動かせないのに何の感覚も無い。

男と会話をしているけれど声を出す感覚すらない。


「じゃ…私の体は?」

「君の部屋で転がってるよ。

こうやって霊体と離れたままだと七日もつかどうかだね。」

「死ぬってこと?」

「うん。でも大チャンスがあるよ。

誰かが君の不在に気が付いて肉体を見つければ自動的に肉体に帰れるように設定してあるんだ。」

「何よ…それ。」

誰かが気付いて部屋まで来てくれる可能性なんて…。


「どうしてよ。どうしてこんなことするのよ!」

「言ったじゃない。早めに刈り取るって。

ついでに君の魂が欲しがってることを叶えて上げようと思ってね。」

「私が何を欲しがってるって言うのよ。」

「君の魂はね、絶望を味わってみたいんだって。」

「はあ?そんなわけないじゃない!

そんな気持ちを味わいたいなんて!」


男は子供に言い聞かせるように話し出した。

「地球が感情の星って知ってる?

君らの魂はいろんな感情を味わいたくて地球に生まれるんだ。

負の感情もね。」


「人を騙して裏切って、相手が絶望する顔を見る度君の魂は羨んでいたのさ。

ああ自分もあんな強い感情を味わってみたいって。」

「そんなわけ…ないじゃない。」

自分が好きなのは絶望する他人の顔であって自分が絶望することじゃない。

「肉体の壁が有る時は分からなかったかもしれないけど、肉体から離れた今なら魂の声が聞こえるんじゃない?」


男の言葉に返す言葉が見つからない。

「それじゃ、思う存分絶望を楽しんで。」

と男の声が遠ざかっていく。

「待って!待ってよ!」

叫んでも答えは無い。

永遠に続くような暗闇に気が遠くなっていくようだ。



「5日か。案外早かったな。」

と上官が言った。

「ですねぇ。でも満足したような顔してますよ。

どこに飛ばすんですか?」

「お前が知らなくていいことだな。」

「ちぇ。」


男はふと遠くを見るように呟く。

「でも不思議です。

せっかく欠けてないのを貰ったのに心を汚して魂まで歪めてしまうなんて。」

「まあそれも魂の旅路ってやつだ。」

上官は女の霊体をつまみ上げると空中に消えた。



          □□□□□□■



お別れの時間だ、と解る。

体が徐々に透けていく。

慌てる母と兄にお別れの挨拶をした。

私は別の世界に行くからもう二度と会えない人たち。

この七日間、いっぱい謝って謝られて

二人の心に消えない影を落としたことを後悔して。

「ありがとう。愛してる。幸せになって。」

最後に絞り出した言葉が伝えられてよかった。


ひゅっと引っ張られるように空に浮かぶ。

「ダメダメ。後悔なんかいらないよぉ。」

溢れる涙を指で掬った男がそのまま振り払うような仕草をすると

涙と一緒に後悔の感情がふっと消えた。


そのまま肩を抱かれてどんどん上に上っていく。

「どんな心が欲しいの?」

と聞くと男が答えた。

「あったかいのがいい。」


あったかい気持ち。

胸に手を当てて考える。

ありがとう。愛してる。幸せになって。


男がくるんと私を正面に向かせて抱き寄せた。

胸と胸が合わさると、私の胸から抜けていくものを確かに感じる。

「うん。あったかい。“ありがとう”」

ペロリとおいしいものを食べたような顔をした男が天を仰いで叫んだ。


「じょーかーん!」


2メートル上くらいの空間に穴が開いて

スーツ姿の男が降りて来る。

「上官様が君にふさわしい世界へ送ってくれるからね。」

と上官の方へ押しやられる。


「ふむ」

ちらりと私を見た上官は手元の書類をパラパラとめくった。

「まあこのペーパーレスの時代だから、ただのポーズなんだけどね。」

と男が笑う。


「うるさい。」

とギロリと男を睨んだ上官だったが私に向き直ると優しい声で言った。

「覚悟はよろしいか?」

覚悟。

改めて聞くその言葉に厳しい現実を突きつけられた気がする。

上官の優しい態度がなおさら罰の厳しさを物語っているようだ。


「あんまり脅かさないでやって下さいよ。」

男が言うと上官はゴホンと咳ばらいをして言った。

「言葉選びを間違えたな。

未練はないか?」

と手を差し出す。

「はい。」

どんな罰でも受けるしかない。

覚悟を決めてその手を取った。


「では」

と上官の言葉を最後に視界が暗転する。

声を掛けても答えは返ってこない。

握った手だけは放すまいと力を込めた。



「あれ?」

気が付くとビルの屋上で手すりを握りしめていた。

なんだろう。頭がぼんやりしてる。

ここから落ちれば確実に死ねるよね。

そんなことを思っていたはずだった。

さっきまでは。


死ぬほどのこと?

と自分の中で声がする。

別にいいじゃん。あんな女もそれになびく男もあんな嘘を信じ込む奴らも。


悩んでたのがバカみたい。

ビルを出て帰路につく。

ビル横の歩道。ずいぶん長い間ここに…

あれ?何だっけ?


ふとアクセサリーショップの店先に目が留まった。

シルバーのペンダント。

今まで私の肌にはゴールドが合うと思って

シルバーのアクセサリーは持っていなかったけれど

優しい銀色に強く惹かれるものがある。


「あの人の目みたい。」

こぼれた言葉は自分でも理解できなかった。


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