となりで微笑むひと
「俺…いや、私には愛するひとがいる…」
ここソラリス王国の第1王子であり、正式な王太子となったカイル殿下と、歴史あるエルリアス公爵家の長女である私フィオリーナの結婚は、政略である。
めでたく式を挙げ、新婚の床で花嫁である私に向かって発した第一声がこれだ。一見最低男だが、むしろ私に対する誠意を感じで好感度は上がった。
私たちは婚約者でも何でもなかった。初めて顔を合わせたのだって、今日の結婚式のほんの三日前だ。
「…正直、王太子になるからと、すぐに貴女を愛せるかは…難しい。…この先もきっと妻を…っ、前の、妻を…イラを、忘れることはできないと思う。…だがこれから先、夫婦として過ごしていく中で信頼関係を築くことができればいいとは、思っている…。…愛せるかどうかは、まだ、分からないが…時間をかけてでも、努力、しようとは…思っている…」
夫の口から出たのは、今の彼にできるであろう最大限の誠意だった。
「…殿下、正直に仰ってくれてありがとうございます。…私も、結婚するからには信頼し合える関係になりたいと思います」
「フィオリーナ嬢…」
「ですがそれはそれ、今日の初夜は確実に履行していただきます。どんな手段を使っても」
「え」
「特段変わったものでもございませんわ。政略結婚にはままあることですもの。…これをお飲みください。高位貴族が子作りという義務を確実に果たすため開発された秘薬です。ぶっちゃけると、相手を蛇蝎のごとく嫌っていようと、心と肉体を完全に切り離してくれます」
「ええ…」
「好きな女でないと抱けないとか仰るつもり? その御心がけを否定はしませんが、これは義務です。お役目です。心を通わせる期間が短いことは心苦しく思いますが、とりあえず今日この日だけはそんな事情は脇に置いといてヤることヤッて貰わねば困るのです!」
カイル殿下はドン引きされていたが、ここでヤらねば私が大変困ることになる。昔のように見届け人が寝室まで入ってくるわけではないが、今この時だとて隣室に侍女が控えている。早急に王族の数を増やさねばならない現在の状況においても、私が初夜に王太子から相手にされなかったなどという噂が広まれば、私の立場はあっという間に揺らいでしまうだろう。
確固たる意志を持ってぐいっと秘薬を飲み干した私の姿を見たカイル殿下は、渡された自分の分の秘薬に一度だけ目を落とされて―――覚悟を決めて飲み干した。
翌朝―――同じ寝台で目覚めたカイル殿下の目尻が赤くなっているのを見つけたけれど、後悔はすまい。
***
第1王子とは言え、カイル殿下は妾腹の生まれだった。母親の身分は低く、国王陛下が若い頃に手を付けた王宮のメイドだったともいわれる。しかもカイル殿下を産んですぐ亡くなったため、後ろ盾もない。
国王陛下はその後しかるべき身分の正妻を迎え、しばらくして第2王子であるジェローム殿下を儲けられた。王宮に居場所のなくなったカイル殿下は、10歳にもならぬうちに辺境の魔獣討伐を任務とする騎士団に入れられた。
一見すると年若い王子に対して非道な仕打ちだが、国王陛下なりにカイル殿下を気遣っての事だと思う。王子を派遣するにあたって、騎士団を統括する辺境伯の領地を増やし、砦の修繕費や騎士団員の増員までかなりの予算をつけて送り出したのだから。異母弟であるジェローム殿下に比べて継承争いであまりに不利なため、最初から王位を狙う余地もなく、また王妃殿下や宮廷の人々に危険視され命を狙われたりしないよう、遠く離れた辺境でそれなりに暮らせという親心だったのだと思う。
数年後ジェローム殿下が正式に王太子となったが、カイル殿下の王位継承権はそのままだった。国王陛下にはカイル殿下とジェローム殿下しか男の子が生まれなかったから、この状況ではさすがに万が一の保険として継承権の破棄まではできなかったという、それだけの事だった。カイル殿下にもジェローム殿下の対抗馬になろうなんてつもりは微塵もなかったはずだ。
辺境に赴いて約12年。魔獣討伐で何度も功績を挙げ、王都の規律正しい騎士たちとは違って荒くれ揃いの辺境騎士たちの心を掌握し、職務上の上司にあたるはずの辺境伯は騎士団長の位をカイル殿下に譲り渡し、その子息はすっかり殿下に心酔して側近顔で侍っている。辺境の英雄として確固たる名声を築いたカイル殿下であれば、それこそ辺境伯の娘なりと結婚して有力な後見さえ得れば、王位を狙うことだって夢物語ではなかったはずだ。
―――だから、カイル殿下にその気がなかったことは、辺境の地で出会った領民の娘…それも身寄りのない孤児の娘と出会って恋に落ち、父王の許しもなく結婚してしまったことからも明らかなのだ―――
辺境の小さな村のさらに外れで、一人で薬草を育てながら細々と暮らしていたイラという名の娘と、出会ったその日に騎士団付属の礼拝所に駆け込んで司祭代理の部隊長の前で誓約の言葉を述べるという、前線で戦う兵士にのみ許された略式の婚姻だったという。
もちろん後になってそのことを知った国王陛下は激怒した。廷臣たちも呆れはしたものの、当時はカイル殿下の行いはむしろ歓迎された。身分も何もない領民の娘との結婚など、カイル殿下がもう二度と王都に戻ってこないという意思表示以外の何物でもなかった。
1年前に王太子ジェローム殿下が、落馬事故であっけなくお亡くなりにならなければ、問題にはならなかっただろう。
国中が上へ下への大騒ぎだった。国王陛下や妃殿下のお嘆きはもちろん、貴族たちは狂乱、王都の国民もこれからどうなってしまうのかと不安げに過ごしていた。
一番の割を食ったのがカイル殿下だったろう。
ジェローム殿下亡き今、王位を継げる成人男性は、妾腹だろうとカイル殿下しかいなくなってしまった。
そして王となる以上、平民のイラ様が王妃になれるはずもない。離婚すら許されなかった。父である国王陛下の許しがなかったことと、正式な聖職者ではない代理者の前での婚姻は、兵士であればともかく王族には不適切であることを挙げ、王都の大教会から大主教猊下の名前で婚姻無効の宣誓が為された。
カイル殿下は散々に抵抗した。殿下が妻に望んだ平民の娘は、王位争いから逃れるためのものではなく、真実、愛によって結ばれた結婚だったということだろう。
…どう考えても、カイル殿下にとっては不条理極まりない。
国とためとやらにどれだけ人生を踏みにじられてきたのか。それでも今度は国のために王として生きろと言われて、代わりに自分の力で手に入れたもの全てを捨てろと言われて、実際にそれができる人間がどれだけいるのか。
それでも。
カイル殿下は、不幸にも、それができてしまう御方だった。
国のため、王家のため、何より多くの民だと諭されて、カイル殿下はようやく諦めた。―――諦めて、愛する人を手放して辺境を去って、王太子となって、教会の後ろ盾を得るために、代々女神イルミナ様への信仰心が厚く、神殿関係者を排出する歴史ある公爵家の娘である私との婚姻を受け入れた。
***
私の夫である、カイル王太子殿下には妾がいる。
妾、というのは失礼かもしれない。彼女は王家の事情によって無理やり婚姻関係を解消された、歴としたカイル殿下の妻だった女性なのだから。
ただ今は、何の身分も与えられず、王都にある小さな屋敷に住まわされている彼女の立場を言葉にするならば、やはり妾というしかない。
可哀想だとは思う。彼女には何の落ち度もない。
ただ愛した人が王族だっただけだ。それすら、出会った当初は知っていたかも怪しい。
カイル殿下が王太子となるべく王都に戻ったとき、彼女は身籠っていた。発覚したのは婚姻解消の宣誓が出されて以後のことだったが。
カイル殿下はそのことを知って、私に頭を下げて頼んできた。彼女と生まれてくる子供の生活を保証したい、と。
…てっきり、愛妾として王宮に上げたいと言うのかと思ったのに。私に対して誠実なのはいいけど、カイル殿下も相手の女性も、お辛いことでしょうね。
私ももちろん許可したかったが、彼女の子供は王太子殿下の血を引いている。この先私に子が生まれれば、他ならぬカイル殿下と同じく、年長の庶子として生き難い立場になるだろう。
…王都などに呼び寄せず、辺境で王家に関わらないまま育った方が幸せでないかと思うが、私に未だ子がない以上、嫌な言い方だが保険は必要なのだ。かつてのカイル殿下のように。
悪いことに、私たちの結婚の少し前から魔獣の動きが活発になり、カイル殿下は騎士団を率いて討伐に当たらねばならなかった。何年にもわたって魔獣討伐の本拠地を置いていた辺境では被害は殆どなくなっていたが、それ故に魔獣が移動でもしたのか。王国の各地に散発する様になって、辺境のように戦力を常駐させて事に当たるのが難しくなった。むしろカイル殿下が自ら騎士団を率いて遠征を行った方が手っ取り早い。
カイル殿下が滞在した12年間で、辺境の騎士団はすっかり殿下に忠実な歴戦の戦士たちとなっていた。彼らはカイル殿下の為に辺境から駆け付け、殿下に従ってどんな戦場にも赴く。王国にとっては頼もしいが、そのせいで彼女―――イラ様を護る人間がいなくなる。
当初は王宮に部屋を用意するつもりだったが、あいにく王都を襲った嵐で王宮内に雷が落ち、建物の一角が崩れてしまった。カイル殿下が出征中にこの状況では不安に思われるだろうと、私はイラ様のために屋敷を用意し、生まれてくる子供のためという名目で侍女と警備の兵を遣わした。
くれぐれも失礼のないよう申しつけたが、平民の女性に仕えねばならないという事実は侍女たちにとっては屈辱だったのだろう。幾らもしないうちに、イラ様の食事を抜いてやっただの、衣服を自分で洗濯させただの、見当違いな事をさも得意げに語る不心得者が私の許へやってきた。
とりあえず彼女らはしばき倒して馘首にし、教会付きの修道女として数年間の奉仕活動を命じておく。
後任の侍女たちを選定しても、私への忠誠心ゆえにイラ様によけいなことをするのでは何度も同じことが繰り返させれしまう。私の腹心であるミシェラ夫人を監督として送り込んだ。
ミシェラ夫人にイラ様の様子を尋ねると、
「控えめで、大人しい方です。暮らしぶりも質素で、日々イルミナ様の木像にカイル殿下のご無事を祈っておられます」
カイル殿下のお話から、地位や贅沢を望むような女性ではないだろうと思っていたが、その通りのようだった。
「…ただ、お顔をヴェールで覆っておられます。―――生まれつき、痣があるそうで。気にしておいでなので無理に外させない方が良いと思われます」
意外だった。
見てわかる程度に痣が目立つ顔ならば、それは気にするだろう。というか、カイル殿下はそのような女性でも一目で愛されたというのか。あるいは外見ではなく心根に惚れるような出来事があって愛されたのか。
「わかりました。イラ様のヴェールにはくれぐれも触れないように、侍女たちにしっかり言い聞かせなさい」
***
イラ様は男の子を産み、カイル殿下によってテオと名づけられた。
カイル殿下は遠征続きで、息子が生まれたというのに滅多に帰って来れない。
それをいいことに、イラ様を良く思っていなかった侍女がまたやらかした。
イラ様を物置小屋に押し込め、無理やり赤子を奪い取って屋敷の本館でぞんざいな育て方をしていたらしい。私はちょうどその頃、王都で発生した竜巻被害の対処に気を取られていて発覚が遅れた。
イラ様の御子はカイル殿下の御子、つまりはこの国の王族だというのにそれを理解していないのか…見せしめにきつい処罰を侍女に下したはいいものの、イラ様が平民だからと軽んずる輩は後を絶たない。
王都の気位の高い侍女をイラ様につけるのは危険が大きすぎる。カイル殿下が帰還されたら、辺境の信頼できる女性を呼び寄せられないか聞いてみよう。
それまでは、御子の側にいられるようイラ様自身を乳母として私が個人的に雇い入れることにする。我が子の乳母というのも奇妙な話だが、そうすれば私は雇い主としてイラ様の衣食住や安全を保証し口を出す義務が生じる。
「私がいない間、イラに色々と気を使ってくれたそうだね。ありがとう」
「お礼には及びませんわ。私の責務でもあるのですから」
カイル殿下は、王都に帰還した時はまず私の許に顔を出す。以前はどうあれ、カイル殿下の正妻は今は間違いなく私なのだ。
「侍女の件だが、早速辺境伯に問い合わせてみるよ。辺境ではイラは皆に慕われていたから、志願する者は多いだろう。ルークの母上が来るかもしれない」
「ルーク様の? 辺境伯様の奥方ですか?」
ルーク様は辺境伯のご子息で、カイル殿下に従って遠征部隊に志願した騎士の一人だ。辺境時代から苦楽を共にし、殿下の右腕として共に転戦を重ねている。
「イラは腕のいい治療師だった。大勢の騎士が彼女の調合した薬に救われたよ。母親に教わったものだと言っていたが、その調合法を惜しみなく周りに教えるものだから、感謝されていた。少ない犠牲で魔獣を討伐できたのは、間違いなくイラがいてくれたおかげだろうな」
今カイル殿下が率いる討伐部隊で使っている薬も、元はイラ様が使っていた調合法を教わった辺境の住民が生産して定期的に届けてくれているのだという。更には先日の竜巻被害の折、辺境から届いた支援物資に入っていた薬も同じものだった。
「…存じませんでしたわ。それならばイラ様には大変な恩があることになりますわね。何かお礼をしなければ」
「…何か、望んでくれればいいんだがな」
王都に来てから、イラ様は何も希望を口にしたことはない。テオ様と一緒に過ごせることへの丁寧な礼を伝えてきたが、いつかは引き離されると、諦めている節すらある。カイル殿下と同じように。
殿下が王太子にさえならなければ、辺境で親子3人、幸せに暮らせただろうに。彼らの間に割り込んでいる私もいたたまれないが、今のカイル殿下には王太子妃の役割を果たせる妻が必要なのだからと自分に言い聞かせた。
辺境でイラ様と過ごした日々を振り返るカイル殿下は、ご自分がどんな表情をしているのか分かっているのかしら?
王都に帰還したカイル殿下は、まず最初に私の許を訪れる。それから、イラ様の所へ赴くのだ。イラ様とテオ様と短い時間を共に過ごして、そして…日が暮れる前に帰って来る。
ここまで徹底されると、かえって心苦しい程だ。いっそのこと貴方は王族なのですから、子孫繁栄の名目の前には複数の女性と懇ろになっても許されるのですよ、等と極論を述べたら納得してはくれないだろうか。いえ、きっと無理でしょうね。ただでさえ、期せずしてイラ様とテオ様を、かつての母君とご自分の立場に追い込んだのですから。
***
そうやって過ごしながら、3年の月日が流れた。
カイル殿下の活躍のおかげもあり、最近では魔獣の被害もほとんどなくなった。遠征部隊による各地の巡回は続けているが、それを率いていたカイル殿下は、今は王宮で政務を執られている時間のほうが多い。
その日私は、金褐色の髪を朝から念入りに手入れして結い上げ、カイル殿下の瞳の色と同じ青を基調としたドレスに身を包む。夜会に出る時よりもよほど真剣に宝石を選んで、もちろん化粧も完璧に施した。
最後に、公式行事の時しか使用しない王太子妃のティアラを乗せる。
盛装した私がいるのは自室の応接間だ。
この3年間で、私はとうとう子を孕むことはなかった。
カイル殿下がお勤めを蔑ろになさった訳ではない。努力してもできなかったのだ。ならば仕方ない。
そう、努力してもダメだったものは仕方がない。指一本触れることがなくとも、我が子の母としてしか過ごすことができなくとも、カイル殿下のイラ様への想いは消えることはなかった。
カイル殿下は私に誠実に接してくださった。初夜の時に約束してくださった通り、私を愛そうと努力してくれた。今ではお互い情もあるし、信頼関係だって築けたと思う。
私も応えなくては。かつてカイル殿下やイラ様にそれを求めた以上は。
ほんの少しの胸の痛みは飲み込んで、私は国のための決断をする。
国のために、イラ様をカイル殿下の側室として迎える。
テオ様は私の養子とし、王太子の長男として正式に認知する。
もちろんこの3年間で、イラ様の為人を見て判断したことだ。彼女ならばカイル殿下の寵愛を(公に)得たとしてもでしゃばることはすまい。
むしろ側室として威厳を示すよう、少しは贅沢をしてくれと私が諭す立場になるかもしれない。それほど、彼女の普段の生活は質素なものだ。
これからは同じ男性に仕える立場になる以上、友好的な関係を築くに越したことはない。
だがその前に、上下関係だけははっきりさせねば。私も彼女も、とっくに弁えていた事だとしても、誰の目にも明らかに示しておかなければならない。
呼び出した彼女を、私が盛装姿で迎えるのはそういった対外的なデモンストレーションだ。
***
「イラ様ですね。はじめまして。ご存じかと思いますが、私がフィオリーナです」
「…お初にお目にかかります、王太子妃殿下。イラ…と申します」
初めて会ったイラ様は、中背でほっそりした女性だった。
登城するために用意したのだろうか、襟の高い簡素なドレスを身につけ、顔にはヴェールを被っていた。
ゆっくりと近づき、椅子に座った私の前で跪いた。癖のない艶やかな黒髪が、ヴェールの隙間から腰まで流れている。
「妃殿下の前で顔を隠すなど、無礼ではありませんか! そのヴェールを外しなさい」
傍らで控えていた、私の侍女の一人が声を荒げる。
今のイラ様の住む屋敷には、辺境伯夫人や令嬢をはじめ、彼女のために駆け付けた大勢の辺境の婦人たちが屋敷の使用人(今はまだ平民の身分なので侍女ではない)としてきっちり彼女を守っている。
イラ様に敵対心を持っている私の侍女たちは近づけもしない有様だ。
私も今は、ミシェラ夫人を遣わして定期的な報告を受けているだけだ。
「イラ様。貴女にとっては抵抗があるかもしれませんが、この場では腹を割って話したいと思います。どうかヴェールを外して、私にお顔を見せていただけませんか?」
侍女の言動には、痣があるという顔を晒して私の前で恥をかかせたいという悪意が透けて見えたが、私も彼女の顔を見たいという気持ちはある。「妃殿下…!」というミシェラ夫人の焦った声が聞こえたが無視する。気の毒に思うが、確認は必要だろう。化粧やアクセサリーで隠せる程度ではないかもしれないが、やりようによっては目立たなくすることも可能かもしれない。
「貴女の目を見て話したいのです」
「はい…かしこまりました」
イラ様がゆっくりとヴェールを上げる。
ヴェールの下から現れたその姿に、私は雷に打たれたような衝撃を味わった。
きれいな卵型の輪郭に、形良い目鼻が絶妙に配置されている。瞳の色は新緑を思わせる深い緑。その中にきらきらと光を放つような不思議な光彩が幾つも散っていた。まるで星空のように。
その整いすぎた美貌だけでも息をのむほどだったが―――何よりも、その額に。
ああ、まさか、…これを「痣」だとでも思っていらしたの!?
「…っ、イルミナ、様…!」
この国の大教会にのみ残された、女神イルミナ様の御姿を唯一正確に刻んだという神像―――幼いころから憧れを持って仰いでいたそれと瓜二つの容姿をもつ女性が私を見上げている。
―――見上げている?
全身から血の気が引いた。破裂してしまいそうなほど心臓が鼓動を打ち、私は座っていられずに身を投げ出すように床に転がり落ちた。
「妃殿下っ!?」
あまりの衝撃に呼吸がうまくできない。がんがんと割れそうな頭の中にはこの3年間のあれこれが走馬灯のように流れてきて———死にたくなった。
「大丈夫ですか!? …妃殿下? フィオリーナ様? …あのっ、どなたか…」
そんな私にイラ様がもったいなくも心配げに駆け寄り、助け起こそうとしてくださる。手を借りようと周囲を見渡せば、先ほど声を荒げた侍女は泡を吹いて失神していた。他の侍女たちも似たり寄ったりだ。正直、私も気絶したい。
ミシェラ夫人は真っ青になってがたがた震えていた。
「お、お許しください…、わ、私は…御姿を見たわけではないのです…っ。ただ、初めてお会いした時にヴェールの隙間から、目元が少しだけ覗いていて…。ヴェールを被っている理由を尋ねたら、痣があるからだと仰るから…! それはいけません…は、恥になるのでお隠しください、と…決して、人前で外してはいけません、と…まさか、まさかこのような…!」
そうですね。
明らかに最大限着飾った私の何倍もお美しいですからね!
ヴェールの隙間から見ただけもそれは明らかでしょう。私の名誉を慮ってくれたのですね、ええ分かりますとも!
というか! このお顔を知っていたカイル殿下はよく私との結婚生活を送れましたね!?
「お許しください…これまでの無礼、どうか…どうかお許しください…! せめてこの国の民だけは、お許しくださいませ…聖女さま…っ!」
「何を言ってるんですか!? …っ、あの、すいません! 誰か! 妃殿下が!」
この場にいる誰も当てにできないと思ったのか、イラ様が人を呼びに部屋を飛び出した。部屋の前にいた護衛の兵士たちが何事かと叫んでいる。…その声も、すぐに驚愕の絶叫に変わった。
このままではいけない、やるべき責務を果たさなければと、根性で立ち上がり後を追った。髪が崩れ、ティアラが床に落ちたが頓着する暇もない。
「…っ何事だ!? イラ? 何故ここに…何があった?」
「カイル様! 大変なんです! フィオリーナ様が突然倒れて…お医者様を呼んでください!」
騒ぎを聞きつけたのか、執務中のカイル殿下がやって来た。周囲の者たちがそろって驚愕に打ち震えている中、普通にイラ様と会話が成立している。ああ、そういえばカイル殿下が王都の大教会に赴いたのは、私との結婚式ただ一度きりだったのではなかったでしょうか。王都で暮らす貴族なら当たり前だったので思い至りませんでしたわ。
「フィオリーナ? どうした、大丈夫なのか?」
生憎、その質問に答える余裕はない。
「皆さま…これ以上その御方に無礼を働いてはなりません…! それと、教会に使いを…大主教猊下をお連れくださいませ…! 己の罪と向き合う時がまいりました、と…」
それだけ言って、私は意識を手放した。
***
「聖印…? この痣が、ですか? はあ…。あと私の奇妙な目の色が何か…?」
「あの女神像がイラと同じ顔? ……そうか? いや、テオと一緒にいるときはあんな表情をしてたかもな」
王宮の一室で、この度の関係者一同―――私、イラ様、カイル殿下、国王陛下、大主教猊下が今後のことを話し合うことになりました。
聖女さまが現れた、との知らせを受けて歓喜した国王陛下は、今は絶望のどん底に沈んでおられます。カイル殿下の隣に座るイラ様を直視できず、国王ともあろう身で身体を縮めて空気になっている他ありません。王妃さまはミシェラ夫人のように恐慌状態に陥ったそうで、今は別室で休んでおられます。大主教猊下は失神されたままなかなか起きなかったので、叩き起こして引きずり出しました。
ヴェールを外したイラ様は、その額に刻まれた、複数の花びらを重ね合わせたような紋章―――女神イルミナ様の聖印を鏡で覗き込んで、不思議そうにしていた。
カイル殿下も首をかしげている。この似たもの夫婦が。
辺境ではイルミナ様の御姿は簡略化された像しかなく、何なら人型ではないシンボルに向かって祈りを捧げることもあるそうだ。
聖女さまの特徴も伝わってはいなかった。
聖女というのは女神イルミナの力の一部が、人としての姿と性質を持って生まれたものだといわれる。
女神の現身であり、その容姿は髪と瞳の色こそ異なるが女神の姿をそのまま写し取ったもの。ただ額にはイルミナ様を象徴する聖印が刻まれ、瞳は無数の光を孕んだ星を宿す———と聖典には記されている。
今から百年以上前の話だ。
ある国の愚かな王太子が、畏れ多くも当時の聖女に偽りの愛を囁き、必ず王妃にすると誓いを捧げた。にもかかわらず、王太子は民衆の人気を得るために聖女を利用しただけで、用が済むと後見を得るためにさっさと有力な公爵家の令嬢と婚約を結び、平民出身の聖女は王妃に相応しくないなどと難癖をつけてあっさり捨てた。平民の聖女が自分たちの王妃となることを厭う貴族もそれを後押しした。
聖女は悲しみ、衰弱して儚くなってしまった。
女神の加護が失われ、各地に魔獣が発生するようになったのはそれからだ。
人を襲う魔獣が現れるのは、約束を破った王太子に対する女神の怒りだとされた。
聖女の嘆きと苦しみに呼応して、虐げた人々に苦難を与えるために天変地異が起こるのだと言われた。
加護を取り戻すには、かつて女神に捧げられた約定を果たすこと。すなわち聖女を王の妃として迎え入れ、その愛を再び取り戻すことだと、人々は考えた。
だが後悔に沈む人々を嘲笑うように、百年間どんなに探しても聖女が見つかることはなかった。
「あの…フィオリーナ様はどうなるのですか?」
「離縁いたします。そして修道女となって、女神イルミナに…いえ、聖女さまに生涯お仕えします」
命があれば、と心の中で呟く。
「そんな…フィオリーナ様は王太子妃として立派に務めていらっしゃではないですか。私は妾でも側室でも、下女でも何でもいいからカイル様のお側にいられれば…。…いえ、お側でなくても、カイル様がご無事で、幸せに生きてくださればそれで…」
「聖女さま! 聖女さまを側室になどとんでもないことでございます! 聖女さまを正妃として迎えることは、女神イルミナ様と交わされた神聖なる約定なのですぞ!」
「いやしてたんだが」
大主教猊下が撃沈なさいました。
そうですね。
辺境で交わされたカイル殿下とイラ様の婚姻を、無効にされたのは紛れもなく猊下でしたね。
聖職者の地位など、所詮は人の定めたものに過ぎないのです。権力に阿って恣意的に婚姻の法を歪めたのは、神の御心ではなく人の都合だということが証明されてしまいました。
聖女さまは愛するものに対する祈りで、女神の力を加護という形で行使します。女神の加護が行きわたれば魔獣は発生せず、国は安寧を得られるのですが、その為には国というものが聖女さまに心から愛されねばなりません。
なればこそ国は聖女さまを尊重し、大切に誠実に接しなくてはならならないのに。あろことか聖女さまを虐待して国の危機を招いた罪を贖わなくては、苦難を被った民は納得しないでしょう。
「私は虐待なんてされていません」
「婚姻無効というどうあがいても非道な仕打ちをいたしました。王都に来てからだって、私の侍女が何度もひどい嫌がらせを…私の監督不行届きです。申し訳ございませんでした」
「あれは…カイル様のためになるならと、私がお話を受け入れたのです。侍女の方たちだって、フィオリーナ様を大事に想うからだと分かっていたので気になりませんでした。…王都に来て本当に辛かったのは、せっかく辺境が平和になったのにカイル様がまた戦いに行かなくてはならないのかと思ったことと、テオを産んだ時に引き離された時くらいです」
…ああ、ちょうどその時王都で落雷や竜巻が発生しましたね。国中に魔獣が現れたのもお二人が引き離された時期ですし…
「あの…フィオリーナ様。私…この国が好きです。人が、生きている姿が…好きです」
王太子妃として人々を守らねばと気負っていたあの当時を思い出し、また沈みかけた私に、イラ様が言葉を探すように語りかけた。
「昔は…私の世界は非常に狭いものでした。死んだ母と、一緒に暮らした小さな小屋と…少し離れた村に住む何人かの人たち…それだけ。でもある日、カイル様がやってきて、私を外に連れ出してくれました。人が生きるのを見ました。人が戦う姿を見ました。人は強くて、脆くて、意地悪で、優しかったです。あの人たちが穏やかに暮らせれば良いと思いました。魔獣と戦いに行くカイル様を見送って、どうかご無事でいて下さいと女神さまに祈りました。…人は皆、大切な人のことをこんな風に想って祈るのだと知りました」
「王都に来て、大勢の人が安心して過ごすには、偉い人たちがとても努力しなくてはならないのだと知りました。お屋敷の窓から、王都の人たちが竜巻で壊れた建物を直している光景を見ました。フィオリーナ様が家を失ったり怪我をした人たちを励ましている姿を見ました。私は自分が知っている辺境の人たちの幸せしか祈っていませんでしたが、カイル様もフィオリーナ様も、そんな風に顔も知らない人たちのために毎日頑張っているのだと気づきました。だから私もお二人の真似をして、カイル様が守ろうとしている「この国」の人たちが幸せでありますようにと祈っていました」
「…ですから、大丈夫です。どこにいても、私は…「この国」の為に祈って、カイル様が、テオが、幸せであることを祈って…それだけで生きていけます」
聖女さまのあまりの御心の美しさに、涙が零れそうになる。
「尊い」
「え?」
「…申し訳ありません、イラ様。つい感極まって…。私が何故王太子妃に選ばれたか、イラ様はご存じでしょうか?」
「…え? フィオリーナ様が素晴らしい令嬢だから…?」
「ありがたきお言葉…! ですが、実際は単純な話です。殿下と年齢の釣り合う高位貴族の令嬢の中で、婚約者がいないのが私くらいしか居なかったというだけです。…私、修道女志願でしたの」
「修道女?」
「はい、我がエルリアス公爵家は、この国に初めて教会を建設した時に初代大主教を輩出した名誉ある家柄…その後も代々教会に聖職者を送り込んできました。私も幼い頃から、歴史書や神学書を読みふけるのが大好きで…将来は教会に入って女神さまに奉仕する日々を送るのが夢でしたわ。そこで萎れている現大主教猊下も、私の大叔父上にあたりますのよ」
「そうだったのですか」
「…ですが畏れ多くも、聖女さまの婚姻無効を発行するという大罪を犯しました。女神イルミナ様への強い信仰心を誇っていた我が一族は、その現身たる聖女さまへの非礼によってこれまでの歴史で積み上げられた全ての誉れを失ったのです。この汚名を払拭するためには、本来聖女さまのものであった王太子妃の地位を返上するのは勿論、猊下や私の首を差し出しても足りないほどです」
「く、首!? いえ止めてくださいそんな事! フィオリーナ様は悪くありません!」
「…人々がそう思うことは止められないのですよ、イラ様。…実際、私ではなくイラ様が王太子妃であれば、この3年間、魔獣の発生も落雷も竜巻も、なかった筈ですから。…少なくとも、民はそう思います。聖女さまを蔑ろにしたから、女神イルミナ様の怒りを買ったのだと」
「……そんなこと」
「少なくとも、婚姻無効を決める前に直接イラ様と会っていたら…その御姿を拝見していたら、聖女さまであると一目で分かったはずですもの」
誰も確かめず、ただ一方的に通達するだけだったから気づかなかった。
民のためだと言いながら、その「民」の一人であるイラ様を、踏みにじるような真似をしたからだ。
平民だから踏みにじっていいのだと、見下す気持ちがあったのは否めない。
こういう事情だから理解してくれ、申し訳ないと、誰かが直接イラ様の顔を見て言おうとした人が一人でもいれば。
「…先程聖女が現れたと聞いて、皆喜んでいたな。私は今、フィオリーナと結婚しているのに」
カイル殿下が呟きました。
聖女は必ず、次代の王の花嫁として迎えなくてはならない。
「大主教どの。もし見つかった聖女がイラでなく、全く関係ない別人だったら、フィオリーナはどうなっていたんだ?」
「…それは、幸い御子もおられないことですし、王太子妃の交代という形で円満に離縁が成立したかと…」
「だったらそうすればいいだろう。何故無理やり悪役を作る必要があるんだ?」
3年間、存在する筈のなかった苦難を味わされた人々が、責任の所在を求めることは当たり前です。
彼らの目には、地位と権力目当てで聖女さまを虐げた悪役令嬢が映ることとなるでしょう。
「この3年間は、イラが世間を知り、国というものを愛するための準備期間だったということでいいじゃないか」
「カイル殿下…ですがそれは結果論で」
「そもそも知りもしない相手をいきなり愛するなんて話が無茶なんだ。俺だって、辺境のために何かしてやろうなんて思えたのはあの地で何年も過ごしてからだ。王都に戻ることを承知したのだって、最初は辺境だけ平和になっても仕方ない、国全体が安定しなければ、イラが住む場所が脅かされるかもしれないという、それだけだ。…俺もイラと同じだ、知らなかった相手を知って、守りたいと思えるまで3年かかった」
「……でもカイル殿下は、イラ様とは一目惚れだったのですよね?」
「………無条件で愛する、というのはそれほど希少な運命なんだ」
空気になっていた国王陛下が、ここでやっと動き出しました。
「あの…それで聖女さま、我が国としては、貴女は私の息子であるカイルと、その…もう一度婚姻していただき、王太子妃となってこの国全ての安寧を祈って欲しいと思っているのですが…受け入れていただけませんか?」
「フィオリーナ様とそのお家に、何の咎めも与えないのというのでなくては嫌です。3年前に王都に来たときは、国中の全ての人のために祈るなんてできませんでした」
「約束します。どうかお願いしたい」
国王陛下はそこで、イラ様と、そしてカイル殿下を見回した。
「迷惑をかけて…すまなかったな」
そう言って、深く頭を下げました。
***
一か月後、大教会で聖女のお披露目が行われました。
女神イルミナ様の神像の真下で、瓜二つの御姿をなさったイラ様に、集まった人々は皆陶然として見惚れ、涙を流してひれ伏す者が後を絶ちませんでしたわ。
人々が戸惑ったのは、イラ様の傍らに控えたカイル殿下が小さな男の子を抱いて、そっとイラ様の腕の中に渡した時です。もうすぐ3歳になる可愛い盛りの、イラ様の黒髪とカイル殿下の青い瞳を受け継いだテオ様を。
我が子を抱いたイラ様は、女神イルミナ様そっくりの表情で微笑みかけた後、背筋をぴんと伸ばして人々に告げました。
「私はこの国が、私の愛に足るものだと判断いたしました」
こんな偉そうな台詞を言うんですかと戸惑うイラ様に、懸命に指導した甲斐がありました。
凛とした気高い聖女さまに、美しい慈母の顔を持つ未来の王妃に愛されるよう、この日イラ様に歓声を上げた人々がいつまでも忘れず己を律するための標として、永遠に心に残り続けますように。
これで私の王太子妃「役」も、晴れてお役御免です。修道女スタイルで堂々と立っている私に、もの言いたげな視線が幾つも刺さりますが、心からの笑顔で祝福している私に何も言えないようです。
実際、心から祝福していますからね。ああ…純白のローブを纏ったイラ様の神々しく美しいこと…
そうそう、国王陛下は退位を決められました。カイル殿下に王位を譲り、同時にイラ様と(二度目の)結婚式です。戴冠式ではイラ様の手でカイル殿下に王冠を被せることになります。その光景も今から楽しみですね。
「はぁー、カイル様がイラ様を捨てて他の女と結婚するとか抜かしたときはぶん殴ってやろうかと思いましたが、ようやく元サヤですか。まあねー、お国のためだって最終的に一緒に飲み込んだ俺らに言えることじゃありませんが、浮気なんてできるタマでもないのに3年もよく耐えましたね」
そう私に対して超失礼なことを言い放ったのは、カイル殿下の右腕である辺境伯令息のルーク様だ。
だが私も同感である。よくあのイラ様というものがありながら、私と結婚なんてできたものだなと。
「おっと失礼。フィオリーナ嬢を悪く言うつもりはなかったんです。ただ俺たち辺境の人間にとっては、イラ様以上の女性はいないって、周知の事実でしたからね」
「そうなのですか? ですが辺境ではイラ様は、平民の治療師という身分だったのでは?」
「イラ様に救われた兵士は大勢います。かくいう俺の父も、致命傷になりかねない傷を何度も癒してもらいました。イラ様の調合した薬で戦闘中で死ぬ奴は格段に減りましたし、今じゃ重要な産業でもありますしね。そのせいもあって、俺の母や妹を始め、兵士たちもその身内もイラ様に心酔してるんですよ」
「ルーク様もカイル殿下と同じく、イルミナ様の神像はご存じではなかったのでしょう?」
「王都の教会でないと、「聖女」さまってのは認めちゃいけないんでしょう? 別に俺たちにとっちゃ、名前なんかどうだっていいんです。イラ様が俺たちにとんでもない祝福を下さる特別な方だって、皆分かってましたから。「辺境の女神」「癒しの貴婦人」「いと貴き御方」…まあ色んな名前で呼んでましたね。でも辺境の連中にとっては高嶺の花もいいとこでしたよ。美人すぎるし…。誰もが見上げながら、あの人に手を出すなんて考えもしなかった。…カイル様ぐらいのもんですよ。あの女性を自分の隣に連れて来ようなんて畏れ知らずなこと考えた人」
カイル殿下にとってはイラ様の顔はイラ様の顔であって、イルミナ様の神像ではなかった。だが後になって神像の顔を見たとき、イラ様に似ているとは思わなかったのかと尋ねたことがある。
すると、
「全く思わなかった。イラは動くし、喋るし、表情を変えるからな」
―――俺にとってはイラは出会った最初から…女神のように見上げるものでも、平民として下に見るものでもなかった。手を伸ばせば触れ合える、隣で笑ってくれる人だった―――
***
カイル殿下との離縁を円満に済ませ、最後にお二人への贈り物をいたしました。
何百年にも渡って、ソラリス王国の高位貴族のお家を救ってきた教会自慢の逸品ですわ。
効果のほどは、カイル殿下がよくご存じでしょう。
お二人にとっては数年ぶりでしょうし、どうか役立ててくださいませ。
「何かのお薬ですか?」
「俺たちには必要ないものだっ!」




