2 職場は元気に通いたい
泥棒ってのは簡単で、安定した職だ。
どんな不況でも、職場が無くなったりはしない。
世界最古の職業が、娼婦だっていうのは聞いたことがあるが、2番目は泥棒だろうなって思うほどにはね。
警察がいて、監視カメラがあって、閉じ込められたら絶対逃げられない牢屋がある日本とは違うからってのもある。
所詮、無線で連絡が取り合えない衛兵たち相手じゃ、素早さも魔法もあるおれの敵ではないのだ。
だから、まともな武器屋とまともな換金所とまともな市場に縁がないおれが、泥棒で食ってることをどうか許して欲しい。
許すったって他に道が無いもんだから、文句言われようが続けるんだけど。
日本に置いてきたよ、フツーの倫理観は。
◇
夕方の街をブラブラと歩く。
夜の暗さがおれの肌色を隠してくれる。
夕日に溶け込む赤茶に煤けたローブを羽織り、獲物を定めるように大通りを歩く。
ひとつ言ってなかったが、おれにだってポリシーはある。
盗みをやる相手は、同業者や悪人だけだ。
今更綺麗事かよと思うかもしれないが、仕方がない。
性に合ってないんだよ、善良な赤の他人を虐めるような真似は。
その代わり、相手が悪人なほど全力を出せる。
まぁ、おれの精神的な問題だ。
一般市民を狙う必要が全くない程、悪が蔓延るダーティシティだっていうのが本当のところかもしれない。
王都ラクセンは、夜でも明るい街だ。
魔法で光る街灯が、街の大きな通りには必ず立っている。
貴族街の中心なんかは、昼と変わらないくらいの明るさだ。
だから、むしろ一日で一番暗い時間帯は、街灯をつけるかどうか迷うくらいの夕方かもしれない。
明るいから、人は通りに集まってくるし、人がいるから、おれみたいなならず者たちも紛れているってワケ。
喧騒に混じって、悲鳴と怒号が聞こえてくる。
早速今日も始まった。
ビオラ通りの繁華街は、スリと喧嘩の名所だぜ。
◇
人混みを縫うようにゆっくりと歩く。
コツは、できる限りスローな動きで、なおかつ立ち止まらないこと。
まわりのやつに違和感を覚えられないように、無意識のうちに無視されるように動くんだ。
あれだな、影が薄かったりするやつは得意かもしれない。
飯屋の路地は、特に狙い目だ。
金を持ってるやつとそうでもないやつの見分けがつきやすい。
一仕事終わってホクホク顔のやつと、仕事に失敗してしかめっ面のやつじゃ、そもそも立ち寄る店だって違う。
それに酒が入ってたりすれば、もう隙だらけだ。
流石に冒険者みたいな死戦をくぐってる奴らは、酔っても動けなくなったりしないけどな。
「オイコラ!もっと酒を持ってこいや!!!」
「ヒィ!わ、わかりましたぁ……!」
通りの角に面した大きな酒場で、輩みたいな冒険者が騒いでいる。
ウェイトレスに向かってあの言い草とは。
見るからにマトモなカタギじゃない3人組だ。
デカい奴とちいせぇ奴と、ヒョロい奴。
この辺りじゃあ、あまり見ない顔だな。
「ったくヨォ……、何か文句あんのかぁ!?」
「……っ、いや……」
隣のテーブルの兄ちゃんが、何か言いたげに見ているもんだから絡まれている。
可哀想なもんだな。兄ちゃんは明らかに新人冒険者で、初めてのクエストが成功したお祝いでもしているように見える。
なんでそんなことがわかるって?
おれのクレプトマニアック・アイがそう言ってるのさ。
3人組のヒョロガリのやつに、中肉中背のおっさんがぶつかった。
「おっとすまねぇな。」
「お、オイ気をつけろよオッサン!」
座っている時に急にぶつかられたから、そこまで威勢よく怒鳴れてはいない。
ああいう意識外から触られると、スリに気づくことができないんだよな。
3人組のチビの席の横を、ガキが数人駆けていく。
「キャハハハ!待てよカリー!」
「オレのが速いー!」
「ちょ、ガキィ!鬼ごっこなら外でやれ!」
子どもは意外とすばしっこいし、その辺の大人より怖いモノ知らずで度胸がある。
体も小せえし、奴らにしかできない盗みってのもあるな。
「オイ!なんだこのヌルい酒は!もっとマトモなもん持ってこいや!」
「君たち、そろそろやめないか。店にも周りの客にも迷惑になっている。」
3人組のデカブツが一際声を張り上げると、ついに茶々が入ってきた。
金髪ショートカットのイケメンが、王子様みたいなマントを翻して立ち上がった。
あの坊やの服は、たしか王都立学園の制服か。
同じ制服の他3人ほどが、近くのテーブルに座っている。
ウブなネンネどもは貴族街から出てくんなっての。
「ウルセェ!なんだお前、イケすかない顔しやがって!貴族ならもっとマトモな店があんだろ!」
デカブツが口角泡を飛ばす。その感想には同意だけど。
「私がどこで食事をしようが、関係ないだろう。少なくとも、君たちみたいに騒々しい行いをするよりマシなはずだ。」
「テメェ、文句つけようってのか。いいぜ、表出ろよ!」
「それで気がすむなら相手になろう。この店から出てくれるなら都合がいいね。」
「まぁまぁまぁお二人さん、落ち着きなよって!」
おれは、2人の間に割って入った。
肩をちょっと強めに叩けば、頭は冷えるもんだ。
「なんだお前は、ガキは引っ込んでろよ!」
「よしなよって、ニイちゃん。悪いこた言わねぇからさ。見ない顔だと思うけど、ココの用心棒はおっかねぇよ?先週だってちょうどニイちゃんくらいのガタイ良いオッさんが喧嘩して、次の朝には通りに投げ捨てられてたって話だぜ。」
こういうのは口が回れば回るほど、マトモに話を聞いてくれやすくなる。
「お、おう?ケツモチがいんのかよ」
「そうそう、ホラ見てよあっちの階段。ムキムキのゴリラがこっち見てるよ。いっつも一見さんばっかりシメられてんのよ。だからそっちの坊ちゃんも、いいかい?ほら、何もやり合うことないぜ。」
「あ、ああ。節度を持って食事してくれるなら、それでいいんだが……。」
もう一度ポンポンと、軽く2人の肩に手を回して叩いてやる。
腕を広げても、長袖と手袋によっておれの肌色が見えることもない。
あまりにあやしい格好をしていると、怒りを忘れて困惑の感情になるもんだ。
「そんじゃあねお二人さん。この辺りで呑むのは気をつけなよ!王都中の荒くれ者がこの通りに集まるんだからさ」
「チッ、わかったよ」
「ああ、気をつけるよ。」
「なら良いってもんだ」
バイバイ、と手を振ってやる。
不機嫌だけどやりきれなそうな顔したデカブツと、少しホッとした顔の坊やを尻目に、店を後にした。
◇
通りをスルスル抜けていって、街灯の届かない真っ暗な路地に入る。貧民街一歩手前の三角になった袋地におれの家がある。
広さ的には、アジトと言ってもいいかもな。
物置いてベッド置いたらそれでもういっぱいなくらいだ。
1階は玄関しかないから、2階と3階が居住スペースだ。
3階のベッドに腰掛けて、蝋に火を灯す。
さーてと、戦利品を数えなくっちゃな。
こっちの皮の袋がデカブツの方だ。
ざっと銀貨8枚、銅貨3枚、銅銭5枚。
2550Lと、銅銭が半Lだから2.5L。
仕事帰りにしてはショボいなぁ。
こっちの坊やのはちょいボロの布袋か。
貴族の財布にしては安っぽい。
でも中身は安くないぜ、青銀貨が10枚!
これだけで1万L、ひと月は遊び歩けるな。
父ちゃんか母ちゃんに小遣いで渡された、そのままみたいな感じだな。お貴族サマってのは金銭感覚がスパッとしてるねぇ。
一晩の稼ぎにしちゃ上々だね、なんとも。
え?
貴族の坊やは悪人じゃないだろって?
悪人だけ狙って盗みをやるだなんて、そんなこと言ったかなぁ、おれ。