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1 朝日に向かってダイブしたい




「チッ……」


下手をこいた。やらかしてしまった。

路地裏を走るおれは、少なくとも2人に追われている。


こちらから見えるのが2人なだけで、他にも数人の気配によって包囲網が敷かれている。


それも、今まで相手した奴らよりも格段に諦めが悪くて、それでいて異常な程の身体能力だ。


おれが必死になって屋根と塀の上をジグザグに走っているのに、奴らは一足飛びにジャンプして直線で詰めてくる。



「クソが……、何やってんだ……っ」


思わず自分に悪態を吐く。

盗み自体は上手く行ったんだから、すぐに帰ればよかったんだ。


あまりに綺麗な朝焼けだったから、ガラにもなく屋根の上で黄昏ちまっていた。


しばらくボーッとしていると、ようやく何人かの集団が気配を殺して、接近していることに気が付いた。


少しでも気を抜いたりしたら、すぐに捕まるだろう。

捕まった泥棒がどうなるかは、想像に難くない。



「あぁ、チクショウが……っ!」







いつも通りの盗みができたはずだった。


腐れ貴族のデカい屋敷に、夜も更けた頃に侵入する。

それも、意地汚い奴が主人なほど(はい)り易い。


警備がしっかりしてる所ほど、少しの物音には鈍感だったりするんだ。


一品モノの家宝みたいな宝石には目もくれず、単純な意匠の貴金属や金貨を少しずついただく。

小さな盗みがバレずに、質屋にアシも付かなければ、発覚するには相当な時間がかかる。


たまには追いかけられることだってあるけど、そんな時用に秘策(・・) だってある。


フラッシュバングレネードのように、目眩しをする魔法だ。

自分でも仕組みはイマイチわからないが、魔力らしきチカラを込めると発動することができる。


もっとも、この世界には様々な魔法があるらしいが、おれが使えるのはそんなもんくらいだ。


おれが夜に活動する理由は、そのフラッシュの魔法が効果的だという他に、もうひとつある。


それは、おれがダークエルフという種族らしいからだ。

この体になってから、散々なことばかりある。


ダークエルフというやつはどこへいっても排斥されるから、そもそもマトモな職には就けやしない。


普通に街を歩いてるだけでも殴られたりする。殺されるやつもしばしばだ。


もっとも、エルフの中の肌が浅黒いやつがダークエルフと呼ばれているだけで、普通のエルフと変わりゃしない。


その昔、暮らしている場所が違うだけの、同じ種族だったらしい。


でも、往来をデカい顔して歩いてるノーマルエルフどもが、むしろ率先してダークエルフを迫害している。肌の色くらいしか違いはないのに。


それに釣られて人間共も、おれ達に向かって石を投げる。


だから、奴隷として首にデカい鎖を巻かれる以外には、おれ達は真夜中の路地裏くらいにしか生きていられなかった。







おそらく、この追手はあの腐れ貴族とは関係が無いはずだ。

奴らの邸内の私兵事情は、執事並みに把握している。


傭兵崩れの門番が2人と、チンピラみたいな巡回が3、4人交代でいるだけなはずだ。


どいつも低俗な飼い主にお似合いの低レベルなゴロツキだ。少なくとも、あんな王家直属で管理してそうな暗部が着てそうな黒一色のマントは羽織っていなかった。


おれも似たような外套を着ているが、陽が昇りもう明るいこの街中では、そろそろ悪目立ちしている。


奥の手の魔法も、そこまでの効力は無さそうだ。

まるでおれの手の内を知っているように、黒い布をサングラスのように巻いている。


明るいうちだと効果ゼロ、というわけじゃないが。

追手の奴らに半端な小細工は効かないだろうという、イヤな無機質さ(・・・・)があった。


ロボットか、サイボーグみたいだ。



「こうなれば、背に腹だっ……」


もう既に、おれの息は切れかけている。


この体になって以来鍛えてはいるが、非力な女の力には限界がある。

男だった頃は、シャトルラン10点くらいワケなかったんだがな。


そろそろ、躊躇してる時間すら無い。

多少怪我したって、逃げ切る方法を見つけ出した。



「フッ!!」

「!?」


貴族街から貧民街に向けての塀は、20m程下にある。


流石にここから飛び降りるとは、黒服たちも思っていなかっただろう。勢いよく城壁を踏みつけて、ダイブした。



「ゥオオぉぉぉっ!!!」

「………」


もちろん、無策で投身したわけじゃない。


この下の大きな建物に、鉄の棒が突き出している。

街でイチバン大きな教会の、シンボルマークの十字架だ。


体操選手みたいに棒を掴んでクルッと回り、勢いを殺す。

そして壁面の木の出窓を蹴り破ると、中には藁が敷き詰められている。


こんなこともあろうかと、脱出経路を用意できていたのは、おれがこの教会のまとめ役に、礼になったりなられたりしているからなのだ。







「……それでは、何かありましたら詰所までよろしくお願いします。」

「ハイハイ、わかっとるよ。」


おれが飛び込みを決めてから半刻くらいして、ようやくこの教会に普通の衛兵がやってきた。


それなりに大きな音を立てて着地したから、早朝とはいえ通報があったかもしれない。


役人から悪党まで、大抵の奴は教会には入らない。

不可侵領域の不法地帯だ。こっちから招くとかでなければ。


話が終わって、年増の女がこちらへやってきた。

歳のことを言うとブチギレるけど、歳の割にはスラっとしたスタイルをしている。


一応シスターらしき格好をしているが、煙草を吸っていると工事か建設の現場監督にしか見えない。

なんとも地味な服を着ている。



「よぉー、すまねぇなババア。」

「拾った命をすぐに捨てるんだねぇ。」


襲いかかるババアのゲンコツ!



「ふんぎゃぁ!」

「フン、何かコソコソしてると思えば、勝手に部屋を改造してたのかい。」

「いいだろ、あれ。そのうち防衛用の機銃でも置いておくわ。」

「アンタ、見た目によらずドワーフみたいなとこあるねぇ。」


一応、このシスターは教会に仕える聖職者なはずだが、貧民街の裏社会を牛耳る活動をしているらしい。


つまりおれとは非合法な輩同士だから、黒い耳長でも差別したりしない。


金が稼げるなら悪魔相手でも商売するだろうな。神の使いなのに。



「奴ら、何人いるか見当もつかなかったぜ。王家の隠し玉かなにかかな?」

「さぁねぇ。昔っからその手の部隊には事欠かない国だよ、ここは。ラクセンの下水とクーデターだけは、処理が早いって有名だからねぇ。」

「なんじゃそりゃ」


おれは、まだこの街に来て1年くらいだ。だから、直接生死に関わるような重要事項以外は、かなり常識が抜け落ちている。


それでもすぐにわかることがある。

王都ラクセンは、王から奴隷まで、ごった返したイカれた都市だ。

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