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彦根南高校文芸研究部 塩津拓也編 

彦根南高校文芸研究部 高月ちひろ 高校一年生 夏編 その一

作者: さくらおさむ

 久しぶりの投稿です。

 彦根南高校文芸研究部 塩津拓也 高校一年生 夏編と同時投稿です。

 どちらから先に読んでも楽しめる内容になっています。

 相変わらず、短編小説なのに長々と書いてしまいました。

 読んで頂けると有り難いです。


 私、高月ちひろ(たかつきちひろ)は部屋に居た。

 夕方の出来事を思い出していた。

 塩津(しおづ)君と期間限定だけど恋人同士になっちゃった。

 成り行きとはいえとんでもない展開になったな。

 でも、悪い気は一つもしない。

 むしろ、嬉しい気持ちの方が大きい。

 

拓也(たくや)君」


 そう呟いた後、体が熱くなる。

 男の子の名前を言うだけこんなにドキドキするなんて……。

 何だろう、この気持ち?

 そんな事を考えていたら、LINEが来た。

 見てみるとまことちゃんからだった。


 まこと 電話していいかな?


 何だろうと思いながらも「いいよ」と返事をした。

 すぐに既読が付き、三十秒後には着信音がなった。


「もしもし、まことちゃん」

「ちひろちゃん、ごめんね。伝えたい事があって電話したの」

「伝えたい事?」

「うん。気を悪くさせるかもしれないけど、敢えて言うね。塩津の事だけど、警戒しておいた方がいいよ」

「警戒って、何を警戒をするの?」

「昼の話を聞いて思ったけど、塩津って結構女の子に人気あるんだなと思ったの」

「確かにそれは感じた」


 中学の時の拓也君は女の子にモテていたと思う。

 勉強を教えていただけとはいえ、多数の女の子から指名を受けていたとなるとその中の何人かの女の子は好意を持っていたと思う。

 だけど、拓也君は誰ともお付き合いをしていないようだ。

 特定の女子と親しくなると他の女子から妬まれるからお付き合いをしなかったかもしれない。

 それかもっと別の事情があって付き合っていないかもしれない。


「だけど、それが警戒する理由になるの?」

「本当にちひろちゃんだけならいいけど、なんか他の女の子とも付き合いしそうな感じがある」

「それは無いと思う」


 私は笑いながら言うとまことちゃんが言う。


「その考えは持たない方がいいと思う。眼鏡をしているからわかりづらいけど、結構イケメンなんだよね」

「そうなの?」

「そうだよ。一応、塩津も木之本の血を引いているからね」


 ああ、確かに拓也君のお母さんは木之本家の人だし、美人だ。

 

「それでも真君と比べたら一つレベル落ちるけどね」


 一つだけなんだ。

 多分、拓也君が私の彼氏になったから配慮をしてくれたようだ。

 更にまことちゃんは喋る。


「でも、ちひろちゃんなら今川君や宮前君と付き合う事ができるのにな」

「あんなカッコいい男の子とは付き合えないよ」


 今川君と宮前君はA組に居る男の子。

 今川君は野球部、宮前君はサッカー部に所属している。

 イケメンの上にスポーツ万能、しかもそれなりに頭は良い。

 A組の女子だけじゃなく一年の女子の大部分から好かれている。

 

「そうかな。意外と行けると思うだけどな」

「それよりも他の女の子からの妬みが怖い」

「それはわかる。あたしの場合は真君が『まことのお母さんに登下校は一緒に居てほしいと頼まれてる』と公言してるから他の女子からのやっかみは無い。もし、言ってなかったら他の女子から嫌がらせ受けてるだろうな」


 まことちゃん、そうは言ってるけど結構妬んでる子は多いよ。

 被害が遭っていないのが奇跡なぐらいだ。


「それならいいけど。一応、注意した方がいいよ」

「うん。わかった」


 要らぬお世話だけど、注意喚起はしておいてもいいと思う。


「ねえ、塩津のどこが良かったの?」

「え?」


 唐突な質問に対応ができなかった。


「え? じゃなくて、塩津と付き合ってるでしょ? だったら、気に入ったところがあったしょ?」


 あ、そういう事か。

 加田君と交際を断る口実に拓也君と付き合っていますとは言えない。


「初めはなんか取っつきにくい感じがあったけど、話していくうちに私の事を考えているだなと感じて。気付いたら、気になっていた」


 急場で思い付いた事だが、嘘は言っていない。


「ああ、わかるわかる。塩津って、第一印象が悪いからね。もう少し愛想を良ければいいのにと思ってしまう」

「だよね。でも、愛想が良すぎるもの塩津君らしくない気がする」

「それもそうだね」


 そう言うと私達は笑う。

 

「そういえば、彼氏ができたって両親には言った?」

「両親には言わなくてもいいじゃないの?」

「いやいや、言った方がいいよ」

「そうかな?」


 私が疑問を感じているとまことちゃんが答える。


「そうだよ。ちひろちゃんの両親が塩津の事を知っておけば、それだけ両親も安心するよ」

「うーん、言いたい事はわかるよ」

「結構重要だよ。もちろん、大半の子は両親に黙って付き合ってる。だけど、言っておくと親は安心するし、なんか遭っても相談できるし」

「それはまことちゃんの実体験?」

「そうだよ」


 待って待って、まことちゃんと木之本君は付き合っていないでしょ。

 それともまことちゃんの中では付き合っている事になっているの?

 でも、それを言葉にしたら怒られそうだから言わずにいた。


「でも、私の場合はその前に叔父さんと叔母さんに伝える方が先だと思う」

「ああ、そっか。御両親より一緒に住んでる御親戚の方々の先だよね。そうなると塩津はちひろちゃんの御両親と御親戚の二つ御了承がいるのか……。塩津、大変だね」


 そのセリフ、一つも心が籠ってない。

 これぞ他人事という典型的なセリフだ。


「了承して貰えるように頑張るよ」

「うん、応援する。もし、力になれる事が言ってね。塩津が絡んで来るのは気になるけど、ちひろちゃんが喜ぶなら協力する」

「……ありがとう。その時はお願いね」


 一応、お礼はしたが引っ掛かる事が有ってワンテンポ遅れてしまった。

 

 コンコン。

 

 ドアをノックした後、あかねお姉ちゃんが呼びかける。


「ちひろちゃん、入っていいかな?」

「あかねお姉ちゃん、少し待って。まことちゃん、あかねお姉ちゃんが呼んでるから電話切るね」

「うん、わかった。じゃあ、また明日ね」

「うん、明日」


 そう言って、電話を切った。

 そしてドアを開けた。


「何、あかねお姉ちゃん?」

「ちひろちゃんのクラスメイトの塩津君が御両親共に昨日と今日の件でお礼に来たから、応接間に来てね」

「うん、わかった」


 拓也君が来ている? しかも、御両親も一緒?

 どういう事? どういう事?

 お礼って言っていったけど、あれぐらいなら別にいいのに。

 とはいえ、既に家に来ている以上は対応しないといけない。

 私は服を着替えて、応接間に行く。

 中に入ると長ソファには塩津君と御両親が座っていた。

 私は叔母さんに一人掛けソファに座る。


「すみません。今、娘にお茶を出すように言ってありますので」

「いえ、お構いなく」

「どうぞ。粗茶でございますが」


 そう言いながら、あかねお姉ちゃんはお茶を出した。

 丁寧にそしてゆっくり出す。

 出し終えるとそのまま立ち去ると思ったら、あかねお姉ちゃんは右肘で私の肩を付きながら話し掛ける。


「なかなか良い男の子じゃない。ちひろちゃんもやるね」

「もうからかわないで」

「あかね、今はそんな事しないでいいから」


 叔母さん、そんな事を言ったら拓也君達が帰ったら、からかわれるよ。

 あかねお姉ちゃんは退室した。


「えっと、主人なんですけどもうすぐ帰って来ますので、それから話を進めた方がいいですかね?」

「いえ、ちひろさんにお礼をしに来ただけですから」


 拓也君のお母さんはそう言いながら、紙袋を差し出す。

 多分、真珠婚記念旅行に出かけた先の土産だろうと思う。

 

「ありがとうございます」


 叔母さんは一つの迷いも無く受け取った。

 常々思うのだが、普通は一度は遠慮しないのかな……。

 でも、考えてみたらお父さんが相手の時なんか「もっと、玉ねぎを送って」と言うぐらいだから、これぐらいは遠慮している方か。


「そういえば、自己紹介がまだでした。私はちひろちゃんの叔母の唐崎ようこ(からさきようこ)です。主人は唐崎哲夫(からさきてつお)です」


 叔母さんは言ったが、拓也君の御両親は理解し切れないようで更に叔母さんは話す。


「ちひろちゃんは私のお兄さんの娘なんですよ。彦根の高校に通う事になったので、親戚である私の家に住んでいるんですよ」

「ちひろさんの実家はどこですか?」

「長浜です。と言っても浅井なんですけどね」

「浅井なんですか。毎日通うのは厳しいですね」

「そうなんですよ。だから、叔父さんの家にお世話になっています」

「礼儀正しい子だね。拓也とは大違い」


 拓也君のお母さん、私を誉めてくれるのは嬉しいけど拓也君の顔が不機嫌になっていくのが目に見えてわかる。


「えっと、自己紹介が遅れました。僕は塩津拓也と申します。いつも、高月さんにはお世話になっています。こちらが父の塩津哲也(しおづてつや)、こちらは母の塩津あけみ(しおづあけみ)です。以後、お知り置きをお願いします」


 と、拓也君が御両親を自己紹介をした後、拓也君のお母さんに向かってどや顔をした。

 対して|、拓也君のお母さんは悔しい顔をしている。

 拓也君のお父さんはというと何かを気にしている様子だ。


「ただいま」


 あ、叔父さんが帰ってきた。

 

「『お客さんが来ているから、急いで帰って来て』って、あかねからメールが来たんだけど……、あれ、塩津さん!」

「唐崎さん! お久しぶりです!」

「本当ですね。九年ぶりですかね?」

「そうですね、九年ぶりですね」


 叔父さんと拓也君のお父さんは九年ぶり再会を喜んでいた。

 叔父さんは昔バイクを乗っていた事は知っていたが拓也君の店で買っていたのは初耳だ。

 でも、あかねお姉ちゃんと輝彦(てるひこ)君の学費が掛かるから手放したと聞いた。

 多分、本当は叔母さんが手放してほしいと頼まれたと思う。

 何故そう思ったというと、今叔父さんと拓也君のお父さんが楽しそうにバイクの話をしている。

 これだけ楽しそう話しているところ初めて見た。

 しかし、いつまで続くのだろうか……このバイクの話は……。

 私がそう思っていると拓也君が話に割り込む。


「親父、営業に来たんじゃないだろう。高月さんにお礼に来たんだろう?」

「ああ、そうだった。久しぶりに唐崎さんに会えたから忘れてしまった」

「忘れるなよ」

「では、改めて。高月さん、今日は息子の為に料理を作ってくれてありがとうございました。娘に作っておいてくれって頼んでおいたのに、本当に申し訳ないです」


 そう言って、拓也君の御両親は頭を下げる。

 拓也君は少しだけ遅れて頭を下げる。

 簡単なご飯を作っただけでここまでされるとは思わなかった。

 もし、ステーキみたいな高級料理を作ったらどんなお礼が来るのだろうか?

 そんな事を考えていたら、叔父さんが拓也君に話しかけた。


「拓也君、ちひろちゃんと仲がいいらしいがどういう関係なんだね?」


 叔父さんは真剣な顔で拓也君を見る。

 拓也君は暫く考えた後に答えた。


「高月さんとはお付き合いさせていただいております」


 それを聞くと叔父さんは私の顔を見て話しかける。


「ちひろちゃん、本当かね?」

「あ、はい。お付き合いしています」


 私が答えると叔父さんは腕組みして上を見る。

 どうしたんだろう? 何かに気になるところがあったかな?

 叔母さんも叔父さんの様子が気になっているようだが声を掛けようとはしない。

 一分ぐらいしたら、拓也君の方を見て言った。


「拓也君、僕は二人の交際は認める事はできない」

「「?!」」


 叔父さんの言葉に私と叔母さんは驚いた。

 すかさず、叔母さんは叔父さんに言う。


「お父さん、それは酷くないですか?」

「ようこは黙ってなさい」


 叔母さんは抗議は叔父さんは一言で一蹴した。

 

「どうしてか、わかるか拓也君?」

「俺が信用に足らない人間だからですか?」

「それは違うな。僕は一目で人間性を見抜けるほど立派な人間でないよ」

「俺が高月さんとお付き合いするにはふさわしくない人間だからですか?」

「それも違うな」


 え、どういう事?

 叔父さんの考えがわからない。

 てっきり「いいよ。ちひろちゃんと仲良くやってね」と言うと思っていたばかりに戸惑いが隠せない。

 私は叔母さんに助けを求めようとしたが叔母さんも叔父さんの不可思議な行動に戸惑っているようだ。


「確かに難しいな。普通とは違うからな」


 難しいよ。難しすぎるよ。

 声を出して抗議をしたいが空気がそれをさせてくれない。

 叔父さんは黙って拓也君を見ている。

 拓也君は真剣な顔になっている。

 そこから誰も喋らなくなった。

 あまりにも沈黙が続くので思わず私が拓也君に喋る。


「拓也君」

「ちひろちゃん、男が真剣に考えている時は黙ってあげなさい」

「はい」


 声を掛ける事も許されないのか……。

 仕方なく、私も考える事にした。

 拓也君の身なりを見るが特におかしいところは無い。

 発言を思い返してみるが俺という発言はあったが叔父さんはそんな細かい事は気にしない人だ。

 もちろん、拓也君の御両親にも問題点は一つも無い。

 そうなると私自身に問題があるかもしれない。

 私は過去の出来事を振り返った。

 もしかしたら、中一の時のストーカー被害の事を気にしているのかな?

 もしそうなら、拓也君はそんな人じゃないと誤解を解かないといけない。


「叔父……」

「そうですね。これは確かに普通ではないですね」


 私が話を切り出そうしたら、拓也君が被せてきた。

 え、普通ではないってどういう事?

 私は拓也君の発言に驚く。

 拓也君の御両親も叔母さんも驚いた顔している。

 しかし、拓也君と叔父さんは私達を無視して話を進める。


「わかるだろ、僕の気持ちが」

「はい。僕が唐崎さんの立場なら同じ事をしていますね」

「いずれはこの状況になると覚悟はしていたが、もう少し準備期間が欲しかったな」

「高月さんを受け入れた時点で準備して置かないと」

「それもそうだな」


 叔父さんがそう言うと拓也君と一緒に笑った。


「おいおい、拓也。どういう事だ? さっぱりわからないぞ。説明しろ」


 二人だけしかわからない会話に痺れ切らせて、拓也君のお父さんが割り込んできた。

 

「親父、悪い。今から説明する」


 拓也君はお茶を飲んだ後、説明した。


「唐崎さんは俺に『僕は二人の交際を認める事はできない』って言ったよね?」

「ああ、確かに言った」

「それは交際を認める権利が無いという事なんだよ」

「権利が無い?」

「そう。唐崎さんは高月さんの親戚。唐崎さんの的には俺と高月さんの交際を認めていいと思ってるはずですよね?」


 拓也君は尋ねると叔父さんは答える。


「ああ、親戚という立場ではなかったら認めているよ」


 その言葉を聞いて私は驚きながら叔父さんに聞く。


「叔父さん、それは本当ですか?!」

「本当だよ。ちひろちゃんの彼氏が拓也君だった事に安堵感が出ているところだ」

「どうして?」

「拓也君はこの様に対面するのは初めてだが、存在は赤ん坊の時から知っているからね。小さな頃からしっかりして正直でまっすぐな子だったからね。バイクを手放してからはわからくなったけど、久しぶりに対面して面影性格はそのままで良かった。本当に塩津さんの教育が行き届いている証拠ですね」

「唐崎さん良い事言ってくれますね。でも、男ですから躾が大変ですよ」

「何を言ってるの? ほとんど、私に押し付けている癖に」

「親父母さん、ここでケンカはしないでくれ」

 

 拓也君の御両親がケンカになりかけたので拓也君が止める。


「話を進めるよ。唐崎さんにはこれ以上は無理強いはできない事はわかりました」

「おい、拓也。諦めるのか?」

「親父、話は終わってないから。で、僕も引き下がるつもりありません」

「拓也、それこそ男だ」

「親父、頼むから黙って聞いてくれ」


 なぜ、拓也君のお父さんはそんなに相づちを入れたがる。


「で、唐崎さんの立場も考えないといけないもの事実。だから、僕は高月さんと同等の成績を取り続けます。そうすれば、唐崎さんの立場も守れるはずです」


 なるほど、そういう事か。

 仮に拓也君との交際がお父さんにわかっても、私と同等の成績を収めていれば、唐崎さんの被害は無い。

 そもそも、お父さんが私に対して過剰なところがあるから叔父さんは対応に対応に苦慮するだよな。


「申し訳ないな。年下の君に気を遣わせて」

「いえ、高月さんの御両親には好印象を持たれたいという僕個人わがままですので、唐崎さんは気にしないで下さい」


 うまいな。本当は叔父さんに気を使っての行動なのに自分の為という行動にすり替えるだから。

 用事も全て済んで拓也君達は家に帰っていた。

 時計を見ると十時を過ぎていた。

 部屋に戻り明日の準備をしているとあかねお姉ちゃんが入ってきた。


「ちひろちゃん、終わった?」

「うん、終わったよ」

「しかし、塩津君も大胆な事をするね。両親を引き連れて交際を申し込みに来るなんて」

「違うよ! ご飯を作ったからお礼に来たんだよ!」


 なぜ、そっちに話を進めるの?!

 

「確かにお礼をしに来たけど、どっちかというと交際を申し込みの方がメインだったよ」


 うーん、考えてみるとそんな感じする。

 ダメダメ、ここであかねお姉ちゃんの意見を通すと良くない。

 ここはお礼がメインだった事にしないと。


「あくまでも話の流れでなったで、お礼がメインだよ」

「そうなの?」

「そうだよ」

「お礼をするぐらい美味い料理か……、今度作ってよ」

「料理が美味いからお礼に来たのじゃなくて、拓也君にご飯を作ってくれたからお礼に来たんだよ」

「それでも作ってくれないかな? それとも私の料理は彼の為にしか作りませんって事かな?」

「……次の日曜日に作るよ」

「ありがとう」


 ああ、あかねお姉ちゃんに上手い事丸めこまれた感じがする。

 更にあかねお姉ちゃんは喋る。


「塩津君の付き合いに関してはお姉ちゃんとしては喜ばしい事だけど、伯父さんがどう言うかな?」

「やっぱり、お父さんですよね」

「伯父さんとしては当たり前の事をしているだけなんだけどね……」


 それを言うとあかねお姉ちゃんは黙ってしまう。

 私も黙ってしまう。

 悪い空気が漂ってしまう。

 お父さんの私に対する愛情が異常という事は親戚全員が知っているからだ。

 それを指摘できるのはお兄ちゃんだけ。

 お兄ちゃんに頼めば解決するけど、そのお兄ちゃんは今は日本に居ない。

 今は仕事が忙しくヨーロッパのどこかの国に居る。

 お爺ちゃんの法事の日時を連絡した時はイギリスに居て、入学祝いのお礼の電話した時はベルギーに居た。

 これではとても無理。

 お母さんは私の味方だけど、恋愛となるとあの件が遭った為にどこまで味方で居てくれるか微妙なところだ。

  

「まあ、既成事実が既に成立しているから……」

「既成事実!?」

「どうしたの? そんなに顔を赤らめて」

「だって、既成事実って言うから……」


 私は自分自身でわかるぐらい顔が赤くなっているだろう。

 それを聞いたあかねお姉ちゃんは首を傾げた。

 すると、ある事に気付いた。


「ちひろちゃん、既成事実って意味知っている?」

「……」

「え、聞こえない」

「……を作る事」

「もう少し大きいで」

「赤ちゃんを作る事!」


 もうそんな事を大声で言わせないで。

 恥ずかしい思いでいっぱいなんだから。

 そんな事を思っているとあかねお姉ちゃん上を見上げながら「そうか。今の娘は既成事実をそう捉えるのか」言った。

 え、違うの?

 私はきょとんとしているとあかねお姉ちゃんが喋る。


「まあ、間違ってはいないけど、本来の意味はもう少し広域的に使われているだよ」


 それを聞いて、スマホで検索してみた。

 既成事実。すでに起こってしまっていて、承認すべき事柄。

 私が意味を確認するとあかねお姉ちゃんが話しかける。


「どう? 本来の意味はわかった?」

「うん。本来の意味を知って今まで間違って覚えていた事に恥ずかしい気分になってきた」

「まあ、言葉の意味って時代と共に変化するからね。気にしなくてもいいよ」


 確かに言葉の意味は時代と共に変化する。

 それは否定の言葉だったり、肯定の言葉だったり、賛辞の言葉だったり、酷評の言葉だったりする。

 もしかしたら、今私達が使っている言葉も何十年後かは意味が違っているかもしれない。

 でも、それは私が心配しても仕方ない事だ。

 そんな事を考えているとあかねお姉ちゃんは私の肩に手を掛けて言う。


「ちひろちゃん、これからいろいろ悩んだり壁にぶつかることもあるけど、一人で悩まないでね。すぐに側に私が居るし、お母さんも居るから相談してね」

「ありがとう、あかねお姉ちゃん。その時はよろしくね」


 こういう時は姉という存在が本当に有り難いと思う。

 兄ではこんな風にはいかないと思うからだ。

 あかねお姉ちゃんが部屋から出ようとしたら、私の方を振り向いて言った。


「ちひろちゃん、塩津君は明日学校行くの?」

「明日は行くと言っていたよ」

「じゃあ、明日は共同記者会見だね」

「共同記者会見?」

「そうだよ。教室に入ると二人だけ座る席が準備されていて、クラスのみんながスマホのカメラで写真を撮り、スマホのマイクで録音するだよ。『どこで知り合ったですか?』とか『どちらから告白されましたか?』等と聞かれるよ」


 あかねお姉ちゃんは嬉々としながら言うの対して、私は呆れながら返事をする。


「そんな準備をしてまで聞く内容じゃないと思うけど……」

「そうかな? 私が高校生の時、クラスの子が彼氏ができたと聞いて、次の日記者会見を開いたけどな」


 ああ、なんとなくあかねお姉ちゃんならやりかねないな。

 その人も大変だっただろうな。根掘り葉掘り聞かれたんだからな……。


「という事だから、ちひろちゃん今晩は明日に備えて質疑応答の準備しておいた方がいいよ。返答次第ではクラスの子から嫌われるからね」


 そう言って、あかねお姉ちゃんは部屋から出て行った。

 もう何を言ってるのかな、茜お姉ちゃんは……。

 もういいや、明日も早いし寝よう。

 私はそう言い聞かせて、ベッドに入った。

 ……。

 眠れない。

 あの言葉が気になって眠れない。

 ダメだダメだ。学校があるから早く寝ないと。

 私は目を閉じ、眠る事に集中する。

 ……。

 やっぱり、眠れない。

 ……。

 どこで知り合ったですか? 学校の教室です。

 どちらから声を掛けたのですか? 多分、拓也君からだと思います。

 同じ部活に所属していますが、どういった事を喋っていますか? 部活に関する事か雑談が殆どです。

 いつも一緒に帰るところを見かけますが、高月さんの家まで一緒ですか? いえ、私の家の方が遠いので途中で別れます。

 頭の中で質疑応答していた。

 私、ベッドの中で何をしているだろう……。

 しなくてもいい心配をして、しなくてもいいシミュレーションをしている。

 とはいえ、気になってしまったのものは仕方ない。

 私は気が済むまで質疑応答する事にした。

 そうしている間に眠りに付いていた。


 次の日。

 私は早めに学校に向かった。

 昨日のあかねお姉ちゃんの言葉が気になったからだ。

 教室に入る前に中の様子を伺う。

 女子が三人居るが特に何もしていない。

 

「おはよう」


 私はできる限り自然体にして教室の中に入った。

 

「おはよう。ちひろちゃん、今日は早いね」

「うん。コンビニに行く用事があったから」

「そうなんだ」


 それで会話が終わる。

 正直、私はほっとしている。ここから拓也君の話が始まると思っていたからだ。

 それから続々とクラスメイトが教室に入って来るが特に私に話し掛ける様子は無い。

 すると、拓也君が来た。


「高月さん、おはよう」

「塩津君、おはよう」


 意識せずに挨拶をしようとするがやっぱり意識してしまう。

 拓也君の顔が少し赤い。

 同じように意識しているみたいだ。

 

「昨日はごめんね。夜遅く来て」

「ううん、いいよ。別にお礼なんか良かったのに」

「母さん、意外と義理堅い人だからそういう所はしっかりしている」

「それでも後日で良かったよ」

「一度行動を始めると気が済むまでやる人だから。この先も迷惑をかけるかもしれないから先に誤っておく」

「うん、わかった」


 なんてことない会話だった。

 でも、私の気を紛らわせる為にしてくれた会話だと思う。

 そんな事をしているうちにチャイムが鳴った。

 全員が席に着いて、授業が始まった。

 いつも通りに授業が進んでいく。

 どうやら、あかねお姉ちゃんが言っていた事は起こらないと思った。

 体育の着替えの時までは。

 更衣室に入ると石田さんが私に話し掛けてきた。

 

「昨日、塩津君が高月さんの家に来たって本当?」


 思わず、私は一歩後退しまった。

 しかし、石田さんは一歩前進して間合いを詰める。

 石田さんの目を輝かせている。

 他の子の達も見ると同じように目を輝かせていた。

 みんな、興味持ちすぎる!

 でも、答えないわけもいかず答える事にした。

 

「うん。昨日の夜来たよ」

「なんでお母さんと一緒にお礼に来たの?」


 さっきの話を聞いていたの? と言いたいけど我慢する。


「一昨日昨日、塩津君の家で夕食を作っただけだよ」

「ええ! もう塩津君の家に上がるまでところまで進んでいるの?!」


 石田さんだけじゃなくてクラスの女子全員が叫んだ。

 狭い更衣室でそんなに大声で叫ばないでほしい。

 そこからはみんなが各々と勝手に喋る。


「塩津君って、大人しそう見えて結構積極的なんだね」

「予想外過ぎて、びっくりだよ」

「私、先輩から聞いただけど、中学の時結構いろんな女の子の家に行ってただって」

「本当?!」

「本当。少なくともクラスの子は全員行ったようだよ」

「うわ、手慣れているね」

「きっと、エッチな事もしているよ」

「じゃあ、私達もそうなるのかな?」

「待って待って! その話は誤解だから!」


 私はみんなの話を止めて、本当の話をした。

 

「つまり、勉強を教えに行っただけでエッチな事はしていないって事?」

「そうだよ。C組の木之本君も言っている」

「なんだ」


 なんとか理解してくれたようだ。

 と、安心していたら港さんが喋る。


「でも、やっぱりクラス女子全員の家に行くって、なかなかの事だよ」

「確かに。中学生の時ならできないね」


 また、話が膨らみ始めそうになった瞬間、ドアを力強く叩く音がした。


「こら、A組! いい加減に着替えてグランドに出ろ!」


 ドアの向こうから女子体育教師相撲(すまい)先生が大声で怒鳴りこむ。

 私達は慌てて着替えた。

 グランドに出ると烈火の如く怒っている相撲先生が居た。

 これはさすがにすぐに謝った方がいいと全員思った。

 謝ると相撲先生は「私がいいって言うまでグランドを走ってろ」と言われた。

 私達はこの指示を聞いてほっとした。

 相撲先生は彦根南女子全員の生活指導を担当している。

 もちろん、二年は二年の三年は三年の女子生活指導の先生は居る。

 が、それを統括しているのが相撲先生。

 相撲先生の代に当たった女子生徒は三年間自由が無いと言われている。

 それぐらい厳しい人なのだ。

 結局、授業終わる寸前まで走らされた。


「今日は本当に申し訳ありませんでした」


 再度、私達は相撲先生に頭を下げて誤った。

 その姿を見て相撲先生は考えた後に言う。


「うーん。まあ、お前たちは年頃だから恋愛に興味を持つのは自然な事だと思う。が、ここは学校である以上は授業を優先してもらわないと困る。わかったな」

「はい」

 

 どうやら、許して貰えたようだ。

 クラスのみんなに安堵感が出ていた。

 

「じゃあ、高月だけ残って他の者は教室に戻っていいぞ」


 え、私だけ残るの?!

 驚いている私を置いてみんな教室に戻って行く。

 置いてかないでと心で叫ぶもののみんなは去って行く。

 そして、私と相撲先生の二人きりになった。

 怖い。何を言われるのかわからないので余計に怖い。


「高月」

「はい」

「私なりに塩津の事を調べてみたが口は悪いが性格は良い。年上だけどそれを飾らないし、年下でも敬うことはできる」

「それなら知ってますけど……」

「話はまだ続いているよ」

「ごめんなさい」

「ここからメインだ。中学の時はかなりの悪い奴と付き合っていたようだが、幸か不幸か入院がきっかけで縁が切れているようだ」

「それは初耳です」

「で、頼みがあるだけど」


 え、この流れで頼み?

 声が出そうになるところを寸前に止める。

 

「聞いてるか?」

「はい、聞いてます」

「その悪い奴と再度付き合わせるを阻止してほしい」


 相撲先生の言葉を聞いて思考が数秒止まる。

 思考が再起動して、私はとんでもない事を頼まれた事に気付いた。


「無理です。そんなの無理です」

「高月聞け。誰も力づくで阻止しろとは言っていない」

「じゃあ、どうすればいいですか?」

「塩津は高月を泣かせるような事はしないと思う。だから、高月を塩津が悪い奴と付き合いそうになったら『そんな人と付き合うなら別れる』と泣きながら言えば塩津も止めるだろう」


 そんな古典的なやり方なんだ……。

 もう少し考えているものだと思っていたばかりにがっかり感が否めない。

 とはいえ、拓也君が不良になるのは困る。

 受けるしかないという事か。


「先生、一応受けますけど……」

「おお、受けてくれるかありがとうな!」


 そう言いながら相撲先生は私の両手を取り握手した。

 痛い痛い、そんなに強く両手を上下に振らないで。

 満足したのか安心したのかわからないが相撲先生は満面の笑顔で私から離れようとするので、私は慌てて退き止めた。


「先生、待って下さい! 受けますと言いましたけど、先生も協力して下さいよ!」

「うーん、わかった」


 何で悩んだですか? 普通は即決で協力すると言うのが筋でしょうが?

 これは間違いなくこの厄介事を私に全て押し付けようとしている。

 期待をしない方がいいな。


「で、高月。何をすればいいんだ?」

「その悪い奴の特徴を教えてくれませんでしょうか?」

「ああ、そいつは銀髪の頭をしている」

「それだけですか?」

「それだけだ」

「ありがとうございます。後はなんとかします」


 私は相撲先生に協力を仰ぐのを止めた。

 この程度の情報を得る事ができないなら、始めから頼りにしない方が正解だ。

 もちろん、相撲先生も学校の先生の他に家事と子育てを持っているからこっちばかりに気を取られるわけにいかない。

 だけど、名前ぐらいは教えてほしいものだ。

 さてどうしよう? 直接、拓也君に聞いてみよう。

 と、考えていたが放課後私と拓也君は余呉先生に生徒指導室に行くように言われた。

 生徒指導室か……、私達何かしたかな?

 考えるが問題を起こした事案は無いと思う。

 そんな事を考えていると拓也君がドアを開けた。

 そこには能登川先生と余呉先生、そして宮司(みやし)教頭先生が居た。

 なんで三人の先生が居るの?

 そう思いながら三人の顔を見る。

 能登川先生と余呉先生は何かバツが悪そうな顔しているのに対して、宮司教頭先生は怪訝そうな顔をしている。

 どうやら、宮司教頭先生の機嫌を損ねたようだ。

 何かしたかなと考えてみるが、思い当たる事が無い。

 こうなるとどんどん不安なってくる。

 すると、拓也君が「大丈夫だ、一つも疾しい事はしていない。堂々と先生の質問に答えればいい」と言ってくれた。

 私は「う、うん。わかった」と返事する。

 多分、拓也君も不安だけどそれを見せない。

 本当に堂々としている。私も堂々としよう。


「塩津君、高月さんとお付き合いとしている生徒達が話題していますがそれは本当ですか?」

「はい、本当です」


 急に質問されたのによく対応できたな。

 次は私だな。


「高月さん、塩津君とお付き合いとしていると生徒達が話題していますがそれは本当ですか?」

「はい、本当です」

「君達は学生だよね?」

「「はい」」

「学生の本分は学業ですよ。恋愛にうつつをぬかしている場合じゃないですよ」


 痛いところ突くな。

 そんな事を思うながらも返答を考えていたら、拓也君が返事する。


「恋愛が勉学の邪魔になる発想は過去の遺物ですよ」

「遺物って、私をバカにしているのか?!」

「バカにはしていません。事実を言ったまでです」


 堂々としていればいいと言ってくれたけど、拓也君それは完全にケンカを売っているよ。

 教頭先生は矛先を余呉先生と能登川先生に変えた。

 余呉先生は拓也君の態度にひたすら平謝り。

 能登川先生は私達のフォローをしてくれたが、尽く(ことごとく)論破されてしまい、ついに一言も喋らなくなった。

 教頭先生の話は止まらない。

 私達の成績が落ちた時の責任の取り方、恋愛は卒業をしてからすればいいと言って、最後には余呉先生と能登川先生の学生時代の批判をしていた。

 批判に関しては余呉先生は反論したが、教頭先生の質問に答える事が出来ずにいた。

 でも、あの質問は反則だ。

 急に答えれるわけがない。それを知って質問をしているのだから。

 教頭先生は呆れながら言った。


「担任がこれなら、この二人には期待しない方がいいですね。優秀な人材が失われてしまったか」

「はあ?」


 拓也君の不満丸出し声の出す。

 私は先生達が見えないところで拓也君の袖を引っ張った。

 拓也君は私を見てくれると声には出さないがダメダメと首を横に振った。


「教頭先生の話を総合しますと在学中の恋愛は認めない。理由は成績が落ちるからでよろしいですかね?」


 良かった。冷静になってくれた。

 私が内心ほっとしたが、拓也君と教頭先生の会話は続く。


「そうです」

「わかりました。余呉先生、紙とボールペンとカッターナイフはどこに有りますか?」

「それなら、あの棚にある」


 能登川先生は棚に指を差した。

 拓也君は棚から三点を持ち出して、作業を始める。

 

「塩津君、何をしているの?」

「少々、お待ち下さい」


 拓也君は余呉先生の質問に答えずに作業している。

 多分、私が聞いても同じ事になるから黙っておこう。

 

「よし、文章はこれでいいだろう。後はこれで仕上げだ」


 拓也君は満足な顔をしながら、カッターナイフを持つ。

 何をするのかな? と思いながら見ていたら右の親指を切った。


「「きゃあ!」」


 私と余呉先生は同時に悲鳴を上げた。

 能登川先生と教頭先生は何か声を上げたが、私はそれを無視してポケットからティッシュを取り出す。


「よし、これでいいな」

「これでいいなじゃないでしょう?! 血を止めないと!」


 私は拓也君の右親指をティッシュで止血する。

 

「先生方、これを読んで下さい」


 何でそんなに冷静なの? いや、冷静になってとは目では訴えたけど、そこまで冷静になってとは訴えていない。


「宣言書。塩津拓也、高月ちひろ両名は学校の定期テストの順位を九番以内の成績を卒業するまで取り続ける事をこの文面を持って宣言します。もし、一度でも十番以下になった時は卒業までは一切交際はしません。成功した時は宮司教頭先生は余呉先生、能登川先生に自分の考えが間違っていたと謝罪する。塩津拓也」

「これどういう意味だ?」

「宣言書です。俺は俺のやり方で証明します。教頭先生の考えが間違っている事を」

「私の考えが間違っていると?」

「はい。さっきも言いましたが恋愛が勉学の邪魔になるという発想は過去の遺物です。今は二十一世紀です。いつまでも二十世紀の考えていては困ります。事実、我が校もIT先進校してタブレットが導入されました。現実を見て下さい」

「過去の遺物だと! 私の考えは間違っていない!」

「もし、俺達がこの宣言書に書かれた事が達成された時は教頭先生は余呉先生と能登川先生に自分の考えが間違っていたと謝罪しますか?」

「しますよ。卒業式の時に全校生徒の前で謝罪しますよ」

「では、この宣言書に名前を書いて下さい」


 教頭先生が宣言書に署名する。

 拓也君、怖い事をするな。上手く行ったから良かったけど、間違ったら謹慎処分だよ。

 教頭先生が書き終わった後、拓也君は余呉先生と能登川先生に証人として署名を促すが、二人共書かない。

 確かに血判状とも言える宣言書に書くのは誰でも抵抗はあるだろう。

 拓也君は仕方ないなという顔をしながら別の紙に書き始める。

 私は書き終えた紙を読み上げる。


「宣言書(別紙参照)に書かれた約束事に立ち会った事を証明します」


 これなら書いてくれそうだ。

 能登川先生はボールペンを持って署名するが余呉先生はまだ抵抗感があるようだ。

 拓也君はすかさず説得をする。

 始めは渋っていたが最後には署名をしてくれた。

 私達は生徒指導室を出て部室に行った。

 私達は深々と椅子に座った。


「ふう、疲れた」

「なんで、教頭先生はあんなに恋愛に対して厳しいの?」


 拓也君に言っても仕方ないけど言葉にしないと気が済まない。


「わからない。だけど、俺達に対しては条件付きだけど認めてもらう事ができた」

「あっ、そう言われるとそうだね」


 先生公認のカップルか……。

 授業中に言われるのかな?

 塩津夫婦、イチャイチャしているじゃないって。

 なんか恥ずかしいな。


「ちひろ、ごめん。宣言書にあんな事を書いて」

 

 拓也君は宣言書の事について誤っていた。

 そんなに気にしていないが、わざとらしく怒った態度を取る。

 

「本当だよ。あんな無理難題を勝手に決めて」

「ごめんなさい」


 拓也君は両手を合わせて誤る。

 あ、本気で誤ってる。これ以上やると変な事になるからここまでにしておこう。


「でも、信頼されている以上は私も頑張るよ」

「お願いします」


 深々と頭を下げる拓也君を見て、私は一つ名案が閃く。


「じゃあ、罰として定期テスト一週間前は部活休んで勉強会するよ。いい?」

「はい。わかりました」


 素直に私の意見を受け入れてくれた。

 でも、実際に一週間前から勉強会をしないと九番以内という成績は収める事はできない。

 それだけ彦根南は厳しいからだ。


「さて、執筆作業にかかるとするか」

「今からやるの?」

「二日も休んでいたから、遅れを挽回しないと」


 そうだ、私も執筆作業していない。

 私はページ数は少ないからそんな焦る必要は無いけど、拓也君は多いから大変だ。

 でも、油断していると文化祭に間に合わない可能性もあるから作業を進めた方がいい。

 タブレットを鞄から出して作業にかかる。

 拓也君を見ると今までの中で一番作業が進んでいる。

 私も見習って作業をする。

 そんなこんなしているうちに時間になった。


「そろそろ帰ろうか?」

「うん、帰ろう」


 私達は部室を出て、門に向かって歩いていると女の子三人居た。

 そして私達を見てこそこそと話している。

 話を聞くと私達が生徒指導室に呼ばれた事を話していた。

 呼ばれた事は事実だから否定はしないが勝手な想像するのは止めてほしい。

 それが巡り巡って、おかしいな方向に進んで行くからだ。

 なんか嫌だと思っていたら、拓也君が私の左手を握って、「行こう」とだけ言って早足でこの場を離れた。

 いつもの通り家の前で拓也君と別れた。

 家に着き部屋に入るとベッドに寝転がる。

 天井を見ながら呟いた。


「疲れた。本当にあかねお姉ちゃんが言って通りになった」


 やっぱりみんな恋愛に興味あるんだな。

 聞いていないと思って、昨日の話を教室でするんじゃなかった。

 でも、みんなどこから男子の情報を入手してくるだろう……。

 男子も女子の情報を入手しているのかな?

 好きな子の情報を欲しいならわかるけど、それ以外の子の情報は必要なのかな?

 でも、みんな拓也君の中学生の時の事を知っていたな。

 やっぱり、好き嫌い関係なく調べてあるんだな。

 

「ちひろちゃん、ご飯できたよ」


 ドアの向こう側から叔母さんが呼ばれたので食卓に行く。

 今日はあかねお姉ちゃんは仕事が遅番なので叔母さんと二人で夕食を頂く。


「ちひろちゃん、今日学校大変だったでしょ?」

「はい、大変でした」

「まあ、彼氏持ち女の子宿命だから受け入れる仕方ないね」

「そうなんですか?」

「そうだよ。叔母さんもお父さんと付き合ってから、どこかに出かけるだけで同じ学年女の子からよく聞かれるようになったからね」


 同じクラスじゃなくて、同じ学年なんだ……。

 私が思っている以上に苦労するのか……。

 なんかこの先の事を少しうなだれる気分なる。

 

「でも、これがきっかけでカップルなる子達が増えるよ」

「そうなんですか?」

「そうだよ。いくら彦根南に通っていても年頃の女の子なんだからね。彼氏とはいかなくても、気になる男の子と一緒に遊びに行きたいとか思うのは全然普通の事なんだよ」

「うーん、わかる気がする」


 夕食を食べ終わり、後片付け手伝う。

 食器を拭いている時、叔母さんが私に言う。

 

「ちひろちゃん、叔母さんは応援しているよ」


 突然言われたので何も言えずにいたが、叔母さんは話を続ける。


「恋愛の応援をすると兄さんは不満な態度を出すだろうな」


 その通りです。お父さんは絶対に態度に出します。

 やっぱり、兄妹なんだなと改めて感心した。


「だけど、高校生だからできる恋愛もあるからね。兄さんが何か言っても叔母さんがフォローしてあげるから思い切り恋愛をしなさいね」

「叔母さん、ありがとうございます」

「でも、勉強は疎か(おろそか)にしてはいけないよ」

「はい、わかりました」


 さすが、叔母さん。しっかりと釘を刺していく。

 もちろん、言われるまでもなく勉強は疎かにしない。

 成績を落としたら、拓也君と交際ができなくなるからだ。

 手伝いを終えると部屋に戻り、今日の課題を片付ける事にした。


 次の日。

 本日の授業は全部終わり、私と拓也君は部室に居た。

 私達は真剣に作業をしている。

 が、気になる事があった。

 それは余呉先生がここで仕事をしているからだ。

 

「余呉先生、仕事は職員室でやって下さい」


 拓也君が言うと余呉先生は言い訳をする。


「そうしたいけど、教頭先生が『今まで部活動を生徒に自主性に任せていた? 進捗状況だけ確認していただけ? 顧問なんだから、しっかり生徒の指導しないと駄目でしょう』と怒られて、仕事は部活動を指導しながらしなさいと言われた」


 最後の方には泣きそうな顔で言っていた。

 それを聞いた拓也君は呆れたという顔をしている。

 多分、顧問なんだから当たり前だろうと思っているだろうな。

 

「で、何を指導するんですか?」


 拓也君が質問するが余呉先生は何も答えない。

 さすがにこれには私も呆れる。

 すると、拓也君が言う。


「余呉先生、文章チェックを担当してくれませんか?」

「文章チェック? どういう事すればいいの?」

「誤字、脱字、そして差別用語等の読み手に不快感を与える文章を調べる仕事です」


 なんかバイトの面接のやり取りみたいに聞こえるな。

 バイトしたと無いけど。


「難しくない?」

「国語担当をしている余呉先生しかできない仕事です。どうか、引き受けくれませんか?」

「そう言われると断れないね。わかった、いいよ」

「ありがとうございます。では、部室の鍵を返した後、余呉先生は俺達の作品をチェックして下さい。それまでは職員室で仕事しても大丈夫ですよ」

「わかった。そうするね」


 そう言って、余呉先生は喜んで部室から出て行った。

 

「拓也君って、余呉先生に優しいよね」

「本当は厳しく行きたいだけど、どうしても命の恩人だから、厳しくできない。やっぱり、俺は甘いなとつくづく思う」


 それを言った後、嫌な顔をした。

 本当に自分の行動に嫌気をしているんだなと感じ取れる。

 でも、それは違うと思う。

 拓也君は優しい人だ。

 それは一番近く居る私が知っている。

 私にはもちろん、余呉先生にも本気で厳しくはしない。

 でも、それを気にしているのなら言った方がいいな。


「それは違うと思うな」

「違う? どこが?」

「甘いというところが、拓也君は本当に優しいから本気で厳しくしない。始め頃は私に対してもそういう事があってなんか嫌だと思っていたけど、今は行動一つ一つに私の事を考えていると思うと大切にされているだなと感じて嬉しくなる」


 それを聞いた拓也君は恥ずかしいという顔する。

 誰だって、誉められるとどこかくすぐったい気分になる。

 でも、あかねお姉ちゃんが言っていたな。

 男の子が女の子に優しいのは邪な(よこしまな)が考えがあるからね。

 拓也君もそうなのかな?

 試しに言ってみよう。


「その気持ちが下心じゃないともっといいだけどな」

「!」


 うわ、拓也君動揺している。

 誰が見てわかるぐらい動揺している。

 これはこれで面白いな。

 私は思わずニヤとしてしまう。

 

「あ、本当に考えていたんだ。冗談で言っただけど、まさか本当に当たるとは思わなかった……」

「冗談で当てないでほしいだけど……」


 この状況なら何を考えていたか、教えてくれるかも。


「何を考えていたの?」

「セクハラ発言になりますから、コメントは差し控えさせて頂きます」


 これは言わないな。じゃあ、いいや。

 これ以上の追及はしないでおこう。

 それに拓也君が気付いて呟く。


「さて、作業を再開するか」

「そうだね」


 そして私達は作業を再開した。

 五時半なり、私達は学校を出た。

 本当は完全下校時間までやるつもりでいたが余呉先生の帰宅が遅れてしまうので三十分前に切り上げた。

 帰り道、私達は明日の事を話していた。


「拓也君、明日から一週間部活動禁止だね」

「テスト勉強したいのに宿題を出すのはどうなんだろうな」


 そう。彦根南は部活動禁止期間は宿題を出すのが決まりなのだ。

 しかも、出す量が多すぎる。

 もちろん、全生徒から不満が出ている。

 その事に対して余呉先生は「学校が決めた事だから、私に言われても何もできないよ」と言い訳をしていた。

 確かに量は多いが二時間半ぐらいかければ、その日の宿題は全部終わりそうだけどな……。

 私は同意を求めようと拓也君に言おうとしたら……。


「あの量は終わらせるのに三時間ぐらい掛かるな」


 拓也君が言うので私は慌てて口を閉じる。

 拓也君の話は続く。

 

「丁度、部活動と同じ時間だ。誰が考えたわからないけど、完璧な時間配分だな」

「そうだね。三時間ぐらい掛かるね」


 良かった。先に言わなくて。

 また、失敗するところだった。


「ところで拓也君、テスト勉強一緒にやる約束は忘れてないよね?」

「忘れるわけないよ。ちゃんと準備しているよ」

「準備って?」

「俺の家でやるから、綺麗に掃除をした」


 それを聞いて、あの話を思い出した。

 それに気付いたのか、拓也君はすぐに言う。


「勉強する所はリビングだから安心して」

「本当?」

「本当です」


 嘘は言ってはいないようだ。

 まあ、家から店はそんなに離れていないから最悪叔母さんに助けを求める事ができる。

 そんな事を話しているうちにいつも場所に私達は別れた。

 今日の夕食も叔母さんと二人だ。

 明日から拓也君の家で勉強会をするから少し帰りが遅くなると伝えた。


「わかったけど、塩津君の家に出た時LINEでいいから『今、塩津君の家を出ました』とメッセージを送ってね」

「わかりました」

「うーん、塩津君の家で勉強会か……」


 なんか、叔母さんの顔色が良くない。

 この前家に来て誠意を表せたけど、やっぱり男の子と二人っきりだと難色は出るよね。


「叔母さん、大丈夫ですよ。塩津君の家は店に近いですから」

「塩津君の事だったらこの前会った時、この子だったらちひろちゃんの事を任せていいかなと思っているよ」

「じゃあ、何を気にしているですか?」

「ちひろちゃんが塩津君の御両親を呼び方が気になっているんだよね」

「え、小父さん(おじさん)小母さん(おばさん)では駄目ですか?」

「それは一番言っては駄目!」


 叔母さんは厳しく言った。

 いつも違う叔母さんに私は少し戸惑いながらも次の答えを言う。


「じゃあ、お義父さんお義母さん?」

「それも駄目。結婚をしたわけじゃないだから」

「じゃあ……」

「名前で呼ぶのも駄目だよ」

「ええ、どうすればいいですか?!」


 ここまで来ると答えがわからない。


「こういう時は拓也君のお父さん拓也君のお母さんと呼ぶのが正しいだよ」

「初めて知りました」

「仕方ないよこういう事は普通教わらないからね」


 確かに男の子とお付き合いする事になってもお母さんには黙っているから教わる事はできない。

 親戚である叔母さんだからできる事だ。

 だから、このアドバイスは有り難い。

 

「ありがとう、叔母さん」

「うん。ちひろちゃんには叔母さんみたいな失敗してほしくないからね」

「失敗したんですか?」

「したよ。お父さんのお義母さんに初めて会った時、『小母さん』と言って、大顰蹙(だいひんしゅく)買って、結婚が決まるまで挨拶だけで会話もさせてくれなかった」

 

 呼び方一つだけでそこまで関係が悪化するのか……。

 これは注意しないと。

 不安そうにしていた私を見て叔母さんがフォローする。


「この前来た時塩津君のお母さんを見ていたけど、ちひろちゃんの事をかなりお気に入りの感じがしたから、まず余程のミスをしない限りは大丈夫だね」


 普通は「思うよ」と締めくくるのに「だね」で締めくくる事とは予想外だった。

 あの短時間で拓也君のお母さんの性格を見抜いたんだな。


「アドバイスありがとうございます。その辺の事を注意しながら明日塩津君の家に行きます」

「手土産用意しようか?」

「お気遣いだけ頂きます」


 多分、叔母さんは本気でやるとは思わないがさすがにそこまでしてしまうと、返って塩津君が気を使ってしまう。

 夕食の片づけを手伝った後、自分の部屋に戻り今日出された課題を片付けていたら、まことちゃんからLINEが来た。

 なんだろうと思いながらメッセージを見た。


 テスト自信無い! 助けてちひろちゃん!


 短文だけど、深刻な事態だという事はわかる。

 このまましておくと悪い方向に進行しそうなので電話した。


「もしもし、まことちゃん」

「あ、ちひろちゃん。助けて!」

「そんなに自信が無いの?」

「全然自信が無い!」


 全然という言葉の使い方が間違っているよ……。


「教える事はできるけど、明日から塩津君の家で勉強会する事になっているの」

「塩津か……。うーん」


 電話越しでもわかるぐらい葛藤している事がわかる。

 険しい顔をして唇を噛み締めているのが目に浮かぶ。


「わかった。あたしも勉強会に参加する。いいえ、参加させてほしい」

「そんなに(へりくだ)らなくていいよ。一緒に勉強しよう」

「ごめんね」

「なんで謝るの?」

「だって、二人の邪魔する事になるんだもん」


 そう言われるとそうだよね。

 二人だけやろうとしているところに入って来るのだから邪魔者でしかない。

 もし、木之本君とまことちゃんが二人で勉強会するところに私が来たら、さぞかしまことちゃんは怒るだろうな。

 そんな事を考えながらもまことちゃんは話を続ける。


「でも、赤点取るのは嫌だから、今回だけ許して!」

「気にしなくてもいいよ。頑張って、テストを乗り越えよう」

「うん、頑張る。じゃあ、また明日」

「うん、また明日」


 お互いそう言って電話を切った。

 約束したけど、大丈夫かな? 

 まことちゃんは基本的には仲が良い二人の邪魔はしない。けど、その基本姿勢を(くつが)しても勉強会に参加したいというのだから、相当状況が良くないのだろう。

 考えていても仕方ないので、取りあえず目の前にある課題を片付ける事にした。

 

 次の日。

 授業も無事に終わり、いつもなら部室に行くのだけど今日から一週間は部活動は禁止。

 みんな足早に帰宅する。

 

「マックに行く?」

「ファミレスに行こう」

「私はミスドの方がいいな」


 うん、やっぱり早く帰るからみんな寄り道するよね。

 私は拓也君と木之本君とまことちゃんの四人は拓也君の家に向かっていた。

 今朝、拓也君に前日の事を説明すると一瞬落胆した顔を見せたがすぐにいつもの顔になって「わかった。一緒に勉強しよう」と言ってくれた。

 ああ、二人っきりの勉強会が無くなったからショックなんだろうな。

 

「助かったよ、ちひろちゃん。これでなんとかなる」

「まだ、全部終わってないからね」


 頼りにするのは嬉しいけど、どれぐらいの実力なんだろう?

 木之本君に聞いた方がいいかな?

 私は木之本君に聞こうとしたら「進級できるか心配になる」と聞こえた。

 え、本当?

 これは大変な事になりそうだな……。


「ねえねえ、コンビニでお菓子買おう。昨日、CMで見た新作のお菓子買おう」


 まことちゃん、今から勉強会をするだよ。

 そんな事を言っていると木之本君に怒られるよ。


「駄目だよ。今日は勉強会。遊びに行くじゃないだから」

「ええ、真君の意地悪」


 ほら、木之本君に怒られた。

 まことちゃんは不満を漏らしたが顔を見る限り怒っているどころか、楽しそうにしていた。

 好きな人だから、余程の事が無い限りケンカをする事は無さそうだ。

 そんなこんなしているうちに拓也君の家に着いた。

 私は少し緊張する。拓也君のお母さんがどのような行動するかわからないからだ。

 みんなには気付かれないように深呼吸する。

 家に上がると拓也君のお母さんが出迎えてくれた。

 

「こんにちは。お邪魔します」

「はい、こんにちは。遠慮無く上がって」


 あれ? 意外と普通だった。まことちゃんと木之本君が居るからかな?

 いや、その考えは拓也君のお母さんに失礼だね。

 拓也君の案内でリビングに通される。

 早速、拓也君と木之本君は宿題を私はまことちゃんに勉強を教える。

 今日は数学にしよう。

 最近授業でやったところを教えてみた。

 一つもペンが動かない。

 どうやら、わからないみたい。

 え、どうしよう……。そんなに難しい問題じゃないのに……。

 私は困惑する。

 どうすればいいかな……?

 そういえば、よく隣のそら姉ちゃんがお兄ちゃんに宿題がわからないって聞きに来たな。

 その度にわかるところまで戻って教えていたな。

 私もそれをやってみよう。

 少し前の問題を出してみたが、ペンが動かない。

 更に前の問題を出した、するとペンが動く。

 この問題ならわかるなら、前の問題のばらした問題を出せば解けるはず。

 試しに出したら解けた。

 実は今やった問題は前の問題をばらしたものなんだよと伝えると「そうなの? 全く別の問題だと思ってた」と驚いていた。

 今度は合わせた問題を出すと、あっという間に解けた。

 どうやら、要領がわかったみたいだ。

 もう一度、一番始めに出した問題を出す。公式を使って解き始める。

 しかし、途中で止まる。

 ああ、後少しなのに。

 

「で、この式を使ってやると……」


 さっき解いた問題を指を差すとまことちゃんは顔色が明るくなる。

 そして、問題を解いた。


「ああ、答えが出た! なるほど、そうするか!」


 凄く喜んでいる。ああ、教えた甲斐があった。

 それから私はまことちゃんがわからない問題が出るとばらばらにしたり、中学時代の問題を出して問題を解けるようにした。

 二時間ぐらい過ぎた頃に拓也君のお母さんが来て「休憩したら」と言って、ジュースとお菓子を持って来てくれた。

 すると、「うん、休憩しよう休憩」とまことちゃんが率先して賛同した。

 そんな事すると……。


「一番勉強しないといけない人が休憩したら、駄目でしょう」


 ほら、木之本君に怒られた。


「ええ、真君。休憩しないと疲れちゃうよ」


 確かに私もまことちゃんに教え詰めで疲れているのは事実。

 ここはまことちゃんに助け舟を出してあげよう。

 

「でも、ここまで頭を使うとさすがに糖分補給したいね」

「でしょでしょ。ほら、ちひろちゃんもそう言っているから休憩しよ」


 そう言いながら、まことちゃんはお菓子を食べた。

 私もお菓子を食べる。

 その光景を見ていた拓也君と木之本君も休憩する。

 みんな、どんどんお菓子とジュースに手を伸ばす。

 もうそろそろジュースが無くなりそう。拓也君にお願いしたいけど話が弾んでいるので頼めない。

 話を遮るのも悪いので私一人でキッチンに行く事にした。

 キッチンには拓也君のお母さんが居た。

 私の存在にすぐに気付いた。


「あれ? ちひろちゃん、どうしたの?」

「ジュースが無くなりそうなのでおかわりを貰いに来たんですけど……」

「ああ、ごめんね。気付かなくて」

「いいですよ。私達が欲しいですから取りに行くのが普通ですよ」

「本当ごめんね。もう、拓也は何をやっている? ちひろちゃんにこんな事をさせて」


 拓也君のお母さんは申し訳なさそうに冷蔵庫からジュースを取り出した。

 そういえば、なぜ私が料理を作った事がわかったのだろう?

 私は拓也君のお母さんに聞いてみた。


「あの一つ聞いていいですか?」

「何、改まって。小母さんとちひろちゃんの仲じゃない。遠慮無く聞いて」


 そんなに親しい仲だったかな……。

 疑問を感じたが今は横に置いておこう。


「この前、お礼ありがとうございました」

「この前……ああ、拓也にご飯を作ってくれた事? いいのよ、当たり前の事をしただけだから」

「どうして私が料理した事がわかったですか?」

「あ、それね。包丁の入れ方が反対だったの。それでみきに聞いたらちひろちゃんが料理をしたって事がわかったの」

「ええ、それでわかったんですか?!」

「そうだよ」

「完璧に元に戻したと思ってたのに……」


 間違えなく戻したと自負できるぐらい自信があった。

 しかし、向きまでは気付かなかった。

 少し落ち込んでいる私を拓也君のお母さんが言う。

 

「ごめんね。意地悪な姑みたいなことを言って」

「いえ、そんな事ないです。それぞれの家のルールがありますから」

「でも、うちの子供達はあんなに綺麗に戻さないよ。拓也なんか、超が付くぐらい適当なんだから、きっとちひろちゃんは苦労するよ」


 叔母さんの手伝いしている内に知らず知らずに綺麗に片付けるという癖が付いていたみたいだ。


「でもね、そのおかげで拓也が見つかりたくない物はすぐに見付かるけどね」

「どんな物なんですか?」

「えっちなDVDだよ」

[そう、そうなんですか……。まあ、高校生の男の子だったら持っているから別にいいですけどね」


 しまった。見つかりたくないという時点で気付かなければいけなかった。

 拓也君が居なかった事が不幸中の幸いだ。

 もし居たら、いたたまれない気持ちになっているだろう。

 そんな事を考えていたら、拓也君のお母さんが私を見ている。

 ただ見ているだけじゃなく結構、まじまじと見ている。

 

「なん、何ですか?」

「DVDで思い出しただけど、ちひろちゃんの体型って、DVDに出てくる女の子によく似てるなとおもっただけ」

「そんなに似てますか?」

「胸の膨らみといい、お尻の大きさといい、本当に似てる」


 いくら女同士でもそれはセクハラですよ。

 とはいえ、そこまで言われると少しだけ興味が出てきた。

 それを察したのか、拓也君のお母さんがスマホを取り出した。

 

「ちひろちゃん、見て。撮ってあるから」


 私はスマホを拝見する。

 えっちなDVDだけあって、表はセーラー服を着ているが裏は言葉には出せないぐらいの画像がたくさんある。

 わざわざ、パッケージを広げて撮らなくてもいいのに。

 いけないいけない、あくまでも女の人を見ないと……。

 自分に言い聞かせて女の人を見る。

 

「うーん、そこまで似てるとは思いませんけど……」

「この女の子より私の方がスタイルがいいって事?」

「違います! 逆です! 逆!」


 どうしたら、そんな発想になるんですか?!


「うーん、服装が違うからちょっとわかりづらいね。今度、拓也が居ない時でいいから、セーラー服着て家に来て」

「無理を言わないでください」

「それは冗談だけどね」


 その割には結構真顔で言っていましたよ。

 また、拓也君のお母さんは私を見る。

 今度は何だろう?


「こんな可愛い娘が息子の彼女なんて、私って本当、幸せ者」

「可愛いって……」

「三人目も女の子が欲しかっただけど、男の子だったから正直がっかりしたけど、まさかこんな大逆転が待っているとは思わなかった。育てた甲斐があったわ」


 私に対して喜んでくれるのは嬉しいけど、拓也君がどう思うだろう……。

 拓也君の事が嫌いなのかな?

 

「拓也君のこと嫌いなんですか?」

「嫌いじゃないよ。ただ、男の子より女の子の方が良かっただけ」

「そんなに女の子の方がいいですか?」

「私、四人兄妹で男三人女一人だったんだよね。だから、女姉妹に憧れていたんだよ」

「なんかわかりますね。私もお兄ちゃんだけですから、姉か妹に憧れてましたね」

「わあ、嬉しいこんな気が合うなんて凄く嬉しい」


 喜ぶとは思っていたがここまで喜ぶとは予想外だった。

 とはいえ、姉妹に関しては共感できる。


「ちひろちゃん、拓也は学校ではどんな感じ」


 唐突に拓也君の事を聞かれた。私は少し戸惑いながらも答える。


「拓也君ですか? 至って普通ですか?」

「そうなの? つまんないわね」

「あの、拓也君が問題を起こして呼び出し頂いてもいいですか?」

「それは嫌だね」


 じゃあ、そんな事を言わないでください。


「じゃあ、拓也とデートした?」

 

 うん? なんかぐいぐい来るな。

 そんな事を思いながらも質問に答える。


「拓也君とは、まだ付き合い始めたばかりですから、どこにも行っていませんよ」

「そうなんだ。まだ、放課後デートしかしていないだね」

「ただ一緒に帰っているだけですよ」

「それが他の人にはデートに見えるのよ。だから、あまりいちゃいちゃしちゃダメよ」


 そうなのかな? 結構、一緒に帰っている子たくさん居るけどな。

 でも、拓也君のお母さんのアドバイスは聞いておこう。


「はあ、わかりました」

「それはどうでもいいとして」


 いいの?! 私、真面目に聞いていたよ!


「拓也はちひろちゃんに優しくしている?」

「拓也君は優しくしていますよ。最初はなんか嫌だなと思っていましたが、それは私の事を考えての行動だったと思うと優しさの表現が下手なんだと意味はそう感じます」


 自分で言っていてなんだけど、褒めている感じじゃないな……。

 

「そうですか、それなら良かったです」


 良かった。気持ちは伝わったみたい。


「これからも拓也の事をよろしくお願いします」


 それを言った後、拓也君のお母さんは深々と頭を下げた。

 年下の私に対してここまでするなんて……、やっぱり拓也君の事が気になるだな。

 そんな感慨に浸って場合じゃない。


「拓也君のお母さん、頭をそんなに深々と下げないでください」


 拓也君のお母さんは頭を上げると笑みを浮かべながら言う。


「この様子だと、普段から『塩津君』って呼んでいるようだけど、二人きりの時だけは『拓也君』って呼んでいるみたいだね」

「え?!」


 私の行動が見透かされた事に隠す事なく驚いた。


「その驚きだと正解だね」

「……はい」

「恥ずかしがる事は無いよ。付き合い始めは誰でもそうだよ。それが徐々に普通になって来るんだだから」

「でも、どうしてわかったですか?」

「簡単だよ。『拓也君』って言い方が自然だったからね。普通だったら、詰まったり恥ずかしそうになるものだよ」


 ここまで的確に当てられるともう普段から見られているのかなと思ってしまう。

 

「となると、拓也は『ちひろ』って呼んでいるね」

「……はい」

「どう? 両親、お兄さんやお姉さん以外に名前で呼ばれるって」

「……正直、こそばゆい気分です」

「そうか。うん、良かった。これで嫌な気分だったら、どうしようかと思った」

「それだったら、始めから付き合ってませんよ」

「それもそうだね。もうそろそろ戻らないと拓也が心配しているよ」

「そうですね。そろそろ戻ります」


 私はジュースとお菓子を持ってリビングに戻る。

 予想以上に拓也君のお母さんと喋ったな。まさか、料理の件から拓也君の呼び方まで話が発展するとは思わなかった。

 この様子だと、拓也君のお母さんと二人だけになったらこういう話をする事になるんだな……。

 自分の子供の事だから気になるといえば気になるよね。

 でも、拓也君が拓也君お母さんにこんな話をするわけないし、拓也君のお母さんが聞いても拓也君は話すわけないよね。

 そうなると、私になるわけか……。

 興味本位で聞いている部分もあるけど、本当に心配だから聞いている部分もあると思う。

 仕方ない、ここは私が担当しましょう。

 まあ、話せる範囲だけだけどね。


「ジュースのおかわり貰ってきたよ」


 リビングに戻ったら、まことちゃんが半ベソ掻いていた。

 どうやら、木之本君から勉強を教わっているようだけど、わからないので半ベソを掻いているようだ。


「やっと帰って来てくれた。勉強を教えて」

「はいはい。教えますよ」


 そう言いながら、まことちゃんの隣に座って勉強を教える事にした。

 六時に勉強会は終了した。

 ちなみに明日からテスト前日までここで勉強会することも決まった。


 テスト最終日前日、家で勉強しているとLINEが来た。

 まことちゃんからだった。

 

 電話していいかな?


 何だろう? わからない問題があるのかな? と思いながら、いいよと返事をする。

 すぐに既読が付いて、すぐに着信音が鳴った。

 

「もしもし、ちひろちゃん。ごめんね、こんな時間に掛けて」

「いいよ。ところで何かな?」

「明日でテストが終わりでしょ。だから、テスト終わったら遊びに行こう」

「まだ、テスト終わってないよ」

「でも、明日で終わるよ」

「まあ、そうだけど」

「だから、遊ぼう」


 遊ぶなとは言わないけど、今はテストに集中してよ。

 でも、一週間真面目にテスト勉強をしていたから遊びたいとね。

 仕方ない、執筆作業もあるけど明日ぐらいは休んでもいいかな。


「いいよ。遊びに行こう」

「やった。カラオケ予約しておいて良かった」


 って、もう予約入れていたの? しかも、カラオケ? 始めから遊ぶ気満々じゃないの。


「カラオケか……」

「どうしたの?」

「歌はあまり得意じゃないからな。木之本君と二人で行っていいよ」

「ええ、もう三人行く予約入れてあるんだよ」

「うーん、塩津君が行くなら行くんだけどな」


 私が言うとまことちゃんは少し悩んだ後「じゃあ、塩津も連れてくから行こうよ。あ、その前に店に電話して四人に変更できるか聞いてみるね」と言って電話が切れた。

 また、拓也君を利用してしまった。

 でも、仲がいい二人の中に私一人だけが居るのは誰から見ても浮いているとしかいえない。

 さすがにそれは嫌だな。

 やっぱり、拓也君が居てほしい。

 それなら、仲のいい男友達がお互い彼女を連れて来た風に見える。

 何もせずに待っていても仕方ない勉強しよう。

 テスト勉強を再開した。

 五分に電話が掛かってきた。


「もしもし、ちひろちゃん」

「もしもし、まことちゃん。どうだった?」

「変更できたよ」

「良かったね」

「うん。明日どこで待ち合わせする?」

「文芸研究部の部室でいいかな?」

「いいよ。じゃあ、明日」

「じゃあ、明日」


 電話が切れると私は上を見上げた。

 ああ、決まっちゃった。弱ったな、歌は得意ではない上に今どの歌手かというよりどの歌が流行りなのかもわからない。

 今から調べて歌を聞くという手もあるがテストがあるからそんな事をしている場合じゃない。

 なるのになるしかない。

 そう自分に言い聞かせて勉強を再開した。


 テストも全て終わり、全生徒は解放感に満ち溢れていた。

 私と拓也君、まことちゃんと木之本君は部室に居た。

 私はまことちゃんの解答を採点する。

 採点の結果、全教科七十点以上あった。

 その事を伝えるとまことちゃんは凄く喜んだ。

 ここまで喜んでくれると教えた甲斐があったと感じた。

 すると、木之本君がカラオケに行こうと提案した。

 執筆作業しようと拓也君が「今日の彦根市内のカラオケ屋は高校生で埋め尽くされているよ」と言われて、木之本君は落ち込んでしまった。

 そうなんだ。でも、まことちゃんが予約入れてあるだよね。

 まことちゃんはその事を木之本君に伝えると凄く喜ぶ。

 その姿を見てまことちゃんは嬉しそうな顔をしていた。

 拓也君はその光景をなんとも複雑そうな顔で見ていた。

 まことちゃんは木之本君と私、そして拓也君を誘ってカラオケ屋に行くところになった。

 ただ拓也君を誘う時、若干の抵抗感が見え隠れしていた。

 慌てて、拓也君の右そでを引っ張った。

 そしたら、拓也君は察してくれて黙って一緒に行ってくれた。

 私達は国道八号線沿いにあるネットカフェに着いた。

 まことちゃんが手続きをしている間、私は周りを見渡すと高校生ばかり。

 拓也君が言った通り、今日のカラオケ屋は高校生に一杯だ。

 それを考えたら、まことちゃんはそれを読んでいたのかそれとも遊びたい一心なのかわからないがおかげで遊ぶ事ができる。

 手続きが終わって、指定された部屋に行く。

 部屋に入るとまことちゃんは拓也君にウーロン茶を取りに行って欲しい頼んだ。

 少し考えた後、取りに行った。


「拓也君、私も一緒に行くよ」


 そう言って、慌てて拓也君の後を追った。

 追い付いた後、私は誤る。


「ごめんね。もしかして、カラオケは嫌いだった?」

「嫌いではない。ただ、得意ではないだけ」

「私も得意じゃない。だから、『拓也君が行くだったら、行くんだけどな』と言ったら、『じゃあ、塩津も連れてくから行こうよ』と言われたから行くことになっちゃった。本当にごめんなさい」

「いいよ。気にしないで。せっかくだから、この際思いっきり楽しもう」

「うん。楽しもう」


 部屋に戻るとまことちゃんが西野カナさんの歌っていた。

 え、ちょっと上手すぎるだけど……。

 一瞬でそう思わせるぐらい上手い。

 拓也君と木之本君は気付いていないようだけど、振り付けも完璧だ。

 何回もライブ映像を見たからできる動きとしかいえない。

 そんな事を思っている内に一曲が終わった。

 私達は拍手をする。

 

「次は誰?」


 まことちゃんがマイクを渡そうとするが誰も受け取らない。

 無理だよ。プロ並みに歌った後に歌うのは相当な勇気が要るよ。


「じゃあ、続いて歌うね」


 まことちゃんはすぐに次の歌を入れた。

 始めから決めていたと言っても過言じゃない。

 聞けば聞くほど上手いと思わされてしまう。

 もう歌手になった方が良いじゃないかなと感じるぐらいに。

 しかし、ここまで上手だと次は自分とは言えない。

 三曲目が歌い終わる頃に木之本君がリモコンを持って歌の予約を入れた。

 この後に歌う?

 木之本君の顔をやれやれと若干諦めモードになっていた。

 多分、カラオケはいつもまことちゃんが一番に歌ってしまうから後が続かなくなる。

 だから、木之本君がまことちゃんの後に歌って、場の空気を維持しているんだな。

 まことちゃん、その事に気付いていないだろうな……。

 でも、そのおかげで拓也君も歌の予約を入れる。

 どうしよう? 私、歌はあまりに知らないからな……。

 リモコンの画面を見ながら考えていると、拓也君がスキマスイッチの歌を歌っていた。

 あ、スキマスイッチだ。拓也君、スキマスイッチの歌知っているんだ。

 じゃあ、奏を一緒に歌ってもらおう。

 拓也君が歌い終わった後、私はお願いをする。


「ねえねえ、拓也君。奏、一緒に歌って」

「奏? いいよ」

「ありがとう。じゃあ、お願いね」


 良かった。これで断れたらどうしようと思った。

 奏のイントロが流れる。

 私は深呼吸をした後、拓也君と一緒に歌い始める。

 歌い終わった後、まことちゃんは羨望の目で私達を見る。


「うわ、デュエットだ。なんかいいな。真君、あたしもデュエットしたい」

「デュエットしたいと言われても、僕は西野カナは歌えないよ」

「真君の得意な歌でいいから」


 まことちゃんにせがまれて、木之本君はリモコンを取り曲を探し始めた。

「余計な事をするなよ」と拓也君に言葉にしないが木之本君が訴えている。

 それに対して拓也君が「すまない」とこれも言葉にしないが誤っていた。

 流れてきた曲はミスチルの365日だ。

 一番は木之本君、二番まことちゃんが歌う。


「やっぱり、ミスチルになったか」

「え、どういう事?」

「二人の親父さん達はミスチルファンなんだよ。赤ん坊の時子守唄代わりに聞いていたぐらいだからね」


 この歌なら子守唄代わりにはなりそう。


「シーソーゲームでも寝てたぐらいだからね」


 あれで寝れるの?! 一番のサビしか知らないけど、絶対に寝れないよ。

 多分、胎教音楽として聞いていたのだろうな。

 

「ちひろ、ここからあの二人の真骨頂だよ」


 拓也君がそう言ったので私は黙って聞く。

 三番に入ると私は驚いた。

 同時に歌っているからだ。いくら聞き慣れている曲とはいえ、普通はズレが生じる。しかし、まことちゃん達は全くそれが無い。

 これが二人の真骨頂なんだ。

 二人は同時にこの世に生を受け、ほとんど時間を共に過ごしている。

 だから、可能にしているんだな。

 そして予約してあった三時間は終わってしまった。

 店を出ると私はみんなに言う。


「最初カラオケは苦手だからどうかなと思っていたけど、やっぱり歌うのは楽しいね」

「でしょでしょ。カラオケの楽しさがわかってきたでしょ」

「う、うん。そうだね」


 まことちゃんの押しに私は思わず後ずさりする。

 

「ちひろちゃんは歌上手いだから、もっと歌えばもっと上手になるよ。だから、今度の休みカラオケ行こう!」


 うーん、そんなに上手いとは思わないだけどな。

 だけど、こういう所で友達と一緒に遊ぶ事ができるのは彦根に来たからだ。

 長浜の実家に居たら、こんな事はできない。

 だったら、この恩恵を最大現に利用した方がいい。


「うーん、いいよ」

「「え、いいの?!」」


 私が返事をすると拓也君と木之本君は驚く。

 そんなに驚く事かな……。まあ、私の性格なら二人とも断ると思っていたのだろう。

 

「やった。ありがとうね」

「次もこの四人でいこうね」

「……、うん。わかった」


 ああ、みるみるまことちゃんのテンションが下がっていく。

 ほんの数秒前、最高潮のテンションだったのに……。

 そんな拓也君と行きたくないのかな?

 優しいのにな……、機会があったら教えてあげよう。

 まことちゃん達の帰りの電車まで時間があったので、ミスドでお茶をして別れた。

 家に帰り部屋に入るとケース一つ置いてあった。

 あ、夏服が届いたんだ。

 ケースを開けると真新しい制服が現れる。

 紺色のベスト(左胸ポケットのところに校章の刺繍があり)、紺色のスカート、長袖のブラウス、幅、二センチぐらいある赤(正確にはワインレッド)の紐タイプのリボンタイ。

 冬服は冬服の良さがあるけど、この夏服も良い。

 早速、試着する。

 姿見で変なところが無いか確認する。

 よし、問題無し。やっぱり、夏服だから素材軽くて動きやすい。

 

 コンコン。


「はい」

「ちひろちゃん、居るのね。入っても大丈夫?」

「はい、いいですよ」


 返事をすると叔母さんが入ってきた。


「あ、着たんだね。やっぱり似合うね」

「ありがとうございます」


 お礼をするが叔母さんは私の姿をただただ見ている。

 何だろうと聞こうとしたら、叔母さんが喋った。


「ああ、やっぱりこっちの制服が良いな。私の時に採用して欲しかった」

「え? 叔母さんの時は違ったですか?」

「違うよ。アルバムがあるから持って来るね」


 そう言って、部屋を出て行った。

 卒アルでも持って来るのかな? だとしたら、探すから少し時間がかかるだろうな。

 と考えていたら、すぐに戻ってきた。

 

「待たせて」


 いえ、ほとんど待てません。

 叔母さんはアルバムを開くと若かりし頃の叔母さんが居た。

 確かに写真に写っている制服は白色ニットのベストで紺色のネクタイをしている。 

 これよく見たら、卒アルじゃない。普通のアルバムだ。

 体育祭、文化祭、修学旅行はもちろんの事、どこかの遊園地、大阪ミナミの戎橋が写っていた。


「この頃は携帯も無かったから、写るんですで写していたんだよ」


 あ、その名前は聞いた事がある。実物は見た事は無いけど……。

 ページを捲っていくとある事に気付く。


「あれ、こっちの写真は紺色のベストであっちの写真はグレーのベストだ。色って、決まってないですか?」

「ううん。ベストは白か紺かグレーの三色しか駄目と校則に決まっているよ」

「なんでそんなに曖昧なんですか?」

「やっぱりそう思うよね。私も同じ事を先生に聞いたの。そしたら、こう返ってきたの」


 昔、彦根南は女子高だった。

 だけど、少子化という波には勝てず四十年前に男女共学になった。

 今ま女子高だった学校が共学化すれば問題はいくつかある。

 もちろん、学校側も対策は組んでいたがそれでも実際にやってみないと出て来ない問題がある。

 それが女子生徒の夏の制服だ。

 その頃の制服はベストが無かった。

 そう、白のブラウスだけだったので下着が透けて見える状態。

 男子生徒がそれを見るようになってしまう状況になった。

 女子だけだったら通り過ぎた事が、男子が加わった事で問題になってしまった。

 もちろん、全て男子が見るわけではないが女子にとってはいい感じはしない。

 ついに、一人の女子生徒がニットのベストを着てきた。

 その事を担任に話したが全くというぐらい対応をしなかった。

 それを見ていた他の女子生徒数十人が怒り、次の日その女子生徒達がベストを着てきた。

 流石にこれはマズイと思った担任がホームルームを開き、男子はじろじろ見ないようするという曖昧な形で終わらされた。

 授業終了後、クラスの女子生徒全員が怒っていた。

 その話を聞きつけた他のクラス女子はもちろんの事、敵対していた女子グループも味方になった。

 次の日は一年女子生徒全員がベストを着てきた。

 先生達は驚いたが、それ以上に驚いたのは二年三年女子だ。

 先輩達はこの事態を聞いて、理解を示してくれるどころかこれに乗ってくれるという話になるまでになった。

 実は先輩達も夏服になった時の先生の視線が快く思っていなかった。

 しかし、大学進学する為には先生の推薦(後押し)が必要。

 だからみんな我慢をしていた。

 だが、これが機会に彦根南の女子生徒全員が動き出した。

 ここまで来ると保護者はもちろん学校の周りの人達も気付く。

 先生達もこれを止めようとした。もし、このままだったら推薦を出さないというかなり強引な力技を使ってきた。

 さすがにこれには女子生徒は戸惑う。

 誰が先生に交渉する人が居ればいいのだが、それは進学を諦める事と同じ。

 ここまでかと思っていたら、生徒会長の神照(かみてる)さんが交渉人になった。

 これには女子生徒全員驚いた。

 学校一才女が交渉人の役を買ったからだ。

 神照さんに理由を聞くと、「ここで引いたら来年以降の後輩達に迷惑がかかるからね」というあっさりした答えだった。

 神照さんの戦略は見事だった。

 まず、女子生徒とその保護者にベスト着用の許可を認めてほしいという署名して貰う。

 次に新聞社と地元テレビ局にこの経緯を伝えた。

 これにより、私達は反乱を起こしているわけではない、女性として権利を守ってほしいと嘆願をしているだけと伝える事ができる。

 これで学校側が不利になった。

 しかし、強気な交渉はしない。すれば、返って状況が悪くなる可能性がある。

 だから、慎重に交渉を進める。

 まずはベスト着用の許可を書いた署名を先生達に渡す。

 そして、赤、白、黒、紺、グレー、ピンクの六つのベストを見せて「この色なら認めてもいい判断して欲しい」とお願いした。

 なぜ、この六色をなったかというとわざと採用されない色を入れておく事で本命を採用率を上げる為だ。

 この事は女子生徒全員に通達済み。

 神照さんは採用されるのは白と紺の二色だけと思っていたが、結果は白と紺とグレーが採用された。

 この結果に大半の女子生徒は喜んだ。

 その事を叔母さんは十五分ぐらい掛けて説明してくれた。


「そんなに大変な事をだったですね」

「校則を変える簡単な事じゃないよ。ましてや彦根南は進学校であり伝統校だからなおさらだね」


 確かに校則は簡単に変える事ができない。と、言うよりしてはいけないと言った方が正しいだろう。

 校則を守るのは面倒だ。が、校則が無ければ無法地帯なる。

 無秩序では勉強どころではなくなるからだ。


「ところで、神照さんはどうなったですか?」

「やっぱり気になるよね。叔母さんも同じ事を先生に聞いたよ」

「で、どうなったですか?」

「当然、推薦は貰えず。だけど、一般で受験して奈良の国立大学に合格して卒業した後、京都にある国立大学の大学院生になった」


 ちょっと、なにそれ?! スペックが高く過ぎるよ!

 きっと神照さんは推薦無しでも国立に行ける判断したからこれをやっただろう。

 会った事無いけど、凄い人なんだな。

 そういえば、ベスト着用の由来はわかったけど、この制服になったのはいつなんだろう?


「叔母さん、この制服になったのはいつなんですか?」


 それを聞くと叔母さんは少しだけ暗い顔になった。

 あ、聞いてはいけない事聞いてしまったようだ。


「言いにくい事でしたら、言わなくても大丈夫です」

「大丈夫だよ。ちょっとだけ、あの時の自分を思い出しただけだから。それより、その制服の話だよね。これは叔母さんが三年の時に案が出たんだよ」

「三年の時ですか?」

「そう。一年生に世界的デザイナーの母親を持つ娘さんが入学したの。で、そのお母さんが『ニットのベストでは違和感を感じるから駄目だ』と言って、本当に彦根南の夏の制服に合うベストを作ったの。これが大好評。女子男子全生徒が賛成。公式に制服して決定したの」


 なんか、結末がわかったけど聞いてみよう。


「でも、決まったからって、そのベストが明日から女子生徒全員着れるわけないですよね?」

「そうなの。導入は来年。三年だから着る事できずに卒業する。こんなに悔しい事は無かったよ」


 確かに言える。市販されているニットのベストと世界的デザイナーが手掛けたベストだったら、断然後者を選択する。

 それだけおしゃれな制服なのだ。

 どうせだったら、冬服も変えてくれたら良かったのに……。

 だけど、その世界的デザイナーが何も言わなかったって事は冬服はこれで良いと判断したのだろう。

 

「ちひろちゃん、リボンは首元で結ばなくても大丈夫だよ」


 そう言いながら、叔母さんはリボンを結び直してくれた。

 姿見を見ると少しゆったり目に結んである。


「これは校則に引っかかりませんか?」

「大丈夫だよ。去年まで彦根南に通った子が近所にいて、リボンの事を聞いたら学校側から公認で認められていると言っていたから」


 それなら大丈夫か……。

 

「そういえば、叔母さん。私に何か用事がありましたか?」

「夏服が届いたよと伝えに行ったら、もう着ていたから用は終わっていたの」

「そうなんですか。では着替えますね」

「そうね。あまり、着ているとしわができるからね」


 叔母さんは部屋出て行ったのを確認した後、私は私服に着替えた。


 六月になり、今日から夏服にした。

 少しだけ家を早く出て拓也君の家に向かった。

 着いたと同時に拓也君が出て来た。


「おはよう、ちひろ」

「おはよう、拓也君」

「あれ? 何か用事あった?」

「ううん、何も無いよ」


 と、言いつつもさり気なく夏服になった事を主張する。

 拓也君は私の行動を見た後、少し考えた後言う。


「ちひろ、夏服似合うね」

「そうかな?」

「似合っているよ」

「ありがとう」


 ちょっとわざとらしかったかな? と思いつつもやっぱり誉めてもらえると嬉しい。


「夏服って、軽くていいね」


 私はその場で回ってみた。

 回り終わると拓也君は下の方ばかり見ている。

 一瞬わからなかったが、ある事に気付いた。

 私は慌ててスカートを押さえながら、恥ずかしそうに言った。


「見えた?」

「何が?」

「パンツ」


 本当は言いたくなかったが言わないとうやむやにされそうだったので思い切って言う。


「見えてない見えてない」

「本当に?」

「本当に見えてない」

「その割には、凄い見ていた」

「うーん、見えるかなと思って見ていました」

「……えっち」


 どうやら、見えていなかったようだ。

 でも、見れるチャンスがあったら見ようとするんだな男の子って……。

 お願いだから他の女の子だけはしないでね。


「はいはい。そこまでそこまで。朝から玄関先でいちゃいちゃしないの」


 二回手を叩きながら、みきさんが言う。


「みきさん、おはようございます」

「ちひろちゃん、おはよう。夏服、可愛いね。ちひろちゃんにぴったりだね」

「ありがとうございます」

「どうせ、拓也の事だから誉めてもいないでしょ?」

「いいえ、似合っていると誉めてくれました」

「おお、ちゃんとできたんだ。えらいえらい」


 そう言いながら、みきさんは拓也君の頭を撫でた。

 拓也君はすぐにみきさんの手を払い、私の手を取り学校に向かった。

 みきさんもそんな拓也君を子供扱いしなくてもいいに……。


「なんか、ごめんね」

「いや、あれはみき姉が悪い。だから、気にしなくてもいいよ。それに良い事の方が大きかったから、あれぐらいの代償は安い」

「良い事って?」

「ちひろの夏服を一番最初に見れた事」


 拓也君は本当に嬉しそうに言った。

 そんなに嬉しそうに言われると恥ずかしい。

 学校に近づくに連れて生徒も増える。

 私は夏服になった先輩達を見る。やっぱり、リボンの結びはゆったりしている。

 それに対して一年は首元で締めている子とゆったりしている子とバラバラだ。

 でも、いずれはみんなゆったりするだろう。

 

「おはよう」


 後ろから木之本君の声が聞こえた。

 

「真君、おは……何があったの?!」

「木之本君、おは……どうしたのまことちゃん?!」


 私と拓也君、木之本君に挨拶しようとして振り返ったら木之本君がまことちゃんをお姫様抱っこをしていた。


「悪いだけど、まことを保健室に連れて行くから僕の鞄とまことの鞄を教室に持っていてくれる?」

「いいよ。わかった」


 拓也君が二人の鞄を持つと木之本君は保健室に向かった。

 あんなに元気が無いまことちゃんを見るのは初めてだ。一体、何の病気になったのだろう?


「鞄を置いたら保健室に行こう」

「うん」


 急いで教室に行って鞄を置いて、保健室に向かった。

 保険室に入ると私は真っ先にまことちゃんが寝てるベッドに向かう。


「まことちゃん、大丈夫?」

「大丈夫だよ」

「どうしてこんな事になったの?」

「耳を貸して」


 まことちゃんに言われて私は耳を貸す。


「あたしね、機能性月経困難症なんだ」

「機能性月経困難症?」

「簡単に言うと過度に子宮が収縮するのが原因なんだ」

「でも、今までここまで辛そうな状態にはなってなかったよ」

「今までは偶然にも始まるタイミングが休み時が多かったから、この姿を見せる事が無かっただよ」


 辛そうな顔をしながら自分の状況を説明する。

 

「治らないの?」

「三十歳ぐらいになれば治まると医者(せんせい)は言っている」

「三十歳? まだまだ先じゃないの」


 私は治療方法は無いのと聞こうと思ったけど、すぐに(とど)まった。

 だって、あれば既にやってるからだ。


「大丈夫だよ。さっき痛み止め薬を飲んだから、時期に治まるよ」

「それならいいけど……」


 まことちゃんは心配させないように言うがやっぱり心配してしまう。


「おい、もう一回言ってみろ」

「真君、どうしたの? とりあえず、落ち着こうか」 

「これが落ち着いていられるか」


 声をする方を振り向くと木之本君が保険の先生に対して怒っていて、拓也君がそれを止めていた。

 木之本君は今にも先生を殴るぐらい勢いだ。

 なんとか拓也君の説得で殴る行為だけは回避された。

 しかし、木之本君は怒りは収まらずは先生にかなり強め警告をして、先生から離れた。

 

「まこと、大丈夫か?」


 普通のトーンでまことちゃんに喋る。

 すると、まことちゃんは上半身だけ起き上がって枕を持って木之本君を叩いた。

 もちろん、体調が悪いので力は全然入っていない。


「真君、先生にそんな事をしたらダメでしょう」

「でも、あれはまことの為だと思って……」

「あたしの為だったら、今後の事も考えてもう少し言葉を選んで欲しい」

「ごめんなさい」


 木之本君が誤ったら、まことちゃんはすぐに横になった。

 本当はそんな事をできるほど体調が良くないのに、怒るという事は過去に余程の事をやったのだろう。

 後は保健の先生に任せて私達は保健室から出た。

 大丈夫かな? 私も軽い方じゃないけどまことちゃんみたいにあそこまで重くはない。

 多分、何回か気を失った事があると思う。

 もしかしたら、木之本君と一緒に学校に行くようにお母さんに言われていると聞いたけど、子供扱いしているじゃなくて、この事態を恐れているからだ。

 女の子の方がある程度は対処はできるが、自力歩行が厳しい状態までになるとやっぱり男の子の方が頼りになる。

 実際にあの姿を思い返すと頼もしいという一言に尽きる。

 木之本君のクラス前だ私達は別れた。

 かなり落ち込んでいる。

 まあ、好きな子に怒られたら凹む(へこむ)に決まっている。

 でも、本気で怒っているわけではないからすぐに仲直りするよね。

 じゃなかったら、とっくに別れていると思う。

 三時間目、まことちゃんは復帰した。が、三時間目が終わったと同時に保健室に行った。

 五時間目に再度復帰したが、やっぱり五時間目が終わったと同時に保健室に行った。

 結局、全て授業終了後まことちゃんのお母さんが迎えに来て、そのまま家に帰宅した。

 そして、拓也君から聞いた話だと木之本君は生徒指導室に呼ばれたが、本人は反省していると思われたようで反省文を書く事で済んだみたいだ。


 放課後、私と拓也君は部室に向かっていた。


「まことちゃん、最後まで学校に居たね」

「授業に出たり休んだりだったけどな」

「それでも凄いよ。私も辛い時があるけど、まことちゃんは病気だから更に辛いよね」


 私がそういうと拓也君は黙ってしまう。

 何か考えているようだ。

 部室に入ると拓也君が言う。


「ちひろ、もし辛い時は言ってな。できる限り俺も気付くように努力はする」


 話の流れだとあの事だよね。やっぱり、男の子だから気付かないか。

 でも、全く気遣いが無いよりはましだよね。


「ありがとう。その時はお願いね」

「うん、任せて」


 拓也君が自信満々に言うところがなんか面白くて少しだけ笑ってしまった。。


「どうかした?」

「ううん、なんでもないよ」


 いけないいけない。拓也君の善意を笑うなんて失礼だよね。

 幸い、拓也君はこれ以上追及する事は無さそうだ。

 トントン。

 ドアがノックする音が聞こえた。

 拓也君がドアを開けると見知らぬ女性が立っていた。

 リボンの色を確認すると青、三年生だ。

 夏服の時は女子だけ学年別にリボンの色が変わる。

 三年は青色、二年は緑色、一年は赤色だ。

 なんだろうと思っていたら、拓也君がそのまま対応する。


「えっと、どちら様でしょうか?」

「私は放送部副部長、(いずみ)。君が塩津君かい?」

「はい。俺じゃなくて自分ですが……」

「普段通りしてくれたいいよ。先輩といっても威張れるほどなんかしているわけじゃないからね」


 先輩とは思えないぐらいの腰の低さ。逆にこの態度が不安要素が出て来る。


「話を進めていいかな?」

「あ、はい。進めて下さい」

「悪いだけど、放送部の部室に来てくれないかな?」

「何がありましたか?」

「身内の恥をここで晒したくないから、部室に来てほしい」


 ああ、やっぱりか。

 高圧的な態度なら私が割り込んで断る事もできるけど、ここまで低姿勢だと何もできない。

 すると、泉さんが私に話しかける。


「高月さん、心配しなくても大丈夫だよ。私は彼女持ちの男を誘惑しない。倫理を反した事はしないよ」

「か、彼女って……」


 拓也君の彼女である事は自覚はしているが、他人から言われるとやっぱり照れてしまう。


「高月さんは塩津君の彼女なんでしょ? 違うの?」

「そうですけど、どうして先輩が知っているのでしょうか?」

「何を言っているの。学校中知っているよ。一年の優等生カップル、塩津と高月って噂になっているよ」


 学校中なんだ……。私の予想以上に私と拓也君の関係が広まっている。

 しかも、ほとんど関係無い先輩達の耳に入るとは……。

 変な行動しないように気を付けよう。


「じゃあ、彼氏さん借りてくね」


 泉さんはそう言って、拓也君を半ば強制的に連れて行かれた。

 彼氏さん借りてくね。

 言った側はなんとも思っていないだけど、言われた方は恥ずかしくて仕方がない。

 拓也君と泉先輩を見送って、部室は私だけになる。

 大丈夫かな? 結構、拓也君って巻き込まれ体質だからな……。

 今回も何かを背負って帰ってくるだろうな……。

 一度言った方がいいのかな……。

 これ以上引き受けると拓也君の生活に影響が出るよと。

 さて、作業するか。

 私は自分にそう言い聞かせて、タブレットの電源を入れた。

 黙々と作業をする。

 静かだな。いつも静かだけど、拓也君が側で作業している。

 でも、今日は一人。そういえば、いつも部室には拓也君と私が居る。

 狭い部室とはいえ、一人居ないだけで広く感じる。

 早く帰って来ないかな。

 トントン。

 ドアのノック音に私は少しビビる。 

 私は前を見る。

 あ、拓也君は居ないんだ。いつも「誰だ? 邪魔をするなよ」と言いながら対応するんだね。

 でも、邪魔するなよってどっちの意味なんだろう? 執筆作業なのかな? それとも私との時間なのかな?

 今度、この状況になったらきいてみよう。

 トントン。

 あ、いけない。出ないと。

 私は慌ててドアに向かい開けた。

 

「やっと開いた」


 余呉先生だった。

 

「あれ、高月さんだけ? 塩津君は?」


 そんな事を言いながら、部室に入って来た。


「塩津君は放送部の副部長の泉先輩に部室に連れて行かれました」

「え、何で?」

「わかりません。泉先輩は『身内の恥は言いたくない』と言っていましたから」

「うーん、放送部か……。下手に立ち入ると痛い目に合うからな」


 彦根南(うち)の放送部ってそんなに怖いところなの?

 拓也君が戻ってきたら、どうだったか聞いてみよう。


「ところで高月さん、塩津君とはどこまで進展しているの?」

「え!」


 余呉先生の予想外の質問に私は驚く。


「だから、塩津君とどこまで進んでいると聞いているの?」


 生徒の恋愛事情を聞いてどうするんですか?

 先生は文芸研究部の顧問なんだから、普通は作品の進捗状況を聞かないのかな?

 私は余呉先生の顔を見る。かなり真剣だ。これは話をはぐらかす事は不可能だ。

 真面目に答えた方がいいな。

 私は今日までの拓也君との関係を思い返してみる。

 そして言った。


「一緒に登下校したり、塩津君、木之本君、まことちゃんと一緒に勉強会をするぐらいですね」

「それだけ?」

「はい、それだけです」

「どこかに一緒に遊びに行ってないの?」

「行ってませんよ」


 私がそう答えると余呉先生は少しだけ安心したような顔をした。

 どうして、そんな事を聞くのだろう? 自分の受け持ち生徒だから気になるのわかるが、それなら拓也君と一緒に居る時に聞けばいいのに。

 私は少し考えた後、質問をする。


「もしかして、教頭先生が私達の事を聞いてくるように言われたですか?」

「どうしてそう思うの?」

「だって、教頭先生は私達の関係を快く思っていない。いいえ、むしろ反対していると言った方がいいが正解のような気がします」

「うーん、この前定期テスト結果を見て少し見直していたよ。『思った以上に頑張りましたね。まあ、学生だから当然の事ですけどね』と言っていたから、そんなに快く思っていないわけじゃないと思う」


 そんな事を言っていたんだ……。これが切っ掛けに拓也君の印象が変わってくれたらいいだけど……。

 それにしても、そんなに気になるものかな?

 健全なお付き合いしているだけどな……。

 高校の先生になるとここまで心配しないといけないのかな……?

 考えたらこの年頃の男女っていろいろやらかすからな……。

 その年頃の真っ只中にいる私が言うのもどうだが。

 

「あの、余呉先生。先生という仕事はよくわかりませんが、私は私なりに先生に迷惑かけずに行動をしているつもりです」

 

 先生には迷惑をかけていませんと一応伝えておいた方がいいと思う。

 これ以上、先生にご心労かけるのもどうかと思う。

 余呉先生は少し考えた後に言った。

 

「そんなに真剣に言われるとこれ以上は言えないね。わかりました。その言葉を信じましょう」


 それだけ言って余呉先生は部室から出て行った。

 私は余呉先生を見送った後考える。

 何だったのだろう……。

 ただわかる事は一つ。ここに来たのは拓也君に会う為じゃなく、私に会う為に来た。

 確かに部活動している時は拓也君と一緒だから、さっきのような話はできない。

 拓也君が居たら、真っ先に話をつぶしにかかるだろうな。自分達の恋愛事情を聞かせるわけがないに決まっている。

 だから、私だけ居る時を見計らって来たのだろう。

 拓也君の言う通り、私なんか利用しやすい子と思われているかもしれない。

 頼られるのは悪いとは思わないけど、利用されるのはちょっと嫌だな。


「ただいま」


 そう言いながら、拓也君が部室に入ってきた。


「お帰り」


 家じゃないのに、つい言ってしまった。


「ここが一番いい。本当に落ち着く」

「なんか、あったの?」


 私が聞くと拓也君が放送部の出来事を話してくれた。

 放送部部長、神照先輩が木之本君の放送に難色を示していた。確かに拓也君の従兄弟という部分を含めてもとてもいいとは言えない。

 それを解決する為に拓也君を木之本君のアシスタントにするのが最適と判断したようだ。

 だけど、拓也君は断った。いくら、従兄弟の事とはいえ他所(よそ)の部活まで世話をする理由が無い。

 そしたら、文芸研究部の部室(ここ)のエアコンの使用権を与えるからやってほしいという交換条件を持ってきた。

 そんな事できるわけ無いでしょうと拓也君が言うと神照先輩は校長先生に交渉(おどし)をかけてエアコンの使用権を獲得した。

 さすが県議会議員の父親と衆議院委員の叔父を持つ子供は権力の使い方をよくご存知だと拓也君は感心したとの事。

 結局、神照先輩の考えていた通り拓也君は木之本君のアシスタントをやる事になった。


「大変だったねというより、これから大変な事になるね」


 この言葉が正しいとは思わないがこれしか言えなかった。


「ついに昼休みも無くなった」

「月一回とはいえ、昼休みが無くなるのは嫌だよね」

「それ以上にこれからは放送部の打ち合わせがあると思うと執筆作業がますます遅れる」


 うんざりしながら言う。

 それなら、引き受けなければいいのにと思うけど、エアコン使用権が貰えるとなると私でも引き受けるよね。

 

「ところで余呉先生は来た?」

「う、うん。来たよ」


 突然、余呉先生の事を聞かれたので思い切り動揺してしまった。

 もちろん、拓也君はその行動を見逃すわけもなく、すぐに聞いてきた。


「なんか、あった?」

「別に何にも無いよ」


 言えるわけがない。私と拓也君がどこまで進展している事を聞かれたなんて。

 拓也君は暫く黙った後「わかった」と一言だけ言った。

 信じてくれたが何か考えている様子だった。

 多分、余呉先生の事だと思う。拓也君は余呉先生の事をあまり良いとは思っていないからな……。

 考え終わると拓也君は執筆作業を始めた。

 結局、私達は完全下校時間まで居た。

 

「ちひろ、今まで借りていた本。今日全部返すから家の前で待っていてくれる?」

「いいよ」


 拓也君は思い出したかように言った。

 私は普通に返事したが実は私自身本を貸していた事を忘れていた。

 始めは一冊だけ貸すつもりでいたのだけど、貸した次の日に感想を言ってくれる。その感想が私とほとんど同じなので嬉しくなって続編を貸してしまう。

 それが十冊ぐらい続いていた。

 さすがに拓也君も借りっぱなしも良くないと思ったのだろう。

 拓也君の家に着き、私は玄関先で待っていた。

 すると、拓也君のお母さんがやってきた。

 驚く私を気にせずに両手を掴んで言う。


「ちひろちゃん、いらっしゃい。取りあえず、家に上がりなさいよ」

「拓也君のお母さん、こんばんは。今日は時間が無いのでここで遠慮します」

「母さん、ちひろを困らせるのは止めて。って言うか、何で居るのがわかった?」

「いつも一緒じゃない。だから、待たせているのかなと思った」


 確かにそうだけど、ここまで行動力があるとは思わなかった。

 

「母さん、今日は本当に遅いから別の日にして」

「そんな事言って、全然連れて来ないじゃない」

「母さんの都合を全部聞いている程、俺もちひろも暇じゃないの!」

「暇じゃないって、何をやっているの?」

「部活。文化祭に出展する小説を書いているの!」

「じゃあ、部活を家でやればいいじゃないの?」

「家でやったら部活にならないだろう!」


 あれ? 拓也君のお母さんってこんなに天然だったかな?

 物凄いしっかりした人だと思っていただけどな。

 そんな事考えている間にも拓也君は拓也君のお母さんに何故部活をしているか説明していた。

 その説明に拓也君のお母さんは納得したみたい。

 

「じゃあ、ちひろを家まで送って行くからね」

「わかった。ちひろちゃん、もし時間に余裕があったらいつでも遊びに来てね」

「はい。わかりました」


 私は承諾すると拓也君は頭を抱えていた。

 頼むから断れない状況で約束を取り付けるなよと言いたい顔だった。

 私達は私の家に向かっていた。

 すると、拓也君は申し訳ないように言う。


「本当にごめんなさい。毎回毎回、母さんの件で迷惑かけて」

「大丈夫だよ。拓也君のお母さんの性格は少しずつだけどわかってきたから」


 でも、やっぱり一度は拓也君のお母さんの希望に応えた方がいいよね。

 家に上がって喋りすれば満足かな?

 でも、それは勉強会の時にしたから、お出かけの方がいいかな?


「一度、拓也君のお母さんとお出かけしたら満足するかな?」


 私は拓也君に相談した。

 暫く考えた後、言った。


「すまない。誤解を招きかねないから止めてほしい」

「じゃあ、拓也君と私と拓也君のお母さんが一緒ならいいかなと思ったけど、やっぱりダメだね」


 拓也君のお母さんと二人だけ歩いているだけで誤解を与えるのに、そこに拓也君が加わるとややこしい事になるよね。

 仮にしたら、次の日学校で何を言われるかわからない。

 この状況になって喜ぶのは拓也君のお母さんだけかもしれない。

 うーん、とにかく誰から見てもおかしくない状況にすればいいよね。


「拓也君の家族と私の家族を会わせたらいいかな? そうすれば、拓也君のお母さんと一緒に居る時間もできる」

「ごめん。それは既に結納と同じ光景になる」


 結納か……。幼稚園の年長の頃、お父さんの勤めている病院の若い先生が近所のお姉ちゃんと結婚する事になって、両親と一緒に結納に参加してお姉ちゃんが「お嫁に行くの」と言ったから「いつ帰って来るの?」と言ってみんなに笑われた事があったな。

 そんな事はどうでもいい事。

 結納を見ていていたけど、本当に結婚を約束する事なんだな。

 難しい言葉を言っていてよくわからなかったけど、大事な事をしている事だけはわかる。

 それを考えたら、さっき私が言ったを思い出すととんでもない事を言ってしまっていた。


「た、確かに結婚直前の光景になるね」

「でしょ」


 じゃあ、どうしたらいいのかな?

 私が再度考え始めようとしたら拓也君が言う。

 

「ちひろ、母さんの件は俺が考えるから考えなくてもいいよ」

「いいの?」

「いいよ。これ以上母さんの件でちひろを悩ませたくない」


 確かに拓也君の言う通り、自分の身内のせいで彼女が困っているところは見たくない。

 私も同じ立場ならそのような行動する。

 ここは拓也君の考えを尊重しよう。

 そんな事しているうちに私の家に着いた。

 拓也君の顔を見るとなんかがっかりした顔していた。

 うーん、本当はもっと別の会話がしたかっただろうな。

 

「拓也君、荷物を持ってくれてありがとう」

「借りていたから、持つのは当然だよ」


 そう言いながら、拓也君は玄関先まで荷物を運んでくれた。


「ただいま」

「ちひろちゃん、お帰り。あら、塩津君いらっしゃい」

「唐崎さんこんばんは。ちひろ、また明日」

「あれ、塩津君もう帰るの?」

「はい。あくまでもちひろさんから借りていた本を返しに来ただけですから」

「拓也君バイバイ」

「バイバイ」


 そう言って、拓也君は帰ってしまった。

 少しだけでいいから家に居てくれてもいいのに……。

 

「少しだけでいいから家に居てくれてもいいのに。という顔をしているね」


 叔母さんの何気ない一言に私はびっくりする。

 完全に見透かされた事に。

 対照的に叔母さんはあらあらという顔している。


「あら、本当に当たった。適当に言ったつもりだったけど……」

「叔母さん。適当に言って当てないで下さい」

「逆に言えば、それだけちひろちゃん純情な事だよ」


 それを言われるとこれ以上文句が言えない。

 私は部屋に戻り、貸していた本を開く。すると、しおりが挟んである。

 あれ、しおりなんか挟んであったかな?

 そんな事を思いながら、しおりが挟んであったところを読んでみる。

 主人公の男の子が思い寄せている女の子に告白しているシーンだ。

 へえ、拓也君はこのシーンが好きなんだ。

 他の本も開いてみる。この本にもしおりが挟んである。

 これも男の子が女の子に告白するシーンだ。

 貸していた全ての本を開くと全て本にしおりが挟んであり、そして全て告白のシーンだった。

 なんで、このシーンだけしおりを挟んであるのだろう?

 もしかしたら、今執筆している作品に使われるのだろうか?

 もしそうだったら、これは私の胸の中にしまっておこう。

 下手に言って拓也君の執筆活動に支障が出るのは良くないからだ。


 次の日。

 授業は全て終わり私達は部室に居た。

 拓也君はスマホのカレンダーのアプリを開きながら言う。


「ちひろ、この日何か予定ある?」


 私はスマホを覗き込む。指定された日の予定に紡ぐ命(つむぐいのち)ユナイテッドシネマ大津と書かれてあった。


「これって、映画?」

「そうだよ。福山雅秋(ふくやままさあき)先生の作品だけどすごい面白い作品なんだよ。二人の主人公が居て、一人は心臓に疾患を持った女の子で移植じゃないと助からないだけど、それでも明るく懸命に生きている。で、もう一人の主人公は男の子で陸上部のエースだったけど、ケガをしてしまい復活するのに苦しんでいる。帰り道、男の子が体調を悪くした女の子を見つけるの。ただ、クラスメイトから友達になって次第にお互い惹かれるようになるの」


 拓也君は熱を持って語る。私はただ、黙って聞いていた。


「男の子は女の子を家に招待するだけど、お母さんが男の子の行動を邪魔をするの。そのやり方がとても面白いの。最後には二十万円するスマホで動画撮影するの。その言い訳が本当に面白い。いくらなんでも通るわけないだろうって、ツッコミたくなる」


 こんなに喋る拓也君を見るのは初めてだ。


「女の子の家は父子家庭で父親は零細企業に勤めているだけど、女の子の治療費に大半を使っているので暮らしは楽じゃない。母親は風俗嬢で極まれしか会えない。男の子は母親と偶然に会い、娘のことをお願いしますと言われただけだった」


 このまま最後まで喋るつもりなの?


「不幸は突然やってきた。女の子の父親が勤めていた会社が倒産した。そこから一気に父親が荒れ始めた。父親は女の子に当たる。罵倒を数々飛ばし、最後には女の子の存在そのものを否定した。女の子は家を飛び出して、男の子の家に行ったが男の子は不在。お母さんだけに最後の挨拶をした。様子がおかしいと気付いたお母さんは男の子に連絡して男の子は女の子を探す事になる。なんとか、見つけて説得をするが聞き入れず、車道に飛び出す。男の子は助ける為に飛び出して、なんとか助けることができたが、止まったがパトカーだった」


 拓也君は鞄からペットボトルのお茶を取り出して飲む。

 まだまだ続きそうだ。


「二人は警察官に補導された。男の子のお父さんは男の子の頭を掴んで一緒に署長に誤る。あ、お父さんの職業は白バイ隊の隊長だよ。女の子の父親もやって来て誤る。きつい指導を受けて解放された。男の子のお父さんは女の子の父親を家に誘い話し合った結果、父親は反省して女の子に誤った」


 私もお茶を飲みながら聞く。

 

「これでうまく行けばいいのだが、そうはいかなかった。女の子は病気は医者が予想していた以上に進行していて、ついに京都で一番医療技術が進んでいる病院に入院する事になった。クリスマス直前の入院だっただけに女の子のショックは大きかった。男の子はプレゼントを届ける為に雪の降る中走った。面会時間ギリギリ間に合ってわずかの時間だが、二人きりのクリスマスを楽しんだ」


 ありきたりだけど、やっぱりクリスマスは好きな人と過ごしたいね。


「年明け暫く経った後、女の子の病気は急激に悪化する。ここまでかと思った時、交通事故で脳死した人が出た。その人は臓器提供に協力してくれるドナーカードを持っていて、女の子の心臓に移植された。これで全て救われたと思われた。女の子は男の子に母親に会いたいと言った。男の子は少し考えた後、女の子の左胸を指した。女の子はわからない様子だったので男の子は母親はそこに居ると言う。その言葉に初めて気付いた。母親は死んだと」


 凄い展開だ。


「退院して母親が眠る墓に男の子と一緒に来た。墓参りが終わった後、男の子は女の子に手紙を渡した。女の子は手紙を読むと涙を流した。その手紙は母親からだった。手紙には丈夫な身体に生まれさせる事が出来なかった謝罪と命を引き替えにしても女の子に未来を与えたいという思いと私ような道だけは歩かないように願いが書かれてあった。女の子は手紙を抱きしめて空を見上げた。そして、大声でありがとうと言ったという話だよ」


 全部言った。ここまでの完全なネタバレは他にはない。

 だけど、ここまで話を聞いてしまうとどんな映像になっているのか気になってしまう。

 大津か……。

 そういえば、嶋屋は大津にあったな。あそこのいちご大福美味しいだよね。

 でも、映画見た後いちご大福を買いに行きたいと言ったら、食い意地張っているなと思われるのは嫌だな。

 そうだ、日吉大社に行く時に嶋屋に行きたいと言えばなんとかなるかもしれない。


「どうかな? もし、予定があるなら別にいいけど……」

「いいよ。けど、一つだけ条件付けていい?」

「何? お手柔らかにお願い」

「日吉大社に行きたい。いいかな?」

「それぐらいならいいよ。俺も行ってみたいと思っていたから」

「じゃあ、決まりね」


 これで拓也君と映画と嶋屋に行くが決まった。

 映画も楽しみだけど、いちご大福も楽しみだな。

 

 お出かけ前日、私は叔母さんに明日拓也君と一緒に大津で映画を見に行く事を伝えた。


「いいけど、夜の七時には帰って来なさいよ。もし、七時を過ぎそうだったら事前に叔母さんに連絡しなさい。わかった?」

「はい、わかりました」


 なんとか了承を得る事ができた。

 そして、私は明日の準備をしているとあかねお姉ちゃんが部屋に来た。

 

「明日、塩津君とデートなの?!」


 若干、興奮気味なのは気になるが取りあえず返答する。


「ただ、大津で映画を見に行くだけですよ」

「それは立派なデートだよ!」

「デートではないですよ」

「じゃあ、デートの定義を教えて」


 あかねお姉ちゃんは冷静に聞いてきた。

 デートの定義か……。

 私は少し考えた後、答えた。


「駅でお待ち合わせして、映画を見て、ご飯を一緒に食べて、遊びに行く事かな?」

「じゃあ、明日の行動予定を教えて」

「南彦根駅で待ち合わせ。ユナイテッドシネマ大津で映画を見て、ハンバーガー屋でお昼して、日吉大社に行く……」

「それはデートじゃないの?」

「はい。デートです……」


 振り返ってみたら、紛れもないデートだ。

 私は認めるしかなかった。


「で、服は?」

「服?」

「何を言っているの?! 明日、デートに来て行く服だよ!」


 あかねお姉ちゃんが言うので私は明日着る服、白Tシャツとデニム生地ショートパンツをベッドに置いた。

 これを見た瞬間、あかねお姉ちゃんを頭を抱える。


「あのさ、ちひろちゃん。普段着ならこれでもいいけど……。デートの服としては不合格だ」

「ダメですか?」

「ダメだよ。中学生っぽいよ、この服は。高校生なんだから、ワンランク上げないと」


 と言って私の洋服ダンスを開けて、服を物色し始めた。

 しかし、あかねお姉ちゃんにお眼鏡に適った服は無かった。

 ため息を出した後、私に言う。


「なんでもっと早く言ってくれないの。そうすれば、準備ができたのに」

「仕方ないよ。明日はあの服で行くよ」

「それはダメ!」

「なんで?!」

「男の子は女の子がデートに着てほしい服は女の子らしい服を着てほしいと声が多いのよ! 男の子が初デートならなおさらだよ!」


 そんなに力説しなくても……。

 あかねお姉ちゃんは悩みに悩んだ後言った。


「決めた。迷っている場合じゃない。これはちひろちゃんの今後の人生に大きく左右する事だから」


 そう言いながら、あかねお姉ちゃんはスマホを取り出して電話をかけた。

 電話が繋がるとあかねお姉ちゃんフレンドリーな会話が始まる。

 どうやら、相手は友達のようだ。

 一通りの会話が終わると本題に移った。

 

「それであけみ店を今から開けてほしい。お願い、ちひろちゃんの将来に掛かっているの」


 そんなに大袈裟に言わないでほしい。


「ありがとう。今から行くね」


 え、OKしたの?1

 あれだけの言葉でOKしたの?!


「あけみが開けてくれると言ってくれたから、行くよ」

「待って! 本当に行くの?!」

「行くよ。開けると言ってくれたからね」

「服を買うだよ!? 服をお金なんて持っていないよ」


 本当はお兄ちゃんから貰った入学祝いがあるけど、夜だから銀行はやっていない。

 あかねお姉ちゃんは暫く考えた後、電話を掛ける。

 今度はどこだろう?

 

「こんばんは、伯母さん。あかねです。夜分遅くすみません、今電話は大丈夫でしょうか?」


 え、お母さんに電話しているの?


「ありがとうございます。実はちひろちゃんが明日デートなんですけど……、本当ですよ。はい、私も正直なところ、こんな早くデートをするとは思いませんでした」


 なんか、微妙にディスられているな。

 

「で、明日そのデートに着て行く服が無いですよ。あ、わかりますか。そう、そうなんですよ」


 え、私ってお母さんからもセンスが無いと思われているの?


「それで服を買うお金を送って欲しいです。あ、すぐに送ってくれますか? ありがとうございます。では、よろしくお願いします」


 そう言ってあかねお姉ちゃんは電話を切った。

 え、すぐ送る? どうやって?

 全く理解ができないため、あかねお姉ちゃんに聞く。


「今からお金って送れるの?」

「送れるよ」


 そう言った後、あかねお姉ちゃんのスマホの着信音が鳴った。

 あかねお姉ちゃんはスマホを確認すると「来たよ」と言って画面を見せてくれた。

 確かに二万円が入金しましたという画面が出ていた。

 え、どういう事?

 私が不思議そうしているとあかねお姉ちゃんが言う。


「気になると思うけど、あけみを待たせいるからとにかく出掛ける準備して」


 そう言われたので、とにかく準備をして車に乗り込んだ。

 出発するとさっきの疑問を答えてくれた。


「これはau payの送金のサービスを使ったんだよ」

「au payって支払いだけじゃないの?」

「基本はそうだけと、じぶん銀行と組み合わせると送金やローンもできるよ」

「へえ。お母さん、そんな事ができるんだ」

「何を言っているの。毎月、ちひろちゃんの生活費はこれで送って来ているのよ」

「え、そうなの。知らなかった……」


 お母さん、私以上にスマホを使いこなしている。


「それだったら、私の小遣い直接欲しい」

「以前、その事をお母さんが叔母さんに話したら『それはしない。現金じゃないと使った感覚がわからなくなるから』と言っていた。私もその意見には賛成だね。スマホ決済サービスを使うのはいいけど、チャージは現金限定しないとお金を使ったという感覚が生まれないからね」


 そうなのかな? 

 でも、お母さんもあかねお姉ちゃんも私の事を考えているからこの様な事をしているのだろう。

 そうこうしているうちにあけみさんの店に到着した。

 店に入ると大人の女性が着るような服がたくさん有って、私には場違いな所に感じた。


「いらっしゃいませ」


 奥からロングヘアで少しだけ体格がいい女性が出て来た。

 この人があけみさんか……。私が想像していたのと全く違うな。

 

「ごめんなさいね。無理なお願いして」

「いいよ。親友の頼みだから、ある程度は聞いてあげるよ」


 あかねお姉ちゃんは誤ったがあけみさんは全く気にする様子は無かった。

 あけみさんは私を見た。そして、私のところに来た。


「この娘が妹のちひろちゃん?」

「妹じゃないよ。従姉妹だよ」

「でも、いつもがさつな弟よりかわいい妹がいいって言っていたし、実際ちひろちゃんが家に来てから私との付き合いが悪くなった」


 なんか、いろいろごめんなさいと言いたい気分になる。

 この間にもあけみさんは私をじろじろ見ている。

 

「サイズ、測っていい?」

「いいですよ」


 私は了承するとあけみさんは私の身体を触り始めた。

 無論、抵抗するがあけみさんは容赦なく触る。

 三分ぐらいその行為が続いた。

 納得したあけみさんに対して、私は暴れて疲れていた。

 

「妹ちゃん、スタイル良いね。胸も腰もお尻もモデルと同じぐらいの体型だね」

「あ、ありがとうございます」


 だから、妹じゃないって……。

 触り終えると早速服を探し始めた。

 さっきまでふざけていた姿はどこ行ったのかと言いたいぐらい真剣な顔で選んでいる。

 五分後、服を持ってきた。

 

「さあ、これに着替えてみて」

「姿見で合わせるだけ十分ですよ」

「ダメだよ。ちゃんと着替えないとわからないでしょ」

「でも、着ると買わないといけないですよね?」

「そんな悪徳商法しないよ。まして、友達の妹にはなおさら」


 もう、妹でいいや……。

 あけみさんの件は諦めて、私は試着室に入って服を着た。


「あけみさん、どうですか?」

「うん。いいね」


 今、私が着ている服は白のブラウスにグレーのフレアスカート。首元には黒のリボンがある。

 なんか、この服学校の制服と変わらないな。

 そんな事を思っていたら、あけみさんが気付いたようだ。


「あ、妹ちゃんは彦根南だったね。じゃあ、この服ダメだ」


 慌てて、服を探し出した。

 そして、次の服を持って来た。

 私は着替えてあけみさんに見せた。

 今、着ているのはピンクTシャツに白地に花柄のミニスカート。


「これはいい。この服にしなさい」

「でも、花柄はあまり好きじゃないですよ」

「そうか。好きじゃないのか。仕方ないね」


 渋々、次の服を探す。が、なかなか見つからない。

 さっきの服が余程良かったらしい。

 私はあけみさんにリクエストする。

 それを聞いたら少し考えた後「そうだね。準備するね」と言って服を持って来てくれた。

 着替えてあけみさんに見せる。

 今、着ているのは白のTシャツにグレー地にチェック柄のプリーツスカート。

 うん、これがいい。

 私は満足しているがあけみさんは納得していない。

 あけみさんはスマホを取り出し検索する。

 検索した画面を私に見せた。それは学校の制服の画像だった。

 これを見て私はあけみさんが納得していない理由がわかった。

 私がリクエストした服は学校の制服とほとんど同じだった。

 これではデートに着て行く服が無いから制服で来たと知らない人が見たら思ってしまう。

 あけみさんは考える。

 まさか、服を選ぶだけにここまで掛かるとは思わなかった。

 だけど、あけみさんは私が一番似合う服を真剣に考えてくれている。

 こうなったら花柄のスカートは好きではないがこれにしよう。


「あの……」

「決めた。妹ちゃん、聞いて」

「はい」

「本当はシャツとスカートは別々にした方が組合せが増えていいだけど、今回はデートに着て行く服だから敢えてそれに特化する」


 そう言って、服を探しに行った。

 時間が掛かるかなと思っていたら、すぐに戻ってきた。

 

「これなら、間違いなく行ける。着てみて」


 あけみさんの自信満々に言う。

 私はその服を着て、あけみさんに見せた。

 その姿を見てあけみさんは大満足。どうやら、自分の考えが間違っていなかったと思える顔だ。

 私もこの服はとてもいいと思っている。

 正直、この手のタイプの服は幼稚園以来に着るのだが、改めて着てみるとこの服ほど女の子らしい服は無いと感じてしまった。

 これに決まったので、私は自分の服に着替えてレジに向かう。

 その時値札を見たが、予算内に収まっていた。


「大丈夫よ。高校生の妹ちゃんに買える服を選んでいるから」

「ありがとうございます。助かります」


 そこまで考えているとは思わなかった。行動を見ている限り似合う服しか考えていないと思ったからだ。

 会計を済ませて、ある事に気付いた。

 あれ? そういえばあかねお姉ちゃんが居ない。あかねお姉ちゃんの性格なら一緒になって選んでいると思っていたばかりに不思議に感じてしまう。

 店内を歩き回ったがどこにも居ない。


「あけみさん、あかねお姉ちゃん知りませんか?」

「私が妹ちゃんの服を選んでいる時、外に出て行ったのは見たよ」


 え、外に出て行った? 私を置いて家に帰ったのかな? 

 いやいや、いくらなんでもそれは無い。

 私はあかねお姉ちゃんの携帯に電話を掛けた。


「あかねお姉ちゃん、どこに居るの?」

「ちひろちゃん、あかねは今運転中。うん、わかった。伝えるね。ちひろちゃん、後三分ぐらいで店に着くから待っていてだって」


 そう言って電話が切れた。

 電話に出てくれた人誰だろう? 男の人が女性の声を真似ている感じだった。


「どうだった?」

「三分ぐらいで店に着くそうです。ただ、電話に出た人が誰かわかりませんでした」

「女の人?」

「男性なんですけど、口調は女性でした」

「ああ、いちかね。あかね、妹ちゃんの為に相当頑張っているね」


 あけみさんが感心しているが、私はそこまで頑張られる理由がわからない。

 考えても仕方ないから、あかねお姉ちゃんが戻って来るまで服を見る事にした。

 ここの店の服、値段はリーズナブルでセンスもいい。

 よくファッション雑誌に載っている服を見るけど、いいなと思っても値段がとても手が出せるものじゃない。

 だけど、ここはデザインがほぼ同じ。多分、使っている生地が違うのだろうと思う。

 なぜ、思うという言葉になるのかというと本物は触ったことないからだ。

 まあ、触る機会は一生無いと思うけどね。

 

「ただいま」


 そう言いながら、あかねお姉ちゃんが戻ってきた。

 そして、知らない女の人が後から入って来た。

 あれ? 二人だけ? 男の人はどこ?

 私がきょろきょろしているがさっきの電話の相手がいない。

 あけみさんはそんな私を無視して二人に話し掛ける。

 

「あかね、お帰り。いちか、いらっしゃい」


 え、あの女の人がいちかさん?!

 あの声の主とはとても思えない。

 もしかしたら、事故か何かで声を潰れてしまって現在(いま)の声になってしまったのかもしれない。

 もしそうだったら、傷付ける事になるから黙っていた方がいいよね。

 そんな事を思っていたら、あかねお姉ちゃんといちかさんが私のもとに来る。


「この()がさっき話していたちひろちゃん」

「そうだよ」

「ふーん」


 声を聴くとやっぱり男性みたいな声だ。下手な事を言って機嫌を損ねるような真似は控えないと。

 いちかさんは私の顔を見る。

 

「顔立ちは若干幼さが残るけど、良い素質は持っているのは間違いないね」

「ありがとうございます」

「あかね、このままでも十分だけど……」

「でも、将来はすることだからお願い」

「うーん、高校生でここまで顔立ちがならしない方がいいだけどね……」


 そう言いながら、小さいな箱を開けた。箱にはたくさんの化粧道具が出てきた。

 

「おお、いちか。ちひろちゃんにメイクするの?!」

「しないわね。ちひろちゃんにメイクの仕方を教えるだけ」

「おお、世界的メイクアップアーティストいちか自身が指導するとは」


 あけみさんは驚嘆する。私はあかねお姉ちゃんに聞く。


「いちかさんって、そんなにすごい人なんですか?」

「いちかはいろんな有名な女優さんから指名を受けるぐらいのメイクアップアーティストなの」

「そのおかげで年収は何千万円なんだよ」

「あけみ、何千万は大袈裟だよ」

「でも、一千万はあるでしょ?」

「まあ、それぐらいあるよ」


 それぐらいって言うんだ……。きっと、それぐらいという金額はだいぶ前から稼いでいるのだろう。

 そのやり取りしている間にもいちかさんは私の顔を見ながら色々な化粧品を出していた。

 

「ちひろちゃん、始めようか」

「はい。よろしくお願いします」


 私は深々と頭を下げた。

 いちかさんはメイクのする順番一つ一つ丁寧に教えてくれる。

 メイクする順番は知っていたが、それには意味があるとは思わなかった。

 少しずつ丁寧に重ねていく事が大事だよと言われた。

 確かにファンデーションを塗る時、一回塗ったらいちかさんが片方の肌を比べながら確かめる。

 それを繰り返して丁度いい加減のところを見つけてくれる。

 正直、メイクには興味はあったがなかなか手が出せなかった。

 何が一番ベストなメイクなのかわからなかったからだ。

 ネットで検索すれば、ある程度の答えは出て来るがそれが私にとってベストな答えなのかと思うとどうしても疑問符が出て来てしまう。

 でも、こんな形でベストな答えを教えてくれるとは思わなかった。

 しかも、世界的メイクアップアーティストに。


「教える事はこれぐらいかな?」

「ありがとうございます」

「でも、やっぱりちひろちゃんはナチュラルメイクで十分いけるよ。明日、出掛ける三十分前に私にテレビ電話にして。判断するから」

「テレビ電話ですか?! 写真を送るだけでは駄目ですか?!」

「駄目。写真だと、一番いいやつを送るでしょ?」

「うん、確かにそうしてしまう」

「でしょ。それに私、朝弱いから電話をかけてもらえないと対応ができないのよ」


 ああ、そっちが本音なんだ。

 あかねお姉ちゃんはメイクした私を見ていちかさんに言う。


「いちか、本気のメイクしたね。私達には超が付くぐらい雑なメイクするのに」

「私していない。教えただけ。つまり、ちひろちゃんの腕がそれだけいいという事。それ以上に元男の私よりメイクが下手な事が問題があるでしょ」

「え? 元男? どういう事?」


 しまった! 声に出してしまった。

 私は気まずそうにいちかさんの顔を見る。

 いちかさんの顔は全く気にしている様子は無かった。むしろ、ああ、またかという顔だった。

 どうやら、この光景は日常茶飯事らしい。

 そんな事を考えていたら、いちかさんが喋る。


「ちひろちゃん、私は身体は男で性格は女なの}

「……トランスジェンダーですか?」

「その言葉をしているなら、大部分省略できる。小学五年生の頃から悩んでいてね、去年本当に女になったの」

「おめでとうございます」


 私の言葉にいちかさんは驚く。


「私、そんな言葉を言われたの初めて。大概の人達は『それで女になったの?!』と言われるだけだった」

「長い間悩んでいた事が解決したのですから、お祝いするのは普通じゃないですか?」


 いちかさんは私を指を差しながらあかねお姉ちゃんを言う。


「この娘、本当にあかねの従姉妹?! 出来が全然違うだけど!」

「失礼だな! 本当に従姉妹だ!」

「血を半分受け継いでいるのに……。この差……。後、半分が余程優秀なんだな……」


 失礼な事をズバズバ言う。逆にここまで言える事はそれだけ仲が良い事の証拠だ。

 そんな事をしているとあけみさんが私に聞く。


「ところでちひろちゃん、明日何時に待ち合わせなの?」

「八時半に南彦根駅で待ち合わせです」

「あかね、ちひろちゃんの明日の為にここまでにした方がいいよ。初デートで遅刻は今後のお付き合いに悪影響が出るよ」

「そうだね。ここでお開きにしましょう」


 あかねお姉ちゃんの一言で私のデートの準備が終わった。

 家に着くとあかねお姉ちゃんがホットミルクを出してくれた。身体を温めた方が早く眠れるからだそうだ。

 ありがとうと一言だけ言って、ホットミルクを飲み眠りに付いた。


 次の日。

 私はいつもより早く起きた。朝食を取り、昨日買った服を着替え、メイクをした。

 そして、いちかさんにテレビ電話して出来を見てもらう。しばらく、黙った後合格という一言を貰った。正直、黙った時は失敗したかなと思ってしまった。

 切る間際、いちかさんは「緊張するかもしれないけど、笑顔でいれば大丈夫だよ。可愛い女の子の笑顔は悪い出来事を近寄せないよ」と言われた、

 何を根拠に言っているのかわからないけど、取りあえずいちかさんの言う通りにする事にした。

 あかねお姉ちゃんに車で南彦根駅まで送ってくれた。

 なぜなら、朝八時では南彦根駅に行くバスが走っていないからだ。

 自転車で行くつもりでいたのだけど、服を汚していけないという事で車で行く事になった。

 南彦根駅にあかねお姉ちゃんにお礼を言って降りようとしたら、「叔母さんから」と言って一万円を渡された。

 お兄ちゃんから貰った入学祝いの五十万円の内の一万円を出すから大丈夫なんだけど、お母さんからだったから遠慮なく貰う事にした。

 これがあかねお姉ちゃんだったさすがに遠慮する。

 

「頑張ってね」

「うん、頑張る」


 遊びに行くのに頑張るのは言葉としてはおかしいけど、応援している事は間違いないからそれなりの返事をした。

 車から降りて車が見えなくなるまで私は見送った。

 そして、お母さんにお金のお礼のLINEしたら、すぐに返事が来た。

 

 お母さん 就職したら返してね。大丈夫、無利子だから。


 ……しっかりしているな。

 私はお母さんの性格に改めて感心した。

 拓也君に出会う前に身嗜みを確認する。

 よし、おかしいところは無い。

 一回、深呼吸して待ち合わせ場所である二階にある改札口に向かう。

 階段を上がり曲がり角から改札口の方を見る。

 居た。紺のサマージャケット、アイボリーサマーニット、黒スキニーパンツ、白スニーカー。

 決まっている。格好いい。

 これを見てしまうと昨日の服装にしなくて良かったと思った。

 

「拓也君」


 呼んだ後、私は駆け足で拓也君のところに向かう。


「ちひろ、おはよう」

「拓也君、おはよう。お待たせしてごめんなさい」


 拓也君は黙って私を見ている。

 あれ? もしかして、変なところがあったかな?

 見える範囲を確認するが特におかしいところは無い。

 わからないので拓也君に聞く。


「どうしたの? もしかして、変なところがあった?」

「ううん、可愛いなと思っただけ」


 拓也君は屈託なく言う。ここまで屈託なく言われると恥ずかしくて仕方がない。

 でも、誉めてくれたのだからお礼はしないと。


「あ、ありがとう。あかねお姉ちゃんの友達に勧められたまま買ったですけど、誉めてくれたなら買って良かった。拓也君もその服格好いいよ」

「ありがとう。じゃあ、行こうか」

「はい」


 あれ? 誉めたのに意外とあっさり返された。

 ちょっとだけ、がっかり。と思ったら、顔が嬉しそうにしている。

 ああ、態度に出さないようにしているんだ。

 だけど、一番隠さないといけないところに一番感情が出ている。

 なんか可愛いなと感じてしまった。

 ホームに着くと、私はスマホで時刻表を見た。


「四十六分の電車で行こう」

「新快速に乗る?」

「膳所は新快速は止まらないから、そのまま普通に乗った方がいいよ」

「じゃあ、そうしよう」


 行き方を決まったので私達は乗り場の反対側に移動した。

 なぜ、そこに移動したのかというと普通が来る前に新快速が来るからだ。

 新快速は南彦根を通過する。

 風圧でスカートが捲れる可能性があるからだ。

 そして、新快速が通過する。反対側に居てもやっぱり風圧は強かった。

 十分後、普通がやって来た。


「やっぱり普通は空いてるね。新快速だと長浜の時点で満席の時がある」

「たまにしか電車に乗らないけど、新快速っていつも満席のイメージしかない」

「京都大阪神戸に早く行くには新快速が一番だからね」


 それを聞いた拓也君は感心している。

 どうやら、本当にたまにしか電車に乗らないだな。滋賀は車での移動が普通だから仕方ない。

 それに私はそんなに電車に詳しくない。

 お兄ちゃんが「滋賀京都大阪兵庫に走っている電車ぐらいは覚えておけ。部下に大阪の高槻に行ってくれと頼んだら、滋賀の高月に行った」という小説でもネタにならない話があったからだ。

 だから、私にそんな恥をかかせないようにお兄ちゃんは私と一緒に行動する時は電車移動を中心にしているようだ。

 ユナイテッドシネマ大津の最寄り駅である膳所に到着した。

 

「大津に来たの三年振りだな」

「そうなの?」

「京都はよくお兄ちゃんに連れて行ってもらうけど大津は滅多に行かない」

「何で?」

「湖北の人達は生活に必要な物は長浜で済ませて、足りない物が有れば彦根まで行って、それでも駄目なら新快速に乗って京都まで行くというのが湖北に住んでいる生活スタイルだから」

「大津の扱いが酷いな」

「でも、お兄ちゃんが『後、一山超えたら京都だぞ。京都の方が物がたくさんあるし、遊ぶところもたくさんある。もちろん、食べるところもたくさんある。それを考えたら大津に寄る理由が無い』と言ってた」

「確かにお兄さんの言うことは一つも間違っていない」


 拓也君は納得していた。

 お兄ちゃん凄いな。お兄ちゃんが言った言葉をそのまま言っただけなのに拓也君を納得させてしまった。

 そんな事を喋っていたら、ユナイテッドシネマ大津に着いた。

 入場券を買う列ながら言った。


「結構並んでいるね」

「大丈夫だよ。ネットで予約済みだから」


 そう言いながら、拓也君は自動発券機でチケットを発券した。

 この様子を見ていると、ここの映画館によく来ている事がわかる。

 そんな事を考えている場合じゃない。お金を出さないと。


「お金出すね」

「いいよ。映画を誘ったのは俺だし、誘った方が……」

「ダメ」


 拓也君が最後まで言う前に私は遮った。

 

「それだと私が拓也君を誘いたい時にお金が無いという理由で誘えなくなる。逆も同じだよ。どう思う?」

「それは困る」

「でしょ。だから、ルールを決めよう」

「ルール」

「そう。自分で使ったり食べた分は自分で出す。貸し借りはしない。どうしても借りないといけない時は一週間以内に返す事。どうかな?」

「わかった。そうしょう」

「じゃあ、映画代ね」


 私は拓也君に映画代を渡すと素直に受け取った。

 

「映画が始まる。行こう」


 私は拓也君の手を握り入場口に向かった。

 二時間後。映画が終わり外に出た。

 もうすぐ十二時か。

 辺りを見渡すがハンバーガー屋は無い。一階に下りる時、各階の店内の案内図を見ていたがハンバーガー屋は無かった。

 やっぱり無いか……。もしかしたら、見落としたのかなと思っていただけどな。

 すると、拓也君が話掛けてきた。

 

「ご飯だけど、ここら辺だとカレー屋か回転寿司か牛丼屋しかないけど、どうする?」

「石山駅のところにハンバーガー屋があるから、そこにしよう」

「いいの? ちひろの家の近くあるから敢えてさけてただけど……」

「ううん。むしろ、二人だけだからここに行きたい」

「わかった」


 拓也君は不思議そうな顔をしながら私の意見に賛同してくれた。

 おかしいかな? ハンバーガー屋で昼食って。

 私は憧れていただけどな……。

 そんな事を思いながら、石山駅にあるハンバーガー屋に向かった。

 ハンバーガーの注文を終えて、席で待っている間にさっきの映画の話をする。


「やっぱり良い映画だった。見れて良かった」

「うん。本当に良い映画だった。拓也君、ラスト泣きそうになってた」

「見てたの?」

「正確には鼻をすする音が聞こえたから見てしまった」

「恥ずかしいな」

「でも、女の子が全ての真実を知った時のシーンは私も泣きそうになった」

「でも、泣いてないよね」

「拓也君が先に泣いたからね」

「泣きそうになっただけで泣いていない。泣いたって、勝手にランクを上げないで」

「ごめんごめん」


 拓也君の抗議に私は笑いながら謝る。

 拓也君は全くという顔をしていた。

 食べ終わり、私の目的である日吉大社に行くことにした。

 電車の中で拓也君が日吉大社に行く理由を聞いてきた。

 私は全て喋ると拓也君は呆れていた。

 まあ、目的がいちご大福が買いに行く事だから呆れられても仕方ないか。

 そして坂本比叡山口駅に着いた。

 私達はいちご大福を売っている嶋屋を探す。

 が、歩いても歩いても嶋屋は見当たらない。かなり範囲を散策したが見つからなかった。

 あれ? 確か日吉大社の近くに嶋屋があるってお兄ちゃんは言っていたけどな……。

 私はとにかく辺りを見渡す。

 すると、家の前でラジオを聴きながら日向ぼっこをしているお婆さんを見つけた。

 ラジオを聴いているところ申し訳ないけど、人に聞かないと更に無駄に歩くことになる。

 

「すいません、嶋屋という和菓子屋知りませんか?」

「嶋屋? 聞いた事があるね」


 その言葉に拓也君はすぐ反応した。

 

「いちご大福が有名ですけど……」

「ああ、いちご大福の嶋屋さんね」

「知ってますか?! どこですか?!」

「嶋屋さんは堅田にあるんだよ、お嬢さん」

「堅田?」

「そう堅田。ここから嶋屋さんに行くのは大変だよ」

「そんなに遠いの?」

「電車で二駅だけど、堅田駅から更に歩かないと嶋屋さんには行けないよ」

「わかりました。お婆さん、教えてくれてありがとうございます。拓也君、堅田に行こう」


 私はお婆さんにお礼して堅田に行く事にした。

 拓也君は一瞬驚いた顔したがすぐにいつもの顔に戻って言う。


「わかった。行こう」


 私達は嶋屋さんに向かおうとしたら、お婆さんが止める。


「お嬢さん達、行ってもいちご大福は手に入らないよ」

「どうしてですか?」

「嶋屋さんのいちご大福は冬春(とうしゅん)限定なんだよ。夏に入りかけてるこの時期は売ってないよ」


 う、嘘……。ここまで来ていちご大福が手に入らないなんて……。

 拓也君と一緒に映画を見る次に楽しみにいていたのに……。

 

「ちひろ、今日は諦めよう」


 拓也君は私に諦めるように促す。

 確かに販売する季節が違うなら諦めるしかない。


「うん」

「秋になったら日吉大社は紅葉の季節だ。紅葉を見た後、嶋屋に行こう」


 秋になったら、いちごも収穫の季節になるからその時に買えばいいか。

 

「うん」


 私は拓也君の意見に納得して返事した。

 その光景を見ていたお婆さんが私達に話す。


「いいね。お嬢さん達は本当に仲良しだね。お嬢さん達を見ていると初めてお爺さんと一緒にお出かけした事を思い出すよ」


 うんうんと頷くお婆さん。

 

「今お嬢さんが着ている服を着て、坂本駅でお爺さんと待ち合わせ。映画を見て喫茶店でお茶をして夜は大津市民会館でリサイタル。緊張しっぱないしでそれぐらいしか覚えていないけど、私の中の幸せな一日の一つだよ」


 お婆さんは頬を少しだけ赤らめながらも幸せそうに語る。

 私もお婆さんみたいな歳になったら、あんな幸せそうに語れる事ができるのかな。

 私はお婆さんになり、その事を孫に語る姿を想像した。

 興味を持つ孫に対して、恥ずかしいから話すなと制止するお爺さんになった拓也君。

 想像するだけ幸せな気分になる。

 

「お嬢さん達も今日という日が幸せな一日になるよ。不慮な出来事が遭っても二人で力合わせれば乗り越えればいい」


 お婆さんはそんな事を言うが私はさっきの事ばかり考えていた。


「あ、ごめんごめん。余計なちょっかいだった。気にしないでくれ」


 お婆さんは何を誤ったのかわからないが、私は気にしない事にした。


「あ、名前を言うのを忘れていたね。私の名前は比良。比良さゆり。お二人の名前を聞かせてくれるかな?」


 比良さんはそう言うと拓也君は少しぐらい考えた後言った。


「僕は塩津拓也です」

「私は高月ちひろです」


 拓也君は自己紹介したので私も自己紹介した。

 言わないとなんかおかしな感じがするからだ。


「塩津拓也さんと高月ちひろさんね。覚えておくよ。また、会うかもしれないからね」


 お婆さんはラジオを切って立ち上がった。


「塩津さん高月さん、お幸せに」


 それだけ言うと家に入って行った。

 お幸せにか……。私達、誰から見てもカップルに見えるんだな……。

 その考えると少しだけ恥ずかしい。

 すると拓也君が私の服の袖を引っ張る。


「あのお婆さん、なんか不思議な人だったな」

「うん。確かに不思議な人だった」


 確かに不思議な人だ。でも、悪い感じではない。どう例えればいいのかわからないけど、温かい春の日差しようなお婆さん。

 私達の事を干渉するわけではなく、けど赤の他人みたい扱わない。

 いいぐらいの距離感で接してくる。

 後日ここに尋ねる機会が有ったら、きっと今日と同じように接してくると思う。

 そんな感じがした。


「ちひろ、せっかくここまで来たのだから日吉大社に参拝しようか」

「うん、行こう」


 私は拓也君の意見に賛同して日吉大社に向かった。

 入苑料三百円払い、日吉大社に入苑した。

 

「ありきたりだけど、こういう所はなんか神聖な感じがするね」

「うん、そうだね」


 幸せな一日か……。

 私はお婆さんに言われた言葉が頭から離れなかった。

 これも私にとって幸せな一日になるのかな……。

 そんな事を考えながら、東本宮の境内に入った。すると、聞き慣れない音が聞こえる。

 音のする方に向かうと巫女さんが踊っていた。

 中央に二十代後半と思われる男女が二人、左右にはその男女の家族の人達がそれぞれ十六人居た。

 結婚式だ。

 披露宴は見た事あるが、結婚式を見たのは初めてだ。

 私はこの光景をただ黙って見ていた。

 三十分後、結婚式が終わった。

 ああ、終わった。本当に無事に終わって良かった。

 他人の結婚式を心配するのはおかしいと思うが、見てしまうと無事に終わってほしいと思ってしまう。

 あ、いけない拓也君をほったらかしだった。


「拓也君、ごめんね。つい、見とれて……、何をやっているの?」

「カメラマンをやってる」


 そう言いながら、撮影し終えてカメラを持ち主に返す。


「これでいいでしょうか?」

「綺麗に撮れています。ありがとうございました」


 そう言って頭を深々と下げてその場から離れて行った。

 確かにこの光景は写しておきたいと思う気持ちはわかる。

 私自身、写しておけば良かったと思うぐらいだからだ。

 私と拓也君は境内を出た。

 私はさっきの結婚式を思い出していた。

 花嫁さん、嬉しそうだったな。きっと、あの人と一緒になれる事が本当に嬉しかっただな。

 こういう所で結婚式もいいな。

 今まではウエディングドレスが絶対と思っていたけど、白無垢もいいな。

 そんな事を考えていたら、拓也君が言う。


「俺もこういう場所で結婚式を挙げようかな」

「え、結婚式?!」


 私の考えていた事を見空かれた?!


「結婚式なんて、私達にはまだまだ早いよ!」


 気が動転して、私は拓也君から離れようと走り出した。

 でも、拓也君は私の右手を掴む。

 え、どうして?

 そう思ったと同時に視界がぼやける。

 カタンカタンと何かが落ちていく音が聞こえる。

 あ、眼鏡が外れてしまった。

 拾いに行きたいけど、視界が確保できていない以上拾いに行く事ができない。

 すると、拓也君が眼鏡を拾いに行ってくれた。

 一番下まで降りると動きが止まった。

 そして、私の所に戻ってきて眼鏡を見せてくれた。

 眼鏡はテンプルのところが折れていて使うものならない状態だった。


「ああ、高校生になったから新調したのに!」


 中学の時の眼鏡はダサいから、お父さんに無理言って買って貰ったのに壊したら何を言われるかわからない。

 泣きそう私に拓也君は言う。


「とりあえず、眼鏡屋に行こう」

「こんなに壊れているのに、直せないよ」

「フレームだけ交換する手がある。新調したばかりだったら、同じモデルがあるかもしれない」

「でも、この眼鏡長浜の眼鏡屋で作ってもらっただよ」


 すると、拓也君はスマホで検索する。

 

「大津京に系列店がある。そこに行こう」


 そうか。長浜じゃなくても系列店に行けばあるかも。

 気が動転しすぎて、気付かなかった。

 でも……。

 

「どうしたの?」

「私、視力が0.01しかないの。一人では歩けない」


 私が弱ったように言うと拓也君は考えた。

 そして、言った


「手を貸して、俺がちひろを先導するから」


 その大胆な言葉に驚き、そして戸惑う。

 対照的に拓也君の顔は真剣だ。

 そうだ。拓也君は私の為に考えて行動していてくれる。

 多分、拓也君だって恥ずかしいかもしれない。

 でも、そんな事を気にしていたら先が進まない。

 それだけで拓也君は真剣だ。

 私は「お願いね」と言いながら拓也君の右手を握った。

 拓也君は私の半歩先に歩く。

 さっきまで歩いていたペースよりかなり遅い。

 もっと早く歩いても大丈夫だけど、それは言わない。

 拓也君の私に対する思いを壊したくないからだ。

 坂本比叡山口駅に着く直前、一人の女の子が私達の前に来た。

 何だろうと思っていたら、女の子は言った。


「お兄ちゃんお姉ちゃん、ラブラブだね」


 それだけ言って私達の前から去っていた。

 突然の言葉に思わず顔が赤くなる。

 ラブラブに見えるのかな? でも、女の子から見たら仲が良いカップルに見えるよね。

 拓也君がチラッと私の方を見たが、今の私は視界が殆ど無いのでどういう顔をしているわからない。

 出来れば、私と同じ気持ちだったいいなと思うだけだった。

 そして、大津京にある眼鏡屋に着いた。

 拓也君は私に椅子に座らせて、店員の所に行った。

 一言二言喋ると私の所に戻ってきた。

 不安そうに私は言う。


「大丈夫かな?」

「同じモデルが無い時はできる限り同じ形状のフレームに今使っているレンズを入れてもらうしかない」

「それだど視点が合わないじゃないの?」

「新しい眼鏡ができるまでの緊急処置だよ。じゃないと生活ができないからね」


 確かに拓也君の言う通りだ。眼鏡無しでは生活はできない。

 拓也君も眼鏡をかけている。だから、無理難題は言っている事は拓也君自身がよくわかっている。

 そんな事を考えていると店員さんが戻って来た。


「お客様、お待たせしました。残念ながら当店では在庫が無くて草津店なら在庫があることが確認できました。どうなされますか?」

「草津店に行きますので取り置きしてもらえるようにお願いして頂けますか?」

「わかりました。暫くお待ち下さい」

 

 店員さんは再度、奥に行った。

 私の事なのに拓也君が全てやってくれた。

 フレームはなんとかなった。後はお金払えば……。

 あ、しまった! お金が無い!

 どうしよう……。

 拓也君は私の不安とは逆に安心した顔している。


「なんとかなりそうだね」

「フレームはなんとかなったけど、お金が無いよ」

「大丈夫だよ。親父からカードを借りたから」

「カード?!  ダメだよ。カードは借金だよ。いくらなんでもそれは使えない」


 いくら、緊急とはいえ借金はできない。まして、拓也君のお父さんに対して。


「三万円以上は使えないし、一回払い限定だから利息も付かない」

「うーん」


 どうしよう……、お金は借りたくない。

 だけど、この状況では借りるしかない。

 とはいえ、カードの持ち主に黙って使うわけにはいかない。

 ここは最低限の事はしておこう。


「拓也君、ごめんお金を借りるね。でも、その前に拓也君のお父さんに許可を貰いたいから電話をかけてほしい」

「大丈夫だよ。事後報告でも」

「私の気が治まらないからお願い」


 私は手を合わせながら言うと拓也君は電話をしてくれた。

 拓也君は親子だからそれでもいいけど、私は他人だからそれでは済まないのに……。


「親父、俺だ」


 すると、拓也君はスマホを見た。

 何かあったのか?

 拓也君はスマホを操作する。


「親父、拓也だ。なんで、さっき電話切った?」


 どうやら、拓也君のお父さんは特殊詐欺だと思って電話を切ったみたいだ。

 電話を切れた時、電話機を見るという行動するシーンはテレビドラマだけだと思って現実でもあるんだなと感じてしまった。


「画面に俺の名前が出てただろう! 何の念を入れたんだ?! 緊急要件で電話しているんだぞ!」


 結構、拓也君のお父さんって慎重派なんだな。


「ちひろの眼鏡が……」


 あ、本題に入った。代わらないと。


「拓也君、それは私から説明させてほしい」

「俺が説明するよ」

「これは自分の事だから自分で説明させて」

「切るな! ちひろが親父に話したい事があるから変わる」


 拓也君はそう言ってスマホを私に渡した。

 どうやら、私と喋っている間に拓也君のお父さんは電話を切ろうしたらしい。


「もしもし、高月です。拓也君のお父さんですか?」

「はい。拓也の父です」

「実は緊急要件で電話したですけど……」

「拓也が何かしましたか? もしかして、高月さんに対して嫌がる事しましたか?」

「そういう事では無く……」

「安心して下さい。責任は拓也の人生の全てを使ってでも取らせてやりますから」


 なんか、勘違いしている。早く本題に移らないと。


「あの、私の眼鏡のフレームが折れてしまい新しいフレームに交換するですけど、二万円ぐらいかかるんです。それでお金を借りたいという事で電話したですけど……」

「ああ、そういう事か。カードは軍資金として渡したから使い道は拓也に全て任せている。拓也がそれに使うならそれでいいと思う。だから、別に返す必要性は無いよ」

「ですが、これは完全に私個人で使用するお金です。返済する義務があります」

「……わかった。高月さんがそこまで言うならこの件は貸したという扱いにする」

「ありがとうございます。一週間後には返済します」

「うん、頼んだよ」


 そう言って電話が切れた。

 なんとか借りれる事ができた。少し黙った時間帯が有ったのが気になったけど……。


「ありがとう。どうだった?」

「取り置きしてくれるって、行こう」

「うん」


 拓也君は私の手を繋いで店を後にした。

 草津店に着いて無事にフレーム交換してもらう事ができた。

 私は本当は同じモデルの青色にしようかなと考えたけど、そんな事をしたら拓也君に怒られそうな気がしたので止めた。

 拓也君を見ると会計でトラブルがあったようで電話を掛けているようだ。

 また、切られないといいだけど……。

 今度はスムーズに進んだようだ。

 良かった。また、一悶着があったらどうしようと思った。

 眼鏡屋を出た。

 私達は草津駅に向かって歩く。

 でも、手は繋いでいない。

 眼鏡は直ったから手は繋ぐ必要は無い。

 だけど、繋いでいた手が寂しい。

 多分、拓也君から手を繋ぐ事は無い。

 だったら、取るべき行動は一つ。

 私は拓也君も右手を掴んだ。そして、言った。


「今まで手を繋いでいたのだから、このまま繋いで帰りたい」

「いいの?」


 拓也君の問いに私は黙って頷く。

 私達は再度草津駅に向かって歩く。ただ、歩くスピードはさっきと違って私と同じスピードだ。

 草津駅に時刻表を見る。次の電車が来るまでかなり時間がある。

 私はこの待ち時間を利用して叔母さんに電話した。


「叔母さん、今電話大丈夫ですか?」

「大丈夫だよ」

「あの、実は眼鏡を落としてしまいフレームが駄目になってしまいました。新しいフレームに変えたですけど、拓也君のお父さんにお金を借りました」

「ああ、そうなの。わかった。お父さんに頼んで今晩お金を返し行ってもらうようにするね」


 良かった。これで拓也君に迷惑かけず済む。

 あ、この事お父さんに言った方がいいよね。

 

「お父さんにもこの事を言った方がいいですね?」

「それは私から電話するから、ちひろちゃんはしなくてもいいよ」

「いいですか?」

「うん。叔母さんに任せて」

「じゃあ、お願いします」


 それだけ言って電話を切った。

 私は再度拓也君の手を繋ぐ。

 偶然にも恋人繋ぎになってしまった。

 手を離すものなんかおかしい気がしたのでこのまま繋ぐことにした。

 少しずつだけど、拓也君の手が熱くなる。

 ああ、緊張しているんだな。

 少し気を紛らわそう。


「拓也君、叔母さんに相談したら今晩お返しに行くって言ってた」

「いつでもいいのに」

「ダメ。今朝二人で決めた事は守らないと」

「そうだね。二人で決めた事だから守らないとね」

「そういう事。話が変わるけど、お父さんにこの事を電話すると叔母さんに言ったら、『それは私から電話するから、ちひろちゃんはしなくてもいいよ』と言われた。何でだろう?」

「なぜかはわからないけど、唐崎さんが伝えると言ってるなら任せておいた方がいいと思う」

「そうだね。任せておくよ」


 拓也君の緊張もほぐれたみたい。

 その後、私達は会話をしなかった。なんとなくだけど、拓也君がこの雰囲気を壊したくない感じがしたから、私もその気持ちを尊重した。

 南彦根駅に直前にLINEが叔母さんから来た。

 

 叔母さん 今、お父さんは塩津さんの店に居ますので店に寄って一緒に帰ってね。


 私は拓也君にLINEを見せた。

 その結果、南彦根駅で別れる予定だったけど、そのまま店に行く事にした。

 店に行くと拓也君のお父さんと叔父さんがバイクを囲んで話していた。

 バイクの説明一つ一つに叔父さんは興奮したり質問したり納得したりして忙しそうで全く私達の存在に気付いていない。

 仕方なく拓也君が話に割り込んで本題に入る事ができた。

 が、やっぱりバイクを目の前にしているからバイクの話に戻ってしまう。

 ついに値段まで聞き始めた。

 バイクを買ったら叔母さんに怒られるよ。家のローンだってまだ五年あるだから。

 だけど、拓也君のお父さんにはお金を借りた恩があるからあからさまに反対はできない。

 どうしよう……。

 私は拓也君に助けを求めようした時に後ろの壁にあるポスターを見つけた。

 それはバイクレンタル常時受付中というポスターだった。

 あ、これなら叔父さんにも拓也君のお父さんにも顔が立つ。

 私は叔父さんにバイク購入を諦めらせる事とバイクレンタルの提案した。

 叔父さんは私の案に納得してくれた。

 私は心の中で安堵の息を吐いた。

 もし、このバイクを購入したものなら叔母さんの怒り最長に立つ事間違いない。

 そうなったら、家の中は修羅場になるだろう。

 それを回避できて良かった。

 私は叔父さんの車に乗って帰った。

 家に着くとあかねお姉ちゃんが楽しそうな顔で出迎えてくれた。

 はいはい、わかりました。今日の事を話せばいいですね。

 私は多分いや間違いなく聞いてくるだろうと感づいていたからだ。

 私の話を本当に楽しい聞くあかねお姉ちゃん。

 そんなに楽しいのかな? 私のデート話。

 全部、話すと満足そうな顔をしていた。

 自分の部屋に戻ろうとしたら、あかねお姉ちゃんが思い出したかのように言った。


「そういえば、一時間ぐらい前に(あゆむ)さんから電話が有ったよ」

「お兄ちゃんが? 何て?」

「『ちひろ、家に居るか?』って」

「何て言った?」

「居ないって、言った。すると『もしかして、デートか?』と言ったから、そうだよと答えた」

「そうだけど、お兄ちゃんに言わなくてもいいでしょう」

「別にいいじゃない」

「まあ、いいですけど……」


 今晩あたり、なにかしらのアプローチが有りそう。


「あ、こうも言ってた『そうか。ちひろも高校生だから男が居てもおかしくはないか。じゃあ、兄としてサポートしてやらないといけないな』と」

「サポート? 何をサポートするの?」

「それはわからないな。なんせ、あの歩さんだから」


 あかねお姉ちゃんが言うと私は納得するしかなかった。

 お兄ちゃんは高月家の中ではとんでもない天才であり奇人でもある人。

 小中高の定期テスト、全国にある大手の名門塾のテストを全て一番を取り、滋賀県はもちろん全国に滋賀県には神童が居ると噂されたぐらいだ。

 大学も東京にある日本最高峰の大学に行くだろうと思われた。

 ところが、実際に行った大学は京都にある大学だった。

 もちろん、その大学も最高峰の一角に含まれる。

 そこに志望した時は周りから「東京に行け東京に」と言われたし、両親からも「東京に行った方が歩の将来の為にいいぞ」と言われた。

 しかし、お兄ちゃんは「やらないといけない事があるから、京都の方がいい」と言って全ての人の意見を跳ね除けて、京都の大学に進学して卒業してとある製薬メーカーに就職した。

 しかし、三年ぐらい前に急に外国の製薬メーカーに就職して日本を離れた。

 でも、今やっている事はゲーム実況……。

 何をやっているだろうと思ってしまう。

 そういえば、やらないといけない事ってなんだっただろう……。

 聞いても右手人差し指を唇に添えて「それは秘密です」といつも口癖を言われて終わるだろうな。

 それを考えるとあの歩さんだからと言われても無理は無い。

 なんにしても、変な事だけはしないでほしいと祈るばかりだった。

 

 次の週の火曜日の昼休み。

 今日は木之本君が昼休みの放送の担当する日。

 そして、拓也君がアシスタントをする。

 拓也君は「エアコンの為とはいえ、面倒くさいな」と言いながら放送室に向かった。

 私は友達とご飯を食べようとしたら、B組の曽根さんが私の側に来た。

 

「ごめん! 先に誤っておくね!」


 急に謝れても困るので取りあえず事情を聞く事にした。


「曽根さん、よくわからないから一から説明して」

「ああ、そうだね。説明するね。日曜日、塩津君と高月さん南彦根駅に居たでしょ?」

「……うん、居たよ」


 本当は日曜日の事は誰にも言いたくなかったが見られていたなら言うしかなかった。

 友達は既に日曜日の事を聞きたいモードに入っている。

 これが終わったら、話さないといけないのか……。

 諦めモードに入った。


「私、その日部活で大津の皇子山球場に行ったの」


 曽根さんは一年ながら女子野球部のレギュラー、しかも四番でサードというエース。

 今年は女子も甲子園に行ける可能性を大きく引き出す要因の人物である。


「その前にどこから私達を見たの?」

「新快速の中から」


 え、あの猛スピードを出す新快速の中から見たの?!

 すると、一緒にご飯を食べていた子が言う。


「さすが、女子野球部で動体視力ナンバーワンだけあるね」


 なるほど、それなら納得できる。


「で、その時黙っていればいいのについ『高月さんと塩津君だ』って、言ってしまったの」

「それぐらいなら問題無いと思うけど……」

「違うの。その呟きを神照先輩に聞かれたの」


 ああ、あの神照先輩か。拓也君が一癖二癖もある人と言っていたな。


「神照先輩、何をしたの?」

「二年の部員を呼んで、二人を追いかけろと指示したの」

「普通、それはやってはいけないでしょ」

「もちろん、二年の部員から抗議が出た。でも、神照先輩がいらついた顔を見せた瞬間、二年はこれ以上は言えなくなった」


 多分、それ以上言うと裏神照先輩(拓也君命名)が出て来るのを恐れたのだろう。


「で、塩津君と高月さんの事は今日の昼休み放送で話すから神照先輩がみんなに緘口令を引いたの」

「まあ、神照先輩に逆らう事はできないからね」

「私はみんなに黙って高月さんにLINEしようとしたら、部長に見つかって『頼むから女子野球部が無くなるような事は止めてほしい』と言われて、どうにもならなかった」


 どこまで権力があるのかな、あの先輩は……。

 目を付けられると碌な目に合わないな。


「本当にごめんね」


 それだけ言って、曽根さんは私から離れた。

 離れた同時に木之本君がパーソナリティを勤める昼休み放送が始まった。

 アシスタントの拓也君との掛け合いとてもいい。

 前回前々回の放送に比べたら、全然いい。

 なんかこのまま放送が終わりそうな気がすると思った時、事態が急変した。

 木之本君が日曜日の事を話したからだ。

 A組のみんなが私を見る。

 ああ、このタイミングで言うのか……。

 案の定、ご飯を食べ終わった女子が私のところに来る。

 男子は気にはしているが私の側に行く事はできず、離れたところから聞き耳を立てている。

 仕方ない喋るかと覚悟を決めた時、「その日は高月さんと一緒に大津で映画を見て、その後日吉大社に散策してたのだけど、高月さんの眼鏡が壊れる事態になって、草津の眼鏡屋で直して家に帰った」と拓也君が放送を通じて話してくれた。

 端的だけど、嘘は言っていない。

 さすが、拓也君。実に効率性が高い説明だ。

 放送の方は上手く乗り切れたが、A組の女子はそうはいかなかった。

 

「どっちから誘ったの?」

「何の映画を見たの?」

「日吉大社で何をしたの?」


 等々の質問攻めに遭った。仕方なく、一つ一つ質問に答えていった。

 昼休みの放送が終わった時にA組女子の質問攻めも終わった。

 つ、疲れた。これだから、みんなは知られたくなった。

 放課後。私は拓也君に昼休み教室に起きたこと話した。

 全てを話したら、拓也君は納得した。


「なるほどね。曽根さんが俺達を見つけたのか」

「私は始めは驚いたけど、後からよく考えると曽根さんなら納得できる」

「さすが女子野球部エースだね」


 確かにその一言に尽きる。

 そして、私達は執筆作業にかかる。

 暫く作業をしていると拓也君が話かけてきた。


「ちひろ、作品の進行具合はどう?」

「なんとか文化祭までには間に合うよ」

「それなら良かった」

「拓也君はどうなの?」

「残念ながら、遅れてます」


 確かに拓也君はやろうとしている。が、ところどころで邪魔が入るので作業が遅れる一方。

 なんだろう拓也君って、面倒な人に関わりやすい人なのかな……。


「どうするの?」

「夏休み返上で毎日学校で執筆作業する」

「毎日?」

「うん、毎日。エアコンが使用できるから家でやるより作業効率が良くなるかも」

「それもそうだね」


 ああ、そうか。エアコンが使えるものね。

 私も利用しようかな?

 昼間まで使用するのは流石に気が引けるからね。


「決めた。私も毎日学校に行こう」

「来るの?」

「だって、エアコンが使えるなら学校で勉強した方が叔父さんの家の電気代が節約できるし」


 それを言うと拓也君は感心していた。

 

「それがいいかもね」

「まあ、その前に期末試験を乗り越えないと別の意味で毎日学校に行く事になるけどね」

「……ちひろ先生、期末試験前のご教授お願いします」


 拓也君は頭を下げながら言う。

 別に教えなくてもできるでしょ。むしろ、まことちゃんの方が教えないといけないような気がする。

 中間試験終わってから勉強の事は聞いていないけど、大丈夫かなと心配してしまう。

 でも、頼られるのは悪い気はしない。

 ここは引き受ける事にしましょう。


「教える必要は無いと思うけど、任せて」


 私が自信たっぷり言うと余呉先生が部室に入って来た。

 なんか元気が無さそう。

 拓也君が声を掛ける。


「余呉先生、大丈夫ですか?」

「君達のせいだよ」


 いきなり来て酷い言われようだ。少し怒りたい気分になった。


「もう少し、自重してよ」

「昼休みの放送の件でしたら、俺達も被害者なんですよ。むしろ、神照先輩に自重して下さいと言って下さい」

「それが言えたらな……」


 どうやら、神照先輩に意見をできる人はいないようだ。

 拓也君の顔を見ると多分同じ事を考えているみたい。


「ねえ、この私を慰めて」


 余呉先生、とんでもない事を言い出した。

 もちろん、拓也君は怒りを通り越して呆れ顔だ。

 

「年下に言ってどうするんですか、同い年に言って下さい」

「ねえ、お願い」


 懇願する余呉先生を見た拓也君は渋々慰めた。

 

「大変でしたね、先生」

「頭を撫でながら言ってほしい」

「大変でしたね、先生」


 拓也君は面倒くさいそうに余呉先生の頭を撫でていた。

 余呉先生は嬉しそうな顔をしている。

 すると、余呉先生は私の方を見た。そして、どや顔をする。

 なんか、イラッとするな。

 拓也君が撫で終わると満足そうに部室から出て行く。

 ドアを閉める直前、余呉先生は私に対してどや顔をした。

 完全に私を挑発している。理由はわからないが挑発しているのは事実だ。

 私は拓也君の横に座って言う。


「ねえ、慰めてよ」


 そしたら、拓也君の思考が止まった瞬間を見た。


「どういう事?」


 まあ、そういう返事になってもおかしくはないよね。

 でも、今の私はそんな事はどうでもよかった。


「いいから」


 頭を差し出して言う。


「いや、慰める理由が無いだけど……」

「じゃあ、誉めて」

「どう誉めればいいの?」

「なんでもいいから」


 我儘な小さな女の子みたいに見えるかもしれないけど、そんな事は気にしない。

 とにかくこのイライラした気持ち鎮めてほしい。

 拓也君は考えて考えた末に言う。


 ここまで読んで頂いて申し訳ありませんが七万文字以内に収める事ができませんでした。

 続きは彦根南高校文芸研究部 高月ちひろ 高校一年生 夏編 その二を読んで下さい。

 Nコード N8090HN です。

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