ノリと勢い
私は孫子の兵法は主観を排し客観一本鎗やりといいましたが、
あれは嘘だ。(゜Д゜)ノ
すいません。<(_ _)>
理論家の孫子ですが、全てが理論一辺倒ではありません。
中には一見、理論と呼べないような要素もあります。
それが「勢い」です。
孫子の兵法には不思議な部分が幾つかあります。
その一つに軍隊の基本である、部隊編成への記述が一切ありません。
当時の軍隊の細かいことまでは分かっていませんが、旅、師、軍などの単位があり、各々、兵車何両、随伴兵何名などの決まりが各国ごとにあったようです。
私なら、ここの記述に力を入れるのですが、孫子は何も語りません。彼が語らないという事は、軍制に重きを置いていないことになります。
また、装備や訓練についても言及がありません。
彼は兵士一人一人の能力には頼っていません。剣術とか馬術とか弓術みたいな個人スキルには興味がないようです。
彼が兵に対して要求することはただ一つ。
「命令通りに行動せよ」
これだけです。
随分と無茶な要求に感じますが、孫子か考える将軍は部下の能力を熟知していることが前提ですので、実行不能な命令は下しません。
やれることを、やれというだけです。
兵隊はそれを粛々と行うことが求められます。彼らの意志や能力を計算に入れません。物言わぬ駒として扱います。
兵士個々の能力に頼らないと言いましたが、その代わりに大事にしているのが「勢い」です。
この勢いとは何でしょう。
孫子曰く。
「一瀉千里の激流が、岩を押し流すのは、その凄まじい勢いによるものである」
「上空から襲い掛かる猛禽が小鳥を一撃で打ち砕くのは、焦点を絞るからである」
「戦上手の戦いぶりも同じだ。その勢いは引き絞った弓の如く、その素早さには敵は抵抗する暇ものない」
「戦上手は、戦いの大勢の中で勝利の切っ掛けを掴み、ここの兵士の失敗を追求しない。適材適所の人選を行い、有利な態勢を作る」
「勢いに任せる将の戦いぶりは、丸太や石を転がすようなもの。丸太や石は平地では静止しているが、斜面に置けばたちまち転がり出す」
「優れた将の作り出す勢いは、千尋の谷を転がるのに似て、その勢いのすさまじさは防ぎようもない。これが兵法でいう『勢い』である」
分かったような分からんような、抽象的な言葉の連なりです。
そして、肝心な事は何も言ってくれません。
勢いは大事といいながら、勢いとは何ぞやという疑問に答えてくれません。
こうなったら、こっちで推論するしかありません。
思うに「勢い」とは様々な要素を組み合わせて、時間と空間を支配する力のような物かと。
(;´・ω・)。自信ない。
少なくとも兵卒の仕事ではない事だけは確かです。
将軍のお仕事です。
時期、場所、物資、訓練、情報、天候、考えうるありとあらゆるものを、自身の力に変えて構築する力の流れが、勢いなのでしょう。
一度、勢いを作れれば後は簡単です。
確かに崖を転がり出した岩は滅多な事では止まりません。そのまま下まで転がっていくでしょう。
相手がそれを止めることは容易ではありません。勢いにはそれだけの力があるという事です。
我々がノリと勢いで何かやってしまうのは、あながち間違っていないのかもしれません。
孫子が作る勢いとは、作る過程も完成度も違いますが、思い込みでもなんでも勢いがあれば、少々の力量差なら乗り切れちゃいます。
これはだれしも経験がある事でしょう。
やっと我々でも使えそうな兵法が出てきました。
将軍には我々一般人がなんとなく感じる勢いを、意図的に作ることが求められているのでしょう。
例えば高台に布陣するのも、勢いをつけやすくするための一つでしょう。
坂を上るより下る方が、自然と勢いは付く。
演説なんかもそうです。
戦う意義なんかを明確な言葉にしてくれた方が、迷いは薄まります。
戦争は何と言っても殺し合いですからね。迷いがあるのは当然です。
太平洋戦争での米軍将兵の発砲率は20%としかなかったというデータを見たことがあります。五人に一人しか鉄砲を撃たなかったそうです。
昔の戦争にも似たようなことがあったのではないでしょうか。
この割合を少しで上げるためにも、勢いが必要なのかもしれません。
続く
簡単に書けるかと思ったら、めっちゃ苦労しました。
「勢い」の解釈にこれほど悩むとは・・・それこそノリと勢いで書けると思ったのに。
書き終わった今も、よく分かっていません。
皆さん「勢い」って何でしょう?




