とある処刑人の災難
彼の名前はエドモンド・ダンテ。
処刑人をしている。
ダンテは、今までで100人以上処刑してきた。
女子供関係なく、毎日毎日ただ淡々と、処刑台を登ってきた人間の首を落としてきた。
無実の罪を叫ぶ者もいれば、自分の罪を自慢する、この上ない極悪人もいた。
家族がいるものもいた。
どうせ悲しむものもいないとあきらめているものもいた。
醜い顔をして悪辣な言葉を使う人間もいれば、最後まで誇り高く、前を見据えていたものもいた。
家族がいるものには、「せめて慈悲を」「彼は悪くない、助けてやってくれ」と、言われたこともある。
仕事の後に聞こえてくるのは
「よし‼︎よくやった‼︎」か「許さない‼︎絶対に許さない‼︎」の二つ。
今までどれだけの人間に恨まれたか、数えられない。
これまでこの処刑台を登ってきたどんな殺人鬼よりも人を殺しているのに、どんな犯罪者より重い罪を犯しているのに、裁かれないことが怖くなったこともある。
顔は頭陀袋に穴を開けて被り隠しているが、体格でバレるのでは?
人通りの多い街中ならありえるのではないか?
家がバレて寝込みを襲われたら?
いつか自分にも彼らにした以上の罰が降るのでは?
そんな不安がいつでも彼を襲う。
ダンテは、この仕事を始めて以降、一度として落ち着いて眠れたことはない。
毎日怖くて震えているのだ。
たが、ダンテは処刑を一度もためらったことない。
仕事だからだ。
自分がやらなくても誰かがやらねばならないこと。
今、自分が感じている不安、恐怖、それら全てを、自分がやめたら、手を止めたら、他の誰かが背負わなければならないのを知っているからだ。
処刑人になった理由はそんなではないというのに、
そんな綺麗事で自分を奮い立たせ、彼は今日も処刑台の上で罪人が登ってくるのを待つ。
今日は一人の少女を処刑した。
名をマリー。
まだ15歳の、世間の常識すらまともに理解していない、子供だ。
子供を処刑するのはこれまでに何回かあったが、いつでも胸が痛む。
自分が罪を犯したのを理解していない者、これから自分が何をされるのか、どんな目にあうのか、そんなことも知らない者がほとんどだからだ。
自分が首を固定され、その目に斧を持った俺の姿を映して初めて、自分の現状を理解し、泣き叫ぶ。
その首が静かになったのを見て、この上ない後悔と罪悪感に襲われる。
この、綺麗ないかにも高そうなドレスを身に纏った少女もまた、自分の状況を理解していないのか、ケーキがどうの、汚い手で触るななど、わがままを叫んでいる。
その目は力強く、堂々と階段を登る様は正しく貴族のお嬢様といったところだ。
ダンテは、これから処刑する相手のことはできる限り知ろうと考えている。
相手のことを知って、その上でどうして死ななければならないのかを考え、記憶に刻みつけるのだ。
ただの処刑人である自分に与えられる情報は少ないし、そんなことで許されるなんて思わないが、そうすることが、相手に対してできる精一杯だと思うから、やめるつもりはない。
マリーは、この街で一番大きな貴族のお嬢様だ。
だった。
マリーの家は、裏で悪事を働いていたのだ。
それが世にバレて、彼女の家は取り潰し、全員死刑になることになったのだ。
もう既に、マリーの家族も、親戚も、使用人達も、今日までで全員彼が処刑した。
マリーが最後なのだ。
「何かいい残すことは?」
これがダンテのやり方だ。
どんな相手にも、こう聞いてから首を落とす。
せめて悪口の一言を言われることが、せめてもの罪滅ぼしだと考えているのだ。
(さあ、思いっきり俺を罵倒してくれ、せめてそれくらいは……)
「これが終わったらまたケーキ食べられる?」
「……ああ」
なんだかものすごく胸が苦しくなった。
今まで感じたことがない感情だ。
なんだこれは?
ダンテはその日、初めて斧を振るうのをためらった。