⑦ 主人公、突撃される
「師匠! 例の件、よろしくお願いします!」
「……ちょっと落ち着こうか」
彼女に条件を伝えた翌日、彼女が俺に再度接触してきた。
なんとクラスメイトの自己紹介すらしてないHRの前にな! 何を考えているんだ? 嫌がらせか? 俺個人としては、目立つよりはひっそりとしてたいんだが。
銃を使う父に教えを受けた身としては、騒がしい探索者なんか存在しないと思っているし、そもそも俺の前世はアラサーだ。高校生のノリについていけるとは思えん。
だからこそひっそりとしていたいと思っていたんだがなぁ……。
「ねぇ、師匠とか言ってるけど?」
「言わせてるんじゃない?」
「あぁ、高校生にもなってあの病気?」
「つかアレ、探索科の木下さんじゃねぇか」
「あの野郎……いつの間に」
「Aクラスだろ? なんで?」
「ちくわ大明神」
「いい尻をしているじゃないか」
「誰だ今の」
……そんな感じで教室がざわついている。
いやだがちょっと待てと言いたい。特に後ろの3人。最後のヤツに至ってはそのツッコミは俺がするヤツだろうがっ!
……まさか俺以外に転生してきた奴がいるのか? それとも偶然?
偶然にしてはちくわ大明神のタイミングと最後のツッコミのタイミングが完璧だし、その間の男の声が完璧なアクセントになっている。
偶然も3度続けば必然というよな? 立て続けのこれを3回とカウントするか1回とカウントするかで揉めそうだ。
……もしかしてこの世界にはちくわ大明神が実在する……のか?
日本の神様ってそういうの適当だし、いてもおかしくは……いや、おかしいだろ。
いやまて。実際にこのネタが流行ったのは2008年くらいだよな?
その翌年に大氾濫が発生したと考えれば、このネタは古き良き時代から続く伝統芸みたいなものなのかもしれない。だったら仕方ない、か?
あぁ違う、そうじゃない。俺が言いたいのはそいつらのネタじゃなくて、その前の連中だ。
勝手に人を厨二扱いすんな。つーか探索者界隈では師匠とか呼ぶのは良くある話だぞ? なんたって探索者の原点はOTAKUだしな。
そもそも師匠ってのはこいつが勝手に言っているだけだぞ。
つーかこいつのこと知ってる奴がいるみたいだが、実は有名人なのか? それよりも木下。『例の件』とかわざわざ誤解を招く言い方をするなよ。
ツッコミどころが多すぎるわ。これだから天然は。
……いや、これはわざと、か? 家に帰ったあとで俺の態度を思い返し、気乗りがしてないようだったと判断したので、こうして俺から断るという選択肢を奪おうって魂胆だな?
そうだ、俺は何を呆けていたんだ。この年頃の女に天然なんてのは存在しない。 これは自分が男にどう見られてるのかをしっかり理解した上で自分の要求を通すために周囲を利用した策だ。
騒ぐクラスメイトを放置して木下の顔をよく見れば、首を傾げながら口元がニヤついているようにも見えなくもない。
くっ! この様子だと、もし断れば「昨日下着を見せたのに……」だのなんだのと言ってくるだろう。これは男を社会的に抹殺する為の奥義の一つ痴漢冤罪のジツ、だな? 間違いない! 俺は詳しいんだ!
とまぁ色々と不思議なトラウマが蘇りかけたが、残念だったな小娘。
「分かった。じゃあ話の続きは放課後だな。そろそろHRが始まるから教室に戻ると良い。あぁそうだ連絡先を教えてもらおうか」
俺がそう言えば周囲から「キャー」だの「あのヤロウ!」だのと言った声が上がる。今後の学校生活? 関係ないね。そもそも今まで大人に混じって探索者をしていたからな。高校生のノリについていける自信が無いんだ。だから是非排斥してくれたまへ(古文)
「え? あ、はい」
そして木下も呆気に取られたような顔をして俺に連絡先を教えてくる。いや、そもそも条件付きで弟子入りを認めると言ったんだから、条件を飲むなら弟子として認めるぞ?
こいつは俺をなんだと思っているんだ。
連絡先を交換した木下は、俺にあっさりと流されたのが計算外だったのか、首をかしげながら教室から出ていった。
「な、なぁ!」
「俺は何も知らんし、何も言わんし、何も聞かんぞ」
「お、おう」
そして奴が視界から消えた途端に俺に話しかけてこようとする茶髪の少年がいたが、残念だったな。俺は君たちと連絡先を交換する気がないんだ。
学園モノで良くあるように「席が近くて仲良くしてたらいつの間にか親友に……」なんてのも無理。
基本的に実力が違いすぎるし、そもそも簡単に連絡先を交換するような探索者はサンシタだ。プロなら自分の情報を秘匿するもんだし、プライベートナンバーなんか本当のお得意さん以外には教えんのが普通だ。
そして、この学校は探索者の卵の中でもエリートが集まる学校らしいが、所詮は卵。此処を卒業したからといって確実にBランクだのAランクだのSランクの探索者になれるわけではない。むしろ世界中にいる上級探索者の中で、この学校を卒業した奴が何人いるかって話だ。
ついでに言えば、入学前に護衛に連れられてダンジョン探索をしたり、魔物を相手に戦って鍛えられた子供は存在するが、本当の意味で実戦を経験している奴は殆どいないのが実情である。
まぁ、当たり前の話だ。護衛を雇えるような金持ちの子供が、わざわざ死にかけてまで探索やら戦闘をするはずがない。本人がどんなに必死でも、護衛がいる時点で心に隙が出来るもんだしな。
個人的には、下手に慣れてしまって心に隙を作ってしまってた子供よりも、入学したてでダンジョンや魔物に対する恐怖心を抱いている子供のほうが探索者としてはマシだと思っている。
そんなこんなもあり、物心ついた時から死なない為に必死で鍛えてきた俺と彼らの間にはどうしても差が生まれるんだ。
いや、まぁアレだぞ? ゲームとかにありがちなチート的な力が有れば俺に勝つことはできるし、勿論不意打ちで殺すこともできる。だけどそれだけだ。数値的なものは絶対に俺には及ばない。
「ステータスは数値だけじゃない」という奴もいるが、それは数値が足りないことの言い訳だ。数値が低くて己の力を使いこなせる探索者と、数値が高くて己の力を使いこなせる探索者。
勝つのは装備やら状況やら何やらによるが、強いのは間違いなく後者の数値が高い方だ。
だからこそ積み重ねが重要になる。つまり15歳になってから積み重ねる奴と3歳から積み重ねてきた俺に差が有るのは当然ってことだな。もし生まれた頃から意識が有る奴が居ればどうなるか?
……普通に狂うんじゃないか?
赤ん坊は基本的に身動きも寝返りも満足にできず、自力で食事も出来ず、排泄だってアレだぞ? それに赤ん坊は泣くことで体力だの肺だの横隔膜を鍛えてるのに、中途半端に精神が大人ならそれすらできないし。
もしも大人の精神が有ってそれらを「普通に」受け入れる奴が居たら、そいつは完全に壊れてるか、ナニカを超越している。
なにせ病気ではなく健常な状態でソレを受け入れることが出来る精神力の持ち主だ。
所詮常人に過ぎない俺ではそいつには勝てないと素直に認めよう。少なくとも俺には「オギャー」と全力で泣くことはできない。
……あぁ、今はその話じゃなかったな。とりあえず
「今のところクラスメイトと仲良くする気は無いんだ。済まんな」
とでも言って、騒いだり話しかけてこようとする同級生に断りを入れ、授業を受けることにする。
「そ、そうか」
周囲の空気が一気に冷めたが、これで正解。
弱者に変に付きまとわれて寄生プレイされるより数倍マシだし、俺はこの学園に青春や俺TUEEEEEをしに来たわけじゃない。高卒資格を取りに来たんだ。
あぁん? 可愛げがない? 話が進まない? 知るか。
俺はアラサー時代と合わせりゃ精神年齢40超えてるんだぞ?
まともな高校生活なんか出来んわい。そういうのは…アレだ。新入生総代の天龍? だかテン・ルーだかに任せりゃいいだろ。俺は知らんぞ。
つーか茶髪。別のクラスの女子の情報を集めてどーする気だ? 木下の連絡先? 教えるわけねーだろ。いや、独占とかじゃなく、普通に常識だから。もし放課後までに木下が俺の連絡先を吹聴してたら、普通に処すから。
……いくらJKでもそのくらいは大丈夫だよな?
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