⑯ 少女、引っ越しして、絡まれる
「いやはや、どうなることかと思いましたよ」
警備員さんに学生証を見せて事情を説明したら「あぁ、2階に入ることになった木下さんの娘さんね」と言われて、普通にマンションに入れて貰えました。ちなみに先に部屋にいたはずのお母さんは、新しく暮らすことになる部屋の内装や水回りのチェックをしていて電話を持ち歩くのを忘れてたそうです。
「ごめんなさいね」と謝られましたけど……私はお母さんが家にあるボディソープとは違う匂いをさせていたことと、なんかツヤツヤでテンションが妙に高かったのは見逃していませんよ?
……どうやら相手はあのクソ野郎ではないみたいですけど。
まず匂いが違いますし、今までは凄く疲れたというかなんと言うか……私達がご飯を食べてるのを見て、弱々しく微笑みながら「頑張ってきて良かった」って感じのオーラを出していたんです。
だけど今回のお母さんはめっちゃ幸せそうでした。もしかしたら、あのクソ野郎に代わる良い人でも見つかったかもしれません。
うん。お母さんだってまだ若いですしね。今までは借金と私たちを抱えていた上にクソ野郎がいたからアレでしたけど、師匠のおかげで生活に余裕ができたんだから(なんか師匠が全部借金を肩代わりしてくれたとか。だから今後は利子も取られないし、返済の督促とか一切ないらしいです!)もう少し自分の幸せを求めても良いと思うんですよ。
アオイは「なんか怪しい」とか言っていましたが、その辺はペラペラ喋ることでもないですから、まぁ多少はね?
もしも良い人ができたというのであれば、いずれお母さんから紹介してもらえるでしょうからそのときを楽しみにしておきましょう。
でもってお母さんは昨日がパートの最終日だったということもあり、早く終わったらしいんですよね。
そのため時間が有ったので、師匠とお会いして今後の仕事内容の確認をしたり契約書を貰ってきたらしいのです(私も呼んでくださいよ!)で、お母さんは随分と師匠のことを気に入ったらしく、私には「良く彼を見つけてくれたわ、本当にありがとう!」って満面の笑みで褒めてきたし、師匠のことを話す際にも「行太さん」とか妙に親しげに呼ぶんですよ。
いや、実際かなりお世話になってる人ですし、将来は息子になる人ですから嫌われたりするよりは良いのですが、なんか、もにょります。
アオイは「なんか怪しい」とか言ってますけど、流石に師匠はね。
歳が違いすぎるから、気のせいだと思いますよ?
もしかしたら師匠のお父さんがお相手なのかもしれませんけど、それはそれで師匠との繋がりが強くなるから問題ありません。
いえ、問題がないどころか最高です。義理の兄とか、むしろどストライクです!
私は師匠の家族構成とか知りません。というか私生活に関してもなにも知りませんから。
まぁ師匠の家族構成はさておくとして。問題はその契約書です。
師匠とお母さんが交わした契約書を見てまず驚いたのが、師匠が用意したお母さんの仕事内容は、私のマネージメントと師匠の家の掃除という内容だったことでした。
それでいて手取りが月20万(家賃・税金差引済)という超高待遇なんです。
師匠が言うには「生活に不安が有れば私のメンタルが心配だし、余裕が有ればモチベーション的な問題が発生するから」って感じでこの金額にしたらしいんですけど……師匠的には「生かさず殺さず」な感じなんでしょうが、正直めっちゃ生かされてますよ?
私が言うのもなんですが、あの人、弟子に甘すぎだと思うんです。
ま、まぁ? 確かにこのお仕事のおかげで、普段の食費や妹の給食費とか学費に対する不安は無くなりましたし? あとは師匠にローンの返済とか素体の料金を分割で支払っていく形になるのですが、それは主に私が狩人として成長していくことで返済していけば良いって感じなんでしょう。
それでも返済期間を考えれば気が遠くなりますけど、元々家のローンとか高額な装備のローンなんて、数年、いえ10年単位で返済するものですし、長すぎるということはないと思います。
そして何より、少なくともこの借金を返済している期間は師匠との繋がりは途切れませんからね! なんなら師匠のお嫁さんになれば借金だってチャラですよチャラ!
「はっ! まさかこれは師匠からの遠回しなプロポーズなのでは!?」
「お姉ちゃん? 急にどうしたの?」
「おおっと」
声が出ていましたか。失敗失敗。何気にアオイも師匠を狙っていますからね。妹だろうと油断はしませんよ。
で、師匠からのプロポーズに対する私の答えは……もちろんOKです! ばっちこいです!
でも、私も師匠もまだ学生ですから。私はいつ辞めてもいいですけど、師匠は学歴目当てですからね。
結婚とかして目立つような真似はしたくないのでしょう。
言ってしまえば『キープ』されたようなものでしょうか。
ふふふ。そんなことをしなくても大丈夫ですのに、師匠ってば心配性なんだから。
そんな心配性な師匠は、私たちの引っ越し資金兼支度金として200万円を用意してくれたそうです。
……一体あの人は私たちに何を支度しろと言うのでしょうか。
探索者の装備とかは天井知らずのお値段なのでアレですが、そもそも私の場合は師匠の許可を得てから揃えるので、防具は学生服のまま(これって意外と高性能らしいんですよね)ですし、武器に関してはそもそも私に基礎ができてないから、まずは鈍器(こん棒)の扱いに慣れるように言われています。
つまりこの200万円は私の装備品を揃えるためのものではなく、純粋に木下一家用の生活準備金ということです。
その事実を理解したアオイは、さっきまで浮かべていた訝し気な表情を一変させ「なんにも怪しくない!」とか言い出して、お母さんにまで師匠を紹介してくれるように頼み始めました!
マイプリティシスターながらなんて油断のならない妹でしょう!
ただし、お母さんは鉄壁の笑顔で「駄目」とだけ言ってあっさり撃退しましたけどね。どうやらお母さんは師匠を紹介する気は無いようです。
そりゃね。私が師匠のお嫁さんポジションを狙ってるのに、ここでアオイがしゃしゃり出てきたら姉妹で戦争ですからね。母親としては認められませんよ。
そもそも師匠を見出したのは私ですし、何より師匠は私の師匠でありお母さんの雇い主さんです。これ以上迷惑をかけてはいけません。
えぇそうです。だからアオイには是非とも自分で良い人を見つけて欲しいものです。
そんなこんなで、1DKしかない上に築60年近かったボロアパートから4LDKの高級マンションに引越しをしたのですが……問題が発生してしまいました。と言ってもそれほど深刻ではないのですが。
「ねぇお姉ちゃん。流石にスペース空きすぎだよね?」
「……そうですね」
「ひろーい! きれー! ぱなーい!」
そう。それは家具。
今まで1DKのアパートで生活できていたということからもわかるように、私たちには絶望的にモノがありませんでした。もう本当にガラガラでした。
「そうかぁ。これかぁ」
……ここで私はようやく師匠が支度金を200万円も用意してくれた理由を理解しました。家具です。私たちは家具を買わなければならないのです!
このままでは妹が友達を連れてくるのも躊躇ってしまうでしょうしね。かと言ってあまり安いのを買い揃えてもバランスが取れません。
つまり安くても良いけどそこそこ品質が良い家具や家電を買ってこないといけないんです。
1人1部屋で全部を飾るというのは普通に贅沢なのですが、空き室にするのは勿体無いし、お母さんは元より、アオイとてお年頃。色々プライベートな空間も欲しいでしょう。
私だって師匠を連れこm……ゴホン。師匠を部屋に招待した際にあんまり貧相なのは困りますからね。ダブル、いえ、せめてセミダブルのベッドくらいは欲しいです。
そんなわけで週明けはさっさとと学校から帰ってアオイと一緒に家具探しです。なにせ私には素体がありますからね! 中身が入ってないタンスとかベッドの重さは1~2ゴブリン程度ですので普通に収納して移動できます。
最初にテーブルやベッド、次にタンスやソファー。それから洗濯機を買って、その次にテレビとかの贅沢品でしょうか? お母さんからはとりあえず100万円を渡されたので、アオイと二人でネットカタログを見ながら相談しましたよ。
「なに買う?」
「これなんかどうだろ?」
「「うはー!夢が広がりんぐ!」」
って感じで。いや、本当に楽しい時間だったんですけどねぇ。
―――
「木下さん、ですわね? ちょっとよろしくて?」と上から目線で私に声をかけてきた黄色お嬢様。
「ごめんなさいね? 少し時間もらえないかしら?」と謝りながらも逃がす気がない青色眼鏡。
「すぐ済むからさ、とりあえず来てくれよ!」と言って手を引っ張る赤色ツルペタ。
……なんか久し振りに登校してクラスに入ったら、途端に信号機みたいな三人組に絡まれた件について。
いやいや、入学式の翌日からいきなり二週間学校休んだから何かしらの反応はあると思ってましたけど、これはアレでしょうかね? 長期で休んだ私に対する好奇心でしょうか? それにしては黄色と赤色には妙な敵意みたいなのがあるし、青色は……何か警戒していますよね?
なんと言いますか、非常に面倒事の予感です。
(師匠はこういうの見越して今日休んだのかなぁ)
師匠は今日の朝になって急に『面倒事を回避するために2、3日公休を取って学校を休む。弟子は普通に登校するように。教師に何か聞かれた場合は情報の秘匿と守秘義務を理由にして「不特定多数の耳目があるところではお話できません」って感じの説明をするように。生徒に聞かれた場合は「詳しくは話せないがプロの弟子になった。噂になっているクラスの男性は兄弟子に当たる人である」と答えておけ』って指示を出してきたんですよね。
「むぅ」
あの人、明らかにこうなることがわかってましたよね? そして私を風よけに利用しつつ、さりげなく『プロの弟子だから何も話せない』という下地を作らせようとしていますよね?
「はぁ」
なんかアレですね。今日は声だけしか聞いていませんし、寂しい、とは少し違うかもしれませんが、なんか土曜日と日曜日の二日間会わなかっただけで随分と離れた気がしますよ
「ちょっと、聞いてますの?!」
「遠くを見ているけど……なにかあるのかしら?」
「コイツ、全然動かねぇ!?」
「よし!」
買い物から帰ったら師匠に連絡を取ろう!
「「「何が!?」」」
今も目の前でうだうだしている信号機を放置しつつ、私は『できるだけ早く帰って、できるだけ長く師匠とお話をしよう!』と、心に決めたのでした!
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