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⑭ 主人公、???と話す

「……ここは」


シズカさんが帰ってから数時間後。眠っていた巫女候補の少女が目を覚ました。


「起きたか」


「??? ……あ」


「あ?」


「あの、さっきは、ありがとうございました」


すると少女は数秒『誰?』といった顔をしていたものの、俺が先ほど風呂で自分の介助をしていたことを思い出したらしい。俺から何かを言う前にぺこりと頭を下げてきた。


そんな少女に対して俺は「……どういたしまして」などと、なんともありきたりな返事をすることしかできなかった。


だってしょうがないだろう?


あそこで少女が経験した地獄を思えば、この短時間で意識を回復し、さらに俺を認識した上で感謝の言葉を述べるという『普通のこと』ができるだけでも相当凄い、いや、言葉を飾らずに言えば異常なことなのだ。驚くに決まっている。


「んー」


内心で驚いている俺を余所に、少女はきょろきょろと部屋を見回している。おそらく彼女なりに記憶の整理をしているのだろう。俺はとりあえず少女の邪魔をしないよう無言でその様子を黙って見守ることにした。


――それから一分ほどしてからだろうか。


「……ここはどこでしょう? 私は、どうなったんでしょうか?」


自分の中で何らかの結論を出したものの、完全に状況を理解できるわけがない。少女は自分が知らないことを知るために、知っている人間に聞くことにしたようだ。実に無駄のない判断である。


それに、驚くべきところはそこだけではない。質問の内容も驚嘆に値するものだ。


(どうなった、だからな)


少なくとも彼女は自分がゴブリンの巣にいたことを忘れてはいないことがわかる。それでいてその心を壊していない。ということも、だ。


(もし自分が同じような目に遭った場合、彼女のように振る舞うことができるだろうか?)


考えてみるも『無理だ』という答えしか出てこない。


ある意味で開き直っているだけかもしれないが、その開き直りができるだけでも凄い。少女の精神力を評価した俺は、少女からの質問に対してできるだけ真摯に答えることにした。


「まずは、自己紹介からしよう。俺の名は行太。神保行太だ」


「神保、行太さん?」


「あぁ。よろしく」


「……はい。よろしくおねがいします」


「仕事は探索者をしている。君を助けたのは仕事でゴブリンの巣の偵察に行ったとき、偶然そこで捕まっていた君を発見したからだ」


「そうですか。ありがとうございます」


少女の中ではすでに結論がでていたのだろう。ゴブリンの巣のことを指摘されても一切顔色を変えず、頭を下げながら感謝の言葉を口にする。


「礼はいらんよ。ついでだったしな」


「ついで……」


面と向かって「ついでで助けた」と言われた少女は当然絶句……


「そうですか。ありがとうございます」


しなかった。むしろ感謝の気持ちを述べてきた。


「……話を続けよう」


「はい」


まさか「もう少しリアクションとってくれないか?」とも言えないからな。俺は微妙にやり辛さを覚えつつ、まずは話を進めることにした。


「で、最初は『ここはどこだ?』という質問だったな。ここは俺が借りているマンションの一室だ」


「……そうなんですね」


「そうなんだ。で、君がどうなったか、というと。これが微妙に難しい」


「難しい、ですか?」


「そうだな。まず法的に言えば、今の君は行方不明か病人、もしくは既に故人となっているはずだ」


「え?」


「君がどういった事情があってゴブリンの巣に居たのかはわからない。だが、少なくとも君は探索者じゃない。そうだろう?」


「……はい」


素体もないし、体に鍛えた形跡が無いからな。そう付け加えれば少女は静かに頷いた。


「探索者でもない人間が壁の外でゴブリンに捕まる? ありえない」


実際他に捕まっていたのは未熟では有るが探索者だけだったしな。例外としては商隊が襲われて連れ去られた場合だが、その場合この少女以外にも探索者じゃない女性がいないとおかしい。殺されて喰われたにしても、服などの遺留品は残るのだ。それがなかったということは、彼女は一人で壁の外を出歩き、ゴブリンに捕まったということになる。


どう考えても不自然だ。


「……」


心当たりがあるのだろう。少女は俯きながら唇を噛んでいる。俺はそんな彼女の様子を見つつ、言葉を続ける。


「ゴブリンが壁の中に現れて君をピンポイントで攫う? これもありえない。つまり君は壁の中にいる何者か。……俺は家族と睨んでいるが、それによってゴブリンの巣に叩き込まれたんじゃないか? と、考えている」


「……」


それ以外だと、共生派に誘拐されたという可能性だな。そっちの可能性はかなり低いけど。


「で、この場合君の家族がとる行動は、大きく分けて2つある」


「ふた、つ?」


「そうだ。1つ目は『君が行方不明になった』と公表し、捜索願いの依頼を出すことだ」


アリバイ工作ともいうな。


「しかし、君が行方不明になってから数日経過しているはずなのに、俺が調べた限りでは現時点で君と同じような特徴を持った少女の捜索願いは出されていない」


これが共生派による誘拐の線が薄いと考えている理由だな。少女は見た感じそれなりの家のお嬢さんだ。それがある日突然行方不明になったというのであれば、家族が捜索願いを出すだろう? だが、支部長のオッサンが調べたところ、捜索願いの依頼は出ていなかった。


つまりはそういうことなのだ。


「2つ目は病気かなにかで死んだことにする。もしくは元々いなかったものとする」


「元々……いなかった……」


「ま、さすがに戸籍を弄るのは面倒だから、死んだことにするのが一般的だな」


「……」


「方法としては、周囲の人間には『病気で入院した』とでも言っておくんだ。で、一定の期間を置いてから『死んだ』と公表するだけでいい。あとは『家族で静かに弔いたい』とでも言って簡単な葬式をあげれば、君という人間は存在しなくなる」


おそらく少女の実家もそれをやっているはずだ。中には少女に会いたがる友人もいるだろうが、所詮は学生だ。彼女を法的に殺すような人間であれば、いくらでも誤魔化せるだろうよ。


「……それでは」


「うん。おそらくだけど、書類の上では君はもう死んでいる、もしくは重病人として入院している可能性が高い。ま、あくまで推測だけどな」


「……そうですか」


自分でもその可能性を考えていたのだろう。俺の推察を聞いても少女は反発することなく、ただ真実を受け入れるかのように目を閉じ、静かに、それでいて大きく息を吐く。


「俺は質問に答えた。次は俺から聞きたい」


本来であれば彼女が落ち着くのを待つべきなのだろう。だがそうもいっていられない事情があるので、俺は彼女が起きたら聞こうと思っていたことを聞くことにした。


「……はい」


「まず、最初の質問だ……君の名は?」


「え?」


「名前だ。名前。ユア・ネーム」


そう。俺は彼女の名前を知らないのだ。当然の事だが、ゴブリンの巣にも彼女の名前がわかるようなものはなかったからな。で、名前がわからない事には捜索願いの有無を確認できないのである。


一応ギルドの支部長経由で調べてもらってはいたが、特徴などという曖昧なものはいくらでも誤魔化せるからな。そして――アリバイ作りの可能性が高いとはいえ――もしも正式に捜索願いが出されていた場合、俺はギルドに対して少女を保護していることを報告をしなくてはならないのだ。


もし報告をしないと『俺が未成年の少女を誘拐した』ということにされてしまうからな。


前世の知識にもあるんだ。偶然保護しただけなのに『家出少女を保護したら家出少女の家族に訴えられた』なんて、ことがな。そんな状況になっては笑い話にもならん。


「だから君の名前を確認したい」


結局優先するのは自分の保身だ。被害者の少女に対して清々しいくらいに下衆な説明をしていることは自覚しているが、それでもこれは譲れない。


「……私は」


警戒しているのか、少女は中々名乗ろうとしない。まぁ気持ちは分かるぞ? もしも捜索願いが出されていたら、自分を裏切った親の元にひき渡されることになんだからな。


少女は一度地獄を経験した。その上で今『助かった』と思ってしまったのに、そこからさらに絶望に叩き落とされるのだ。


それはまさしく某元帥がサイコパス君に告げた変化の動態。その先に在るのは真の意味での絶望だ。


さらにその絶望は他人から強制されたものではなく、自分が名乗ることで訪れるのだ。ここまでくれば少女にとって名を名乗る行為とは遠回しな自殺となんら変わらない行為となってしまう。


なまじ頭が良いからこそ、少女はその絶望を恐れ、自分の名を名乗ることができないのだろう。


かといってこのままでは話が進まないので、俺は一つ助け舟を出すことにした。


「少なくとも俺は君をあそこに叩き込んだ『共生派』ではない。もしも君をあそこに叩き込んだのが君の家族でも、そしてその家族が捜索願いを出していたとしても、俺はギルドに報告はするが君を家族に引き渡すつもりはないぞ」


壁の中にどれだけ連中の賛同者が居るかはしらないが、基本的に『共生派』は人類の敵だからな。連中の狙いを挫くためならギルドも協力は惜しまない……はず。


職員が個人の判断で勝手な行動を取る可能性はあるし、表立って協力はしないかもしれないが、少なくとも組織として俺と敵対することはないだろうと思われる。


自分でもなんとも情けない言い様だとは思うし、その大元にあるのは保身である。こんな下衆が何を言っても説得力があるとは思わない。しかし少女は少し逡巡した後、なにかを諦めたかのように溜息を吐き、


「……ミキ、です。姉小路ミキと申します」


と、その名を俺に明かしてくれたのであった。




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