④ 主人公、お願いされる
前話の学校名などを微妙に修正しております
入学式当日、式が終わった後の人気のない校舎裏で一組の少年少女が向き合っていた。
「わ、私とチームを組んでください!」
……訂正しよう。向き合ってはいない。何故なら少女は土下座していたからだ。地面の上に膝を折り、深々と。むしろ手を伸ばして掌を上に向けているので、場所によっては五体投地ともいう姿勢である。
五体投地をする前に観測した感じでは、身長は160cm程だろうか。
髪は黒。髪型はストレートで長さは肩を超えて少し背中にかかるかどうかというところ。勝気な瞳が特徴的な整った顔。出るところは出ていて、引っ込むところは引っ込んでいるバランスの取れたプロポーションを備えている。(不摂生だと無能扱いされるので、優れた探索者は大体バランスが取れている)
少年が知っている時代であれば、普通に町中を歩いているだけでナンパやスカウトされているであろう、まごうこと無き美少女であった。
そんな美少女に対するのは、身長は170cmほど。見た感じでは太ってもいなければ痩せてもいない体格。黒髪黒目で、顔つきは良くもなければ悪くもない。つまりこれといった特徴のない少年だ。
ただし、普通なら目の前でこんなことをされたら狼狽して「や、止めて下さい!」とか言って慌てているところだろうが、少年に慌てた様子は見られない。それどころか
「なんでやねん」
などと似非関西弁でツッコミをいれているではないか。
尤も、彼女の容姿やら態度には一切触れず、彼女の言った「チームを組んでくれ」というフレーズに対して、似非関西弁で返事をしていることからもわかるように、少年とて見た目ほど冷静なわけではなかった。
事実、いきなり土下座をされていた少年こと神保行太は絶賛混乱中であった。
―――
いや、つーか、ホントになんだ?
いや、こういうときこそ落ち着こう。
現状を簡単に認識&説明するんだ。
そう、5W1H。
いつ=今
何処で=俺の目の前で
誰が=腰まで届く黒い髪をした美少女と言っても良い少女が
誰に=俺に向かって
何をしてる=土下座をしている。
何故?=さぁ?
うん。肝心の『何故?』がわからん。
あぁ、待て待てもちつけ。焦れば負けだ。
まずは……なんだ。俺の状況を確認するんだ。
えー。まず俺がこの学校に来たのは年末にこの学校の入学試験を受けたときだけだ。で、試験以降の数か月は仕事納めということもあり、積極的に探索者の仕事をしながら生活しつつ今日の入学式を迎えたわけだな。
今日は今日で入学式が終わった後に張り出されたクラス分けの名簿を見て予定通り『錬成科』に入学できたことを確認した後で学生証を受け取り、さぁて今日は帰るかって思ったら、いきなり見知らぬ少女に声を掛けられ、人気のないところに連れて来られ、土下座でチームを組んでほしいと懇願されているわけだ。
うん、わからん。
……どういう事なの?
――
ちなみにチームというのは、ゲームでいうパーティと似たようなもので、パーティーが基本的に探索者同士で組んだ場合に呼ばれるものなのに対して、チームは探索者と錬成士が組んだ場合に呼ばれる言葉を指す。
チームを組んだ場合、錬成士側に齎されるメリットとしては、腕の良い探索者と組むことで優先的に魔石や資材を得ることができるというのがあり、探索者側としては腕の良い錬成士に自分の専任になってもらうことで、自分用の武装や探索用の道具を安く仕入れることができるようになるというメリットがあるので、双方に得があるシステムと言えよう。
ただし双方がこのメリットを得るためには、どちらにもあるように『腕が良い』ことが絶対条件になるが、それはそれ。学生の、それも一年に腕の良し悪しなどあってないようなものである。
だからこそ、入学式があったばかりの今日この日に、知り合いでもない異性に対して、土下座で『チームを組んでほしい』と頼み込む少女の異常性が際立っているのだ。
――
というか、そもそもこいつは俺の情報をどこで手に入れたんだ?
同年代に知り合いはいないし、入試のときも実技は免除だったから今年入学したばかりの学生に俺の実力は知られてないはず。
ギルドは個人情報に関しては意外と(と言えば失礼かもしれないが)しっかりしてる組織だから、小説とかにありがちな大声で情報漏洩をするギルド職員なんて存在しない。
ついでに言えば仕事の時は偽名を使い、見た目がガキだと色々問題だから顔も隠している。だから仕事の現場を見ただの、親から聞いたと言うのも有り得ない。
それなのに、こいつは俺に接触してきた。
しかも『友達になろう』とかではなくていきなり『チームを組んでほしい』ときたもんだ。
普通そういうのって知り合いとか、Aクラスの新入生総代とか奨学金貰うようなヤツを狙うんじゃないのか?
もしくは、経験を豊富に積んでいるとわかっている有名な先輩とかだろ? 間違っても見ず知らずの、それも実績がない異性とチームを組むなんてことはないはずだ。
ん――。わからねぇなぁ。こいつが何を考えているのか。
いや、まぁわからないなら聞けば良いだけなんだけどさ。
隙を見て俺を殺そうとするような奴なら、俺から目を離して土下座なんかしないだろうし。
そもそもこんなときってなんて言えば良いんだ?
別にコミュ障でもなければボッチでもないから(同世代に友達は居ないが色々と知り合いが居るので断じてボッチではない、と思いたい)女子と会話ができないなんてことはないんだが、普通にコメントに困る。
「……いきなり何を言っている?」
だからちょっと威圧する感じになるのはシカタナイよね。
「で、ですから私とチームを組んで欲しいんです! あ、報酬とかですか? すみません。私お金が無いんで、か、体でお支払い……」
そう言いながら上着を脱ごうとする少女。
ほほう……白か。
いやいや、つーか黙って見てちゃ駄目だろ。
「まてまて、服を脱ごうとするな」
マジで何考えてんだこいつは? 金の話をし始めたと思ったらいきなり体? 普通の男子学生ならこれ幸いと食われてヤリ逃げされるぞ?
いや、それだと告発された場合、折角入学した学校を辞めさせられたり、退学にならなかったとしても性犯罪者として広められてしまえば肩身が狭くなるから、簡単には逃げれないと判断したのか?
……むぅ。もし逃げられても自分が性犯罪の被害者になれば、周囲の目は多少アレになるかもしれないが、それでも賠償やら周囲の同情を買うことで最低限プラスの収支になると判断した、か?
恐るべしJK。
とりあえず少女が服を脱ぐのを止め、その行動力に感心していたら、それを止められた少女は何を思ったか良い笑顔で「そ、それじゃあチームを組んでくれるんですね!」などと宣う始末。
「なんでやねん」
再度似非関西弁が出たのは悪くないと思う。
普通に考えて、抱かなかったら料金貰ってねぇんだから弟子入り拒否だろうよ。つーかコイツが無理やり料金払ってでもチームを組む気なのは分かったけど。何で料金も払わずに弟子入りに成功したことになるんだよ。それじゃあ普通に美人局かハニトラじゃねぇか。
つーかなぁ。
「そもそも何で俺に? 普通なら先輩だろ? 同年代にも、ほれ、何かいたろ?」
なんつったか……新入生総代の痛い名前のヤツ。
「はい! 総代や先輩も考えたんですけど、師匠がプロの探索者だって聞いたので師匠にお願いすることにしました!」
さりげなく師匠呼ばわりしてやがる。
……呼び方はともかくとして、今「聞いた」と言ったよな? 誰から?
ちなみにプロの探索者というのは探索者の資格を持つ者の中でC級以上のライセンスを持つ者のことだ。
ギルドが制定している探索者のライセンスは下からG・F・E・D・C・B・A・Sの8等級がある。
この学校に入学した時点でGランクになるが、このGはモン〇ンのG級と違いゴブリンのGと言われている。(最初はゴキ〇リだったが流石に訂正されたらしい)
つまり現在この学校に入学したばかりのコイツは、探索者としての資格は有るがその扱いは何処にでもいる雑魚、まぁ見習いの探索者というわけだ。とはいえ狩人になるには最低限の素養が必要なので今の段階で一般人よりは強いんだがな。
それはそれとして、さっきも言ったが俺は仕事中に名前を変えて顔をかくしているので遠目にみたとか噂を聞いたとかはありえない。ギルドは個人情報を明かさない。それならどうやって俺の情報を手に入れた?
必要なら尋問の可能性も有るが、まずは聞いてみよう。素直に答えるとは思えんが……一応、な。
「聞いた? それは誰に?」
さぁどう答える?
適当な嘘をつくか?
もしくは俺が知らない特殊な能力か?
どちらにせよ真偽を確認する為に尋問は確定だが、つまらない嘘は吐いてくれるなよ?
「はい! 数日前のことなんですが、教えを受ける人を探すために職員室に行ったとき、職員室で先生方が噂をしていました!」
「情報源は教師かよッ!」
連中は俺のことを知っているからな。
そりゃ噂もするだろうよ。
で、新入生の中には、入学式の前から学校に来て有名パーティーの訓練を見にくるやつとかもいるらしいからな。
そういう連中と同じように入学式の前からこの学校に来ていたコイツは、偶然俺の噂を聞き『現役を引退した教師に学ぶより現役のプロと関係を持った方が良い』と判断したってことか?
……気持ちはわかる。教師は基本的にDだのCランクの探索者が引退した時になるもんだからな。
ちなみにBランク以上の探索者は基本的に金持ちなんで、引退したら普通に壁の中で生活したり、国の軍部に引っ張られたり、お偉いさんの護衛やその子供の家庭教師になったりする。
そんなわけだから学生が現役のプロの探索者と接点を持つのは難しい。そこにいきなり現れた現役のプロ。そりゃ繋ぎを取りたいと言うのは分かる。分かるんだが……
「とりあえず君が俺に接触を持った理由は分かった。しかし、だ。君だってこの学校に入学できるだけの素養があるんだろう? 態々同級生に頭を下げ、体を売ってまで何かを教わらなくとも地道に鍛えてプロに成れば良いんじゃないのか?」
いや、何となく理由は分かるけどな。
「はい! お金の為です! 私、お金が必要なんです!」
「……だよなぁ」
素直でよろしい。
しかし、だからと言って簡単には頷けん。
第一この少女とチームを組んで俺になんの得が有る?
いや、ライセンスの昇格条件に『後継者の育成』ってのはあるけど。その枠をコイツに使う必要は無い。
それに、今のこいつからは焦りを感じる。
こういう奴は他人を巻き込んで自爆するから長生きできん。
だから鍛えるだけ無駄。むしろ評価が落ちるから関係を持ちたくないんだけどなぁ。
「お願いします!」
ストレートかつ必死に言い募る少女を見ると、嘘を吐いていないということは分かる。
それに「絶対にあきらめない!」という目をしているのもわかった。
しかも理由が金。そりゃ必要だよな。それにこの様子を見ればその使い道も小遣いとかじゃなく、よほどの事情が有るようだってのもわかる。
うーむ。これで俺が断ってコイツがどこかで野垂れ死んでも、俺的には痛くも痒くも無いんだが……。
学生として入学したが現状これといった目標も何も無く、だらだらと三年間適当に力を隠して過ごすのもどうかってのは思っていたんだよな。
教えて学ぶという言葉もあるし、将来の事を考えれば若者を育てるってのも一つの経験にはなるか?
それに俺自身、今まで生き抜くことに必死になってて、鍛える以外のことをしてこなかったんだよな。
せっかく異世界っぽい世界に転生したんだから少しくらいは楽しんでも良い……良くない?
それに、望んだものではないとはいえ下着も見ちまったしなぁ。うん。その代金として、話くらいは聞いてやっても良い……かも?
はぁ。仕方ねぇ。
「……とりあえず事情を聴こうか」
「は、はい! これからよろしくお願いします!」
「なんでだよ」
話を聞くと言っただけなのになんで了解したような感じになってんだ。まさかこれがJKの話術? ……いや。ねぇな。
「まずはそっちの事情を話せ。チーム云々の話はそれからだ」
「は、はい! わかりました! 実は……」
あえて強めに『勢いで押し切られるほど未熟じゃねぇぞ』というメッセージを込めて威圧をすれば、少女は一瞬で真剣な表情を浮かべて居住まいを正し、己の事情を語っていくのであった。
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