⑤ 主人公、苦戦する
「「「ギャギャギャ!」」」
さっさと仕事を終わらせようとした俺の前に、数体の剣を持ったゴブリンが現れた。雰囲気からして狙いは侵入者である俺を殺すことで間違いないだろう。行動が早いのは結構なことだが、少し違和感を感じる。
「剣を持つのはEランクのゴブリンソードマンかDランクのゴブリンナイトだが……剣の質も悪くないし防具もある。うん。ナイトだな」
ダンジョンコアの趣味なのか仕様なのかは不明だが、基本的に彼らは魔物の質と装備の質を揃える傾向にあるからな。防具を装備している時点で相手はゴブリンナイトで決まりだ。
「この段階でこの数のナイトが動く、おかしいよなぁ?」
基本的にゴブリンナイトはゴブリンジェネラルの傍に侍るものだ。にも拘わらずゴブリンナイトだけでチームを組んでいる。ということは、だ。
「この巣にはナイトが多数いる。さらにジェネラル以上の指揮官がいるのもほぼ確実ってことか」
Bランクのゴブリンロードならまだいい。だがAランクのゴブリンキングやゴブリンブレイバーになると面倒極まりない事態になる可能性が非常に高いわけで。
「……はぁ。めんどくせぇ」
「ギャ!」
一見して棒立ちしている俺が隙だらけに見えたのだろう。溜め息を吐くと同時にゴブリンナイトがその手に持つ剣で斬りつけてきた。しかし、甘い。
「「「ギャギャギャ!?」」」
「いくらなんでも、敵陣のど真ん中でなんの備えもせずに棒立ちして考え事なんかするはずがないじゃないか」
襲い掛かってきたゴブリンナイトたちは「何がなんだかわからない」と言った表情を浮かべて輪切りになっていく。
「グ……「やらせんよ」……ギャ!」
最後に剣を投げようとしたのだろうか? 何らかの動きをみせたゴブリンナイトだったが、それが実行される前に全身を刻み、その命を奪うことに成功する。
いや、別にゴブリンナイトが投げた剣ごときで死ぬことはないと思うが、ここは不衛生極まりないので、かすり傷でも破傷風とかになりそうで色々と怖いのだ。
ちなみに彼らを刻んだのは俺が持つ素体の能力によって作られた『糸』である。
ステータス上は【特殊】に分類されるもので、苗床にいたゴブリンや騒いでいた戦利品を刻んだのもこの糸だ。この糸だが、非常に細くて見え辛く、頑丈で、かつ素体と直結しているので、糸に触れているものを回収することまで可能という、優れものである。
ちなみのちなみにゴブリンナイトと俺との間には生物として隔絶した差があるので、回収と同時に消化もできる。よって今のところ俺に負担は生じていない。
便利な世の中になったものだ。
それはそれとして。また一つ問題発生である。
「俺と自分との間に隔絶した能力差があることは本能的に理解していたはずだ。それなのに襲い掛かってきた、か」
魔物も一種の野生動物なので、基本的に力の差がある相手とは戦おうとはしない。
例外があるとすれば、それこそ巣に侵入された場合や、子を守る場合だが、ゴブリンの場合はそこまで帰属意識は高くはない。もっと言えば、上位種による督戦がない限り、ナイトだろうがメイジだろうが逃げることを選択するのである。
しかし、今回はそうではなかった。
「さらに言えば、ここにはゴブリン以外の臭いがない」
そりゃゴブリンの巣だから当然だろう? という意見もあるかもしれないが、俺が言いたいのは少し違う。
共生派の調教師や知性ある魔物が絡む場合、この環境はありえない。いや、中にはそういうのが好きな連中もいるだろう。だが普通はもう少しゴブリンの臭いというか、そういうのを消して清潔感や自分たちの臭いを出そうとするのだ。
「「「ギャッ!」」」
特に最上階が拠点の場合、その手前。つまり今俺が居るフロアなんかは少しくらい手入れをしているのが普通なのだ。しかしその気配がまったく無い。完全にゴブリン好みの廃墟なのだ。
これは此処を用意した奴が放任主義なのか、それともこの拠点を重視してないだけなのか。どちらかは不明だが、少なくとも巫女候補が生まれている巣を放置するとは思えない。
「「「ギュッ!」」」
あぁ、いや。知性ある魔物だって、逐一ゴブリンの性交なんざ観察しているわけじゃないからな。彼女の存在を知らない可能性もある、か。
「「ギョッ!」」」
なにせゴブリンに片付けだの掃除だの報告をするように仕込むのはイルカに芸を仕込むより難しいらしいからな。普段は放置して、一定期間に見回って確認していると考えた方が妥当ではある。
うん。きっとそうだ。
「つまるところこいつらの群れの主は、ゴブリンの群れに狩りの知識を与えることができる知性と、その場にいなくてもゴブリンたちに命を懸けさせることができる影響力を兼ね備えた存在ってわけか」
ならば相手はゴブリンロードでもゴブリンキングでもない。もちろん共生派の調教師でもない。
「おそらくダンジョンコアか、ダンジョンコアと契約を交わした魔人、だな」
相手としては最悪の部類だ。面倒極まりないとはこのことか。
……大体こういう知性ある相手が敵の場合、最上階に続く階段に罠をしかけたり、最上階の床に特殊な魔法陣を用意したり、最上階の奥の部屋に毒を出す装置だのなんだのを設置してるんだよな。
「はっ。ゲームじゃないんだ。わざわざ罠が仕掛けられているであろう階段を登ってフロアの探索なんかしてやらんぞ」
「「「「ギャッ! ギュッ! ギョッ!」」」」
上から降りてくるゴブリンたちは、俺が階段の出口に仕掛けた糸に刻まれて次々と死んでいく。
「こっちが罠を仕掛けちゃ駄目。なんてルールはねぇんだよ」
降りてくる。刻まれる。死ぬ。吸収される。
降りてくる。刻まれる。死ぬ。吸収される。
降りてくる。刻まれる。死ぬ。吸収される。
降りてくる。刻まれる。死ぬ。吸収される。
降りてくる。刻まれる。死ぬ。吸収される。
「「「「ギャウウウウウ!!」」」」
大量に現れては刻まれ、そして消えていくゴブリンたち。
素材と経験値が貯まるのはいいことなのだが、今の俺にはCランクのジェネラルくらいにならないと経験値にはならないのが困りものである。
レベルアップは嫌いじゃないが、スライムでレベル99まで上げるような廃人でもなし。それにいい加減面倒になってきたのでフロア全体に糸を張り巡らせる。
何をするのか? 当然フロア破壊である。
俺の糸は注いだ魔力量に比例して強度を増す性質がある。そして十分以上に魔力を注いだ糸は、コンクリ程度なら簡単に刻むことができる。これによって天井ごと上の階を刻み、向こうが用意しているであろう罠も破壊するのだ。
本来なら一階でこれをやって、外見はそのままで中身はスカスカという状況を作ろうとしていたのだが、最初の調査で巫女候補を見つけたので断念していたのである。
いや、他にも何か珍しいものが有るかも? と思い、ついつい真面目に調査をしてしまった結果がこれだ。
ちなみにゴブリンが集めていたであろう金や戦利品が持ってた装備品などは全部奥に纏めていたので全部回収してある。隠れていたゴブリンの子供も全部刻んでいる。
あとは最上階を破壊して依頼の期限までこの辺に待機し、ここに戻って来るやつらを全部殺せばおしまいだ。
「さて、刻むか」
いやぁこれで報酬が貰えるんだからボロい商売だよ。うん。そりゃオッサンも値上げ交渉には応じねぇわな。
「グ、グオォォォォ!」
「お?」
報酬のことを考えつつ壁や天井をスパスパと刻んでいくと、いきなり魔物の叫び声が聞こえてきた。どうやら敵が出現したようだ。それも、目の前にいなくとも威圧を感じるほどの敵である。
「やっぱり最上階に居たか」
おそらくはAランク。真正面から戦えば苦戦必至の強敵だ。そう思った俺は敵を刻むために構えを……取れなかった。
「グググッ!」
何故か? 俺の目の前には、天井と思しき残骸と上半身だけになったゴブリンキングが、これまた半分くらいになった剣を握りながら「なにをした卑怯者!?」といった表情でこっちを見ていたからだ。
「いや、特に何もしてないが」
「グガァァ!」
必死の顔で「嘘つくな!」と言われてもなぁ……実際俺はまだ何もしていないぞ。冤罪だ冤罪。
「まだ何もしてねぇって……あっ」
冤罪を主張しようとした俺だったが、途中で気付いてしまった。
おそらく最上階には召喚陣があり、誰かが侵入したら起動するようになっていたのだろう。で、俺が天井(向こうにしたら床)を斬った際の衝撃を感知して、召喚陣が発動してしまった。
本来であれば侵入者を倒すためにゴブリンキングが召喚されるところだが、召喚陣が床ごと斬られてしまったため、中途半端な形で顕現したのだろう。
「グゴゴゴゴッ!」
俺が色々と察したのを向こうも察したのだろう。下半身がないゴブリン/キング(テケテケバージョン)は「やっぱりお前のせいじゃねぇか!」みたいな目を向けてくる。
「……やべぇな」
ゴブリンキングの視線はどうでもいいが、敵の拠点に繋がるであろう重要な情報を刻んでしまったことはまずい。いくら最上階の罠を警戒していたとしても、さすがにこれはよろしくない。
「……どうしたもんか、いや、まて」
「オォォォ!」
「どうもこうもねぇや」
文字通り半死半生のゴブリンキングを見ながら考えること数秒。答えはすぐに出た。というかこれしかない。
「まさかゴブリンキングとはな! さすがの俺も手加減はできんぞ!」
「オォ?」
半分とはいえゴブリンキングである。近づくと万が一の可能性もある! よって遠距離から刻むぜ。
「グォォォ!?」
身動きが取れないキングを刻む、刻む、刻む。
「くっ! やるじゃないか!」
さすがにAランクである。俺の魔力を注いだ糸でも簡単には斬れない。
「だがな、下半身がないのが貴様の敗因だ!」
「グ、グオォォォォォォォ!!」
傷口(断面)に糸を潜り込ませて刻む。刻む。刻む。
……どれくらい時間が経っただろうか。
「グ……グ……オ……」
「てごわかった」
動けないところを中と外から刻まれたゴブリンキングは「こんな、はずでは……」と言わんばかりの弱弱しい慟哭を上げ、その命を落とした。
「……で、どうだ?」
ゴブリンキングが絶命したことを確認した俺は、ちらりとギルドカードを見る。
「よし! 討伐履歴の欄にちゃんと『ゴブリンキング』の文字が記されているな!」
ゴブリン/キングとか、ゴブリンキング(半分)ではなく、普通にゴブリンキングである。これでAランクのゴブリンキングがいるゴブリンの巣を単独撃破した。という証拠ができたわけだ。
さすがの俺もゴブリンキングがいる巣を単独撃破するのは簡単ではない。つまり苦戦してもしょうがないのだ!
「うむ。どうやらこの巣を作ったやつは、最上階に上ってきた探索者にゴブリンキングを嗾けてくるような外道だったらしいな。しかもキングの場合はそれなりに配下を引き連れてくるので、たとえBランクのパーティーでも苦戦することは確実、というか普通に殺されていただろう。いやはや恐ろしいことだ」
とりあえずこれ以上の罠が発動しないように最上階の床だったと思われる瓦礫や、ゴブリンキングが居たあたりの瓦礫を重点的に粉砕しつつ、東西南北各方角にばら撒こう。
証拠隠滅? 知らんな。
重大な情報源の破壊? 知らんな。
「契約上ではこの巣の中に有るものは全部俺のもの。ってことは破壊した召喚……もとい、最上階の床の所有権だって俺のものだろ。うん。それに、こんな物騒なところにか弱い高校生を1人で突入させる方が悪いだろ」
「それに実際相手が用意した魔法陣に対して逆探知をかけるのは不可能……というか危険極まりない行為だし? 何かしらの罠がある可能性が高いから破壊したってしょうがないよな? いや、俺は壊してないけど? ていうか何もなかったけど?」
「とりあえず巫女だよ、巫女。うん。あの可哀想な少女が待っている! 心細い思いをしてるだろうし、外出していたゴブリンが帰ってきたら困るからな! よし、いったん距離を置いて待機しよう!」
……そんなこんなで俺は、周辺の警戒と救助した少女に必要な処置を行うために一時この場を離れることにしたのであった。
―――
行太が早口で誰かに言い訳をしながら足早に現場を去っていたころのこと。
「「「ギャギャギャ!?」」」
「「「ギュギュギュ!?」」」
「「「ギョギョギョ!?」」」
「えぇ~。あれ、どんな状況なの?」
召喚陣の向こう側では、何故か下半身だけとなってしまったゴブリンキング(半分)を見て驚いた配下たちが右往左往していたり、その様子を見ていた何者かが頬を引きつらせていたりしていたそうな。
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