㉘ 主人公、肉を売る/少女、肉を買う
「ゴブリン130匹の駆除を確認しました。駆除報酬13000円と、Gランク任務13回達成分の13000円で合計26000円となります。それとGランク任務を10回達成しましたので、Fランクに昇格ですね。おめでとうございます。あとゴブリンの巣の情報につきましては、これから調査隊を出して事実確認を行います。巣が確認されましたらEランク任務1回達成の実績と報酬が支払われますので、こちらについては少々お待ち下さい」
「……はい?」
「えっと、木下さん?」
「ア、ハイ。ダイジョウブデス!」
「そ、そうですか。では今日は検疫検査があるので、別室で各種検査をお願いします。結果は明日出ますので、今日はギルド支部内からは出ないで下さい。就寝も支部の内部に部屋を用意してますので、そちらでお願いします」
「ハイ、ワカリマシタ」
「……何か質問は有りますか?」
「イエ、ゴザイマセン」
「そ、そうですか。ではこちらでの手続きは終了です」
「ハイ、アリガトウゴザイマス」
「お、お疲れ様でした」
「オツカレサマデシタ」
「……(この子、なんでカタコトなのかしら?)」
―――
「し、ししょー! なんかFランクで1ゴブリンが実は2ゴブリンで、さらにEランクの実績が貰えた後に千ゴブリンって!?」
弟子である木下が受付を終えて滅茶苦茶慌てて俺の元に駆け寄ってくる。言いたいことはなんとなくわかるぞ。だがなぁ。
「周りに迷惑だ。落ち着け」
「あうっ!」
ズビシッ! と音が聞こえるレベルのデコピンをぶちかまされて、蹲る弟子。つーかゴブリンを1ドル100円みたいな扱いするんじゃねぇよ。
で、あれだろ? 1匹100円で計算してたから「130匹なら13000円だ!」とか思ってたら、Gランクの任務が達成されてることにになってて驚いたんだろ? でもって自分がいきなりFランクに昇格してさらにびっくりってわけだ。
俺にしてみればこれで驚く弟子にびっくりだわ。なにしろゴブリン討伐はGランク任務の代表格で、10匹討伐すればGランク任務を1件達成したって扱いをされることなんて常識じゃねーか。
でもって依頼達成したら報酬が支払われるのも当然だろうに。むしろ駆除報酬が支払われることを知らないって奴の方が珍しいわい。
つーかこいつ、なんか頭を押さえて「いったー」とか言いながらもニマニマしてるから間違いなく勘違いしてるよな。
「えへへへへ。にまんろくせんえ~ん」
……とりあえず予想外の収入を得たと勘違いをしないように釘刺しとくか。夢見がちな学生に現実を見せるのも師匠の務めだし、な。
「ちなみに今回の報酬のうち、半額は検疫で消えるから実質お前の手元に残るのは13000円だけだぞ。ついでに言えばEランクの報酬については全額没収するし」
「え゛!?」
ニマニマから一転して「わけがわからないよ」と言わんばかりに愕然とした表情になる弟子。
そらそうなるわな。
元々「自分の懐には13000円が入る!」と思ってテンションを上げていたところにさらに13000円が追加され、さらにゴブリンの巣に関する情報提供で10万円がプラスされるとなって有頂天になっていたところに「最終的にはやっぱり13000円しか手元に残りません」では肩透かしもいいところだからな。
けど俺だって意地悪だとか嫌がらせだとか愉悦のために金がない弟子から報酬を奪うと言っているわけではないぞ。
「いや、検疫だって無料じゃないからな。ギルドの依頼ならまだしも、探索者が自分の稼ぎを得る為に自分の都合で外に行ったんだ。なら帰って来たときの検査だって自腹だろうよ」
ちゃんと理由があるのだよ。
「それは、そうかもしれませんけど……」
―――
木下視点
「むぅ」
確かに今も昔も健康診断を自分でやるなら自腹と言うのは当たり前の話だし、これをしないと万が一自分が外から病原菌か何かを持ってきていた場合、一番最初に被害に遭うのは母親と妹たちです。そうである以上、これは受け入れるしかありません。
……流石に半額はどうかと思わないでもないですけど、だけどなぁ。
そもそも稼いだ金額の半額っていうのは偶然じゃないですよね? 普通に考えれば値引きして貰った可能性が高いです。それなのに「高いですよ!」って騒いだ結果「じゃ自己負担を増額するか?」なんて言われた日には普通に泣き叫ぶ自信があります!
「そっちは納得しました! だけど問題なのはEランクの報酬扱いの千ゴブリンです! これがなぜ全額没収なのか、納得のいく説明を求めます!」
たとえ師匠相手でもお金に関してはしっかりとしなくてはいけないのは探索者の鉄則です。ここで頭ごなしに私の利益を奪うようなら真似をするなら私にだって考えがありますよ!
そもそもEランクの報酬を不当に奪わなければならないほど、コータに余裕が無いわけではないのだから、当たり前の話ではあるのだが。
「いや、Eランク報酬に関してだが、そもそも巣に関しての情報云々は弟子ではなくて俺からの情報提供扱いになるだろ?」
「……あ~」
なるほど。それはそうですね。
言われてみればその通りです。実際に私がゴブリンの巣を見たわけではありません。それに初心者でしかない私が証拠もなく判断したこと(この場合は思い込みともいいますね)に対して、ギルドが動くはずもなければ報酬を払うはずがありません。
彼らは私ではなく、私の後ろにいる師匠の判断を基準に動くんですもんね。ならその報酬は私ではなく師匠のものになるのは当然ですよね。
うん。私だってお金が無いのは事実ですけど、人の手柄を奪うほど落ちぶれてはいないつもりです。
それにこのままでもEランク任務を達成したって実績はもらえるんですから、損はしていません。
「とはいっても、なんだかんだでパーティだからな。分け前は半々で5万円はお前に回す。これは借金返済用の積立だな。纏まった金額になったら支払う形だ」
「借金? あぁ、確かに少しでも返しておいた方が良いのはわかりますし、その為に貯めるのも順当と言えば順当ですよね」
これも言われてみればその通りです。そもそもはお父さんが残した借金を返済する為に師匠の弟子になったんですからね。稼いだお金を借金返済に回すのも当然の話です。
でもでも、こうして自分で戦って稼いだお金が、廻り回ってあのギルド職員の手元にいくのかと思うと……なんといいますか、納得はしているんですけど、やっぱりもにょると言いますかなんと言いますか。
「そういうことだ。本来ならここからセーフハウスの使用料やら俺への指導料やら食費やら何やらが引かれるところを無料にしてるんだ。ここは13000円でも手元に残ることをありがたく思うべきところだと思うぞ?」
「う゛」
言われてみれば、普通のパーティが遠征に行く場合は食料などは割り勘で準備するのが当たり前だし、師匠に対して月謝のようなモノを払うのも当たり前ですよね。また壁の外でありながら普通にお風呂に入れたり、洗濯まで出来る特殊なセーフハウスで6泊7日なんかした日には一体どれだけのお金が掛かることか、想像もつきません。
それだけじゃありません。素体を貰い、ゴブリンを殺して吸収させて貰い身体的に強化されています。さらに言えば見張りや何やらは全部師匠任せ。これでゴブリンの討伐報酬をもらう? 今の私を第三者が見たら、弟子と言うよりは寄生しているようにしか見えませんよね。
「あ、あの……じゃあこの13000円も……」
「ん? そうか。わかった」
自らの行動を省みて流石に不義理が過ぎると思い、断腸の思いでオズオズと封筒ごと差し出せば。師匠はそれを当然のように受け取りました。
「う……」
そんな感じであっさりと自分の手を離れた封筒を見てショックを受ける自分が居ました。
だけど、ショックを受けるということは「それはお前のもんだ」と言ってもらえるかも……と思っていたという事です。
(浅ましい)
惨めな自分を自覚して泣きたくなってきましたが、ここで泣いてはもっと惨めになってしまいます。
そう。これでいいんです! こうしないと、私は胸を張って自分を『師匠の弟子』ということが出来ません!
貴重な経験をさせてもらいました。
強化もさせてもらいました。
美味しいご飯も食べさせてもらいました。
その上でお金をもらうなんて出来るはずもありません! 私は師匠に寄生する乞食じゃなく弟子なんですから!
(……でも妹たちやお母さんにも美味しいONIKUを食べさせてあげたかったなぁ)
それに「最初の報酬で何かお土産を」とも思っていましたけど、それも出来なくなりました。
絶望、とは違いますけど、胸にポッカリと穴が空いた。そんな気持ちです。
――だけどそれは私の勘違いでした。前々から薄々感付いてはいましたけど、私の師匠は少しズレていたんです!
「13000円なぁ。ま、今回は少しは色をつけてやろうじゃないか。いやぁ俺って優しいな」
「え?」
指導料や食費という意味でお金を渡したのに、色を付けるとは何なのでしょうか? ?マークを浮かべる私を無視して、師匠は続けます。
「家族が何人いるかはしらんが、肉は5キロ有れば足りるだろ。ついでにタレと野菜と、白米もか。小さい子がいるならお菓子も有った方がいいか? このいやしんぼめ。引越し先に調味料や調理器具はあるか? いや、せっかくだ。引越し祝いのついでにもっていけ」
「はい?」
そう言って師匠は自分の素体からクーラーボックスを取り出し、肉やら何やらを次々と中に入れていきます。
「えっと、師匠。……それは?」
何をしてるのか? なんとなく分かってはいますけど確認してしまいます。
(もし私が想像してる通りなら……あれってもしかして……)
世の中にはそんなに都合の良いことなんかありません。でも、私が師匠として選んだ人は、私たちを食い物にするために良い人ぶって近寄ってきたクソ野郎どもとは違います。
それはわかっていますけど、どうしても目の前の光景が信じられなくて。
……どういう表情をすればいいのかわからない。そんな私に師匠は笑いながら言ってきます。
「あん? 13000円分の食料に決まってるだろうが。サービスしすぎかもしれんが、なにせ金のない弟子が初報酬を全部持ち出して『家族に食わせる肉を売ってくれ』って言ってきたんだからな。少しくらいは応えるのが師匠ってもんだろ?」
「……」
開いた口が塞がらない。だって彼は「師匠からONIKUを買って家族に食べさせる」という私の言葉を覚えていたのだ。だから私がお金の入った封筒をオズオズと差し出したとき「あぁ、予想以上に少なくなったから不安なんだな?」と考えたんでしょう。
だからこそ師匠はは「弟子がそんな心配するな」と応えてくれました。
弟子の初任給と引越し祝い。名目としては十分と判断したのでしょう。
(こんなのズルイ! 泣かないって思ったのに、ズルイ! この不器用で優しい師匠は本当にズルイっ!)
鈍感を装ってるわけでも無ければ好感を得ようとしているわけでもありません。彼はただただ「師匠としてふさわしい行動」を取っているだけなんでしょう。だけどそれはどこか年上っぽくて、でも無理して背伸びしてるわけでもなくて、とっても不思議な暖かさを感じさせてくれます。
「じ……じじょぉぉぉぉぉ~~~」
気付けば私は泣いていました。泣いて泣いて泣きまくりました。恥も外聞もなく、ここがどこかも関係なく泣きまくりました!
「あん? 泣いたって量は増やさんぞ……あぁ、わかったわかった。もう少しお菓子増やすから。とりあえずココはロビーだから。周りに迷惑だから、な?」
泣きじゃくる自分の頭を撫でながら師匠が何か言っていますけど、そんなの関係ありません!
お父さんが死んだときでさえも必死で我慢してた分も泣きました。
まともなご飯が食べれなくて、ひもじい思いを我慢していた分もなきました。
ギルド職員の視線に変化を感じ(あぁ。次は自分なんだと)恐怖に怯えながらもお母さんや妹たちを心配させないよう我慢してた分も泣きました。
ゴブリンと相対したときも、本当に怖かったけど我慢しました。
ゴブリンに叩かれたときも、痛かったけど我慢しました。
いきなり訳のわからないところにいた時は本当に怖かった。
だけど自分にはコレしかないんだと必死で我慢しました!
頼れる人なんか居ないんだって、心に壁を作って我慢しました!
(だけど……だけど師匠は頼っても良いんだ!)
そう思うと今まで我慢していた涙が、体の奥から堰を切ったかのように溢れてきます。
「じじょ~。じじょ~」
「あぁはいはい。泣け泣け。子供が我慢するな。泣きたいなら泣けるときに泣いておけ」
「う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛~~」
――泣きじゃくる弟子を真正面から受け止め、頭を撫でたり背中をポンポン叩いてあやす師匠の姿は、師弟というよりも親子のように見えたそうな。
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