㉗ 主人公、評価する/少女、焦る
木下視点
最終的に追加のONIKUを貰えず、白米とお野菜(これでも十分贅沢ですけど)で夜を明かした次の日。今日が予定された遠征の最終日。ゴブリンの巣の討伐は行わないと決めたので、一体何をするかと思えば「無事に帰るまでが遠征だ。しっかりと帰還するまで気を抜くな」なんて朗らかに言ってきました。
遠足か! って思いましたけど、探索者たるものしっかりと家に帰ってこそ一人前です! そうしないとお母さんも妹たちも悲しみますからね。
そんなわけで今日は壁の中に帰還することが訓練になりました。とは言え、です。
「私って壁を出た記憶が無いんですが、この辺の手続きはどうなるのでしょうか? 確か壁の外に出た場合は検疫とか色々必要なんですよね?」
怪しい病気とか振り撒かないように検査するって聞いたことがあります。
「ん? あぁ、気にするな。プロの遠征の帰りだから特に面倒なことはないぞ。簡単な消毒されてからギルドに一直線。検疫もギルド支部で行うって感じだな」
「おぉ…。さすが師匠」
特権というか何というか。色々性格に難がある人ですけど、なんだかんだ言ってプロなんですよねぇ。
「あとは……そうだな。帰還中に仕留めたのはこっちで収納してやろう。本当は自分で持たせて継戦能力とかを鍛えなきゃ駄目なんだが、よくよく考えたらお前って今回が初めての遠征だろ? 初回から無理させすぎるのもアレだしな」
え゛? 今なんと? もしかして荷物を持ってくれるって言いました?
「師匠、もしかして熱でもあるんですか?」
「平熱だ」
さらっと言い返されましたが、ツッコミも何もないなんてありえません。明らかな異常です!
これはマズイですよ! 帰還中だろうがなんだろうが、少しの問題が死に繋がるのが壁の外! それなのに万が一の際にフォローしてくれる師匠が体調不良とか洒落になりませんっ!
まったく、プロなのに体調管理も出来ないなんてどうなってるんですかねぇ!?
そう考えた私は一つの可能性に気付いてしまいました。
(いや、もしかして私のせい? 普段は一人で楽勝なのに、足手まといな私が居るから無理をしていた?)
考えれば私、一回も見張りとかしてませんよ。いくらセーフハウスっぽくてもあそこも壁の外。なら誰かが警戒する必要がありますよね?
でもって私はぐっすり寝てましたから、その間の見張りは全部師匠に……ってことはこの人、日中は私の面倒見て、夜も警戒してたってことに? ならこの一週間、師匠はろくに寝てないってことですか!?
「師匠! 寝てください! 今すぐ!」
一週間も徹夜なんかしたら死んじゃいますよ! 私のためにそんな苦労してたなんて。ONIKUをくれない鬼畜とか、手加減を知らない外道とか考えてすみませんでした!
「俺にタヒねと申すか」
「タヒ? が何か知りませんが、すぐに寝なきゃ死んじゃいますよ! そうです、仮眠をとりましょう! 私が警戒しますから!」
た、確か15分くらいのお昼寝でもまったく取らないよりはマシなんですよね!? ゴブリン程度ならなんとかしますんで、その間に少しでも休んでください! ……なにか来たら速攻で起こしますけど!
―――
なにやら弟子が勘違いしているようだが……アレか? オークを吸収したのに力が上がらないことを不思議に思わないようにするためにフォローを申し入れたのが悪かったか? それとも後で纏めて渡すことでどさくさにまぎれて「お土産」も一緒に吸収させようとしたのがアレだったか?
うーむ。まぁやってることは完全なパワーレベリングだしな。学生らしく「そんな真似は不平等だから止めろ」って言いたいのか?
いやしかし、それにしたって「寝ろ」ってなんだ?
「さぁ、早く! 師匠なら布団とか持ってるでしょ!?」
「確かに寝袋くらいは有るが……」
「なら早く!」
寝なきゃ死ぬ? こいつは何を言ってるんだ? 普通は「寝たら死ぬ」だろう。壁の外を舐めてないか?
それに警戒って、今の弟子にそんなん任せたら普通に空飛ぶ魔物に捕まって、巣に運ばれて食われるわ。
つーか、なんで急にこんなことを言い出したんだ?
もし「いきなり俺を殺す気になった」ってんなら返り討ちにするだけだが、流石に不自然だよな。
「急いでください! ほら、まだ何も無いうちに!」
一見して何もないからこそ危険なんだが……
「とりあえず落ち着け」
「へぶしっ!」
何かを勘違いしているようだから、まずはそれを確認しようじゃないか。
―――
弟子、必死で睡眠の重要性を訴える
―――
「はぁ…」
何かと思えば今更それか。
「『はぁ…』じゃ無いですよ!一週間徹夜って、死んじゃいますよ!?」
弟子が本気で俺を心配してるのはわかった。寝ている間に置いてこうとか(したら弟子が死ぬ)、寝込みを襲って既成事実を狙っていたわけじゃないのもわかった(無意識の反撃で死ぬ)。
うん。睡眠は確かに重要だ。麻雀だって二日目くらいからテンションおかしくなるもんな。これは次回の遠征で教えようと思ってたが触りだけでも教えてやるとしよう。
「いいか? 俺、というか、ソロでプロを名乗るような探索者は、数分、場合によっては数秒の睡眠を断続的に取ることで、微妙に体調管理や疲労の回復をしつつ眠気を抑えることが可能なんだ」
もしかしたら少しの睡眠で完全に回復する奴もいるかもしれないが、少なくとも俺はそこまで回復しない。呼吸を整えることで少々持ち直す程度だな。
「え? そうなんですか?」
未だに俺を寝せようとして「さぁここに!」と地面をバンバンと叩いてた弟子がピタリと止まる。
つーか寝せるつもりならせめて砂利とか寄せろよ。まぁいいけど。
「そうなんだ。でもってこれを行うことで一週間戦い続けるってことも可能になる」
アレだ。冒険譚とかにある七日七晩の戦闘だ。いや、あの場合はおそらく一秒も寝てないけど、どこかで無意識に休息を取っている……はずだ。もしくはイルカみたいに脳みそが完全に独立してるか、だな。
「へ、へぇ」
弟子の口元がヒクついてるのはきっと「この化け物め」とか思ってるんだろう。
実際高位の探索者は全員化け物みたいな連中だし、自分の常識の外に居る相手の存在を認識するのは重要なことでもある。弟子も探索者になったことだし、今のうちにこういう一般人の常識を破壊しておこうかね。
「そんなわけだから、セーフハウスの中で一週間まともに睡眠を取らない程度なら問題ない。むしろこのくらいの方が家に帰ったとき『さぁ寝るぞー』って気になるってもんよ」
いやホント。開放感というか何というか、そういう充実感を得られるんだよな。例えるなら三日間飲まず食わずで探索したあとで飲む水って感じか? 普通の何倍も「うめー」って思うあの感じだよ。
「な、なるほど」
良くわかっていないようだが、近いうちにこいつも理解することにだろうから、今はまだ深くは突っ込まないでやろう。
「そもそもセーフハウスや結界石のないところで寝るのは自殺行為だ。空にはお前が確認できていないだけで沢山の魔物が居る。なんなら、今だってお前を狙ってる奴らがいるんだぞ?」
むしろこいつはこの辺一帯に住む生き物の全てに狙われてると言っても良いレベルなんだがな。
「は、ははは。またまたご冗談を」
「冗談?」
「……本当なんですか」
「いや、普通の猛禽類だって何キロも先に居る獲物を捕捉するんだぞ? 魔物にそれができないと思うか?」
「……」
いきなり真顔になったな。ようやく自分の置かれている状況を理解したか?
「猛禽類は基本的に遮蔽物が無い空を縄張りにするから、距離の概念が俺たちとは違う。さらに天敵らしい天敵も同族以外にいないってのも有るが、魔物はそれに輪をかけた存在だからな。気を抜いてたら一気に食われる」
「ひぇっ!」
「ついでに言えば俺たちの様子を伺う魔物は他にも居るぞ? そこの猪だって俺が居るから近寄らんだけだし」
俺が指差したのは、ある鉄筋コンクリートの残骸の影に潜んでいる、なんとも猪っぽい魔物である。
「え? 猪、ですか? あ、ホントだ!」
猪が黙って俺たち……いや、弟子を見ていた。
「へぇ。野生の猪なんて初めてみましたよ……子供も居ますね。アレって食べられるんですか?」
普通はここで「可愛い~」とか言って不用意に近付いて「危ない!」ってなるのがテンプレだと思うのだが、もうアレだな。去年から始まったらしい急な貧乏生活なせいで生活環境が狂ってるところに俺が肉を提供したもんだから、食事に対する思いが再燃してしまったのだろう。
今までは「弱そうな獲物」として弟子を見ていた親猪が、いきなり自分が食材みたいに見られたことに動揺してビクッ!としたのがわかった。
いやしかし、動物=肉としてしか見ていないのはある意味で狩人としては良い事なのだろうが、探索者としては宜しくない。それにあんなのでも立派な魔物だ。油断されても困るし、何より生で噛み付かれても困る。
「食えなくもないが、あれは普段はゴブリンやらワームを食ってるから寄生虫とか凄いぞ?」
このご時世食いもんを選べるような環境じゃないからな。基本的に野生に生きる連中はめっちゃ雑食。それもどんぐりとかじゃない魔物や人間が餌だ。その為、肉や血は緑で筋張ってるのが特徴である。
「うわっ! じゃあパスで!」
「……まぁ、お前が不要というならそれで良いんだが」
なんというか扱いがアレだよな。あんなんでもFランクの魔物だから吸収すればそれなりに美味しいのに。
いや、ここで一回格上との戦闘を経験させるか? 猪なら今の弟子の頑強を貫けるから、結構なダメージを受けるだろうし、そうすれば油断慢心もなくなるかも?
「と、とりあえずここが危険なのは分かりました! 言われてみればなんか狙われてる気もします! よし、急いで壁の中に戻りましょう! そうしましょう! その為には重りなんて邪魔ですもんね! 師匠にお任せしますよ!」
弟子に怪我をさせた後、どうやって回復させようかと悩んでいたら、弟子がさっさと帰ろうアピールしてきたでござる。これはこいつの勘なのか、それともこれ以上こんな危険なところに居たくないという思いからかな。
正確なところはわからんが、できるだけ早く危険地帯から逃げようとする姿勢は悪いものではない。
それに、ここに来てようやく弟子は俺が意図したこと(荷物を持ってやると言う名目上の理由)を把握したらしいしな。実際問題、現状は弟子が思ってるようにその辺の魔物に餌として目を付けられている。なにせ隙だらけで実力の欠片も見えない大きめの肉だ。ご馳走にしか見えんだろう。
そして当然のことではあるが、自分を狙っている連中に対し今までゴブリンしか相手にしてこなかった弟子では絶対に勝てない。せめて抵抗できるかどうかだが、それだって抵抗するためには素体に重りを入れたままというわけにはいかないのだ。
かと言って討伐したのを放置するのは勿体無い。そんなわけで俺が持って帰るって話にしてやったのに、こいつときたら睡眠不足が原因で俺がトチ狂ったと勘違いするとか……敬意が足りんぞ。
一回地獄を見せるか? 具体的にはゴブリンの巣に放り込むとか。
「さぁ師匠! ハリーハリー! さっさと帰ってギルドに行ってお金ゲットです! そのお金で師匠からONIKUを買って、お母さんや妹たちにもONIKUを食べさせてあげるんです!」
そう言って俺の手を引っ張って壁に向かおうとする弟子。
俺に寄越せと言わないだけの分別があるのに驚きだが、思い返せば最初から弟子の要求は「鍛えてくれ」であって「金をくれ」だとかそういうことは一回も言ってこなかったことを思い出した。
その割には弟子としての持参金を体で支払おうって感じではあったが、この辺はなにか弟子の中で境界線があるのだろう。本来なら目的の為に手段を選ばないのは当然のことなのだが、こういう拘りは悪くない。
むしろ自分の中の芯として、これから探索者をしていく上で必要な要素と言っても良い。
「うーむ」
ある意味惰性で生きてる俺よりも優秀だよな? 思いがけず弟子になった女子高生だが、中々の拾い物なのかもしれん。
「ししょー! さっさと動けぇぇぇー!」
――素早く後ろに回り、必死で俺を押そうとする弟子を見やりながら、俺は彼女の評価を上方修正したのであった。
「重い! この人ゴブリン何匹分あるの!?」
「師匠をゴブリンで換算するな」
「うわらばっ!?」
……すぐに下方修正したけどな。
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