⑲ 少女、戦う
本日二話目
木下視点
お母さん。私は今、師匠に連れられて、初めて壁の外の町並みを歩んでいます。町並みといっても旧世代の人たちによって作られたビルやら何やらが墓場のように乱立しているだけですけど。
窓ガラスが割れていたり、変な匂いがしたりして、写真で見た大氾濫以前の面影は全然ありません。今、私の目の前にあるのは灰色の建物に夕焼けに染まる空。そして緑色のゴブリン達。
そうゴブリン達っ! 確かに新人探索者にとってゴブリン討伐は基本だし、実際Fランクの任務でもありますけどっ! デスマーチとか言って「大げさだなぁ」って思ったけどっ!
「いきなりコレは無いんじゃないですかねぇ!?」
「「「「ゲギャゲギャゲギャ」」」」
今、私の目の前には、明らかに私を雌として見る野生のゴブリンどもがいます! これからを想像してるのか、ご丁寧にヨダレを垂れ流してます!
いや、ゴブリン退治をするとは聞いてたし、その理由も聞きましたが、問題はその数ですよ! 私の目の前に居るゴブリン、その数なんと4体っ! 全部が全部粗末な腰ミノとこん棒を装備していますし、何よりこの目! さらにあの顔!これはアレですよね? 私を獲物認定していますよね?! ある意味その辺の男子生徒や性犯罪者のギルド職員と同じ種類だけど、その密度が全然違います! さりげないセクハラとか痴漢とかじゃなく、隙を見せたら遠慮も容赦もせずに捕獲されて色んな意味で貪られることが確定してますよね!?
「ん? コレは無いって……あぁ、もしかして少なかったか? だがお前はまだ新人にもなっていない学生だろ? このくらいがちょうどいいんだよ」
違いますよ! 多いんです!
私がそう叫ぶ前に師匠はさらに続けます。
「流石にゴブリン1体相手だと変に余裕ができてしまうから殺すのを躊躇うだろ? そういう余裕を無くす為には複数の相手と戦って必死に殺らせるのが良いって話だから、とりあえず4体居るところに来たんだ。しかしそうか、4体じゃ足りんか。いやはや、向上心のある弟子で嬉しいよ」
キリっとした顔で私を褒めるようなことを言ってますが、そんなイケメンフェイスとイケメンヴォイスで褒められたって騙されませんよ! さっきからチラチラと本を見てますよね! 明らかにその本の受け売りですよね!?
そもそも足りないなんて一言も言ってません!1体で余裕ができて駄目だというなら、せめて2体にしましょうよ! 私は初めての実戦なんですよ!?
ツッコミを入れたいけど、目の前の獣から目を逸らしたらヤられるって言う確信が有るので、目を逸らせません! かといって私の手には武器が有るわけでもないので私から攻撃を加えることも出来ませんし……。
絵面としては、こん棒を振り回す4匹のゴブリンと睨み合う素手の女子高生です。これはどう考えても討伐どころか私が狩られる側ですよね!?
「武器は無いんですか? 剣とか槍とかあるでしょ!? 何か出して下さいよ!」
膠着状態を打破するために横で見ている師匠えもんが素体の中に入れているであろう武器を出してもらおうとお願いしたのですが……。
「アホか。ゴブリン程度に武器などいらん。むしろ殺したという実感を得るために、命の重みを知るために最初は無手で殺るのが基本だ……って書いてある」
「命の重みについてはまだしも、最後のは要らないっ! 書いてあるとか言うな!」
「「「「グギャギャギャギャ」」」」
奴等から視線をそらさないようにしながらも、必死で師匠に突っ込む様子が面白かったのか、ゴブリン共は私を指差して嗤い始めます。
ゴブリンごときにまで馬鹿にされるこの屈辱っ! この私をここまでコケにしたのはお前たちが初めてですよっ! (師匠? この人は真面目なんだかコケにされてるんだかわからないからノーカンです!)
とは言え、ゴブリン風情にコケにされたままだと師匠に失望されてしまいます。だからと言ってここで無策に突っ込めば反撃を受けてしまいますから、動けないんです。
だけどいい加減なんとかしてこの膠着状態は打開しなくてはいけませんよね。これ以上師匠に何を言っても数を減らしてくれたり、武器をくれたりはしないみたいだし。
どうしたら良いんだろう? 師匠が居る以上は殺されることは無いでしょうし、苗床にされる前に助けてもらえるでしょう。
だからと言ってゴブリンによってたかって袋叩きにされて、逃げられないように足の骨を折られたり、反撃出来ないように腕を折られたいわけじゃありません。
やっぱり無傷で倒すことが一番の理想だけど、そんなに虫の良い話はありませんよね。だから次善として、ダメージを覚悟で行くべきだけど骨折は避けたい。あのこん棒に叩かれたら、一回では折れないかも知れないけど、何度も叩かれたら折れちゃいますよね。
そうなったら、経験どころじゃない。治療費でまたお金がかかっちゃう。だけど私には無傷で4匹のゴブリンを倒せるような技は無いし……どうすれば良いの!?
「ふむ? そもそもゴブリン相手に睨み合うのはどうかと思うぞ? 基本的に向こうは数で圧殺してくる魔物だ。油断しないのは良いことだが、時間をかけすぎれば援軍が来て面倒なことになるから、向こうに時間を与えることなく潰すのがセオリーなんだ」
ようやく師匠からまともなアドバイスをもらえましたけど
「ハイ師匠っ! 肝心の「どうやって潰すか」がわかりません!」
だから武器を貸してください! それかもっとアドバイスをください!
正直に告げる私を見て、師匠は何とも言えないような雰囲気をだしてますけど、私はマジですよ? というか、普通に考えて女子高生が素手でゴブリン殺すってかなりハードル高いですよね?
「あ~あんまりヒントをやるのもなぁ。自分で考えるのも重要だって書いてるし……ん~いや、だけど今回はゴブリンを殺すという経験が第一だから、別に良いのか?」
余裕綽々ですね!? いや、師匠からしたらただのゴブリンなんか指先一つで蒸発させる事ができる雑魚なんでしょうけど!
「なんでも良いですからアドバイスプリーズ!」
「ん~まぁなんだ。俺が居るんだから後のことは気にせず、多少の無理をしてでも突っ込んでこい。反撃は受けるかもしれんが、重傷を負う前に助けてやるよ」
アドバイスをくれるかと思えば、私の安全を保証してくれました。いや、この場合『無理して突っ込め』っていうのがアドバイスなんでしょうけど。
……この調子だと最悪でも手足が折られる前に助けてくれるつもりらしいですね。最初に命懸けの訓練と言ってたから「痛みも修行だ」とでも言われるかと思っていましたけど、やっぱり師匠は優しい……優しいですね!
「だからと言って「ハイ!わかりました!」なんていうとでも思いましたか!? はいっ残念でしたっ! いくらゴブリンでも私が素手で突っ込んだくらいじゃ殺せないってことくらい知ってますよ!」
私は昔は沢山居たって言われている伝説のスモウ・レスラーじゃないんです! か弱い女子高生なんです! 張り手でゴブリンなんか殺せませんよ!
「あ~それはお前、アレだよ。ゴブリンを過大評価し過ぎだ。見た目が狂暴っぽいから無理もないが、こいつらの肉体強度はその辺の小学生並だぞ」
「え?」
師匠に言われた言葉を聞き、一瞬何を言ってるのかわからなくなりましたが、今なんて?
「もちろん野性動物だから運動神経やら基礎体力は違うし、善悪だの良心の呵責もないから普通の小学生だと殺されるが、それなりに余裕を持ってみればわかるだろう? あの細くて小さい手で持つこん棒が滅茶苦茶重いように見えるか?」
「えっと……」
言われてみれば、ゴブリンは基本的に小さいですよね。さらにGランクの魔物に相応しく貧相な体つきだし、魔力で補強してるような感じでもない。
アレ? だとしたら、あのこん棒の攻撃って思った以上に軽いの? でもって小学生並みの力ってことは、下の妹くらいってこと? それが4人で武器を持ってるだけ?
いや、もちろん武器は油断しちゃだめなんでしょうけど、それでも師匠が援護してくれるなら……行ける?
そう思ったら、今まで怖いと思っていたゴブリンの顔が、間抜けな子供の顔にしか見えませんでした。
「むむむっ」
勝てる見込みが出てきたのは嬉しい。あと私に必要なのは殺す覚悟だけ。……師匠が言うように勢いにまかせて殺すべきなんでしょうけど、やっぱり余裕が出来てしまうと命を奪うと言う行為に抵抗を覚えてしまいます。
心優しい私には、ゴブリンと言えども殺すのは難しいみたいです。
(何かきっかけがあれば行けるのにっ!)
一歩を踏み出せない自分が情けない。このままじゃ師匠に失望される。
そう思ってた私の背中を、師匠が優しく押してくれました。
「ちなみにゴブリンは1体討伐で大体100円になる」
「うぉぉぉ! 死ねやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ゴブリン死すべし、慈悲はないっ!
私の、私たちの糧になれぇ!
閲覧ありがとうございます




