⑱ 主人公、指示を出す
なんかドアを開けたと同時に弟子が全力で俺を殺しに来た件について。
うん『中々殺る気が有るようで結構なことだ』と弟子の事を上方修正したんだが、どうやら何か勘違いをしているらしい。アレか? 頭でも打ったか? (ヒント、車田落ち)
「師匠! 無事だったんですね! わ、私も大丈夫です! 師匠が迅速に動いてくれたおかげで奴らには何もされてません! まだ清い体です! な、なんなら師匠が確かめてくれてもスラッ!?」
うん。まぁ気絶させられて意識がないうえに、こんなところに放置されていたら誘拐を心配する気持ちもわからんではないぞ。だが奴らって誰だ? つーかかなり手加減したとはいえ元気だなこいつ。予想以上に素体との相性が良かったのか?
「良く分からんが、とりあえずこれから探索者としての訓練を行う。実戦と呼ぶには温いが、命懸けの訓練だ。無駄口は叩くな。指示には従え。返事はハイかyesだ。良いな?」
何にせよ頑丈なのは悪いことではない。今まで無駄な時間を使ってきたから、取り戻していかんとな。
「え、えっと、感動の再会を祝して熱いハグとか熱いチューとかそう言うのは? ……あたたたたたた! 頭が! 頭が割れるぅ!?」
俺の言葉に「ハイ」と返事をしなかった弟子の頭を無言で捕まえて、そのまま持ち上げる。ちなみにこれはアイアンクローでは無い。ショーグン〇ローだ。違いとしては、片手で弟子の体を持ち上げる腕力と、弟子の頭だけを持って全身を引っ張り上げる技術、さらに片手で相手の全体重を支える握力とバランスを崩さない脚力を必要とするところだな。
つまり軽く持ち上げてるように見えて、結構な技術が使われているわけだ。
「ギブギブギブ~!」
一体何を寄越せと言うのか。
あぁ痛みか? よかろう、ならばくれてやる。
「あ、握力が上がったぁぁぁぁぁぁぁ!? 死ぬ! 死んじゃう! 頭が割れて死ぬぅ!」
何だかんだで余裕が有りそうだが、まぁいい。このままじゃ話が進まんからな。
「返事はハイかyesだ。わかったな?」
「はい! わかりましたッ!」
「それで良い」
そう言って弟子を開放する俺。時代が時代なら完全な体罰として訴えられる行為だが、さっきも言ったがこの訓練は命が懸かってるからな。真剣にやって貰わんと困る。
ちなみに今のご時世、昔と違って軍人の訓練にパワハラだ何だという団体は居ない。それは探索者の訓練も同じで、過保護な教育によって過信したり増長したりすれば即座に死に繋がる世界なのだから当然と言えば当然の話である。よって今みたいにストレートに痛みを経験させることで重要なことを覚えさせるのも当たり前の行為とみなされる。
まぁ無駄な暴力はご法度だけどな。
だが、ゴブリンもオーガも新人だからと言って遠慮なんかしてくれないのだ。餌や苗床になりたく無ければ壁の外に出たら上官の命令に従うというのは絶対のルールである。というか、師に就いたなら弟子は師に従うもんだ。
さらにこいつの場合は元々が押し掛け弟子だしな。俺に従うのが嫌なら弟子になるなって話になる。
とは言えOrzな状態で俺に掴まれてた場所を撫でている女子高生を放置する気も無い。というか、そんな無駄な時間は無い。
「さて、これから訓練を開始する。最初の標的は皆大好きゴブリンだ」
凹んでる時間はお終いだと言わんばかりに今後の予定を説明していく俺である。
「ゴ、ゴブリン…」
ごくりと唾を飲み込む弟子だが、俺にはわかっているぞ? ゴブリンを狩れることに喜びを感じていて、その興奮を隠す為に敢えて緊張してる振りをしてるんだよな? わかる。わかるぞ。(すっとぼけ)
ここで一応の補足だが、ゴブリンが初心者向けの魔物として有名である。その所以はいくつかあるが、大体は下記のようになっている。
①・ヒト型であること。
②・知恵があること。
③・罠や道具を使ってくること。
④・単体能力が弱いこと。
⑤・数が多いこと。
⑥・集団戦を身に付けていること。
⑦・女にとって明確な敵であること
⑧・稀に強化種がいること
など、簡単にいってこれだけの利点がある。
まず①のヒト型であること。これは意外と重要で、不気味の谷現象とでも言うべきだろうか。人間が人間に近い形をしたモノを殺すことに精神的なストレスを覚えるというのは有名な話だ。その為、それらの心理的なハードルを下げる為にゴブリンは丁度いい存在として扱われている。
なにせ⑦が有るからな。中途半端に情けを掛けてしまい殺らないでいると、捕まって餌や苗床にされるのだ。この事実は根元的な恐怖心を煽るため、いざ生き物を殺すというときに躊躇する新人でさえもゴブリン相手には必死で戦うのだ。
次は②。これは③と被るが、ゴブリンは知恵がある為、こん棒を始めとした鈍器や、石で作った刃物だったり、場合によっては弓も使ってくる。罠だって仕掛けてくるので、新人からすれば意外と油断ができない存在なのだ。このためゴブリンはレベルが高いが注意力散漫な探索者や、パワーレベリングした探索者を再教育するための教材としても良い魔物であると評価されている。
④、⑤、⑥は上記の道具やトラップに加えて集団戦の勉強になるということだ。
なんだかんだでゴブリンは野生動物(魔物)なので、己の縄張りを知り尽くしている。その中で数の利を活かすために無駄のない罠に加えて集団でチームワークを使って来るのだ。
だが単体が弱いので落ち着いて動けば何とかなるものでもある。
そして⑦、コレはもうGだしって感じだ。何度も言ってきたが基本的にゴブリンにとって人間は餌か苗床だ。そんなのになりたい探索者もいなければ、一般女性もいない。
まぁ何年かに一度は『ゴブリンにも知性があるからむやみに殺すべきじゃない!』だの『魔物であっても分かり合えるはずだ!』とか言い出す役人や自称知識人が現れるが、そいつらの末路は決まって『ならお前がやってみろ』と言われてしまう。
で、そいつが女なら自分がゴブリンの巣に叩き込まれるし、男なら妻や子供が巣に叩き込まれることになる。
これはゴブリンを始めとした魔物による被害者本人や、その家族によって結成された女性権利団体などが行うので、色んな意味で異義を唱えることが出来なくなっている。
(彼女らは基本的に被害者の立場であり、どこぞの人権団体とは違い金目当てで騒いでるわけでも無ければ政府役人の意見の代弁者では無い。よって彼女らの心証を逆なでする方が悪いというのが世間一般の価値観である)
ちなみに高位の探索者が『本当にゴブリンと意思の疎通が可能なのかどうか?』とダンジョンコアに確認を取ったところ「分かり合えるわけがなかろう。価値観も生態も違い過ぎるわい」という答えが返って来たらしい。
そりゃ人間同士ですら価値観や宗教の関係で戦争をするのだ。全く違う生物を本当の意味で理解するというのは不可能だろうよ。
例外として、魔物を調教して従えるケースも有るが、あれは力で捻じ伏せて力関係を理解させた上で従わせているのであって、決して種族として理解あったわけでも無ければ、人間という種族に従ってるわけでは無い。
そもそも力で従えて利用することを「理解」とは言わないだろう。そんなことを言ったら、どこぞの新人類から隕石落とされるわ。
また「魔物と分かり合える」とか言っている連中にも問題が有る。それは『連中と分かり合ってどうするのか?』という話だ。まさか何も支払わずに話し合いで「ここは人間の領土だから出て行け」とでも言うつもりか? それとも「居住権を与える代わりに実験に使うゴブリンを税金として毎年何体か捧げろ」とでも言うのだろうか?
どうも可哀想だとか、人としての倫理云々を言いたいらしいが、よほど生温い人生を歩んでいるのだろう。
どちらにせよ人間至上主義の上に成り立った理解なので、ゴブリンたちと価値観を共有することは永遠にないと断言できる。
あとは『言論統制に我慢ができない』という存在だろうか。
過去ダンジョンや魔物による被害が有っただけでなく、今も魔物による様々な問題が残るこの世界では、人々にモンスターの擁護を許容するような余裕は無い。よって魔物の権利などという夢物語は、語るだけで悪となる。そこに言論の自由なんてものは無い。
自称知識人や上級国民と言われる連中とてそれくらいは理解している。しかし彼らは、話の内容ではなく「己の言動が規制されてること」に我慢ができないのだ。
故に彼らはダンジョンや魔物に対する融和政策を唱えたり、テレビなどで思想誘導しようとするわけだ。
だがそれは、分かりやすく言うなら強姦魔を擁護するような行為である。当然これに対して「なんでわざわざ性犯罪者を擁護するんだ?」という疑問が発言者に向けられることになる。
で、自称知識人や上級国民様は「自分の言論を妨げられるのが気に食わん!」と馬鹿正直にいうわけにもいかないので、人権やら知性やら中身の無いことをしたり顔で語ることになる。その結果、先述した団体が切れて「お前がやってみろ」に繋がるわけだ。
俺の知る日本や先進国ではそんなことを認めることは無いが「無責任な発言は許さん」というのが被害者団体の意見であり、この世界の世間一般の意見でもある。
まぁ家族は関係無いだろ! という連中も居るが、キレてるのは被害者の家族だ。前提条件として100年以上も積り積もった恨みを抱える集団の「ならお前も同じ気分を味わえ」という怨嗟の声は決して軽いものではない。
それに、基本的にこんな不用意な発言をしたり、その不用意な発言に賛同するのは決まって身内に被害が出たことが無い連中だからな。
実際この処刑(公式には認められていないが、暗黙の了解は有る)は公の場で魔物の擁護を語ったり、国の法案に盛り込もうとしたり、テレビのような媒体を通じて大々的に語った者に対する最終手段のようなモノなので、ポンポンと地獄に叩き込んでいるわけでは無い。
更に、これらの処刑は被害者らに雇われた探索者によって行われるので、死ぬ前には回収されることも多い。……場合によってはわざと救助を遅らせる場合も有り、何回かヤられたり、腕やらなにやらが喰われてから助けられるケースもあるようだが、この辺は本当に依頼者の匙加減だし、助けられた方も自分の発言が原因なので文句は言えない。
結局のところ今の日本人は昔と違って、民衆は上に従うだけの羊では無いのだ。舐めたことを言われたら「NO」どころか「ならお前がやれ」と言える強さ(怖さ)が有るのである。
全部を自分たちで管理したい。と願う政府役人からすれば業腹だろうが、その他の民衆からすればこういった団体の存在が無ければ、驕った政府役人が何をしでかすかわからないので、これらの団体はある意味で抑止力としても認知されているのが現状である。
……長々と話したが、とにかくゴブリンとは情けも容赦もかける必要がなく、見かけたら殺すことを推奨されるヒト型の魔物という訳だ。
でもって⑧の強化種の存在である。最弱の魔物と謳われるゴブリンだが、それだけではない。彼らは一定の経験を積むことでゴブリンロードやらゴブリンキングと呼ばれる個体になることが稀に有るのだ。
それは魔物同士の戦いで勝利して相手の魔石を喰らった結果の進化であったり、探索者が持つ素体を喰らった結果進化するのだが、今問題なのはその進化方法ではない。
ここで問題にしたいのは『見た目がほとんど変わらない』ということだ。
これは、知恵を得たゴブリンロードなどが人間や他の天敵を油断させる為に得た知恵とされている。それなりに経験がある探索者が見れば、相手がただのゴブリンの群れのリーダーなのか種族を統べるゴブリンロードなのかの違いが分かるが、Dランクの探索者程度では気付かない場合がある。
その結果、ゴブリン退治と高を括った新人や、その監督役が返り討ちに遭って全滅するというパターンがあるのだ。
そもそも素体持ちがゴブリンに負けることが稀にしか無いし、ダンジョンコアを持つモンスターがゴブリンに負けることは絶対に無いのだが、ダンジョンボスのような強敵を倒した後、満身創痍となった探索者が帰還する前にゴブリンに奇襲を受けて死ぬケースは有る。その際素体ごと喰われればゴブリンは進化してしまう。
本当に稀だが、稀にでも有ることなのだからゴブリン相手でも油断はできないのである。意識としては交通事故と一緒だろうか。「自分は大丈夫」だの「今まで遭遇したことが無い」とか言って準備を怠った結果、パーティの全滅。すなわち死か苗床という形でその油断の代償を支払うことになるのだ。
それらの様々な知識や経験、教訓を比較的簡単に得ることが出来るからこそ『ゴブリン退治の経験は新人の育成に必須である』とさえ言われている。
ちなみにこの「新人」というのは、師匠として未熟な教導役のことも指す。
これはゴブリン退治をさせることで初心を思い出させたり、強化種に警戒をすることを忘れさせないという戒めでもあるので、俺も油断をする気は無いし、弟子にだって油断させる気は無い。
「まずはゴブリンを殺すことに慣れてもらう。でもって一回一回風呂に入るような真似はさせんから、最初からある程度汚れることは覚悟しておけ。いいな?」
汚れるんだよなぁ。主に涎とか体液とか返り血とか精液で、な。
「は、はい!」
「うむ」
きちんと返事が出来るようで何より。予想以上の臭いとベタツキに狼狽えることになるが、それも経験だ。まずは笑顔でゴブリンを撲殺できるくらいには鍛えてやろうじゃないか。
「では楽しい楽しいデスマーチを始めよう」
「はいっ! ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします!」
はてさて、この元気が何時まで持つかねぇ。
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