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⑰ 主人公、移動する/少女、覚悟を決める

「んー。遅い」


弟子に金をやって売店へと向かわせてから15分。つまり400秒はとうに過ぎているのだが、弟子は一向に姿を見せる気配がない。


女の身支度に時間が掛かるのは常識とは言うが、売店で下着と肌着を買うだけなのに一体どれだけの時間を掛けているのか……。


弟子のサイズは一般的なサイズだから在庫が無いと言うこともないだろう。そうなると何に時間を掛けてるのかがわからない。


出来るだけ安いのを買いそろえてお釣りを母親に金を送金する為に吟味している、とかか? いや、そもそも売店にはそんな種類は無いし、反対に安くて良い装備を探してるんだとしても、ギルドで販売している装備品としての肌着は2万で買えるようなものでもない。


一体何をしているんだ? まさか受付嬢モドキの仲間に襲われた? この短時間で? 


『チーン』


もし本当に受付嬢モドキの仲間に襲撃されていたらどしたものか。そんなことを考えてたら、ようやくエレベーターが俺の待つ地下一階に降りてきた。


他の探索者という可能性も有るが、基本的にこの時間帯は探索者が戻って来るような時間じゃ無いし、急遽戻らなきゃいけないような大怪我をしたなら、向かう先はここより先に病院に行くはずだから、これは弟子で間違いないだろう。


「遅くなりましたわばっ!?」


「ほんとにな」


エレベーターのドアが開いたと思ったら予想通り弟子が現れた。そんでもってエレベーターから出て来て第一声がそれだったので、しっかりデコピン(ツッコミ)を入れてやる俺。


一応言っておくが、キれてないぞ? 俺をキれさせたら大したもんだ。


「い、いやぁ師匠って何色が好きなのかなぁって考えてまして。黒も悩んだんですけど妹たちの教育に悪いかなぁって思ったのもあって、結局は普段使いも出来るようにって考えて白と水色を買ったんですけどねブタッ?!」


一撃追加。まったく、師匠を待たせた挙げ句に言い訳するなんてとんでもない奴だ。


それに一番は黒に決まってるだろうが。黒を買わないなんてとんでもない。


まぁ俺は優しいからな。何だかんだで白も水色も嫌いじゃないし。とりあえず良しとしようじゃないか。


師匠の指示に反して400秒を過ぎた弟子に対する折檻は軽いデコピンだけで勘弁してやったぜ。


本来なら探索者たるものもっと時間にシビアで有るべきなんだが、そもそも400秒はネタだしな。ただ「遅れる」という一報が無いのが問題だっただけで。


「……」


抱えてた紙袋と一緒に吹っ飛んだ弟子は白目を剥いていて、完全に気を失っているようだ。


何というか『見せられないよ!』な顔をしている。こうなっては美少女も形無しだな。いやまぁ、コレはコレで需要が有るかもしれないが、少なくとも俺はソッチ方面の紳士ではない。


だから気を失って無防備な弟子に何かをするなんてことは無いぞ? 普通にこの『見せられないよ!』な表情の写真を撮っておくだけだ(愉悦)


ちなみにこれは意味の無い体罰ではなく、元々気絶させる予定だったということを主張させて頂く。一応ちゃんとした理由があって気絶させてるんだぞ?


……誰に弁明してるかはわからんが、まぁこれ以上は時間の無駄だ。さっさと移動しよう。


「ではカエデ殿。頼みます」


デコピンを喰らって宙を舞った挙句、車田落ちして気絶した弟子が抱えていた何種類かの下着が入った紙袋を拾いながら、俺は何もないところにそう告げ、素体からDランクの魔石を取り出し地下のエレベーターホールに備え付けられている机の上に置く。


ここだけを切り取れば、今の俺は気絶させた女子高生の荷物(下着)を漁りつつ何も無いところに声を掛けているやべーヤツだろう。しかし、当然この行為には意味がある。


その証拠に、俺が置いた魔石が何の前触れもなく消え、同時に足元に淡い光を放つ魔法陣のようなものが産み出されている。


『何とも賑やかな小娘じゃったのぉ~。まぁ良いわ。送り先は壁の外で良いのじゃな?』


さらに何もない場所から聞こえる少女の声……当然のことながらこの魔法陣もこの声も、心霊現象などではない。少女の声は市松人形ことカエデの声であり、魔法陣はそのカエデによる転送の準備である。


「ええ。今日の目的は慣熟訓練ですからね。特に方角とかも気にしないので、カエデ殿にとって都合の良い場所で頼みます」


支部長を見れば分かるように、ギルド支部の内部(ダンジョン内部)の転送ならこんな魔法陣は必要ないのだが、外に用意した場所に転送するためにはそれなりの労力が必要になるんだとか。その為の魔力供給に必要なのが先ほど置いた魔石である(転送料金込み)


『了解じゃ。ならば北西の転送小屋に送るぞよ』


「わかりました。お願いします」


『はいよ~』


ちなみに以上の会話だが、声を掛けらている人間には空中にテレビ電話のようなウィンドウが表示されて、向こうの顔や声も聞き取れるが、第三者にはそのウィンドウが見えない上にカエデの声も聞こえない。その為、完全に虚空に話しかけるやべーやつにしか見えないと言う欠点がある。


ちなみのちなみに市松人形同士で通信をする場合は、虚空を眺めながら会話する彼女らが見れるし、会議みたいなことをする時は、会議に参加してる市松人形の全員が違う場所で同時に虚空を眺めてブツブツ言うので、有る意味では非常に怖い絵面であると言えよう。


それはともかくとしてこの転送。政府の上層部や特定の探索者以外は知らないことだが、彼女らダンジョンコアは非常時に備えていくつかの緊急脱出先を用意している。(当然場所や数はコアしか知らない)


で、それを使うことで簡単に壁の外に行くことが可能なのだ。当然、外から中に入ることもできる。原理的には地下で繋がってるのか何なのかは俺も知らないが(もし地下で繋がってるなら魔法陣は不要の為)、とにかく壁の外に出る時や戻るときの煩雑な手続きが不要なので、ちょっと外に行くときや、緊急時に出入国するには非常に重用するのだ。


無論これは違法な出国のような扱いになるのだが、そもそも高位の探索者は機密情報を扱う場合などが有るので、余計なことを知りたくない下っ端の政府役人はこれを黙認するのが常である。


デメリットとしては、正式な外出では無いので、何か有った際に一切の補償が降りないことと、この世界では犯罪者に人権や市民権は無いので、外で政府関係者に捕まった場合は学生として保護されるのではなく、犯罪者として技術省の地下に送られてしまう可能性があることくらいだろう。


その場合どうなるか? 「国家の医術か技術の礎になる」とだけ言っておこう。


犯罪者の末路はさておき、今の弟子はまだGランクなので、カエデの事を知る権限が無い。それ故、機密情報を知られないようにする為に気絶させる必要が有ったという訳だ。


『よし、準備完了じゃ。痛いの痛いの飛んでけ~』


「……人を痛いヤツ扱いするな」


戻ってきたら必ずあの市松人形に折檻すると決めた俺は、気絶した弟子を抱えて光の中に消えるのだった。



……誘拐? ハハッ。



―――


木下視点。



「知らない天井だ…」


目が覚めたら良く分からない小屋のようなところでした。何でこんなところに居るのか? 師匠は? そう思って周囲を見渡しますけど誰もいません。


何があったのかを考えても、私の記憶は「遅くなりました」と言って駆け寄った私に対して、苦笑いした師匠が「こいつめ」と軽く小突いてきて、それから師匠に「私に着て欲しい色は何色ですか?」っていうのをさりげな~くアピールしたところで終わっています。


本来ならこれから二人っきりで泊りがけの修行して、夜にはあんなことやこんなことをして親密になるはずだったのに。それに師匠の力であのギルド職員から解放されたお母さんや妹たちと幸せに暮らしてるはずだったのに……それなのに今の私は見知らぬ部屋で一人で寝ています。


頭は痛いし、師匠に買ってもらった下着もありません。服に乱れは無いのでナニカサレタわけではないでしょうが、とても安心できる状況ではありません。


率直に言うなら『わけがわからないよ』状態です。


「うーん。うーん」


考えますが現状は何も分からないまま。


「あっ!まさかッ!」


だけど一人で色々考えてた私は突如一つの可能性に行きついてしまいました。それは私たちを狙っていた件のギルド職員です!


私たちが師匠の手を借りて自分の作った罠から抜けることを察知したアイツが、それを妨害するために探索者を雇ったというなら……可能性は有ります。


私の、いえ、私たち家族の体が目当てのアイツが荒くれの探索者を雇い、私を穢す為に気絶させて誘拐しようとしてきたというなら、今の状況もわかります!


そして師匠は私を守る為に必死で戦ったけど、沢山の大人の狩人には勝てずに負けてしまった……そして「ま、まて!」と言って手を伸ばして来る師匠を足蹴にして、唾を吐き、殴る蹴るして甚振った後で私を誘拐してこんなところに連れてきたんですね!


私がまだ無事なのは件のギルド職員に「最初は自分が」といった下衆な考えが有るからでしょう。ここに見張りが居ないのも、無防備に寝ている私を見たら我慢ができなくなるからに違いありません。だから油断してここから出たら即座に捕えて「逃げようとしたから」と言われて〇〇〇されるに違いありません!


いくら師匠の弟子とはいえ、今の私は無力な美少女女子高生。屈強な現役の探索者には勝てないし、当然DかEランクだったギルド職員にも勝てません……このままヤツの手に掛かって穢されるくらいなら自害するべきかもしれませんが、私は家族の為にも生きねばなりません。


それに、私はどんなことがあっても生き抜いて、師匠に会って「初めてを捧げれなくてごめんなさい」って謝らなくてはいけません! そして「妹たちをお願いします」って頼むんです!


厚かましいかもしれませんけど、師匠は優しいからわかってくれますよね? もしかしたら穢された私すら受け入れてくれるかも知れませんけど……さすがにそこまでは高望みしすぎでしょうか?


いえ、師匠ならきっと助けにきてくれますし、穢された私にも優しく微笑んでくれます。……少し時間はかかるかもしれませんが、絶対に来てくれます! だからここで連中に穢されることになっても、絶対にあきらめません! 師匠が来るまで耐えてみせます!


……そしたら「頑張ったな」って言って貰えるかな? それとも「ゴメンな」って謝ったりするのかな? そんな師匠に対して、私はなんて答えようかな? やっぱり「ありがとうございます」かな?


私を助けに来てくれた師匠がどんな顔をして何を言うのか、そんなことを考えてたら、不安なんかなくなっちゃいました!



……これからあの扉を開けてギルド職員やアイツが雇った屈強な探索者が来るのでしょう。


そいつらの手によって私の体は穢されてしまうんでしょう。だけど心は屈しない!


取り敢えず油断しきってるであろうアイツに全力の一撃を加えてやる! そう決意してドアを睨みつけること数分。ガチャっという音と同時に扉が開きます。


今だっ!


どんなに油断していても向こうは屈強な探索者です。そんな相手に囲まれたらただでさえ無力な私は何も出来なくなります。それに大勢の男にナニカサレタ後で私に反撃できる体力が残ってるとは限りません。だから完全に油断してる今が最大にして最後のチャンス!


「くたばれぇぇぇぇぇぇぇ!!」


私が本当にヤツらを殺せるなんて思っていません。だけどただでやられるつもりもありません! 私はドアの向こうに居るヤツを殺すつもりで全身全霊の全力を込めてぶちかましました!


「甘い」


そんな私の全力はいとも簡単に受け流され、そして反撃の一撃が……ってアレ? 師匠? もしかしてもう助けに来て……。


「……なかなかの勢いだが無駄なあがきはせんことだ」


「うわらばっ!」


な、ナンデ? いや、先に攻撃したのは私なんですけど、ちょっとひどくないですか? がくっ。

閲覧ありがとうございます



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