⑬ 少女、甘味を得る
そのころ1階の食事処の片隅では、ギルドの受付嬢が着ている服と同じ服を着た女性と、育英学校の制服を着た女子高生が向き合って座っていた。
―――
「ふんふん、なるほどねぇー。あ、お菓子とかも頼もうか?」
「い、いえ、結構です!」
咄嗟に断ってしまいましたが、失礼じゃなかったでしょうか? そう思ってちらりと相手の顔を見れば、向こうは普通に笑顔で首をかしげてきます。綺麗な人がそんな可愛い動作をするなんて狡いと思います!
じゃなくて、ですね。
えっと、今、私は目の前の受付の人と一緒に飲食スペースにいて水を飲んでます。
あぁ、いきなり結論だとわかりにくいですよね? 話の流れとしては、ロビーで師匠を待ちながら一人寂しく水を飲んでいたんです。
そしたら、なんか受付のお姉さんっぽい人がきて、私の座ってるテーブルに相席してきたんですよね。
で、そこでチビチビ水を飲んでいた私に「ねぇ? アナタ学生でしょ? ここで何してるの?」って聞いてきたんですよ。
(職務質問? もしくは営業の邪魔だから出ていけってこと? このままでは営業妨害で捕まる!?)
「し、師匠が……」
「師匠?」
焦った私は「師匠に言われて師匠が戻ってくるのを待っているんです!」と正直に伝えたんです。
だけどお姉さんは私のいう『師匠』が私と一緒にここに入ってきた学生だって知っていたみたいで、疑いの目を向けてきました。
気持ちはわかります。
私も少し調べましたが、探索者における師弟制度というのはプロ(Cランク以上)である探索者が正式に認めた弟子を育成する制度です。
そして師匠というのは、弟子と認められた探索者が自分を指導してくれるプロの探索者を呼ぶ際に使われる言葉です。
だから師匠がプロであることを知らない人たちからすれば、私の言葉は学生の「ごっこ遊び」みたいに見えてしまうんですね。
そしてここは本物の探索者が集まるギルド支部です。
そんな場所で、ごっこ遊びとは言え学生が学生を『師匠』なんて呼ぶのは面白くはないでしょう。だからお姉さんも『もし知らないなら教えてやろう』って感じだったと思うんです。
そこで私を追い詰める為(だと思うんですけど)に、師匠の名前とかランクとかを聞いてきたんで、アワアワしてたんですが……「ランクはわからないけど名前は【じんぼこうた】さんです」って言ったら、向こうは急に納得してくれました。
それが冒頭の「ふんふん、なるほどねぇー」に繋がるわけです。
そこで受付嬢さんが失礼したからって飲み物をおごってくれるという話になったんです。
だけど師匠から飲食厳禁と言われてた私はおごってもらう訳にもいないのでお菓子は断ったんですよ。
だけど断ってから「断るのも失礼かな~」とか「妹達にテイクアウトして貰えるならおごって貰いたいなぁ~」と葛藤してたら、どうやら声に出てたみたいで苦笑いされてしまいました。
うぅ……恥ずかしい。これも私が貧乏に慣れてないせいです。二人いる妹のうち、下の妹はオヤツが減ったとか、ご飯の種類やおかずの数が減ったと言った感じで生活環境が変わったことには気付いてますが、まだ幼いせいか順応も早く、特に問題はないのです。(ひもじい思いをさせてるのは大問題ですけど)
だけど、私は普通の女子中学生だった頃の癖が残っていて、おやつが有れば食べたいと思ってしまうし、上の妹にも久しぶりに甘いおやつを食べさせて上げたいとも思っちゃうんですよ。
いい加減、餡や砂糖の入ってないヨモギ餅をお菓子と言い張るのも厳しくなってきましたし、噛む力が強くなるとかは女の子にとって長所じゃありません。
お母さんが頑張ってるのはわかるので1円も無駄にする気はありませんが、せめて砂糖だけでもテイクアウトできればって思ったりしているのですが……あれ? いや、まて。落ち着け。でも、もしかしたら……
「あの、ここにあるシュガースティックって……」
「ん?」
「無料、ですよね?」
「えっと、まぁ確かにソレはサービスだけど……いくら飲み食いせずに待ってろって言われたからって砂糖単品で栄養補給するのはどうかと思うわよ?」
「よっしゃぁぁ!」
受付のお姉さんが何か勘違いしてますけど、そんなの関係ねぇ! 非常食兼栄養補給の名目で持っていきますよ! あ、でも一応名目は必要ですよね。
「いやぁこれからどんな事をされるかわかりませんからね。こういう形でも栄養を確保しておかないと……そ、それにほら! 砂糖って甘いですし? ゴブリンとかの罠に使えるかもしれませんし!」
砂糖をゴブリンごときに譲る気はありませんが、とりあえず名目になれば良いんです! まぁあんまり大量に持って行って出入り禁止になったら困りますから、3本…いえ5本で我慢しますけど!
「そ、そう? 確かに実験として学生さんが試すには良いかもしれないけど……」
よし! お姉さんの様子を見れば5本なら大丈夫そうですね! どこまで行けるか試したいところですが、ここは今日が初めてです、安全ラインを確認できただけでも良しとしましょう!
「……そんな真剣な目でシュガースティックを懐に入れる女子高生は初めて見るわね」
ふっ、お金持ちのお姉さんにはわからんとです!
「なんで勝ち誇りながらも恨めしそうに私を見るのかしら? っていうか、一体どんな感情が渦巻けばそんな目になるの?」
貴女も父親がギルドの職員さんに騙されて借金背負わされた挙句に死んじゃって、いきなり無一文になって世の中に放り出されたらわかりますよ!
……なーんて態々自分の不幸話を吹聴して歩く気も有りませんよ? こんなことは今のご時世ではありふれた話ですからね。
むしろ私たちは恵まれています。借金の相手がギルドであり、お母さんが体を張ってまで私たちを守ってくれて、そして私に探索者の素養が有ったからこそ、こうして学校に入学することもできて、師匠の弟子になるっていう選択肢も有ったのですからね。
もしもお母さんが私たちを捨てて逃げたり、私に探索者の素養が無ければ、私たちはあのギルドの職員さんに飼われる娼婦のようなモノになっていたことでしょう。
実際に私と同い年くらいの子がそういう職業に就いているケースもあるって言うのも聞いていますしね。まぁ飼われる相手はギルドの職員さんではなく、そういうお店の人たちに、ですけど。
とにかく、私たちは最悪では有りません。だからこそ不幸自慢なんかよりももっと明るい話題をしたいんです! だけど……明るい話題って何かあったかなぁ?
師匠が良い人だってことは明るい話題ですかね?
「そう言えばお姉さんは師匠の事を知っているんですか?」
最初は疑ってる感じでしたけど、名前を聞いたら納得しましたよね?
「ん? まぁ知ってるというか何というか。この辺は守秘義務になっちゃうからなぁ。とりあえずは言えるのは、知らないわけじゃないってことと、彼は間違いなくプロだから安心して教えを受けると良いよってことくらいかな?」
そう言ってお茶に砂糖を入れて行く受付嬢さん。
なるほど、教師の方々からの情報や師匠の様子を見て人違いとか勘違いって線は無いとは思ってましたけど、これで確定です! あの人は正真正銘のプロです!
……こうなったらできるだけ早く体の関係になっておくべきですよね? なにせ今の私には体しか払えるモノが無いし、関係がないままだと師匠が飽きたりするかもしれませんし。
それに体の関係になったら情が湧くかもしれません。そうなれば色々助けてもらえる可能性も上がります! ……よね? 「私なんか1回でイイや」とかなりませんよね? いや、師匠は優しい人だから大丈夫!
ま、まぁその辺は微妙だけど、そもそもその1回すらもしなければどうなるかって話です。
男は何時だって狼だっていうのは知ってます。師匠がそうだとは言いませんけど実際中学校の頃の同級生やギルドの職員さんはそうでしたからね。全くの無欲ということはないでしょう。
それなのに師匠の優しさに甘えていつまでも師匠との体の関係を拒んでたら「めんどくせぇ女」とか言われて捨てられてしまうかもしれません。そしたら私たち一家はどうなることか……
あぁ、ダメダメ! 暗いこと考えちゃダメ!
「いや、いきなり俯いたり頭をブンブン振られたり、決意を込めた目をされても困るんだけど」
……わ、忘れてました。そうですよね! 目の前には受付のお姉さんが居るし、他にもこっちを伺ってる人は居るんでした!
思わず俯いて赤面してしまう私に、重ねて苦笑いをする受付のお姉さん。
というか、実はさっきから確認してますけど、ちょーっと砂糖入れすぎじゃないですかねぇ? 一杯のお茶に2袋ぉ? パンのミミを使ってラスク作れますよ?
いや、油は高いからダメだ。
菜種からは意外と取れないんだから贅沢はダメだ! クソっ! 妹にラスクすら食べさせてあげられない自分の無力が憎い!
「そ、そんなに見られると飲みにくいんだけど……やっぱりおごろうか?」
そう言ってメニューを開こうとするけど、これはあれですね? 私の家の経済状況がどうこうじゃなく、学生だから萎縮してるって思われていますね?
まぁ確かにこのお店は探索者のギルドに併設してるだけあって、高級な感じがする喫茶店ですから、普通の学生にも敷居が高いですよね。だから遠慮してると思われてるんでしょうけど……
「いえ、師匠から『何かを食べるのはやめておけ』というお達しですから。水くらいなら許してもらえるでしょうけど、これくらい守れないようでは弟子として失望されてしまいます」
それに、基本的に探索者は個人情報を重要視します。受付のお姉さんが名乗らないのも、私たちが件のギルド職員さんの名前を知らないのもその為です。お母さんは知っているかもしれませんけど、それでもネームプレートに書かれている苗字だけだと思われます。
これはどんな些細な情報も明かさないというギルド職員のルールとその覚悟の現れです。
職員ですらそうなんですから、師匠をはじめとしたプロの探索者の情報がどれほど貴重なものなのか…それがもし食べ物を餌にされて情報漏洩したとなれば説教では済まないでしょう。この人たちは情報のプロでもありますから、わずかな会話からでも情報を抜いてきますしね。
ま、まぁ職務質問されて師匠の名前を明かしたのはシカタナイですけど! シカタナイですよね!? シカタナイってことにして下さい!
「なるほどねぇ、じゃあ「ほう。中々良い心がけだ」……あら、お話の前に来ちゃたか~」
受付のお姉さん何かを提案する前に、ようやく私が待ち望んでいた師匠が戻ってきました!
話が途中で終わってしまったお姉さんは心なしか残念そうな顔をしていますが、私には関係ありません! いや、お礼はしないといけませんね。
「受付嬢さん、色々(シュガースティック)ありがとうございました!」
貴女がいなければ店の中に入ってコレを得る事はできませんでしたからね! ……こんなことを感謝されても困るでしょうから細かくは言わずに感謝だけを告げます。
「えっと……どういたしまして?」
ふふっ。案の定お姉さんは何のことか分かってませんね。だけどもうお礼は言ったから良いんです。私の狙いはあくまで師匠なんですから!
「やっと来ましたね師匠! さぁ、言いつけを守った私を可愛がってください! なんならお泊りだってオッケーです! そして妹たちへのお土産を買ってくださいっ!」
さぁ! かもーん!
「なんでだよ」
「ふぎゃ!」
て、照れ隠しにしては刺激が強すぎますよ……がくっ。
閲覧ありがとうございます




