表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

アビュースビジネス

作者: 安藤ナツ

 新しい高校に転入すると、ボクは産まれて初めてイジメの現場を目撃した。

 見るからにガラの悪い五人組が、見るからに大人しそうな小太りの同級生から金をせびっていたのだ。罵詈雑言と共に財布を強引に奪い取る姿は、ドラマのようで現実感がまるでない。しかし、物珍しさにその様子を見ていると、「なに見てんだ」と言われたので見世物ではなかったらしい。

 その言葉の通り、クラスメイトはおろか、教師まで無関心を徹底しており、イジメの事実はまるで存在しないかのようだった。

 イジメと言う異常事態を、全員が無視すると言う異常事態。

 異常事態が常態化して、もはや異常事態が平時になってしまっているわけだ。

 不謹慎ではあるが、ボクはこの異常な平常運転を面白いと思ってしまった。

 そして面白い物は金になる、と言うのが世の常だ。

 転入祝いに、少しお小遣い稼ぎでもさせてもらうとしようか。

 さて。どれくらい、彼等は無関心を貫けるだろうか?




 三週間後、新しく作った僕の口座には一七〇〇万円程の金額が振り込まれていた。

 まったく、クラウドファンディング様々。良い時代になったものだ。口座アプリを確認した後は動画投稿サイトのアプリを立ち上げ、今回の為に新たに習得したアカウントの動画再生数を確認する。


『現代の闇。白昼堂々教室で行われるイジメの現場 ①』三二五万回再生。

『現代の闇。白昼堂々教室で行われるイジメの現場 ②』三一九万回再生。

『現代の闇。白昼堂々教室で行われるイジメの現場 ③』三〇七万回再生。

『現代の闇。白昼堂々教室で行われるイジメの現場 ④』三〇一万回再生。

『現代の闇。白昼堂々教室で行われるイジメの現場 ⑤』二八七万回再生。


 投稿された動画は五つ。その全てが、転入から二週間で集めたイジメの動画だ。モザイクや声に編集はあるけど、全てが本物のドキュメンタリー作品と言って良いだろう。

 再生数稼ぎ工作をしたのもあって、予想以上に再生数が回ってくれた。ただ、チャンネル登録者数が一〇〇〇人になっていないので、残念ながらこの動画から収益は見込めない。友達に頼んで面白おかしく編集までしてもらったのに、これは予想外だ。なんで三〇〇万人も見てるのに、チャンネル登録者数が三桁なんだよ。

 いや、でもイジメの現場を隠し撮りした動画を投稿しているチャンネルをお気に入り登録しているなんて、他の人には見られたくない気持ちはわからなくもない。

 うーん。でも、悔しいな。

 いや。クラウドファンディングで一七〇〇万も儲けたのだから、贅沢を言えば罰が当たるか。


 ボクが行ったクラウドファンディングは二つ。

 ひとつ目は『一定の金額毎に情報を開示する』と言うもの。

 例えば加工した声を元に戻すだとか、モザイクを薄くするとか、学校の名前を公開するとか、加害者の名前を公開する、とかだ。

 もしイジメに参加していことが世間に知られれば、その人間の人生は終了とまではいかないがハードモードになることは間違いない。学校だってイジメを放置していたとなれば評判はガタ落ちだ。同じ学校に通っていたと言うだけで、風評被害は免れないだろう。

 もし、たった数百円を支払うだけで、他人にそんな不幸を押し付けられるとしたら? きっと喜んで金を払う人間は少なくないとボクは踏んだ。世の中、人の不幸を楽しむ人間は少なくない。自分の手が汚れないとなれば尚更だ。


 もっとも、ボクはそんな汚れた品性の持ち主ではない。

 だから、加害者や傍観者にチャンスを用意した。

 それこそが二つ目のクラウドファンディングであり、その内容は『払った金額だけ、ひとつ目の金額を相殺する』と言うものだ。自分の人生を守りたければ、自分の手で切り拓けと言うわけだ。

 この目論見は上手くいった。

 集まった金額以上に、最高のエンターテイメントを用意してくれたのだ。

 最初の内は『止めろや! ボケが!』と声を張り上げる加害者達だったが、日が経つにつれてその態度は弱々しくなっていき、最終的には泣き縋って謝る様が見られた。

 ボクが思うに『いいわけ』は最高のエンタメだ。必死になって相手を納得させようとする姿には、心を動かす熱量があるとは思わないだろうか? 不良達の自己弁護は最高の見物だった。

 傍観者だったクラスメイトや教師も同様だ。自分は悪くないと被害者君を説得しようとする姿勢は、どんな授業よりも熱心であった。その真剣さが、エンタメとしての質を際限なく上げている。

 まあ、そんな彼等の努力も虚しく、最終的には“ひとつめ”が勝利した。インターネットに潜む愉快犯達は無尽蔵とも思える資金を供給してくれた。

 こんなに儲かるなら、上限金額なんて無い方が良かったな。

 いや、でも、これ以上はやっぱり余計だ。

 被害者君はイジメから解放され。

 加害者と傍観者達は社会的な制裁を受け。

 無関係な人々は正義に酔いしれ。

 そしてボクは小金持ちになれた。

 うん。全部丸く収まった…………と、言うことにしよう。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ