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僕の恋人

作者: 八町

 ビルの隙間からは、沈みかけた太陽がちらちらと見える。歩道に植えられた花は、太陽の恵みを受け、まるで太陽に恩返しでもしているかのように、赤やピンクの花をキレイに咲かせ、風に吹かれて小刻みに揺れている。冬の置き土産のようなちょっと冷たい空気と、春の訪れを告げる暖かい空気が交互に現れ、あれだけ早く冬が過ぎ去って欲しいと思っていたのに、過ぎ去った冬にも懐かしさを覚え、そして、これから来る躍動の季節に胸を躍らせる。僕は、これから新しい恋人に会うため、毎日通勤で通っている道なのに、今日は大学に入学したての新入生が新しい町を歩いているような気分で、駅前の待ち合わせ場所に向かっていた。


 僕は今まで久恵と言う女性と付き合っていた。しかし、最近はいつも結婚を迫り、そして、つれない返事をする僕に罵声を浴びせる久恵に疲れ果てていた僕は、ネットで知り合ったパンダというニックネームの女性と恋に落ち、今日始めて会うことになっていたのだ。別に最初からパンダが好きになったという訳じゃない。ネットで恋愛相談の書き込みを見ていて、何度かアドバイスやエールを送っているうちに、自然と恋愛感情が芽生えてきたのだ。初めは、パンダの相談に僕が答える形だったが、いつしか、お互いのメルアドを交換し、毎日のようにメールで会話するようになっていった。そのうち、パンダは価値観や人生観、そう言ったものが、自分と同じものを持っている女性だ、そう思えてきたのだ。そして、今日、そのパンダと言う女性と合う約束を取り付けた。パンダは目印の赤いハンカチを右手に持って、僕を待っているはずだ。


 久恵には昨日別れ話をした。本当は寂しがり屋のくせに、気の強いのが自分のいいところだと思っている女だったので、何を言われるかびくびくして話を切り出したのだが、久恵は意外にもあっさりと「あっそう。それじゃ、さよなら」と言っただけだった。人気のない公園の街灯に照らされながら去っていく久恵の後ろ姿を見て、なんとなく、ほっとしながらも、申し訳ない気持ちが頭の中を通り過ぎたが、久恵の姿が完全に見えなくなって、回れ右をして歩き出した時には、僕は新しい恋に少しづつ浸っていく自分を感じていた。


 駅前交差点の赤信号で待っている時、花見をして酔っ払っている学生の集団が横で騒ぎ始めた。いつもなら迷惑顔で咳払いの一つもするところだが、今日はそんな心の狭い人間ではない。若い時には、はめを外すこともあるさ。僕は、自分の若い頃を思い出して、そういって穏やかな目で学生達を見ていた。


 信号が青に変わって横断歩道を渡った。ここまで急ぎ足で来たが、横断歩道を渡る時は、自分のあせる気持ちを落ち着かせるように、わざとゆっくり歩いた。横断歩道を渡りきると、僕は目印の青いハンカチを左手に握り、一呼吸置いて、待ち合わせ場所の駅入り口の時計の下を目指した。人込みに流されながら時計の下に着いたが、どうやらパンダはまだ来ていないらしい。時計を見ると約束の時間まではあと十分ある。僕は、キョロキョロしながらそこでパンダが来るのを待っていた。


 しばらくすると、一人の女性が横断歩道を渡り、赤いハンカチをバックから取り出して右手に持ったのが目に入った。その女性は僕の方に向かって歩いてきた。そして、僕が、その女性は久恵だと判るまで、そう時間は掛からなかった。


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