第五話 最初の選択
あの話し合いから一週間が経った。俺たちは馬車に乗り、聖都アイギズに隣接する農業大国フェレライへと向かっていた。そう、あの話し合いの結果、フェレライにある魔道学園へと向かうことに決まったのだった。そして、'俺たち’と言ったように、馬車に乗っているのは俺だけでは無い。あの話し合いの場に一緒に居た白い刺繍の聖女も共に乗っており、馬車の外には、あの時部屋の隅に佇んでいた甲冑の騎士の一人が馬に乗り護衛していた。
「ヒズミ様は、馬車に乗るのが初めてと仰っていましたが…」
今ではメイド服に変わっている、元白い刺繡の聖女が心配そうに声をかけてくる。
「大丈夫ですよ。馬車と聞いていましたので、かなり揺れると思っていたのですが、流石に転生者の残した技術だけはありますね」
「そうですね。この馬車、正確に言うなら、魔道馬'アイアンバイン’と舗装されたこの道は、かつて降臨された転生者様方の偉業です」
淡々と、しかしどこか誇らしげにそう話す。俺たちが乗っている馬車の馬に当たる部分は、魔道具'アイアンバイン’と呼ばれている。このアイアンバインは、魔鉱石をエネルギー源として動く、馬の形をした鉄塊である。転生者が訪れる以前から、魔力を基に稼働する物は存在していたが、転生者たちはそれらを'魔道具’と名付け体系化し、より精密な動きや多機能性をもたらし、この世界の技術の向上に寄与した。また、魔道学園には、魔法を学ぶ魔法科以外にも、魔道具作成について学べる魔道工学科が存在するとも言っていた。これらは全て、目の前の少女キティに教えてもらったことである。
「舗装された道が転生者の偉業というのはどいうことでしょうか」
「そうですね、フェレライまで時間もあることですし、過去の転生者様の偉業についてお教えしましょう」
おそらく日本出身であろう転生者の話を聞きながら、ふとキティと出会った一週間前を思い出した。俺がフェレライの魔道学園に通うことに決まったデイヴィッドとの会話を‥‥
「ヒズミ様はどうなさいますか」
デイヴィッドから魔道学園に入学するか尋ねられた。
「アイギズと親交の深い国の魔道学園へ入学することは可能でしょうか」
正直にいうと、魔道学園に入らない理由がない。この世界について知ることがポイントを稼ぐのにも繋がる。しかし、他の転生者と同じ学園に通った場合、ポイントの入手手段は限られているからポイントは奪い合いになるだろう。もし他国の魔道学園に通うことができれば、他の転生者の争いから離れてポイントを稼げる。
「理由をお尋ねしてもよろしいでしょうか」
アイギズの王が俺に尋ねる。
「他の転生者たちの不安を取り除くためです。私はこの世界に転生する前、多くの人間を殺したため他の転生者たちに警戒されています。故に、私が他の転生者たちと同じ学園に通うのは問題があると考え、先の様なお願いをいたしました」
当然本心というわけではないが、嘘はついていない。俺の言葉に教皇は少しの間沈黙し、他の転生者たちを見渡した。
「皆様方…今の話は本当でしょうか」
「本当よ」「本当ですね」「マジだよ」
少年少女が口をそろえて答える。
「そうですか…」
彼らの返答に、デイヴィッドは顎を撫でつつ思案する。
「分かりました。では、アイギズと最も親交の深い隣国、'フェレライ’の魔道学園はいかがでしょうか」
無事、他国の魔道学園に入学できそうだ。やはり転生者とはいえ、爆弾は抱え込みたくないということだろう。そして、放置もできないから監視も付けられるはずだ。
「ではフェレライ?の魔道学園に通わせていただきたいです。それと、フェレライについても教えていただきたいのですが」
流石に何も知らない国に飛び込むのは不安だ。アイギズと親交の深い国ということから、そこまで悪い扱いはされないと思うが。
「フェレライは、アイギズに穀物や果物などの食料を多く輸出していただいています。農業大国と呼んでも差し支えないでしょう。これ以上のことは、お世話役に聞いていただくのがよろしいかと」
「お世話役とは何でしょうか」
「過去の転生者様たちを鑑みるに、皆様には様々な困難が待ち受けているでしょう。そこで、神様の遣いである転生者様たちと発展してきた我ら、アイギズの民は、少しでも皆様の力になりたいと考えたのです」
「それが…」
「はい。他の国や魔道学園、この世界の常識をお教えしたり、皆様の身の回りのお世話をする'お世話役’と魔獣などの敵から皆様の身をお守りする'護衛役’でございます」
来たな監視が…
「それって私たち全員に付くのでしょうか」
茶髪の少女が口を開く。
「もちろんヒズミ様以外の皆さま、一人ひとりにも仕えますし、皆様同士で対立するとしても、必ずお仕えした転生者様の味方になります」
転生者だろうと自分より強い生物に襲われれば簡単に死ぬ。魔獣という存在がどの程度かわからないが、護衛がいるに越したことは無いだろう。それに、国を移ってからの人間関係の構築のためにも、常識を早めに吸収しておいたほうが良いだろうから、お世話役という名の監視も上手く利用していこう。
「それでは、皆様の魔道学園への入学準備が整うまでお部屋でお待ちいただけますでしょうか。後ほど、皆様の'お世話役’と'護衛役’が皆様のお部屋をお尋ねいたします。今後の予定は、彼らからお聞き下さい。彼らの護衛があればアイギズを好きに散策していただいて構いません」
その後、聖女たちに連れられ、それぞれの部屋に案内された。思っていた以上に部屋は大きく、煌びやかな装飾や照明が使われている。寝室のみではなく、複数の部屋に分かれており、シャワーやキッチン、トイレ等も備わっていた。いわゆる、スイートルームとでも呼ぶべき部屋である。お世話役たちが来るまでいろいろ物色しつつ、この世界の文明レベルでも考察していよう。