第三話 ゲーム開始
「もう嫌だ…」
暗い闇の中、スポットライトが照らされている。スポットライトの中心で、俺は一人、椅子の上で膝に顔を埋めて座っている。椅子の周り、暗闇の中には、42個の人だったものが転がっている。
「死んでお終い…そんな都合のいいことを考えていたんだ。けどもし、次の俺に業を背負わせずに済むのなら。より幸福な次が与えられるのなら、どんなことをしてでも…」
最後にこちらに視線を向け、スポットライトの明かりが落ちる。
ゴトンッ―扉の閉まる音と床の冷たい感触と共に目を覚ますと、目の前には膝をつき、祈りを捧げる、白い宗教的装いに身を包む女性が居た。周りを見渡す。小さくなった他の三人と、目の前の女性同じ格好をした女性が三人周りを囲んでいた。どうやらこの部屋は儀式用らしく、祭壇の上に牛の頭が置いてあり、床には何らかの文字の羅列が人の血で書かれている。部屋の四隅には、甲冑を身に着けた騎士が佇んでおり、その内の一人が俺が起きたことを確認すると、この部屋唯一の大きな両開き扉を出て行った。おそらく人を呼びに行ったのだろう…この状況をよく理解している人間を。
状況が動く前に改めて白い服の女性を観察する。髪の色は全員バラバラだが、全体的に堀が深く、色白に感じられる。彼女たちは、この世界ではオーソドックスな外見なのだろうか?神様はギーア大陸に送ると言っていたが、具体的にどんな国や人種が存在するかは言ってなかったため判断できない。服装に目を向けると、全員大まかには同じ服装だが、目の前の女性には白い刺繍、右の女性には黒い刺繍、後ろの女性には青い刺繍、左の女性には赤い刺繍が施されている。そういえば俺はどんな服を着ているんだ?
まず目に入るのは、小さくなってしまった手のひら…本当に十歳に戻っているようだ。白い布で作られた、貫頭衣の様な衣装を身にまとっている。刺繍は特になく、他の三人も同様の服を身に纏っている。そういえば'モノリス’は?
ガコンッ―思考を打ち切るように正面の扉が開いた。
扉が開かれたときの振動で茶髪の少女も目を覚ました。
「ここは…体が縮んでる。ホントに新しい世界に来たんだ。ほらアンタたち起きなさい」
茶髪の少女が最初に目を覚ますと…周りの二人も起こしだした。
意外と適応力が高く、面倒見も良いらしい。
「ううん…」
二人とも目を覚ます。
「…どうやら本当に転生したようですね」
プラチナブロンドの少女?が茶髪の少女に話しかける。
「ええそうみたい。ただこの体に上手く馴染めてないみたいで上手く立てないわ」
そう言って茶髪の女性は立ち上がろうとするが、バランスを崩し尻餅をついてしまう。
「私は…一応ちゃんと立てますね。元々16歳で、6歳戻っただけだからでしょうか」
プラチナブロンドの少女?は多少ふらついたが、無事に立ち上がって見せた。
「皆様少しよろしいですかな」
頭に白い帽子を乗せた、白い髪に黒を基調とした、宗教的な装いの老人が、金で装飾された杖を突きながら歩いてきた。
甲冑の騎士が呼んできた人物である。
「我らが神の託宣に基づき、皆様を召喚いたしました。そして、皆様は我らが神に試練を授けられた転生者と推察いたします。そこでまずは、この世界について、その後これからの皆さまについて話し合えればと考えるのですが…」
目覚めたばかりの三人は顔を見合わせる。
「是非お願いします」
真っ先に俺が答える。これからは行動するなら一番に行うべきだ、記録ポイントのことを考えても。
「畏まりました。私は先に部屋へ行き、用意をしておきます。聖女たちの案内の元、ゆっくりいらしてください」
老人が正面のドアから出て行く。俺たちの元に聖女と呼ばれた女性と騎士たちが近づいてきた。
「私が話の場まで案内いたします。騎士たちは護衛なので、転生者様たちに危害は加えることはありません。安心してください」
優し気な笑顔でそう言ってきた白い刺繍の聖女の後を、俺たちは着いて行く。
茶髪の少女は、赤い刺繍の聖女に歩くのを手伝ってもらい、最後尾をゆっくり着いて来ていた。
特に会話もなく、様々な絵画や美術品で飾られた長い廊下を歩いていく。教会が豪華絢爛な品で飾り付けられていて、大丈夫なのだろうか。それだけ教会の権威が大きい?いやそもそも俺の世界の教会と同じ役割なのか?そういえば、初めて現地民と会話したが、記録ポイントは入っているのだろうか。などと考えている間に、一つの部屋に案内された。
華美な装飾は無く、大人数で使うための大きな部屋である。部屋の中央には、大きな長机があり、椅子の前には紅茶が置かれている。修道女の案内の元、席に着く。俺の隣には、プラチナブロンドの少女が座るようだ。黒髪の少年がこちらを睨みつける。
先の老人と聖女が座り、老人が口を開く。
「とりあえず、自己紹介から始めましょうか。私の名はデイヴィッド・C・アイギズ。ここ聖都アイギズにおいて、教皇の役割を担っているものです。転生者様のお名前をお聞かせ願いたいのですが」
教皇ということは、宗教団体における最も偉い人のはずだ。さらに、ファミリーネームがアイギズということは、王族かつ教皇ということか。聞きたいことはあるが、とりあえずは自己紹介が良いだろう。席を立ち、教皇に顔を向ける。
「私の名前は榊原 歪と言います。聞き慣れない名前だと思いますので、歪と御呼び下さい。デイヴィッド様は、この国をお治めになっていらっしゃるのでしょうか」
「はい。確かに私は教皇であると同時にアイギズの王であります。それと、デイヴィッドと御呼びいただいて構いません」
「お答えいただきありがとうございます」
俺は一礼するとともに席に着く。
次に、対面の席に座る茶髪の少女が席を立つ。
「私は宝生 水月です。私のことは水月って呼んでください」
プラチナブロンドの少女と黒髪の少年も同様に席を立つ。
「私は神楽坂 聖。好きに呼んでいただければ」
プラチナブロンドの少女の性別は、名前からも判断できなかったな。
「オ、オレは梵 一樹です。よ、よろしくお願いします」
黒髪の少年は、完全に上がっているようだ。
「ではヒズミ様、ミズキ様、ヒジリ様、カズキ様と御呼びいたします。まず、皆様の転生したこの世界についてお伝えいたしましょう」
そこからデイヴィッドの説明が始まった。
俺たちの転生したこの国は、先程にも出たように、聖都アイギズと呼ばれる都市国家らしい。
アイギズは周りの6つの国と隣接するため、全ての国の中心であることを活かし、貿易によって国は繁栄してきた。他国にとって明らかに旨味の大きいこの国は、他国同士の争いや、この国が有する宗教的権威のため、下手に手出しできないらしい。
ついでとばかりに、この国の歴史についても聞かされた。聖都アイギズは、このギーア大陸に成立した最初の国家エントラムの主要都市の一つであり、エントラムは、デイヴィッドの先祖が指導者として、神に導かれ、造り上げた国らしい。しかし、エントラムは王位継承戦争の結果、3つの国に分裂してしまった。その内の一つが、元々あった都市の名を受け継いだ、聖都アイギズというわけである。