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転生者対抗人生ゲーム  作者: 黒真黒
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第一話 獣の最期

 ミノタウロス―ギリシャ神話に登場する牛の頭に人間の体の怪物である。

 クレタ島の王位継承権を巡る兄弟同士の争いにおいて、ミノス王がポセイドンから美しい雄牛を譲り受けた。その際、ミノス王は後でその雄牛をポセイドンへ生贄に捧げることを約束していた。

 しかし、ポセイドンとの約束を反故にしたせいで、ミノス王の后パーシパエはその雄牛に欲情する呪いをかけられてしまう。

 その結果、誕生した怪物がミノタウロスである。ミノタウロスは初めアステリオスの名を与えられるが、成長と共に凶暴性や残虐性が顕著になり、ミノス王の命でダイダロスの作成した迷宮へと閉じ込められてしまった。閉じ込められたミノタウロスの食料として、9年ごとに7人の少年と7人の少女が迷宮に投げ入れられた。これによりアステリオスはミノタウロス(ミノス王の牛)と呼ばれるようになった。

 最終的には3度目の生贄にテセウスが志願し、ミノタウロスは倒されることになるのだが…


 この部屋に入ってから今日で9日目、とうとうこの小説も読み終わってしまった。

 震える手では、ただの本であっても棚に収めるのに苦労する。

 喉の渇きを覚えながら片付けに手間取っていると、ちょうど通りかかった刑務官と目が合ってしまった。

 「おい666番出てこい」

 初めて見る刑務官だ。おそらく今日で刑務官と関わるのも最後だろう。ベッドの上に小説を置き、大人しく指示に従う。

 「…はい」

 6ヶ月以内と聞いていたが、随分と早い刑の執行だ。

 両腕に枷を付けられ 、驚くほど短い道のりを刑務官に連れられ歩く。

 「入れ」

 開かれた扉の先は、1つのテーブルと2つの椅子が置かれた装飾の少ない簡素な部屋であった。

 促されるままに椅子に座ると、遅れて額の深い皺の目立つ神父が入ってきた。この部屋が音に聞く教誨室(きょうかいしつ)ということだろう。ただ…この神父どこか見覚えのある顔をしている。

 俺を連れてきた刑務官は閉じた扉の前に立ち塞がり、俺たち二人を監視するようだ。

 机を挟んだ俺の向かいの席で、少し前かがみで座った神父が口を開く。

 「予想できているとは思うが私は教誨師(きょうかいし)であり、君の様な死刑囚に道徳の何たるかを教えるよう頼まれている。殺人鬼とは言え、本来なら最後の瞬間を目前とした君のためメンタルケアを行い遺書の執筆を手伝うべきなんだろうが…」

 神父の言葉は一度途切れる。

 そうだこの神父、昔孤児院に侵入したときに見かけた…

 「君は過去に孤児院へ侵入し、無抵抗な子供たち14人の喉を切り裂いて回った…覚えてるかい」

 男性の拳が白くなるほど強く握られる。

 「…はい」

 過去の光景が脳裏を駆け巡る。

 その時は確かこの神父が出て行くのを見届けてから正面から孤児院に侵入したんだったな。

 「何故だ。何故殺した。生まれながらに障害を持ち、親には棄てられ、ようやく幸せを手に入れようとしていたあの子たちを…なんで。悪人なんざ幾らでもそこら中に転がっているだろう。どうしてあの子たちだったんだ」

 神父の眉間に皺が寄る。

 「人を殺さずにはいられなかった。誰でもいいから殺したいと思ってしまった。飢え過ぎていて選んでいる余裕なんてなかった。だから彼らを殺しました」

 嘘は無い。そしてこれは生まれ持ってしまった、どうしようもない欠陥だ。ただしこれは開き直りでは無い。自分が許されないことを行っているという自覚と後悔を持ちながら、42人の人間を殺してやっとたどり着いた結論だ。殺人衝動という欠陥を持った以上俺は死ななければならない。

 「ふざけるな、貴様ごときの快楽を満たすためだけにあの子たちは犠牲になったっていうのか」

 「だから死刑になったんでしょう」

 そして俺もそれを望んでいる。

 「許されない。殺したいから殺すなんぞ理性を持たない獣のすることだ。なぜ人間と同じ法で裁かれなければならない。貴様の犠牲になった人間が絞首刑程度で許すはずがない」

 修道服の男性が立ち上がり、机を乗り越え俺の胸倉を掴み持ち上げる。

 拳を大きく振りかぶり、俺の頬に思いきり叩きつける。

 俺の体は何の抵抗もできないまま床へと投げ出された。

 修道服の男性は俺に馬乗りになり、恨み言を呟きながら顔を殴り続ける。

 肉の潰れる音、骨の砕ける音、恨み言…この三つだけがこの部屋を覆いつくす。

 それを数度繰り返し男の息が切れてきたころ、ふと狭まる視界の端に刑務官の顔が映った。

 無くなりつつある視界の端で薄く笑う刑務官の姿を捉えた。

 おそらくはあいつも…

 男の暴力が再開し痛みも感じなくなったころ、意識は闇へと落ちて行った。


 激情に任せてミノタウロス(化物)を殺すテセウス(勇者)は人間と言えるのだろうか。

 だが一つ言えることは、彼にはアリアドネの助けは存在しないということだ。

 独り迷宮を彷徨うテセウスはきっと…化け物になり果ててしまうだろう。


 その日、四つの命が消えた。

 ある命は刑の執行の前に殴り殺され。

 ある命はゴミ山の上で炎の波に呑まれて。

 ある命は信頼していた人間に包丁で刺され。

 ある命は感情の波に呑まれた末に狂死。


 気づくと俺は白い部屋にいた。いや、白い床があるから部屋と思い込んだが、壁も天井も見受けられない。俺の周りには一人の男性と二人の女性?が倒れていた。自分の記憶を頼りに最後の瞬間を思い出す。そう俺は…修道服の男性に殴られて気絶したんだったな。奇跡的に生きていたみたいだ。

 「いや、お主死んでおるぞ」

 いつの間にか眼前には白髪、白髭の老人が佇んでいた。

 俺の足は突然の出来事と異様な気配に思わず後退っていた。

 「あなたは…何ですか」

 震えは止まらず、歯の根が合わない。おそらく、この未知の存在が無意識に放っている存在感とでも呼ぶべきもののせいだろう。

 「おお、すまんすまん。お主らが今、魂だけの状態だったのをすっかり忘れておったわい」

 笑いながらそう言うと、存在感が一気に萎んでいくのを感じた。存在感が人並みになると同時に、思わず膝を床についていた。他にも人間がいることからコイツはおそらく俺で試したのだ、最も人間とコミュニケーションを取るのに最適な姿を探るために。

 パチンッ

 コイツが唐突に指を鳴らすと同時に、周りにいた人間が目を覚まし始める。

 「ううん…ここは…」

 20代前半であろう茶髪の女性が目を覚まし周りを見渡す。

 「アンタ…確か…きゃあああ、助けて、人殺しよ」

 俺の顔を見るや否や、青い顔をして叫びだす。

 その甲高い叫び声により他二人も目を覚ます。

 「う…ん…」

 プラチナブロンドの髪の少女?が目を覚ました。

 「うーん、うるさいな…」

 無理やり起こされて機嫌が悪いのか、眠気眼をこすりながら黒髪の青年は女性を睨んだ。

 「何睨んでんのよ。一番戦えそうなのはアンタなんだから何とかしなさいよ」

 茶髪の女性が黒髪の青年を睨み返す。

 「え…いや…え???無理だろ…てか青い髪に高い背丈…本当にテレビに出てたやつだ。確か名前は榊原(さかきばら) (ひずみ)…マジでヤバイじゃん」

 黒髪の青年は俺を見ると狼狽えながら、距離を開けるためか少女?の方に後退った。

 「あなたが私たちをここに連れてきたのですか」

 少女?は俺の前まで歩みを進め尋ねてきた。三人の中で一番肝が据わっているのは、この子かもしれない。というか、この子は女の子…で合っているよな?顔はとても整っているが中性的なため判別できない。青年と同じ男子制服を着ているが、骨格は女性的な気がする。とりあえず質問に答えるのが良いだろう。

 「いえ、違います。俺も気づいたらこの空間にいたので。多分、そこのお爺さんが全部説明してくれるのではないでしょうか」

 この老人の皮を被った謎の存在は、一連の出来事を笑いながら見ていた。おそらく殺そうと思えばいつでも殺せたはずだ。コイツの狙いは俺たちを生かして何かやらせることだと推測できるが…

 「オホン、呼ばれてしまったなら仕方ない。ワシは貴様らで言う所の神様じゃ」

 老人はどや顔でそう宣言する。

 「ボケてんの?」「認知症でしょうか」「クソッ人殺しにボケ老人かよ」

 三人とも大方似たような反応である。

 しかし、自分の記憶と体験したあの存在感から否定はできない…どちらかというと悪魔とかそっちの類と言われたほうが納得できるが。

 「俺たちの最後の記憶は皆、死ぬ瞬間で終わってるってことで合っていますか」

 「その通りじゃ」

 神様?に向かって問いを投げると、満面の笑みで頷いてきた。

 「「「…」」」

 青年以外は青い顔をしている。青年もどこか考え事をしているようであるため、どうやら三人とも心当たりがある様だ。

 「ここが死後の世界っていうのは認めるにしても…そこの殺人鬼ほど悪いことした覚えはないわよ」

 茶髪の女性がそう言うと他の二人も頷く。確かにそうだ。オレが地獄に行くのは納得できるが、他三人も同じぐらいの罪を犯したかと言われると首を捻らざる得ない。罪科以外で俺たちに共通点があるということだろうか。

 「お主ら四人の共通点はすなわち…同じ日に死んだことじゃ」

 同じ日に死ぬと、まとめて天国か地獄に送られるということだろうか。

 「それだけで私たち三人がソイツと同じ扱いなんて可笑しくない?」

 「少し待て、ワシはお主らにはお願いがあってきたのじゃ。あとそもそもお主ら人間の決めた罪なんぞ神が知るわけないじゃろ。ワシら神が善悪問わず人間が生きることを許している時点で、お主らの価値観なんぞに興味を持って無いのは明白じゃ」

 “お主ら人間”が指す人間の中に、俺は入っているのだろうか。人間に必要なものが欠けている俺でも、神様から見たら人間なのだろうか。

 「そうですか…」

 三人は納得いかない表情で話しの続きを促す。

 「さてお願いというのは他でもないゲームの誘いじゃ」 

 「ゲームですか…」「なんでそんな面倒くさいことしなきゃなんないのよ」

 「それも神様基準ということでしょうか」「もしかして異世界転生ですか!!!」

 「ええい一気に喋るでないわ。全く最近の人間ときたら、やれチートスキルをくれやら、神様を下さいやら、神への敬いが足りてないんじゃないのかのう。まあ敬おうが敬わなかろうが善悪問わず全ての人間を愛しているのが神という存在なんじゃが…まあ取り合えずゲームの発表といこうかのう。」

 俺たちの視線が神様へ集中する。

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