ずっとふたりで 【再・改】
丘に生える草の葉は青々としている。
それらが放つ、初夏特有の青臭さ。草原で一人、アーツ・ラクティノースは意識してそれを深く吸い込んだ。
背中に草を敷き、空を見上げた顔に注ぐ日差し。夏の気配よろしく、かすかに肌に感じるひりつきは、仕事の最中にどこか似て。
これでは気晴らしにならないな。
ふ、と思わず小さな苦笑が漏れた。
忙殺される日々。警察での勤務も、そして騎士団の激務も双方経験してきたこの身だが、今この状況――士団長就任直後にあっては、流石にまとわりつく疲労を否定できずにいた。課題に揉まれる中で胸に溜まったものを吐き出すように、ことさら深く長いため息をつくと、どうにも意識が引き込まれていってしまいそうな気がした。
いけない、と思ったその時だ。ふと誰かが歩み寄ってくる気配がし、一瞬身構える。けれどすぐに緊張を解いて、アーツはかさりと鳴ったそちらに目を向けた。
「ここにいたのね」
言いながらすぐ隣に腰をおろしてきた彼女。青い髪と青い瞳を持つシリア・アス・ノーマは、頬に掛かった髪を少し払いのけながら小さく微笑んだ。
「眠っていたの?」
「いいや。珍しく一刻ほど時間が空いたんでね、少し気晴らしに」
外の空気を吸いたい、そんな衝動だったと思う。いずれかの神の思し召しだろうか、偶然訪れた仕事の空白をいいことに、心の赴くままに任せたのは……ずいぶんと自分らしくない行動だと今更思う。
けれど。
「アーツ」
「ん?」
「ここにいるときくらい、何も考えずに眠った方がいいわ。少し顔色も悪いみたいだし」
目に見える変化で、反論を先に圧されてはっとする。
そうか、俺は。
「……そうだな。今眠っておかないと、後で大事なものを守れなくなるかもしれない」
束の間でもいい。
赦され、許されたかったのだ、きっと。
言い訳じみた降参の合図を示すと、彼女が穏やかに微笑み、額に触れてきた。
「ここにいるから」
「ああ」
答えながら、ひんやりとした心地よさにまぶたを閉じる。
今、ほんの少しだけ。
直後容赦なく襲ってきた眠気に任せ、アーツはひとときの自由へとその身を放った。
直後、聞こえてきた静かな寝息に、シリアはほっと安堵の息をついた。
ここは幼い頃からの、二人だけの特別な場所。それをわかって――いや、無意識だったのかもしれないが――来たのだろうに、なお頑なさに囚われた有様では、ああでも言わなければ彼の身の酷使は続いていただろう。彼には護りたいものがたくさんある。それは分かっているけれど、同様に、自分にだって護りたいものがあるのだ。
「特権、だもの」
額に当てていた手で、そのまま前髪をひとふさすくう。さら、と指の間をすり抜けた黒髪。その下の無垢な寝顔に、密かに高まっていた鼓動が鎮まり、切なさがぶり返る。
「だから無理しないで」
小さく言ってみるが、彼がそれをやすやすと受け入れるとも思えない。そんなところばかり頑固な彼を、これからも諌めていかなくてはならないだろう。
だから、一緒にいる。
一緒にいたいのだ。
二人でいることが必然だと言える、そのときまで。