雪の妖精(2)【移】※年越しSS
完全に日が暮れ、宴会の準備が整った頃。それを狙ったかのように、ドワーフのカガンとその妹ササナがやってきた。ウィラードがここへ来る途中で声をかけていたらしく、家の中が一層賑やかになった。
キリムが飾りつけた食卓の上には、持ち寄られた数々の料理の他に、ウィラードが持ってきた異国の酒瓶、目に楽しい年越しの菓子が載っている。まるで貴族の食卓のように豪華なそれに、誰もがひと時童心に返ってはしゃいでいた。
宴会といえば余興がつきものだが、その口火を切ったのは、珍しくもウィラードだった。普段決して自ら表立たない彼が披露したのは、鮮やかな手先の妙技。滑らかなその動きの中から突如として現われる硬貨や紙片。羽織った濡れ羽色のマントの下からは色とりどりの花が現れ、無邪気な喝采を送る少女には、硝子球のような飴玉がたくさん贈られた。
それに続けとばかりにナタリフが取り出したのは、どんな形にでも変えられる《変形》の魔法のこもった魔法道具。ぷよぷよとしたそれに、ものの名前を唱えて杖を当てると、淡い光を放ちながら変形していくのだ。東の大陸ルナシアの交易商が露店で売っていたというその品に、皆驚き歓声を上げる。
次ぐキリムの舞踊やイチゴの愛らしい歌声などを堪能しているうちに、食卓に並べられた皿の中身が寂しくなってしまい、そろそろ甘味に手をつけようかという頃になった。甘いものは別腹と主張するキリムが、その先手を切って焼き菓子に手を伸ばしたその時。
コンコン。
玄関の扉が突如鳴った。皆が視線をそちらに向ける中、シリアが返事をして玄関に走る。
「はい。どちらさまです……きゃっ!」
扉を開くと外はいつの間にか吹雪になっており、吹き込んでくる風の中からのそりと大きな何かが入ってきた。その背の方で扉が閉まるなり、まるで雪だるまのごとき体躯が口を開いた。
「ふー。やっと着いたな。おう、シリア」
雪をはたき落としながらフードの下に現れた顔。シリアはその顔に驚いて小さく叫んだ。
「ザイガンのおじさま!」
外套を脱ぎ始めた彼――リシリタ王国騎士団総団長ザイガン・アルファットが小さく笑う。
「久方ぶりだな。変わりないようで何よりだ」
「おじさま、どうしてここに?」
「今日は年越しの日だし、丁度仕事も片付いたんでな、少し外に出てみるかという気になったんだが……」
そう言ってザイガンは背後を振り返る。
「こいつの執務室の前を通りがかったら、まだ明かりがついてたんでな。起きているならお前も付き合えと引っ張り出すついでに、夕飯をたかりに来たのさ」
その言にシリアはザイガンの背後を覗き込む。同じように外套を脱いで雪を落としている人影がそこにいた。
「ただいま、シリア」
苦笑しきりの彼――アーツ・ラクティノースの姿に、シリアの表情がみるみる明るくなる。その花咲く横顔を見つめて、ザイガンはにやりと笑った。
「もちろん、差し入れは持参したからな。ほらアーツ、ぼんやり突っ立ってないでさっさと席を用意せんか」
言うなり優しく頭を撫でてくる。シリアはザイガンを見上げ、直後察してぽっと頬を染めた。
「あれ、ザイガン様?」
居間への入り口から、キリムがひょっこりと顔をのぞかせる。大分飲んでいるはずだが、足取りはまったく平常と変わらなかった。
「おお『風』も居たのか。なにやら賑やかだな、俺も混ぜてくれ」
どうぞどうぞと、まるで自宅であるかのようにキリムはザイガンを招き入れる。彼が居間に入った途端どよめきが起こり、しかし続いて歓声が上がった。ザイガンが持参した差し入れを披露したのだろう。
「まったく。総団長にも困ったものだよ、まだ待機命令が継続中なのに」
無理矢理引っ張ってこられたというアーツが、ザイガンの背中を見送って苦笑した。
「でも、どうして皆がここに?」
「ウィラードが声をかけてくれたの。あなたが帰ってこられないって聞いて、私が寂しがるかもしれないって気を遣ってくれたのかも」
そうか、とアーツは少々複雑な顔を見せた。しかしそれも一瞬のこと、穏やかなそれに戻る。
「年内処理分が終わったから、仮眠ついでに休憩しようと思ったんだ。そうしたら、突然総団長が執務室に乗り込んできてね。『シリアが年越しの準備をしてくれていたんだろう? 勿体無いからご馳走しろ!』ってね。ひとまず部下に一時の留守を頼んできたから、何事も無ければ、食事も含めてしばらくは居られると思うよ」
そう、と返しながら目を細める。
「おじさまは……気を遣ってくださったのね」
「え?」
その意味がわかっていない様子の彼に、シリアは何でもないわと答え、いたずらっぽく笑った。
「丁度良かったわ。もうすぐお料理が空っぽになりそうだったの」
「えっ? それは困ったな。実は忙しくて昼から何も食べてないんだ」
これを頼むよ、と雪を払った外套をシリアに預け、アーツは急いで居間に向かった。友人たちの歓声が耳に届いてやっと、シリアは腕の中の外套に残る温もりが本物なのだと実感した。