第31話 大原の苦悩
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「あー、そういえば。」
「どうかしたのか?咲。」
「うん。心の問題といえば、なんだけどさ。それは優華ちゃんよりも、あっちの方が問題だと思うんだよねー。わたしは。」
ふと不安を吐露した小平の言葉に、二人の男は彼女の視線の先にいる人物に目をやった。
「……ああ、確かに。ただ、アレは……大分根が深そうだが……」
「……」
彼等の視線の先には、凛とした瞳を持つ、一人の少女がいた。
◇
「――では、相手を眠らせようとする場合、相手の目を見て行うと。」
「ああ。ボクは他人を眠らせることができるダイバーズだけど、イメージそのものはその人が瞳を閉じている状態を想像しているんだ。だから、そのイメージの最も特徴的な状態を示す肉体的部位は瞳。精神系ダイバーズはそういった、肉体に現れる症状をイメージして能力を使うことが多いのさ。」
「なるほど。それでは、早苗先輩は?」
「私は認識異常――いわゆる『幻覚』の能力を持っているけど、これは五感全部に関する能力だから、身体的特徴を想像するっていうのとは違うわ。どちらかというと物語を想像しているわね。その人が私の能力の影響を受けた時に、どんな行動をとるのか。そのストーリーを思い描くの。だから発動させるまでに時間がかかっちゃうのよね~」
「物語を想像する、ですか……分かりました。」
「それで?典子ちゃんは――ええと、その……」
口ごもる先輩に、大原は彼女にその先を言わせまいと、即座に頭を下げた。
「申し訳ありません。それは言うことが出来ません。教えていただき、ありがとうございました。」
「……」
大原典子は顔を見合わせる先輩二人に深く一礼し、足早に一人別室へと向かっていった。
「相変わらず、だな……」
「そうね。特秘能力者って、本当に何も言えないのね。でも――」
後に残された二人の男女が漏らした言葉は、きっとこの部員の誰しもが思っていることだっただろう。
特殊な生い立ちに誰よりも強力な秘密の能力を持つ、世界有数のダイバーズ。
そんな人物が、ただ自分達から教えを乞うだけの状態が続いているのだ。だからその言葉は自然であり、そこに悪意はなかった。彼等の所感であり、当然の帰結とでもいうべき、端的な言葉だった。
「――あの子、なんだか感じ悪いわ。」
◇
「…………」
重いため息が零れ落ちる。その吐き出した空気に引きずられるように、大原は足元の畳へと視線を落とした。
ところどころに轍が出来た、色あせた畳。踏めば小さな棘が足の裏をくすぐり、その場に立っているのが嫌になる。
――他の人がどう思っているかは、あなたが一番よく分かっているのではないですか?
「分かっているわ……それが、私のちっぽけな理由のせいだってことくらい。」
彼女は苛立たし気に己の手を見つめ、島崎の言葉を噛み殺した。
一緒に能力を使いたくない。
入学する以前、最初はそんなことは感じていなかったはずだと、彼女は思う。他人は他人、自分は自分だ。別に能力を使って笑われることが嫌いなのではないのだから、能力をうまく扱えない姿を見られることそのものは問題ではないと、そう思っていた。
「……」
けれど、そう簡単にはいかなかった。気が付くと、彼女は他の人と共に能力を使うことを嫌がってしまっていた。そうしないようにと自分なりに気を付けても、どうしても最後には一人になってしまう。
理由は単純だった。誰かが比較しなくても、“自分が”比較してしまう。成長しない自分と、成長する他人を彼女が自分で比較してしまうのだ。それで自分がいかに何もできない人間なのかと一人で落胆し、己に嫌悪していた。
「はぁ……」
ここにいる新入部員の能力は皆違うし成長速度もばらばらである。しかし、それでも彼女より早く成長しているのは間違いなかった。大学に入った時点で、ほとんどのダイバーズが能力を“使える”ようになっていた。大原は能力を発動させることと解除させることはできたものの、お世辞にも使えるレベルではなかった。
高校では能力を行使した授業は存在しない。他人の努力を垣間見る機会は少なく、その成果を目の当たりにすることもほとんどない。しかし、大学ではそれが日常的に氾濫していた。特に部活動は明確に“結果”として現れる。それが、大原典子にとっては耐えられなかった。
どんなに努力しようとも実ることのない己の力が広く知られることで、己が本当に何もできないダイバーズだと思ってしまうことが、どうしようもなく怖かったのだ。
「……ほんとうに、くだらない自尊心だわ……」
彼女は轍を踏みつけ、部屋の中心にあるボールの上で胡坐をかく。
己がどれだけ自分勝手にふるまっているかは分かっている。けれど、どうすればいいのか、彼女は分からなかった。島崎が差し伸べた手を握ろうとした瞬間に、その先が見えなくなった。
この大学最強のダイバーズの教えを受けて、何も変わらなかったら?
『世界10大能力』という特殊な能力が、通常のダイバーズの修行では何も成長できない能力だったとしたら?
だったら、一人で解決策を探した方が、傷は浅い――
そんな不安が、彼女の心を支配した。
「愚か、ね……」
彼女は首を振り、己の手に意識を集中させる。
「世界10大能力『ネツァク』は、『感情を操る力』である精神干渉系能力と言われている。精神干渉系のダイバーズは肉体に現れる症状や、行動そのものといったものをイメージにしている。なら、私の場合は……」
人が喜ぶ時は、どんな顔をするのだろうか?
人が怒る時は、どう行動するだろうか?
人が悲しむ時は、どこに症状が現れるのだろうか?
人が楽しむ時は、どんな物語があるのだろうか?
「――っく!!」
電気ショックをくらったような痛みが、両腕を襲う。続けて態勢を崩した大原はバランスボールの上から転落し、仰向けに倒れ込んだ。
「イメージするモノを変えても、腕全体に力が入っているわね……」
部屋の隅に転がっていくボールが、畳にくっつく、湿った虚しい音を響かせる。
彼女は再び起き上がり、そのボールを回収する。
「精神系ダイバーズは『疲労』が重症化しやすい。その原因の一つが能力の過剰発動……いわゆる無駄の多さだというのは論文でも読んだ。このバランスボールにのって、私の重心のズレ方は大体わかったけれど……どう重心を保つように能力を行使すればいいのか、分からない……。
イメージをコントロールするには重心をコントロールする必要がある。それはつまり、重心の位置はイメージと直結しているということだから、重心をずらさないようなイメージを構築する必要があるのは分かる。
けれど、そのイメージがどうしてもつかめない……。やっぱり、イメージそのものが、普通のダイバーズが考える様なものではないのかしら……」
そう言って、彼女は自分の言葉を嘲った。
「馬鹿ね。普通のダイバーズと違う、だなんて。自分で言っていておかしくなるわ。」
(世界10大能力『ネツァク』。これは、私が着けた名前じゃない。
普通、能力の名前はダイバーズが発現した能力の特徴に応じて、本人がつけるもの。
けれど私の場合、最初から名前がついていた。)
――あなたの能力は感情を支配する力、『ネツァク』と呼ばれるものよ――
(私は、最初に能力を発動させたときのことをはっきりと覚えていない。だから、より正確なイメージが出来るように、ひたすら調べ続けた。
……『ネツァク』には人を狂乱状態にする『感情破壊』や昏睡状態に似た症状を引き起こす『鎮静昏睡』という技があるとされる。これらは『アトランティスの戦い』において確認された技だけれど、私ができるのは感情を打ち消す『鎮静』という効果のみ……
それは結局、私が持っている“『ネツァク』のイメージ”は“本来の『ネツァク』”とは違う……ということなのかしらね……)
大原はため息をつき、忌々しくつぶやいた。
「――ほんと、私って、何ができるのかしら……」




