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ヒューマンカインド/Brightness of life  作者: 猫山英風
第2部 友情 ―第1章 最初の一歩―
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第30話 ダイバーズの修行(6)

――合宿 4日目  朝――



「行くぞ!『熊爪(ゆうそう)』!!」


 覇気のある声が、体育館に響いた。空気を震わす爆撃音につづき、岩の的が粉塵を上げながら崩れ落ちる。

 その音と様に誰しもが手を止め、声の主に歓声と感嘆を送った。妬みも嫉みもない純粋なる尊敬と羨望が向けられているのは、彼の人と成りであり、彼の実力を周囲が認めているのは、それほどまでにその男の成長が、目を見張るものがあったからだった。


「気合入っているわね、高木君。」

「ウッス!今日も絶好調です!」


 小平に向かって親指を立てて見せたのは、気持ちのいい笑顔をした高木だった。その腕は能力で黒く輝き、指先は勾玉のように湾曲した鍵爪になっている。


「その様子ならもう“技”も完璧って感じね!うんうん。君の担当として先輩は鼻が高いな~。」

「ありがとうございます!あ、そうだ小平先輩!見ていてください。昨日より俺、成長しているんスよ。」


 そういって彼は黒曜石のように鋭い爪を的に向け、空手の構えをとった。

能力を使用して行うその様は、熊の威嚇そのものである。腰を少し落とした、突きの構え。得物を見据える瞳は静かな闘気を宿し、深く吐き出す息は彼の意識を集中させる。


「ハァッ!!」


覇気と共に打ち出された一撃が、槍のように岩を貫いた。ドリルを通したかのような、綺麗な円形を保った穴。その掘削面は美しく、近づけば人の顔が映って見えるほどだった。


「よっしゃ!どうです!?今日は()()()貫けたんですよ!!」

「あははは!本当に成長早すぎよ。

ただまぁ、戦力過剰な感じはあるけどね!人にはやらないでよ~」

「うっす!」


 まるで芸を覚えた子犬のようだと小平は笑う。ガッツポーズをとる高木の瞳は輝きにみち、顔は子どものような無邪気な笑みを浮かべている。


「しっかし、よくもまあこの短期間でそんな簡単に“技”として確立できたわね。早くてもあと2日はかかるかと思っていたのに。」

「いやまぁ、俺は元々能力に“名前”を付けていましたからね。連想するのは簡単だったんですよ。」


 そういって高木は自分の手を見つめる。


「“技”を身に着ける“簡単な取り組み方”ってのが、まさか“能力に名前を付ける”ってことだと聞いたときは驚きました。けど、実際やってみるとすんなりいくものですね。」

「はは。名は体を表すって言うからな。」

「和田先輩。」

「よっ!元気にやっているみたいだな。」


 小平の隣に立ったのは、和田龍也だった。彼は軽く挨拶をすると、一人の後輩の実力を褒めるとともに、“技”についてレクチャーを始めた。


「能力はイメージを具現化したものだから、イメージを一言で表す言葉があるのとないのとで、能力の使いやすさが段違いに変わるのさ。」

「それに連想しやすい名前がある能力の方が、使える用途も増えていくし、イメージが強固になるもんね~。」

「ああ、咲の言う通りだ。その点、高木はアドバンテージがかなり高かったな。元々能力にあだ名がつけられていたから、イメージがかなり強固なもので完成度も高い。

 それに加えて、イメージを連想しやすい名前だったのもよかった。能力が『熊手』だから、熊と言う単語を主軸に発想を広げられる。その『熊の爪』、のようにね。」


和田の言葉に、高木は苦笑する。


「でも、正直なことを言うと、俺はまだこれが“技”だって実感がないんですよね。たしかに今までは“砕く”ことはできても、切り裂いたり穴を通したりなんてことはできなかったから、成長はしているのは分かるんですが……。“『熊の手』なんだから指先も似せられないか?”って感じで能力を使っていたら、こうなったっていう所で……連想すること自体はできていますけど、そんなんでいいんすかね?」

「いやいや、それも立派な“技”さ。高木は体の表面を硬質化させるというのが能力の特徴だが、その指先は変質させるだけじゃなく、“変形”しているだろう?」


 高木は己の指を見つめる。確かに、これまでは指の形は能力を使う前と大して変わらなかった。黒曜石のように輝き、鋼鉄のように硬かったのは確かだが、それでも普通の指だった。けれど、今は違う。その指が、能力を使うと少し太くなった。そして指先が内側へカールするようになっている。


「 “技”ってのは定義が曖昧なもんだが、ようはテクニックだ。ある目的を達成するためにとる手段のこと。だからどんなささやかな方法であろうとも、手段は全て“技”と言われる。

高木の爪は、岩を砕くのではなく、貫き、切り裂く手段だ。だから、“技”を獲得したってことでいいのさ。」

「そうそう!自信もっていいわよ~。」

「……了解っす!」


 ダイバーズの修行3日目のこの日、新入部員は“技”を獲得するべく、先輩部員に個別指導を受けていた。高木もその一人であることは言うまでもなく、彼は小平に教えを請いていたのだ。


「そいや、和田先輩は優華の担当ですよね?どうしてこちらに?」

「ああ、それは……」


 高木の質問に、和田は背後を見やる。高木がその視線の先を見やると、そこには他の部員と熱心に議論をする山田の姿があった。


「今は他の部員がどんな技を獲得したのか、どんな能力をどう使っているのか聞き込み中ってところさ。今は休憩時間ってことにしたんだが、全く、熱心な子だよ。」

「……」


 感心する和田とは別に、高木はその山田の必死さに、小さな不安を覚えた。山田の表情は硬く、“交流会”という練習場にしては必死すぎるものだった。無論、高木は何故彼女がそんな表情をするのか分かっていたし、そうならざるを得ないことも分かっていた。

 けれど、それは高木の心を、妙に痛めつけた。


「……和田先輩、先輩から見て、優華はどう思いますか?」

「ん?どう、とは?」

「いや、あいつ、能力で戦えるようになりたいって言っているんですが……できるんでしょうか?」

「……」


 和田は、高木の言葉の響きに奇妙な感触を覚えた。なぜなら彼の言葉の意味とその余韻が、真逆のことを訴えているのように聞こえたからだ。


「……そうだな。できなくはない、というところかな。

召喚体に自身の意志を送り込んで操れるようになれば旗を取ったりとかはできるだろう。ただ、あの猫の召喚体に直接戦闘をさせるということは……二つの理由で難しいだろうな。」

「二つの理由、ですか?」

「ああ。」


和田は自らの能力を発動し、水でできた小さな竜を生みだした。


「俺の『ミズチ』は戦闘ができる召喚体だ。『伝承召喚』だから少し特殊ではあるが、基本的に戦闘が出来るかできないかは、普通の召喚体も変わらない。“戦闘が出来る召喚体”――そうやって、それ専用にイメージを構築しているかどうかなんだ。

けれど、あの子が召喚する猫は、嘗て飼っていた家猫だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

加えて、彼女の『召喚能力』のレベルが元々高いことが逆に戦闘を難しくさせている。」

「元々レベルが高い、から?」

「そうそう。」


首を傾げる高木に、小平が頷く。


「『召喚能力』って、その生き物をより精密に創りだそうとすると、かなり生物学的な知識が必要になるのよ。例えば、どんな骨格をしているのか、どんな習性をもっているのか、とかね。

 そういうのを細かくイメージして能力を行使することで、召喚体としての精度は上がる。こういうイメージを学術的知見に基づいて詳細に構築することを、『イメージの細分化』って言うわ。」

「彼女は既にそれが出来ているんだ。だから彼女はかつて飼っていたアンという家猫を、その姿形のみならず習性まで再現することができる。けれど逆に言えば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のさ。」

「なるほど……一度構築したイメージを簡単には変えられない、ってことですか。」

「ああ。これはどんな能力でも言えるけどな。

イメージが強固で細分化されていればいるほど能力の質は上がるが、それに比例する形で応用することが難しくなっていく。」

「なるほど。」


 高木は自分の腕を見つめた。黒く光る、(くろがね)の剛腕。高木は自身の能力が生物学的に自身の肉体にどのような影響を及ぼしているのか、詳しくは知らなかった。ある程度“通説”としての知識は持っているが、細胞のどんな組織が変質しているのか、構造的な変容はあるのかなど、生物学的な知見はほとんどなかった。


「……」


 高木は再び遠巻きに彼女を見つめる。真剣な眼差しで教えを請い、ノートの隅までびっしりとメモを取るその姿は、高みに昇るために彼女がいかに努力しているのか、自彊やまないその様を、ありありと伝えてきた。

 それだけに、高木は見ていていたたまれなくなった。


「……能力を使った時何が起きているのか。それが漠然としていることの方が能力の応用がしやすいなんて……皮肉、ですね……」

「まぁ、そうだな。けれどこればっかりはどうしようもない。

何度も言っているが、俺達ダイバーズはイメージで能力を使っている。この想像力は現実にある物理法則と相反するものがかなり多い。なのにそれが現実で実現できてしまうという、大きな矛盾をはらんでいる。」

「だから学術的知見から能力を理解しようとすると、どうしてもどこかで行き詰る。それは自由な発想・妄想(イメージ)に制限を掛ける、ということだからね。

例えば、私のような『エーテル体形成能力』は、力積や物性を考え始めるとうまく能力が発動しなくなってしまう。」

「けれど、かといって学術的見地からの考察を疎かにすると、進歩はできない。確かに応用するのが難しくなるのは事実だが、自分の中で噛み砕いて理解できれば、応用できる範囲は格段に広がる。」

「それに、実際仕組みをよくわかっていないと、正しく使えない能力なんてごまんとあるからね。特に肉体的変化を生む能力は自分の命に関わってくる場合もあるから、大切よ。

わかったかしら、高木君?」

「うえ!そ、それは――もっと勉強しろ、と?」


目をそらす高木に、小平はウインクする。


「そーゆーこと!頑張りなさいよ~!」

「ぜ、善処します……。

 あ、それでなんですけど。」


一つ咳払いをして、高木は話を元に戻した。


「では、優華が戦闘できる召喚体を作れない理由――あと一つは何です……?」

「ん、ああ、それは……」


和田は高木を見て、小さく笑みをこぼした。


「たぶん、()()()()()()()()()()とおんなじだよ。」

「……」

「だから、俺は彼女が本当に召喚体を使って戦いたいというのなら、別の召喚体を生みだすしかないと、そう教えた。彼女の召喚能力の実力は本物だ。だから、技術的に問題はない。だからあとは、彼女の()次第だ。」


 高木はその言葉を聞いて安堵した。自分が感じていた想いが、考えていたことはただ自分だけが思っていたことではなく、他にもいたのだと分かったからだ。



(ああ、優華。やっぱり、お前は――)


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